マンションは何処へ行く

1、業界に供給過剰感

マンションは最近10年余り首都圏で約7万~9万戸と高水準の供給が続いており、中古市場も首都圏で推計年5万戸程度の取引があると見られる。しかし、需要を先食いして供給が過剰化しており、過剰供給のつけは売れ残り在庫の積み上がりや業者の苦心の期分け販売などに顕著に出てきている。

さらにマンション業界にとって頭が痛いのは、土地仕入れコスト、建築費の上昇を販売価格に転嫁できないことだ。売れるエリアとそうでないエリアという二極化が進んでいるため、優良物件を仕込む購入コストは上昇している。

建築コストは、2~3年ほど前からすでに上昇を開始していた。その当時の建築費上昇は不良債権処理待ったなしの頃で銀行主導もあり、受注高に力点を置き採算を度外視してきたことに対するゼネコンの軌道修正が原因だった。鹿島、大成など大手ゼネコン4社の経営状態は、完成工事の減少や、工事採算の悪化で4社全てが前年同期比減収となり、経常損益が悪化した。なんのことはないゼネコンが1~2年前に安値受注したマンションが続々と完成したが、締めてみると大幅赤字だったことが判明したという訳だ。利益率が高い公共工事が削減され急減したため、残された成長市場ということでマンション工事になだれ込み、激しい受注価格競争を繰り広げた結果なのだ。さらなる業績悪化の進行に対してゼネコンに融資している銀行サイドの赤字受注の監視が厳しくなり、その結果、建築費が上昇したという顛末である。

最近の建築費上昇は、中国特需の影響で鋼材など素材市況が高騰したためだが、現下の買い手市場を考えるとマンションデベロッパーは、建築費上昇分を販売価格にオンすることはしないだろう。首都圏のマンション売れ行きに陰りがでてきたと言われる状況に加え、1次取得者の購入意欲は雇用不安、賃金デフレで厳しいため、用地仕入れ段階で設計事務所とコストマネジメントを駆使し、設計VEで経済設計を徹底し、建築コスト低下で乗り切るか、最悪の場合、品質に問題がある欠陥マンションを販売するかもしれない。

いずれにしろマンション各社には、土地購入コスト・建築費上昇を利益を削ってでも販売価格には転嫁しないという苦渋の選択しかない。例えば住友不動産はマンション事業の営業利益率(連結)が前期見通しの14.9%から07年3月期に13.8%に下がる前提で3ヵ年計画を策定した。

しかしながら利益率の低下で供給抑制を考えている業者より、いまのところ利益率低下覚悟で拡大路線を目指すというのが大半の業者のスタンスのようだ。このような強気の拡大路線をささえる背景には団塊ジュニアをはじめとする住宅の1次取得者の住宅需要や、団塊世代など郊外の戸建て住宅を売却し都心に移る「買い替え」のほか、個人事務所やセカンドハウスとしての需要への期待がある。

しかしマンション業界の期待する需要ははたしていつまで続くのか?いま供給主力のマンションの高層化は居住者に何をもたらすのか?この辺の問題については後述する。

2、各社の販売戦略

●建築のコスト対策と付加価値向上

高騰する建築コスト対策であるが、鋼材価格で鉄骨より安い鉄筋コンクリート製が注目されている。東京建物のブリリアタワー東京(地上45F)はRC造で、世界最高強度のコンクリートにより遮音・断熱性能を高め、強風による振動も抑えた高い居住性を実現し、鉄骨造に比べ工事費を20%程度削減している。また高層マンションの建築工期を短縮し、開発期間全体を短縮し、資金回収を速めるため、戸田建設や三井住友建設は1フロア躯体構築期間を1/2に短縮する新工法で施工を始めている。三菱地所のWコンフォートタワーズ(地上54F)は戸田建設が受注し、新工法を適用した。

02年改正建築基準法の施行による規制緩和は、マンション業者の事業採算に好影響を与え、建築物の付加価値向上に寄与している。02年の建築基準法一部改正で採用された「天空率」は、03年1月から施行されたが、マンション業界にとって事業物件に天空率を適用することにより、従来の道路・隣地・北側斜線規制による建物の高さ制限の影響で容積率を消化できなかった敷地の高さ制限がなくなり、容積アップが見込めるため、住戸・階数が増加し、事業収支が好転する可能性が高まった。建物のボリューム増だけでなく天空率の適用で塔状建物を建てれば斜め壁などがなくなり景観の良い建物形態や売れる間取りなどのプランニングも容易となったたのでこれまで没にしてきた過去検討物件を再検討するところが増えている。

