住宅団地再生 / 国内最大の大家UR都市機構の実験

今回のコラムは、UR都市機構の築50年、エレベーターなし、4階建て、2DK(35㎡)、80戸の「ひばりが丘団地」の再生事例を紹介しよう。いま国内には老朽化して現時の居住ニーズと大きく乖離した中層賃貸住宅が山ほどあるが、再生するためのあらゆる技術的ノウハウが集約されているからだ。

昭和34年、東京都西東京市、東久留米市に日本住宅公団最大の住宅団地「ひばりが丘団地」が誕生した。野球場、テニスコート、市役所出張所、名店街、学校、スーパーマーケットなどを団地内に擁するマンモス団地で、EVなし中階段式4階建の「中層階段室型住棟」と呼ばれる典型的「公団モデル」の住棟が建ち並ぶ様は当時の最先端として持て囃された。

昭和35年には皇太子・皇太子妃が視察に訪れ、その模様がニュース配信もなされ、戦後復興から高度成長へ向かう世情のなかでもひと際輝きを放っていた。

「ひばりが丘団地」をはじめUR都市機構が昭和30年代に建設した賃貸住宅は、現時の居住水準から見ると専有面積40㎡前後と狭小で、エレベータもなく、設備水準も低いものだった。当時、住宅公団は入居者が長い期間にわたって住み続けると想定しておらず、入居者にしても住宅双六で「賃貸住宅からステップアップして分譲マンションを経ていつかは戸建住宅に…」といったプロセスを思い描いていただろう。しかし、現実には住み続ける住民が多く、その結果、公団住宅居住者の高齢化も進んでいく。

UR都市機構は、約77万戸の賃貸住宅を管理、運営しているが、そのなかで「中層階段室型住棟」は住戸で約5割、棟数で約7割を占めている。かつて主流だった4階建、EVなし、階段の両サイドに約40㎡の狭小住戸配置のタイプは、間取りや設備、バリヤフリー等の面で現時の居住者のニーズと大きく乖離している。

人口減少、少子高齢化社会を迎え、住宅ストックが過剰になってくるのと相俟って、居住ニーズからの乖離が年を追うごとに大きくなり、空室も増え、転居したくても転居できない居住者で高齢化が進んだ。

このような状況を踏まえUR都市機構は、昭和63年から、昭和30年代に建設した住宅の建替えに着手、約10万戸建て替えた。しかし、低炭素化社会への転換による既存ストックの有効利用への動きに加え、現時の法制や事業採算性から建て替えが困難になっきているため、昭和40年代以降のストックについては、全面建替からストック再生・再編にシフトする方針を決めた。今後は団地毎に一部建替え・ストック改修か、集約か、用途転換かを検討することになる。

この流れを受けUR都市機構は建て替えに代わる既存住宅団地の再生を目的とする「ルネッサンス計画」(中層階段室住棟改修共同研究)に着手した。

■ルネッサンス計画

ルネッサンス計画は、URの既存住宅ストックを少子高齢化社会や多様化する住宅ニーズに対応できるストックへ再生するため、これまでURが進めてきた「建替」や「リニューアル」といった改修技術に加えて民間の技術提案も活用して団地再生を行うものである。

具体的には、団地建て替え・再生中の団地で実物の住棟を活用して居住ニーズに合わなくなった階段室型住棟にハード・ソフトの両面から様々な再生手法を施す。住棟丸ごとのバリアフリー化や間取り、内装・設備の一新を行い、景観にも配慮した付加価値の高い住棟にして再レビューさせるための技術開発を行い、それを可能にする実証・試験を進めていく。

冒頭に書いた「ひばりが丘団地」では、老朽化が進んだために、「ひばりが丘パークヒルズ」へ建て替えが進んでいる。当該建て替え地区内で、実験改修の対象に住民が退出して解体予定の4階建、エレベーターなし、築50年の階段室型住戸3棟、2DK35㎡合計80戸が選定された。

URは共同研究者を募り、3棟の改修を09年8月に終わらせ、10年3月までに完成後の住棟の検証を進める予定だ。再生後に入居者を居住させるのでなくあくまでも解体前の実際の建物で施工実験することにより、様々なデータ取得や検証を行うことが目的である。

■ひばりが丘団地の再生実験

当該団地の再生実験には共同研究者として竹中工務店等が参加している。改修内容として外部共用廊下とエレベーター新設、共用部バリアフリー化、隣接または上下階住戸の2戸1化、SI分離によるメンテナンス性向上(PSユニット集約化と外部化)など老朽化した中層賃貸住宅再生のためのありとあらゆる手法・技術が集約されており、ここで実験された手法・技術は多くの建築関係者にとって極めて有益なデータとなると思われる。

以下、UR都市機構・都市住宅技術研究所サイト並びに「日経アーキテクチュア」を参考に再生内容を紹介する。改修対象3棟A~C棟の改修内容は以下になる。

  • A棟
  • 階段室を撤去、外部共用廊下とエレベーター新設、バリアフリー化する。

  • B棟
  • 床スラブの一部を撤去し各戸内にらせん階段を設けてメゾネット住戸に改修。戸境壁を撤去して2住戸を1住戸にする。躯体の減築で広いテラスのある住戸を設ける。エレベーターを設置しないままで住空間の魅力を向上させる。

