多くの問題を抱える産業再生機構

2月28日産業再生機構のトップ人事が決まった。機構は当初100人前後の陣容で5月にスタートする。社長は、政府、日銀、民間銀などからの出向による寄り合い世帯をまとめ、原則5年と決められた期間に答えを出さなければならない。

産業再生機構の社長に決まった野村證券元副社長の斉藤淳氏は、「日本の銀行の不良債権処理は過去10年、進んでいないどころか悪化している。金融庁を通じ不良債権の引き当てを厳しくしてもらい銀行が不良債権を手放すことを促し、機構が積極的に買い取っていきたい。不良債権処理がこれほど進んでいない以上、政府が積極的に資金を使わなければならない。ある程度の国民負担は必要だ(日経03.01)」と語り、不良債権処理の厳しい現状と国民負担は避けられないとの見通しを示した。

さらに同紙は、現時点で再生対象としてゼネコンにかわって西部百貨店が浮上しており、ノンバンク、電機、自動車などの業種でも適用が囁かれていると報じている。週明けのマーケットは今回の人事から「再生機構はどの企業を支援し、どの企業を切り捨てるのか」の思惑を巡る情報収集に躍起になった。

「産業再生機構は企業の再建可能性を精緻に見極めることにより、政府の意思を反映することに重きを置く可能性が高く、政府にハードランニングを避ける意図が見える以上閻魔大王(塩川財務相が再生機構の役割を企業の生死を決める閻魔大王に例えた)にならないとの観測が市場関係者の間に広がりつつある。債券市場に携わる別の野村OBは投資家に過剰債務企業の社債は買いといい始めた」(日経産業03.04)

閻魔大王になるか仏になるか今後が注目だが、この産業再生機構が誕生したルーツは昨年9月12日のブッシュ・小泉会談までさかのぼる。

「9.11」一周年に際してのブッシュ・小泉会談が9月12日に行われ、「不良債権処理が遅れているじゃないか」と相当プレッシャーを与えられ重い宿題を背負わされた。そこで出てきたのがデフレ対策としての「不良債権処理加速策」である。

帰国後、小泉総理は柳沢金融担当大臣を解任、竹中平蔵に金融相兼務とする内閣改造を9月断行したが、竹中プランが強烈なデフレ圧力を日本経済に与えることがうすうすわかるや、さすがに慌てて過剰債務企業を再生させる「産業再生機構」の創設を浮上させた。

日本経済を回復させるには、不良債権処理と企業再生が表裏一体で、銀行の不良債権を減らして、銀行の体力を回復させようとしても、その過程で、不良債権の裏側にある不良債務の企業が次々に倒産してしまえば、日本経済全体が真正デフレになり崩壊してしまうという危機感だ。

産業再生機構は10兆円の資金枠を使って、非主力銀行から大手企業向けの不良債権を買い取り、主力銀行とともに再建を進める。その際に産業再生法に基づく優遇措置を活用する。不良債権の買取にあたっては企業が3年間の再建計画を所轄官庁に提出し、産業再生法の認定を受けることを前提とする。

管轄官庁は所管する業界の不振企業が再生機構に持ち込まれることに腰が引けている。不振企業を安易に救済したくないという面と法案の中に盛り込まれた「不振企業の支援にあたっては関係閣僚の意見を聞く」と言う項目にある。政治家が関係省庁に規準に合わない案件を持ち込み再建できなかった場合の二次損失を懸念するからだ。

「産業再生機構は自民党の大票田であるゼネコンを救済する機関になるのではと懸念する向きも少なくない。再生できるかどうかを判断する際に政治的圧力がかかる可能性は否定できない」(「大銀行崩壊の危機」中村一成&金融問題取材班著)

この「産業再生機構」という制度、実に多くの問題を孕んでおり、米国の意向が色濃く反映されたシステムではないのかという指摘もあるくらいだ。産業再生機構は債務者区分で「要管理先」企業は産業再生委員会で再建計画を検証される。結果、再建困難とみなせばRCC送りとなり法的整理コースで処理される。再生可能と判定されればメインバンクは支援を継続、非メインバンクは産業再生機構に債権を売却する。他企業との再編や債権放棄などで再生を図る。