●販売を工夫

不動産経済研究所の予測では、全国のマンション供給戸数は前年比10%増。17万戸の新築マンションが供給される。東京湾岸地域の超高層マンションの販売がこれから本格化するため、過剰供給→売れ残り在庫の積み増しという不安要因が業界に増幅されるわけだが、このような状況下で販売マンションの他社との差別化、販売手法の工夫、新規顧客層の取り込みなどマンション各社は販売戦略の工夫を重ねている。

日本経済新聞によれば、野村不動産は今年9月に発売するプラウドタワー二子玉川(地上27F)の16階以上の高層階では入居者が内装・間取りを自由に設計できるようにした。他社との差別化をするため大型物件ではコストアップにつながる自由設計をあえて取り入れた。住友不動産は販売中の大型超高層マンション「ワールドシティタワーズ」で最上階、東南の角部屋を購入希望者の競争入札にした。通常の販売価格より1億円高い約2億5千万円で落札されたといわれている。

少子高齢化社会では、日本の住宅の基本モデルとなってきたnLDK神話が崩れたと言われ、子供なしの共働き夫婦や一人暮らしが増加している。最近、流行のコンパクトマンションと言われる商品は、単身者・DINKSを狙った商品だが、野村不動産は子供が独立した50~60歳台に照準を当てたマンション販売を強化する。

「野村不動産は、来年3月の完成を目指すプラウドシティ柏(地上12F)で約70㎡の住戸で、一般的な3LDKの間取りでなく2LDKを採用した。子供が独立した50歳代以上の夫婦が過ごしやすい設計にした」(日経産業)。

また分譲マンションの購入ネックになっているのが雇用・所得が流動的な時代にローンを抱える不安であるが、住戸の一部を賃貸に回し、賃料収入をローン返済の一部に充てることで返済不安を解消する「2戸一体型マンション」なる商品も誕生した。「マンション開発のリッチライフの一体型マンションにはトイレや浴室が2つある。簡単な工事をすれば台所も1つ増やせる。玄関も2つ用意されており、1つの住戸に二世帯が住める。世帯を区切る壁の一部は扉に付け替えることも可能。子供が生まれるなど家族が増えたときは賃貸に回していた部屋を寝室や子供部屋として使える」(日本経済新聞)。

3、何処へ行くマンション

●忍び寄る人口減少時代

ひたすら高層化を志向し促進する建築基準法の改正などの相次ぐ規制緩和、マンション各社による利益を削ってまでの洪水のような大型高層マンションの大量供給と大都市には目まぐるしく大規模高層マンションが林立し、さらに今後も増加する勢いだ。この供給を支える需要がどこまで続くのか?という素朴な疑問が湧いてくる。

東大先端科学研究所大西隆教授の著書「逆都市化時代」は、このような高層化・大量供給政策に対して批判的であるが、政府の都市再生法スキームに委員として参加していただけに説得力がある。

まず「逆都市化時代」というこの著書のタイトルであるが、大西氏によれば、「民間プロジェクトを実施しやすくするため規制緩和を図るという都市再生法スキームは、プロジェクトを通じたオフィスビルや住宅の供給面しか着目しておらず、人口減少社会の到来で人口減少に規定される需要減少を考慮していない。日本のこれからの都市はその時代を積極的に利用して、開発への圧力が強かったこれまで都市化時代にできなかった都市と自然との共生のような、失われつつある価値を再生すべきである」という意であり、これまでの土建社会的発想からの脱却を意味する。

都市再生法は、不良債権処理からその発想がスタートした。容積率などを規制緩和し、高度利用を促進することで土地の経済価値を上げ、その結果、地価が上昇し不良債権処理がやり易くなるという金融機関や企業の市場主義が色濃い。

