建物再生ビジネス(コンバージョン / リノベーション / リファイン)in福岡

建物再生ビジネスが福岡で開花している。商業地では、大名や今泉などのブランドエリアから中央区の清川や春吉、博多区川端などで老朽オフィスビルや専門学校、民家、古い旅館がリノベーション、リファイン、コンバージョンされ注目を集めている。また市内の住宅地にあっても老朽賃貸住宅の再生事例が目立ってきている。再生された建物は、建物の持つ歴史を新しい感性で伝承し、街の雰囲気にも溶け込み独特の味わい深い空間を創出しているが、福岡の建物再生の面白いところは、再生の仕掛人が金融技術を駆使した中央資本の不動産ファンドであったり、地元の建築家やデザイナー、そこを拠点として情報発信する若者達であったりと実に多様なことだ。

▼下町の郷愁と若者の文化が同居、大名の路地

▼紺屋町商店街のリノーベーション長屋

建物再生が盛んになった背景であるが、世界的に循環型社会に入って、いまあるストックを有効利用しようという時代になった。特に日本の建築は、これまでスクラップ&ビルドで破壊と新築を繰り返してきた。高度成長経済期は、住宅にしてもオフィスにしても増加する人口と大量に人間が流入する大都市の膨張で建物の床が需要に追いつかなかったためスクラップ&ビルドが成立してきたが、低成長経済に入り、少子高齢化で人口が減少していく社会となるとスクラップ&ビルドから過剰となった建物全体の床を建物再生へ転換せざるを得なくなってきている。

建物のスクラップ&ビルドは、CO2を排出し、廃材を生み環境に優しくない。既存資源を有効利用する建物再生は、これからのエコ社会、循環型社会にマッチした手法といえる。

建物再生手法にはコンバージョン、リノベーション、リファインがある。まずコンバージョンだがオフィスビルの2003年問題でビルの空室が増え、競争力がないビルは、賃料が下がり稼働率が悪化するという懸念から注目された。

オフィスビルのコンバージョンではレントギャップ(住宅賃料>オフィス賃料の関係式)があれば、ベースビルを分譲・賃貸マンションにコンバージョン(用途転換)したほうがオーナーにとってメリットがある。

コンバージョンは用途を転換するが、リノベーションは同一用途のままで躯体に纏った内外装を思い切り変える。テレビのビフォーアフターで一般に浸透し普及したリフォームをより革新的に進化させたものだ。リファインは内外装を削ぎ落としてスケルトン状態にし、耐震補強して内外装を一新する。リノベーションとリファインの違いは耐震補強の有無と言われているが、実のところ両者は用語として区別しないで使われることが多い。これらの再生手法の経済的メリットは、新築に比べ工期が短く、コストが安いことが挙げられる。

まず建物再生の担い手としての不動産ファンドの福岡市内での再生やその戦略について紹介する。

■不動産ファンドの建物再生

最近、熾烈な物件取得競争の結果、取得価格の高騰と築浅で高グレードの優良投資物件の枯渇が進んでいるため、ファンドやリートは建物再生を使ったバリューアップで収益力を高めることを前提に物件獲得を始めている。建物再生はデベロッパーで行い、バリューアップ後にファンドへ売却するケースとファンド側で建物再生を行うケースがある。ファンドがバリューアップをする場合は、そのリスクとリターンをファンドが負担することになる。いずれにせよ追加投資コストを上回るキャッシュフローの実現を目指している。

例えば、10億円のオフィスビルを購入する。稼働率70%でNOIが5千万円とするとNOIベースの利回りは5%となる。このベースビルに5億円かけてリノベーションし、稼働率が100%、賃料も20%上昇し、それによってNOIが9千万円に上昇したとする。この結果、還元利回りを5%とするとリノベーション後の資産価値は9千万円÷5%で18億円となり(購入額10億円+追加投資額5億円)を控除したバリューアップ後の資産価値純増は3億円となる。

