低価格高品質建築実現への提言
日本の場合、殆どの建築生産はゼネコンにより行われている。ゼネコンによる一式請負は、ゼネコンが建築に必要な専門業者を束ね、施主と直接請負契約を結ぶ。大手ゼネコンに至っては各種ジャンルの専門家を抱え建築以外のさまざまな情報サービスまで提供するので施主にとってはかなり楽な発注方式だが、日本的風土特有の曖昧な人的関係や、後進的元請下請け関係に起因する建築費の不透明性の問題が指摘され続けて久しい。
本コラムでは、低価格高品質建築実現というテーマでゼネコンによる一式請負はなぜ施主に建築費の不透明性というデメリットをもたらすのか、さらに海外で普及し、日本でも注目され、今後普及すると思われる建築発注方式CM(コンストラクション・マネジメント)を紹介し、最後に建築コストを低下させるための具体的要因やコストマネジメント手法、建築のIT化がもたらす建築費の透明化、低コスト化を取り上げる。
1、日本のゼネコンの誕生
日本のゼネコンはだいたいが棟梁の末裔で明治維新以後ゼネコンの形態を整えた者である。織田信長の普請奉行から寺社大工の道を選んだ祖先を持つ竹中工務店や文化文政の頃に江戸で大工店を開いた清水建設など長い歴史をもつ者が多い(久富洋著 施主のための建築発注方式ガイド)。
明治維新までこれら棟梁により設計・施工が分離されることなく一体として建築がなされてきた。明治以後、鉄、コンクリートなどの外国からの資材が国内で普及し、建設プロセスが複雑化したことにより設計・施工の分離が発生した。その後、建築の施工を担当したのが総合建設業、いわゆるゼネコンと呼ばれる存在である。お出入り大工としてお得意先第一を心がけてきたゼネコンの歴史的経緯は、欧米の建設業者とは大きく異なる日本独自の総合建設業者を生んだ。
ゼネコンは、工事受注のために大抵は無償で施主に様々なリサーチや調査などのサービスをする。(建築費に織り込んでいる)大手ゼネコンの内部には数多くのスペシャリストが存在する。土木、建築、理学や農学、さらには、技術系ばかりに限らぬあらゆるジャンルの専門家が揃っている。関わる建築物の用途や事業の広がりとともに、多様な分野の専門家を抱えている。さらに協力会と呼ばれる数多くの細分化された各専門業者、いわゆる下請け集団を組織している。
2、ゼネコンによる一式請負方式
日本の建築発注方式の大半はゼネコンによる一式請負である。日本のゼネコンは設計部門を擁し、設計・施工一括で建築生産を実行することが多い。施主の殆どは建築知識に乏しく、完成時期と工事を保証するゼネコンだけを対象にすると楽だからである。欧米の場合は、ゼネコンと施主、設計業者の関係は、シビアな契約関係で、ゼネコンは契約上の履行範囲を厳密に作成された設計図面などにより、限定し、契約範囲以外のことは絶対にやらない。施主とゼネコンの日本特有の曖昧で脆弱な信頼関係は、施主にとって提供された見積書の建築費は不透明で、正確な把握が困難という不満を引き起こしている。
3、ゼネコンの建築費決定の実態
ゼネコンの積算の段階では、担当者は、設計図面から数量を拾い市販の建設物価などを殆ど参考にすることなく、自社のこれまでの建築コストのデータベースや必要に応じ下請けの専門業者の見積もりを取り単価を入れる。この時点の積算書には現場経費、一般管理費など経費や利益が入っていない。どのくらい経費や利益を織り込むか営業会議などで様々な要因をさまざまな角度から検討する。
例えば発注者の予算、工事量の問題、発注時期(決算の前に各社の売上高を上げるという施策的な面)、著名人・知名度の高い企業か、工事により得られるステータス等々
積算書は、ゼネコンの上層部に上げられ、決定権限者も様々な要因を考慮し、社内決定として、たとえば建物全体で20億円の積算とすると単価構築のロジックとは無関係に16億に下げたり、24億まで上がったりする。
ゼネコンの見積もりには利益という項目はない。しかし利益なしでボランテイアを続ける企業はない。ゼネコンの利益は実は3種類ある。
- ゼネコンの粗利で現場経費と一般管理費と呼ばれている。現場を運営する社員の給料、保険料、その他が現場経費で工事を請け負う会社の役員報酬、従業員給与など会社の運営費一切が一般管理費となる。利益はこの部分に含まれている