欧州に見られる都市再生は、自然環境と地域文化の再生が都市再生の両輪になっており、経済活性化に寄与しているが日本は民活をスローガンに市場主義の都市再生を志向している。「失敗に学習することもなく、今また市場主義に基づく都市再生が展開している。大地の上に巨大な建物が聳立するけれども、大地の上から人間の生活は奪われ、無機質な死せる都市が誕生するだけである」(東大教授神野直彦 欧州の都市再生に学ぶ)。

都市再生スキームには、人口減少→需要の欠損という認識の欠落もそうだが、これからの都市と高層建築の在り方、高層建築に住む人間の精神・健康面の研究・検討などという鳥瞰図と都市哲学が殆どなかった。

大西氏は著書の中で「日本の人口は2007年をピークに減少に転じようとしている。現に東京都でも人口のピークを2010年とし、それ以降の人口の減少を想定している。また引き続き高齢化が進むので労働人口はいっそう減少する」と指摘。将来はオフィスも住宅も新規の増加分は減少し、更新需要が主体となると予測している。

日本総合研究所経済研究センター所長山田久氏も団塊ジュニア層の下支え効果が剥落した後は、中古住宅やリフォームなどの更新需要に移行し、住宅市場が変化すると予測している。

いまから35年前に政府・人口問題審議会の報告書は「わが国の出生力、人口再生産力は人口学的基準から見て下がりすぎている」と警告をだしていた。しかし、当時は、高度成長真っ只中で、人口増加のメカニズムが逆回転をはじめたことに誰も気がつかなかった。いままさに事態は深刻だ。狼狽した政府がだす年金問題のデータは二転三転し、国民は呆きれている。

人口減少時代の地方・都市問題については松谷明彦著「人口減少経済の新しい公式」が注目されている。松谷教授は「人口減少高齢化社会の到来=地方の一層の疲弊と衰退」という社会通念を逆転させ、人口減少社会では大都市圏より、地方が豊かになれると宣言している。つまり高齢化の速度は大都市には20代、30代の人が非常に多くて偏在しているが、これから20年後、30年後はこの年齢層のその人たちが大量の高齢者になり、その結果、高齢化率が大幅に上昇する。従って、大都市のほうが高齢化率の上昇速度が早い。重要なのは、その過程で、労働力もまた高齢化し、今後における大都市の生産能力が大幅に低下する。つまり東京など大都市ほど衰退すると指摘している。

日本経済新聞は「少子化で新潮流・若者が東京に出ない」という見出しで地方から東京へが常識であった若者の人口移動が変化し、少子化を背景に地方にとどまる若者が相対的に増えていると指摘している。例えば大学進学は地元志向が定着している。文化省調査では高校と同じ都道府県内の大学に入った生徒の比率は昨年39.5%と92年の34.9%を底に上昇基調。東京進学後再び地元に戻る割合も高い。「少子化で親子関係が緊密になり親元を離れない」。千葉大の宮元みちこ教授らが行った20台未婚者調査の結論だ。同紙によると地方の若者の高い失業率は求人が少ない面もあるがそれだけ地元で求職する若者が多いことを証明していると指摘する。

国立社会保障・人口問題研究所の小池司朗研究員は「地方でも少子化の影響で都会に出る若者は少なくなる」と予測している。若者の東京への流入の減少は、松谷教授が指摘する東京の急速な高齢化進行と相俟って東京圏の衰退を加速させる。当然、住宅需要も今後縮小する。

いままでは人口構成比のなかで相当なボリュームを占める団塊世代による旺盛な住宅需要は1980年代の地価上昇に多大な寄与をした。その団塊ジュニア世代の住宅需要の周期がいまきており、マンション需要の大半は団塊ジュニア世代が支えている構図だが、団塊ジュニアの需要の一巡後はかつてない本格的な人口減少時代が到来する。

このように需要がジワジワと減少していくなかで大規模高層マンションという大量の住戸の新規供給を盛んに続けるスクラップ&ビルドの再生産システムは間もなく時代に合わなくなる。

●高層居住

高層マンションは都心部、郊外住宅団地、周辺ベッドタウンという外延的都市形成のこれまでの流れを都心部を求心核とする立方体的都市形成へと転換させた。それを可能にしたのは都心部の相対的地価下落と企業による大量の都心部の保有地売却である。職・遊・住・医・知が都心に集積し、さらにその集積がいままでは商業・業務中心の都心に求められることが少なかった新たな生活空間としての付加価値を創造している。高層マンションはスケールメリットと高層化による土地スペースの解放により多目的コミュニティルーム、ゲストルーム、マンション本体のエントランスにあるフロントのほかのフロント業務専用の建物などが付設されており、通常の中層マンションなどに比べ住棟などの付加価値が高い。