DCF法を使うとリノベーション前後のNOI、追加投資のタイミングと投資額、躯体の構造補強を実行した場合のターミナルキャップレート変動など各パラメータを投資運用期間内で変化させシミュレーションする感度分析で事業採算性を探ることができる。

以下で福岡市内での不動産ファンドにより行われたコンバージョン事例を紹介する。

●パシフィーク天神

不動産ファンドパシフィックマネジメント(PM)は、05年5月に天神2丁目の学校法人佐藤学園を取得した。PMは、連結ビークル(有)アンドロメダ・エンティティに譲渡後、総事業費約35億円、コンバージョンを行い複合商業ビルとして再生。将来的には商業施設系ファンドへ売却することを視野に入れてのバリューアップ型不動産投資である。

取得不動産は、天神の重心移動で魅力的な商業ゾーンに変貌している天神2丁目に在って敷地面積1,111.43㎡、S造地下1階地上7階、延床面積5,484.64㎡で、この立地では得がたい案件であり、再生後、商業施設としてもテナント需要が十分に見込まれた。

趣のある外観をそのまま利用し、街に溶け込んだ「来店しやすいお店」をコンセプトに再生を施し、本年7月29日、商業施設「パシフィーク天神」を開業した。同施設は女性の美をテーマにしたファッション・雑貨、ヘアサロン、ヨガスクール、フィニッシングスクールなどの13店のショップが展開されている。

●BROOM Fukuoka

アーバン・アセットマネジメント(UAM)により専門学校から商業施設へコンバージョンされた中央区大名の「BROOM Fukuoka」が、06年7月に1部オープンした。1階には「心と体の健康」をテーマにスローフードを提供するN-DeLiが全国で初登場した。10月には2~5階に人気ヘアメイクアップアーティストの宮村浩気氏が「女性の美」を追求してプロデュースしたReverie-M(レベリーエム)が完成する予定だ。

同施設の構造は、地上5階建。建物延床面積は1,202.31㎡。アルミパンチングメタルで花模様を浮き上がらせた独創的なファサードデザインで幻想的な外観を演出している。

UAMが取得する前は、築20年の大栄公務員受験専門学校だった。UAMは、取得当初、オフィスビルを計画したが商業系施設のほうが高利回りとなり、大名という立地よりみてテナント需要も高いと予測し商業ビルへのコンバージョンを決断した。エリアの商業特性に適合させた商業施設へコンバージョンさせたことでバリューアップを実現した。

パシフィーク天神やBROOM Fukuokaは、中央資本によるものだが、今後は福岡発の地元ファンドによる建物再生が増加すると筆者は予測している。その理由として、不動産証券化の地方化と組成不動産の小ロット化である。レンダーのノンリコースローン融資額は、数十億単位から数億単位まで小額化されてきており、デューデリジェンスのコストも案件数の蓄積で様式が徐々に標準化され低コスト化が進んでいる。このため地元の中小不動産業者が不動産ファンドを手がける障壁は随分取り除かれてきているからだ。

▼パシフィーク天神

▼BROOM Fukuoka

■福岡発、地元クリエイターたちの建物再生の熱気

金融技術を駆使した中央の不動産ファンドによる建物再生がある一方で、地元建築家や建物オーナーを中心にした建物再生の動きも熱く展開され始めた。

建物再生の対象となっている建物は老朽化したオフィスビルや旅館、長屋、戸建住宅といった、いわゆるAランク不動産ではなく市井に佇む名もなき建物たちである。これらの建物もかつては多くの人が働き、住まって輝いていた。そしてその記憶は、エリアの風景に懐かしさという心象風景を重ねて人々の心に刻まれている。建物再生は、単に建物を改修し延命するだけでなく建物の記憶にいまの時代の感性吹き込み、魅力的な空間として再デビューさせる試みといえる。