- 製品の仕入れの値の差額、つまり積算単価と現場の実際の製品仕入れ値から発生する差額の利益
- 前述の発注者に見えない単価的根拠以外の会社方針による積み上げ利益
積算時の単価は、社内決定後の建築費に合わせて変更する。利益分は単価や数量に割り振られ、経費は通常の経費率で抑えておく。このように利益は、見積もり上は見えない(見せない)ようになっている。つまり見積書の各金額が適正な建築費に相当するのか施主は、解らない仕組みになっている。
ゼネコンは施主の値引きを常に想定している。請負という現時点では見たり確認したりできない予定建築物を施主は値引きすることである種の不安の解消を図る。しかしゼネコンと一般施主では建築費の情報量は圧倒的に違う。
これらゼネコンによる一式請負から発生する建築費の不透明性を排除し、施主のサイドからより低コストで建築する建築発注方式として欧米で活用されているCM方式がある。
4、CM(コンストラクション・マネジメント)
CM(コンストラクション・マネジメント)とは建築主のマネジメントをエージェントする者で建築主と建築生産者の間にCM(Construction Management)企業が入り、建築主の利益を代行し、施主が価格や契約で主導権を確保することに専念し、ゼネコンを入れず(ゼネコンの利益の中間排除)、施主が直接に専門工事会社に発注し、価格の透明性の確保、サブコン間の競争原理の導入、品質の確保などを目的としたのがCM(コンストラクション・マネージメント)方式で1960年代にアメリカで確立した。
建築主はCMと相談しながら下請業者の実績などを考慮し決定する。工事の設計や施工に必要な費用はその都度支払う。施主は工事の施工費用をその都度支払うので工事の内訳、累計や予算との関係も完全に把握できる。
工事費の上限を保証するAt Risk方式場合は、施主に対しては総工費はこれ以上にならないという保証の契約をする(GMP)そして工事の最後に総工費がGMPを下回った分を施主とCMrと分配することでCM企業に低コスト実現のインセンティブを与える。
CM企業の業務は、施主の要望を把握し、概念設計などで建設コストを項目別に割り振る。コストプランニングに基づき設計業者の図面を検討。工程管理、専門業者の競争入札の提案、見積書・仕様書や設計図の評価、契約の支援・立会、材料価格の調査、工事現場の管理、支払計画の提案などなどを施主の代理人として行い施主からマネジメントのフィーを取る。
5、CMの問題点
工事の透明性が高まる反面、施主は、請求書のチェックなどリスクは高まる。また有能なCM企業を選定するのは、現時点で情報に乏しい。CMrは、設計図の評価、コストマネジメント(後述)、工程管理、施工などあらゆる面で卓越した知識や技能、経験を要求される。ある意味、設計業者やゼネコン以上の技能がないと施主が満足するマネジメントができない。無能なCMrがエージェントになると予算、工期オーバー、施工は手抜き、施主の求める建物の機能は不備といった事態も起こる。
また日本では一括請負方式が一般的であるために、国の法整備も遅れ、全て一括請負方式の総合建設業者を対象に完成保証、瑕疵担保責任などの制度が準備されている。施主がゼネコンに全てお任せの意識改革を迫られ、施主は自らリスクを負うことを明確に認識しなければならない。
6、今後の建築発注方式
建築生産の基幹というべき専門業者はこれまでその多くはゼネコンの下請けとして元請下請けの関係を維持し、ゼネコンの協力会などの組織に入っている。元請下請けの健全化は過去何度も国の施策として指摘されてきたが、国も総合建設業団体も専門工事業団体も実効性があることはやってこなかった。
00年7月国土交通省による「専門工事業イノベーション戦略」がだされた。専門工事業者の経営革新等の将来戦略の道しるべ、指針を示したもので具体的には①多様な建設生産・管理システムの形成、②経営力・施工力の強化、③元請下請け関係の適正化、④人材の確保・育成に関して行政、公共団体、業者がやることを明確に分けている(古阪秀三著 専門工事業いまなすべきこと)。