しかしながらまだ国内に出現して間がない高層マンションはそこに居住し生活することについて日本人の誰もが未経験ゾーンであり、積み重ねられた経験というデータベースがない。高層マンションの居住者からいくつかの問題が提起されている。

建築ジャーナル誌掲載「高層居住で子供たちの心と体は育まれるか」では高層マンションに居住する子供の成長上の問題点を指摘している。高層マンションの子供は、同年齢の子供たちと比べて心の成長という面から見ると問題があると同誌は指摘している。例えば、高層マンションは大人向けの間取り、しつらえであり、子供の目線や行動を配慮していない。子供は世界を広げていくことで人間関係を深めていく。10歳までの間にいろんな人たちと付き合い、多くの感動を受けるべきです。大人たちが怖い、危険だと思っている所で経験を豊富にすることができないだけでなく、心の傷が深くなる恐れすらある。また高層マンションは外に出にくいため家に閉じこもりがちだが、親が子供に対し一方的に関わってしまい、良くも悪くも密着の度合いが強くなる。この高層特有の構造が子供の自発的な行動をスポイルしてしまう。例えば、上層階と下層階に住む子には生活習慣の違いが明らかである。外にでるという行動に伴う衣服の着脱、靴を履く、挨拶などが上層階の子供は不十分で不活発な子供になりがちである。

同誌で高崎健康福祉大学の松本恭治氏は「英国では、心理的、生理的な側面から高層の建物を規制しています。(中略) 英国の集合住宅は3階建てが基本で、部屋の中から子供の遊んでいる姿を見ることができるようになっている。」と話している。

高層マンションは大人にとっても住民間のコミュニケーションは特に成立しにくいといわれている。上層階と下層階では所得、家族構成が違うため共通の価値観や話題がなく、中層のマンションなどに比べより峻別された価格の差別化だけが居住者心理に過剰に歪んで反映されかねないからだ。

高層マンション居住は、幼児期・発育期の子供を持つ家庭、単身者、DINKS、子供が独立した老夫婦などの家族構成との関連で慎重に検討されるべきであろう。

また都心回帰をもたらした求心力は居住者が勤務するオフィスに近いという遠距離通勤の疲労と時間からの開放であった。しかしITと高速ブロードバンド回線の普及は、極論すれば情報通信環境さえあればどこにいても仕事ができるという仕事環境を生み出した。情報通信技術(IT)を利用した場所・時間にとらわれない働き方をするテレワークは、都心勤務者の在宅勤務を容易にしたため、都心マンションに居住するという需要以外に都心通勤距離と関係なく自然環境や住環境の良い住宅をホームオフィスとして使用するというトレンドも発生している。国交省の調査では、総テレワーカー数は1,000万を超えた。さらに政府のe-japan戦略では2010年までにテレワーカーが就業人口の2割を占めることを目指すとしており、政府主導で公務員の2割がテレワーカーになると民間の就業形態へ与えるインパクトが大きいためテレワーカーの飛躍的な増加が現実となる。

企業側もいままでは、勤務者が職場にいないと従業員の管理ができないとか、働き具合がチェックできないとか、フェイス・トゥ・フェイスでなければ仕事の肝心な部分のコミュニケーションが成立しないなどで在宅に踏み切れなかった。しかし勤務時間より成果主義という時代の流れに加え、ITの急速な進化が雇用を取り巻く環境をガラリと変えた。オフィスと自宅を繋ぐPCで相手の顔と音声は勿論、テキスト、画像までやりとりして1対多、多対多の多面的コミュニケーションが可能となると在宅の主婦、高齢者、身障者にまで情報通信機能を活用して仕事環境を構築できる。まさに企業にとって少子高齢化時代を乗り切るための必須カードとなってきている。

今後、テレワーカーの増加は、都心マンション居住を求めるシティライフ派と地価が安く自然と共生する住環境でホームオフィスを構えるスローライフ派に住宅需要を分散するだろう。

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