国の資産を証券化するとどうなる / 小沢構想の波紋

■波紋を呼んだ小沢構想の200兆円証券化

(※文中の敬称略)

小沢は9月1日の菅直人総理との代表選挙の共同会見のなかで、政策実行の財源について「600兆円の国の資産のうち200兆円ぐらいは証券化できるといわれている。十分、我々の主張する財源は捻出できる」と指摘した。

国有財産の証券化案は、同陣営の海江田のアドバイスと言われている。海江田は、国の資産を担保にして新たな債券・証券を発行したり、国の資産を売却するより、有効活用して財源を捻出できる手法があるとしている。しかし、具体的なスキームや捻出可能な財源額について踏み込んだ話が代表選で語られれることはなかった。

一方、菅首相は5日のNHK番組で、小沢が政策財源を捻出するため提案している国有財産の証券化について「場合によっては流動性が少なくなり、国債より高い金利になるのではないか。勉強しているが、実行可能性では、国債以上の証券になるのは難しい」と否定的な見解を示した。さらに菅は「道路とか自衛隊基地とか皇居も公共財産だ」と指摘。600兆円の中には証券化になじまない資産もあるとの見方を示した。この反論も官僚の急場の入れ知恵を十分に咀嚼できずに「取りあえず反論しておこう」という域を出ないもので、さらに踏み込んだ議論に入るには準備不足の感が否めなかった。

小沢VS菅の証券化を巡る議論は、一部の専門家の間ではネットなどで高い関心を集めたが、一般メディアを通した世論としては盛り上がりに欠け、例えばテレビ局等のコメンテーター等も国有財産とか証券化に対する知見が浅いせいか、この話題には踏み込まず素通りしてしまった。メディアがこの方面の専門家を呼んで、財源捻出や財政健全化の視点から「国有財産の証券化」について是非の議論を戦わせると、両者の経済政策論争を深化させ、国民にとって実りの多いものとなったと思われるのだが…。

■国の資産と証券化

さて、国有財産を証券化するといっても話のスケールが大きすぎ、抽象的で具体的なイメージがつかない。国の資産にはどのような物があり、国のバランスシートはどうなっているのだろうか。長谷川幸洋の現代ビジネス「ニュースの深層」が簡潔、明解で分かりやすい。

2008年度末で国の資産は664兆円ある。うち道路や建物など有形固定資産が182兆円に上る。見逃せないのは貸付金が162兆円、出資金が54兆円で合計216兆円もある点だ。これらの多くは独立行政法人に流れている。このほか株式など有価証券も99兆円ある。一方、負債は982兆円で、うち一番大きいのが公債の681兆円だ。資産と負債の差額は317兆円の負債超過である。よく「政府の借金は800兆円」などという数字が踊るが、バランスシートでみた正味の国の負債は、実は300兆円強にすぎない。

次に「証券化とはどういう手法か」というと、資産を保有する者(ここでは国)がキャッシュ・フローを生み出す特定の資産を貸借対照表からオフバランスして、債務者との関係など対外的な関係を一部継続しながら倒産隔離や信用補完の措置を施すことで、当該資産に係るリスクを目的に適った形に加工し、有価証券に代表される流動性のある投資商品を発行するスキームで、国の保有不動産や貸出債権を有価証券の形にして投資家に販売して市場で流通させる。

具体的には、例えば、国の貸出債権については貸付金債権を優先劣後構造による信用補完を伴なう信託受益権を設定して、優先受益権を裏付けとして特定目的会社が有価証券を発行するなどが考えられる。また国有不動産については、例えば政府が保有する庁舎等は、後述するが不動産証券化で一般に見られるセール&リースバック方式や開発型証券化等を案件に応じて適用し、証券化スキームにより保有から賃借へ転換していく方向になるだろう。

一般論で言えば有価証券の形で不特定多数の投資家から資金を集められると、債権や不動産の流動化が実現し、リスクの分散も可能である。投資家からみると、リスクに相応した高利回りの金融商品に投資することができるので、双方にとってメリットが大きい。

■証券化でどんなメリットがあるのか(財源と財政再建の視点から)

国の資産の664兆円のなかには、菅首相が言うように道路や自衛隊基地など投資家に証券化して売り払う事ができない物もあるが、前掲の指摘のように独立行政法人に流れているといわれている貸付金が162兆円、出資金が54兆円で合計216兆円もある。このほか株式など有価証券も99兆円あり、さらに保有不動産では庁舎や公務員宿舎等がある。これらの資産は、スキーム的には証券化の対象となるものが多く含まれると考えられる。とはいえ証券化で財源が捻出できるという考えには疑問符がつく。

サイト(海江田のサイト)にある「外為特会、国債整理基金」の資産はすでに国債発行によって調達した資産であり、これらを担保とする債券発行は無意味で、新たに国債を発行することと同じだ。したがって、そのサイトにあるような証券化は、財源とは言えない。国債発行すれば財源はいくらでもあるという話と同じだからだ。(ZAKZAK9月6日)

要するに国のバランスシートで見ると、資産の一部を証券化で売って、捻出された資金が、債務の返済に回されずに、マニフェストの子ども手当や高速道路無料化などへ歳出されるとその分は負債が減らずに資産が減少するので、その結果、バランスシートが悪化することになる。しかし、証券化する効用がないわけではない。海外先進国に比べ突出して高い国の資産規模対CDP比を圧縮することは、天下り問題を含めた行政の高コスト打開や将来の国民負担の増加抑制等の側面から評価できるのだ。