将来的には建設市場は急速に停滞、縮小化する方向性のなかで、前述したゼネコンによる一式請負による高コスト、不透明性の弊害が長期不況下にあって経営資源の低コスト化を志向する施主により再検討されており、分離発注、CM(コンストラクション・マネジメント)が増加していくものと予測される。このような環境変化により、既存の協力会の枠を超え専門工事業者が独立、協業化をめざす動向がでてきた。専門業者が新集団を組織し分離発注、躯体一式発注(とび工事、鉄筋工事等の許可業種区分を超えた再編)に対応する動きである。
建築工事の複雑、高度化が進行しているためサッシュ、カーテンウォール、金属工事、システムフロア、空調工事など専門業者の技術レベルがすでにゼネコンを超え、ゼネコンはある部分、詳細設計をこれらの業者に描かせているケースが多い。専門業者の技術力の高度化はCM(コンストラクション・マネジメント)に移行する環境を醸成する。
7、低コスト、高品質建築の実現
ゼネコンによる一式請負は、建築費の不透明化、高コスト化をもたらす発注方式であるという施主の不満、さらには下請けと呼ばれる専門業者がゼネコン傘下の協力会の枠を超え新集団を組織し分離発注、躯体一式発注などの対応できる技術力を有するという状況は、ゼネコンの体力の疲弊と相俟って分離発注や欧米型のCM(コンストラクション・マネジメント)を一定のシェアまで増加させ、海外に比べ高いと言われ続けてきた建築費の低コスト化を実現する可能性がある。建築の発注方式以外で建築費の低コスト化を実現する要因を一般要因とコストマネジメント手法さらには建築のIT化について考察する。
●一般的要因
- スケールメリット
規模が大きくなると材料の大量仕入れが可能となり、仕入れ単価、工事価格が安くなる。現場監督や仮設の電話、水道など規模に関係なく必要なコストは規模に比例しないのでスケールメリットで現場経費などが安くなる。
- 発注時期
建築時期は繁忙期を避ける。建築工事で多いのは木造住宅を除くと賃貸マンションで、入居率が最も高い時期は3~4月なため2~3月に完成する建物が多くなる。そのため最後の仕上げにかかる内装工事は1~2月に集中する。つまりこの時期内装工事をさせると需給関係で低額な発注ができない。この時期は躯体工事をし、躯体工事が忙しい時期は内装工事をする工程が組めるよう発注すれば建築費が安くなる。
- 流通機構
海外の工事費より割高になるのが日本特有の複雑な流通機構の問題である。メーカー→一次問屋→二次問屋と通るたびに各問屋の口銭が課せられメーカー出し値と末端小売り値で2倍もの格差がでるのはざら。数量がまとまればより上位の問屋から購入することができる。最近商社が入ることで建築会社はコストダウンとリスク回避のメリットを受けている。サブコンや鉄骨工場などが倒産した場合、迅速に他の業者や工場を紹介して貰えるため工事を遅らせずに済む。さらに商社の情報網を利用して現在、仕事が手薄な工場やメーカーを紹介してもらえば商社に払う手数料は考慮してもコストダウンができる。戸建、住宅メーカーは住宅設備機器をメーカーと提携して自社ブランド製品を特注生産することでコストダウンしている。
- 海外資材や部品の導入を図る
- 建築プランで経済性を追求する。単純な形状であれば複雑な形状に比べ外壁面積や柱等が少なくて済みコストダウンする。また建物には構造により経済的スパン(梁間)があり、それより大きくても小さくても不経済になる
- 建物を構成する部材や部品を標準化する。標準化により材料の歩留まりが上がり材料費のコストダウンが実現する。同型のものを繰り返し作ることで習熟効果がでるし、生産ロットもあがる。工場だけでなく現場の作業効率も向上する
1~3は「プロがそっと教える建築費のヒミツ(秋山英樹著)」から引用。6は「建設プロジェクトのコストマネジメント(佐藤隆良著)」から引用
●コストマネジメント
コストマネジメントとは標準コストをを設定し、それと現在要しているコストとの差異の比較、分析することによりコスト低減を図り、予算を正確にコントロールしていくというマネジメントである。