  • C棟
  • 最上階の4住戸を減築。スラブの撤去・新設で1.5層分の住戸に改築。南入りのエントランスに改修。

上記改修内容の中から注目すべきものを紹介しよう。

●スケルトン性能向上

  • 隣接または上下階住戸の2戸1化など戸境壁を取り除き住戸面積を拡張したり、室内に突き出しているそで壁を除いて住空間に広がりを持たせるため、構造体の壁や床スラブを一部撤去するが、建物南側に柱やバルコニーを新設、構造フレーム補強で住戸内の構造壁、梁成縮小を可能にする
  • 床スラブは既存の110mm厚を撤去して180mm厚スラブを新設。さらに既存スラブにプレストレストコンクリートスラブを打ち増す
  • RC造はね出しスラブの廊下を新設し、既存躯体と一体化させる

●断熱・遮音性能向上

  • 断熱性能を向上させるため、サッシについては後付け複層ガラス工法といって新たに加工した取付けガラス枠(ガラス厚3㎜)と既存ガラスとの間に空気層(6㎜)を設け一体化する工法を検討。・断熱効果のほかに遮音効果がある
  • 遮音性能14.5dB(目標値)とし、遮音等級2ランク超向上。バネ式浮床工法(シャオン・カットーン+防音シート)を採用すると重量・軽量音とも同程度の遮音改善され、転倒時に衝撃を軽減でき、床組全体で荷重を受けるため、スラブへの負荷が少ない。リフォームやコンバージョンに対応でき、施工し易い

●空間・採光・通風提案

  • 構造体の建物の妻壁に穴を開け開口部を新設
  • 居間(ホビールーム)は食事室と建具で間仕切って趣味や友人との集いの場、子どもや孫の来訪時の寝室として多目的な利用ができる。土間収納は趣味の道具などを収納しておく外部物入として利用する

●高齢者・要介護者対応提案

  • ワンルーム化:介助の見守りなどに配慮した空間の構成。台所から寝室まで見通すことができる
  • 床暖房などにより、室内温度をバリアフリー化することで、局所暖房(コタツや電気カーペットなど)による住宅内の活動量低下を防止する
  • ミストサウナにより入浴時の介護負荷の軽減、転倒事故防止、および自立入浴を支援する
  • 土間玄関に車椅子を置くことも可能。室内における車椅子利用を最小限にして歩行機能低下を防ぐ
  • 車椅子利用を配慮して居間食事室の仕切りや便所・洗面脱衣室の建具を取り払える
  • 棚の縁を利用して伝い歩きできる室内にする(身体機能低下を抑制)

■ひばりが丘団地再生にみるSI住宅化

SI住宅とは、100年以上の耐久性を持つような高強度の構造躯体であるスケルトン(S)とマンション専有部分の内側のような生活や社会の変化に対応できる空間構成材であるインフィル(I)に分離できる住宅である。

間取りや内装といったインフィルにメンテナンスの容易性を付加することで、住む人のライフスタイルや家族構成の変化に合わせ容易にリフォームできるため、長期にわたる居住が可能になる。UR都市機構でこの概念を具現化したものが、KSI(機構型SI住宅)住宅である。URはKSI住宅普及のための建設費のローコスト化やインフィルのリニューアル時の課題検討など更なる実用化に向けた研究を進めている。

ひばりが丘団地の再生にもKSI(機構型SI住宅)住宅の思想が随所に見られる。スケルトン性能面で構造体であるスラブや戸境壁、妻壁などを一部撤去すると住棟全体で構造計算が変容するため、建物南側に柱やバルコニーを新設をかねて構造補強したり、外壁や遮音性の向上をかねてスラブにコンクリートの増し打ちをするなど構造躯体の強度向上の工夫がなされている。

躯体の空間構成でいうと古い賃貸マンション再生をする場合、制約になるのが低い階高である。階高の制約から天井高が低くなり、近年の居住空間としては見劣りがしてしまうため、床スラブを抜いて階高を高くするやり方が採用される。当改修では一部のスラブを撤去してメゾネットにし内部にラセン階段を設置するなどが試みられている。

インフィル面では断熱・遮音性能を向上させ、長期住宅の観点からSI住宅設備等のメンテナンスの容易性や可変性を高めている。居住者の高齢化応として高齢者等の生活し易さや介護面のサポートだけでなく、高齢者等が自立するための設備サポート・空間構成や住戸内に閉じこもりがちな高齢者が外部とコミュニケーションを取りやすくするなどの配慮が見られる。

多様な改修手法を集約した本実験から得られた成果は、今後、URにとどまらず民間でも実用化へ向けて動き出すと思われる。しかし建物再生に際して主要構造部の過半の改修にあたる場合や増築規模によっては現行法が遡及適用されるため、再生事業のネックにもなっている。建築基準法をはじめ関連法規、自治体条例など法体系整備が急がれる。

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