市内のリノベーション、コンバージョンは、若者向け地域ブランドが確立した大名、隠れ家的なショップが点在し、人気を呼んでいる今泉地区という定番エリアから、中央区清川、春吉といった天神の縁辺部にありながら、いまは商況が寂れ、マンションなどに変わりつつある商住混在地、さらには市内の住宅地でなどで広範に展開されている。

なぜ建物再生は建築家を熱く駆り立てるのか、白地のキャンバスに絵を描く新築では実現できない建築の奥の深さがある。既存のストックを残すという制約が逆に思いもつかない空間効果を創り出し、それが味わいとなって人気を呼ぶからだ。

以下でそれらの事例を紹介していく。

●大名、今泉地区

大名や今泉は天神の中心の南進、西進ベクトルの大きなうねりの中で独自の商業ゾーンを作り上げた。地域の変容でミスマッチとなったこのエリアの既存ストックを上手く再生することで地域の高いポテンシャルに接続され再デビューを果たしている。収益物件である以上、リノベーション、コンバージョンが検討されるときエリアの特性と再生後の姿や用途が支持されるかマーケットリサーチがなされるが、この地区は地域ブランドの高まりと相俟って商業激戦区となっており、再生事例は今後も増加すると思われるが常に投資成果が求められ、店舗が新陳代謝されるシビアな地域でもある。

地元の建築家松山真介氏が率いるリノベーション集団「リノベエステイト」は、大名紺屋町の築50年長屋のリノベーションを行なった。以前は敷地面積は70坪に「洋品のやまぜん」の店舗が建っていたものを再生、リノベーション長屋をオープンした。テナントは、古着屋「Qlozet(クローゼット)」、タイ式マッサージ「slow garden(スローガーデン)」、カフェ「con cafe(コンカフェ)」の3店舗からなる。

「施設のコンセプトは紺屋町商店街の「待ち合わせ場所」で、開放された中庭やギャラリー、来街者に親しまれる空間を提供することで集客力を高める。空間デザイン面では、3店舗を結ぶニュートラルスペース(遊びの空間)を確保し、通路に設けられたギャラリーや隣地の建物がむき出しの中庭、隣接する木造アパートの通路などでは、ライブパフォーマンスやアートイベントなどが開催でき、商業行為以外の文化創造にも対応できる空間造りを目指した」(天神経済新聞)。

ほかにも大名の路地にある2階建アパートの1階が店舗にコンバージョンされたり、今泉の民家が路面店舗にコンバージョンされ隠れ家的に佇むのが目に付く。

▼大名の共同住宅の1階を店舗にコンバージョン

▼今泉の民家を店舗にコンバージョン

●天神縁辺部、川端

中央区清川に建築家橋爪大輔氏のリノベーション物件がある。那珂川が見渡せる1、2階が店舗、上階は賃貸住宅となっている「Lassic」である。

以前は若鶴旅館という古い旅館で修学旅行客などが泊まっていた。清川といえばいまはすっかり寂れているが、古い世代には昭和30年代頃まで歓楽街で賑わった記憶があるエリアだ。(財)福岡アジア都市経済研究所の季刊誌「fuNO6」によるビルオーナーへのインタビュー記事では、「旅館をたたむにあたり跡地利用をいろいろ考えたが、音楽関係の仕事で訪れた海外の都市が古い建物を修理しながら使い続け、そうした場所から若者たちの文化が発信されていた。思い巡らすなかで出合ったのがリノベーションで街を活性化させる「アナバ・プロジェクト」に取り組んでいた建築家だった。」

リノベーションの段階から入居希望者(建築家とオーナーが面談で決定)に内覧会を開いて建物の状況を見てもらいテナント参加の共同作業で進められた。入居者である若者たちは個性的な店舗改装を施し、多様な空間を創出している。