繰り返すと、竹中プロジェクトチームの再生案は、不良資産と正常資産に振るいにかけ分離して、不良資産は整理回収機構に一括売却し、正常資産の部分は、経営陣を一新して存続させるわけだが、このあたりが、外資・ハゲタカファンドへの身売り説の根拠ともなっているところである。つまり公的資金を使って立て直した銀行や大企業を最終的には、外資に売り渡そうとしているという疑いだ。

斉藤社長は債権部門が長く、欧米の投資銀行や運用会社に顔が利き欧米流の企業再建手法に精通している。社長自身も「私は海外にも幅広い人脈があるので外資などに債権を売り込みたい」と日経紙のインタビューで語っている。

デフレで疲弊し切った国内で新たな資本を見つけるのは難しい。可能性があるのは外資である。米国を主とする企業や投資ファンドは、再生できる企業を発見する技術やノウハウを持っているし、日本での企業買収に関心もある。

米金融情報会社トムソン・ファイナンシャルによると世界のM&A市場規模は1兆7,400億ドル、日本の市場規模は8兆6,000億円程度で全体の4%でしかない。日本はM&Aの層も薄く、再生のプロも少ない。企業再建を請け負う人材を企業に紹介する「事業再生実務協会」を4月にも作り、同協会には企業破綻に詳しい大学教授や弁護士が参加続いて銀行や証券会社などを対象に再建ノウハウを持つ専門家の養成機関も設立しようとしている。しかし付け焼刃の印象は拭えない。再生に失敗は許されない。その存在意義が問われ、銀行の不良債権処理が遅れていると見なされ低迷する株価をさらに下押しすると景気回復は逆回転しかねないからだ。

アメリカの銀行の主流は投資銀行である。ゴールドマン・サックス、モルガンスタンレー、メリルリンチなどバルジブラケットと呼ばれる巨大投資銀行が主流になっている。こういう大手の投資銀行はM&Aなど企業再編の数多くの実績がある。しかし外資に対する抵抗感は強い。旧長銀トラウマがあるからだ。5兆円の公的資金をつぎ込んで、ゴールドマン・サックス証券をアドバイザーに指名し、アドバイザー料で57億円支払ったうえリップルウッドへの譲渡金額は僅か10億円、加えて100%瑕疵担保条項までつけられ、生まれ変わった新生銀行は貸し剥がしで鬼っ子になっている。外資による買取で競争力を国内企業が強化し、体質強化できるなら、あながち外資という選択を避けることはないとは思うが…。

再生機構が債権を買い取るときの価格の問題がある。価格の適正さが求められるが、再生機構法案には企業の再生計画勘案した適正な時価と抽象的表現にとどまっている。最終的には銀行との交渉になるが安すぎれば銀行は売らず、高すぎれば二次損失がでる。銀行が債権を市場価値よりも高い値段で売り抜ければ、銀行は助かるが、塩漬け債権を飛ばされた機構の損失は、最終的には国民がかぶる。税金で民間銀行のツケを国民が負担することになる。しかも、銀行は機構への売却という商取引しかしていないから、貸手としての責任追及ができない可能性もある。責任追及なしの銀行救済策となればモラルハザードを起こしかねない。しかも法案では2次損失が出た場合の処理が明確にされてない。

再生機構登場で存在感が薄れたのが整理回収機構だ。昨年1月施行の改正金融再生法で回収機構にも企業再生機能が追加された。昨年末までに取引銀行と共同で98社の再生計画をまとめ、それ以外に115社の再生を検討中だが約4万社あるRCCの貸出先数から見れば「少ない」と与党や産業界から不満がでている。再生機構は要管理先債権を買い取り支援する。RCCのファンドが要管理先の債権を買えば競合が避けられない。この辺の機能分担も不明確になっている。

小泉・竹中コンビは、大銀行・大企業には厚い保護を与え、中小企業と国民には「痛みに耐えろ」と貸し剥がしや負担増を迫る。無気力で無関心な国民と酷い政権、呆れた国になったものである。

さらに産業再生機構が企業の生死を一義的に決められるのかという問題もある。銀行部門に対して、国有化を辞さない金融庁という監督官庁がいるが、民間企業部門に企業の生死を振り分けることができる行政機構が果たして存在するのだろうかという自由主義経済に関する本質的疑問である。

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