ゲンダイネットで山崎元は指摘する。

実際にどの部分を証券化するかは別として、政府のバランスシートを圧縮するという観点から見れば、国有財産の証券化は有効です。(中略) 国有財産のうち、ゆうちょ銀や住宅金融支援機構などへの「貸付金」が162兆円、JTや日本政策金融金庫などへの「出資金」が約54兆円。この2つを証券化するだけで200兆円を超える規模になる。これに官舎など政府保有の不動産を加えれば、政府はいくらでもカネ回りがよくなる。赤字国債発行で不毛の議論を繰り返す必要もなくなってくる。もっといえば、不動産の証券化は官僚の力をそぐことにつながるというのだ。例えばどこかの官舎を証券化するとしましょう。民間保有になるわけですから、今のように極端に安い家賃は通用しなくなります。さらに管理などで官僚が采配を振る余地がなくなります。だから国有財産の証券化に、官僚は大慌てだと思いますよ

長谷川幸洋も山崎元と同じ趣旨の指摘に加え、「資産と負債の両建てで政府をスリム化しておくと、将来、増税が避けられなくなった場合に必要な増税幅を圧縮して国民負担を大幅に軽減できるのだ。」と指摘している。

■これまでの国の資産の証券化の経緯

実は、あまり知られていないが国の資産の証券化についてはすでに前政権下で検討されていた経緯がある。例えば地方公共団体に貸し付けられる「地方資金」と、独立行政法人等に貸し付けられる「本省資金」からなる財政融資資金貸付金については、2007年2月以降、経済財政諮問会議の下にある専門会議で証券化がすでに検討されていた。

そして財務省が「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2006」に基づき証券化を主導、2008年2月に初回の発行会社である第1回財政融資マスタートラスト特定目的会社より、資産流動化に関する法律に基づき特定社債が発行されている。

証券化の対象とされた債権は日本政策金融公庫を含めて12機関の債権で、証券化による資産担保証券(ABS)は、R&IとS&PからともにAAAの格付けを取得、利回りは国債に対して+37bpのスプレッドになる1.83%で決定されたが、これは当該証券化スキームによる複雑さやまだ残高が少なく流通市場における流動性の低さが考慮された利回りとなっている。

また国有の庁舎等についても売却・証券化を検討するため、社団法人不動産証券化協会推薦の民間企業からのヒヤリングを実施している。ヒヤリングの結果を「庁舎等の売却・証券化手法についての検討会」の「結果の取りまとめ」から引用すると、

  • 法定容積率の利用率が高く築浅の物件では、単純なセール&リースバック1を前提とした各種分析が提示された
  • 定容積率の利用率の低い物件では、①国保有の土地と建替え後の建物の一部とを等価交換する方法、②定期借地権を利用し、地代を受け取りつつ、建替え後の建物の一部を賃借する方法、③土地売却後、建替え後の建物の一部を賃借する方法といった開発型証券化(開発手法と証券化手法2を組み合わせたもの)を前提とした各種分析が提示された
  • 地方の収益性の低い物件については、証券化のメリットはなく、集約化し単純売却すべきとの提案がなされた

つまり、法定容積率の消化率が高く築浅の物件なら現状から投資家へ配当する原資となるキャッシュフローが上伸する余地が乏しいので、現状を前提としたセール&リースバックにして、その逆の物件については建て替えを前提とした①から③の手法でキャッシュフローを改善する手法がメインとなる。

いずれにせよ政策効果の判定基準として「国民負担の軽減が図られるか」という視点が重要となる。この点については、国が庁舎等を保有するコストを国債利回りとした上で、賃借することで新たに増加するコストとを比較することが合理的だが、単純なセール&リースバックは資金調達コストの差等から国民負担が軽減されることはなく、国にとって有利とならないのではないかという意見が多数を占めた。

一方、開発型証券化は個別の物件や提案内容次第であるが、法定容積率の利用率の低い庁舎等について証券化効果というよりもむしろ土地の開発余力が再評価され、その利益が実現することで国民負担が軽減され国にとって有利な場合があるのではないかとの意見も多数を占めた。

以上から考えるに当該検討会による検討結果については、証券化が独自に寄与する政策効果は、国民負担の軽減という観点から観ると総じて期待するほど高くないようだ。

■まとめ

小沢構想で提起された国の資産の証券化だが、財源捻出という側面は論理的に疑問符がつくという指摘が見られる反面、この国の財政再建や行政の効率化と行政コストの抑制(天下り問題の解決含む)からは証券化による資産のオフバランス効果が大いに検討に値すると評価する見方が多い。

この場合、貸出債権等の証券化については、証券化コストとの比較からそのメリットを検証する必要がある。また国有不動産等の証券化についてはデューデリジェンス費用や新たに発生する公租公課などの証券化固有のコストに政府が賃借することで、新たに増加するコストを加えたものと国が不動産等を保有するコストを国債利回りとして双方を比較するといった政策効果の定量化が欠かせない。

以上で見てきた証券化を巡る議論が小沢構想を契機にさらなる深化を遂げれば、財政再建や行政の効率化・低コスト化の全体像が国民の前で浮き彫りになり、それらを踏まえ国の資産や負債のあり方について証券化をはじめ売却やPFI方式等の活用を含めた中長期的ロードマップが具体的に提示されると、この国を閉塞する暗雲が徐々に晴れ、世界で一人負けの国内株価も爆騰するのではないだろうか。

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