発注者の要求内容に基づいて、求められている機能を追及することにより、最小のコストで目的を達成する方策を探る管理手法と位置づけられるVEや一定期間内の初期投資額、更新、取替え費、運営費(光熱費含む)、およびメンテナンスの経費と修繕費の合計額の投資の決定を、現在価値あるいは年間価値による経済上の観点から評価するLCCなどの手法がある(佐藤隆良著 建設プロジェクトのコストマネジメント)。
要はVE手法は、企業全体の経営的視点に立った長期にわたる建設投資の事業計画から設備システム選定方法や資材の調達に至るまで建設投資の広範囲な領域で活用でき、また建設工事の初期コストにとどまらず建物の運用期間にわたる運用維持コストを予測することでトータルな事業採算性をLCC手法で分析できる。
●建築のIT化
建設省(現国土交通省)は97年6月に建設CALS/ECアクションプログラムを発表、04年までにすべての直轄工事に関する公共工事入札の電子化を進めている。既に01年4月に入札情報サービス(PPI)の運用を開始し、直轄工事の発注見通し、入札公告、入札結果を広く公開している。電子入札は、当初計画を1年繰り上げ、来る03年度から、すべての直轄事業を対象とした電子入札の実施が予定されている。
これらの動向は、建設会社における情報インフラ整備とIT対応を確実に促進させる。さらにゼネコンと専門工事業者・資機材販売業者間の取引においても、飛躍的に電子化を進展させる。すなわち、仕様書・設計図面提示、見積徴集、電子入札、成果品の電子納品、途中打合せ等の書類受渡しなどの各場面において、インターネットを利用した電子調達、情報交換、情報の共有化等が、積極的に行われていく。
建設CALS/ECの本格的普及に備え、大手ゼネコンはすでにITを導入、専門工事会社など協力会社間で見積もり、契約、調達、請求などのシステムを構築運用している。また工事現場における施工情報をリアルタイムで監視し、社内情報の共有など情報の一元管理のシステムを構築している。
建築のIT化の背景として建築需要の縮小、経済のグローバル化により低生産性、不透明な業界体質を打破し、一部製造業並みの合理化、生産性の向上を図ることが生き残りをかけた至上命題になっているという業界を取り巻く厳しい現実がある。特にゼネコンはビジネスモデルを再構築しないと前述のように分離発注、CMに流出し、その存在基盤そのものが崩壊しかねない危機にある。
業界最大手鹿島は、3次元CADによるDB-CADシステムを構築した。現在、一般的な2次元CADは図形情報のみで仕様、数量情報がないため、設計図のCAD情報を次工程の積算数量の算出や施工図作成に利用できなかった。3次元CADは属性機能を持ち構造躯体・仕上げ・建具・設備配管・ダクト・機器類の仕様・寸法・数量・高さ等の属性を共有DBに蓄積していく。さらにCADとは別に切り離したデータベースを外部に構築し、CADからの仕様・数量等のデータを関連部署で共有できる。見積書の作成、鉄筋加工図、鉄骨図、スケルトン図等の施工図を作成できる。
施主、設計事務所、ゼネコン、サブコン、メーカー間でそれらを共有し、ゼネコンの設計や生産部署が責任を持った図面・仕様・数量をオープンかすることで施主や専門業者間の信頼が増し自ずから低価格な調達が行われる。
建築の情報革新によるIT化の促進により電子調達が進むと建築資材の調達コストの縮減さらに電子入札の普及で国土交通省の提供する入札結果情報が建設市場の透明度を高め、オープン化の進行により単価の低下が進む。98年6月建築基準法の改正で「仕様規定」から「性能規定」化となり、「性能」は施主が決定し、中間検査の重視による監理強化が図られたため設計業者は性能設計とプロジェクトの監理責任能力が問われる時代になつた。電子発注と性能発注によって、施主側は客観的に技術比較を容易に行うことができる。
建築生産のIT化の進行で低価格で高品質の建築物実現が可能な時代が近づく。
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