▼Lassic

▼Lassic 1~2階店舗、上階は賃貸マンション

「Lassic」と同様に若い建築家とテナント店主の濃密な共同作業で手作りの再生を実行したのが博多区川端の「冷泉荘」だ。裏路地に佇む築49年の5階建のエレベーターもない雑居ビルを取り壊しまでの3年間の期間限定で若者たち中心の店舗やアトリエが入居する計画で改修した。

衣料品卸、着物の仕立て、アクセサリー、美術ギャラリーなど18組の感度が高い若者を中心に入居し思い思いの内装を行った。建築デザイナーの野田恒夫氏が中心となって企画したこの計画は「プロジェクト・冷泉荘」と名づけられた。テナント募集は仲介業者を通さない口コミで募った。これは割安な家賃だけを目当てに集まるのを避けた野田氏の決断であった。「業種を超えた交流、地域への参加など様々な「挑戦」という趣旨を共有できる人を集めたかった。最終的には80人以上に会いました」(日本経済新聞)。

全入居者は月に1回、野田氏のカフェで会合を開き、建物活用、ブログでの情報発信、付近の掃除や祭りの参加など地域との連携について話し合う。地域コミュニティがまだ濃密でクリエイティブな仕事従事者が多い福岡だからできた手法ともいえる。

●市内住宅地

大分市の建築家青木茂氏は、リファイン建築を行う建築家で福岡市内にいくつかの事例がある。そのなかから中央区笹丘の住宅地の築34年のRC造5階建賃貸集合住宅をリファインで全面改装したケースを紹介する。なお同事例は独立行政法人建築研究所「建築研究資料No.99」でも紹介されている。間取りも設備も現在のニーズに合わなくなった賃貸集合住宅、753ビルを「PARKSIDE GARDEN」にリファインした事例である。

計画は現在の躯対・住戸数を維持し、西側部分にEVおよび階段室、エントランスホールを増築する方向で進められた。耐震上有効な壁のみを残してその他の壁については撤去。必要な耐震壁のみをRCで新規に増築し、その他の壁は鉄骨下地で設置することで躯対の構造的負担を軽減している。さらに耐力が不足している柱等を炭素繊維で補強することによって、現行の耐震基準の適合を実現した。また「PARKSIDE GARDEN」は賃貸集合住宅という性格上、借り手の入れ代わりも考えられるので、外気の影響を直接受けないよう二重壁による外断熱を施し、可能な限り壁面を緑で覆うことにした。建物が植物の成長とともにさまざまな表情を持ち、なおかつ壁面緑化による建物の表面温度の上昇防止、都市のヒートアイランド化を緩和する効果を狙っている。新築の6割弱のコストで住戸数はそのままに、時が流れても魅力を保ち続ける賃貸マンションへと生まれ変わった(青木茂氏のサイトより引用、一部筆者が要約)。

市内の住宅地での建物再生は、分譲、賃貸マンションの区分所有部分をリフォーム程度の改修を行うケースは多いが1棟丸ごと再生するやり方は緒についたばかりだが今後は増加すると思われる。築30年超のマンションストックの今後の急増でマンション建替え問題の対応が行政を中心に進まないと建物再生への潜在需要は膨らむと予測されるからだ。

また不動産ファンドなどの建物再生を絡ませたバリューアップ型不動産投資の手法は、程度の差はあれ個人投資家レベルまで取り入れられてきている。後述するがネックとなっている追加投資額の資金調達が多様化すると賃貸住宅の再生も飛躍的に加速すると思う。

■今後の展望・課題

建物再生ビジネスも今後、成長していくには課題も多い。例えば不動産投資ファンドの建物再生によるバリューアップ手法も、物件価格の高騰で、単純なバリューアップはすでに取得時の価格に織り込まれており、投資効果を高めるためには、バリューアップ手法の高度化・多様化が求められている。最近の建物再生の特徴としては、従来まで難アセットとして敬遠されてきたホテルやサービスアパート、シニアマンションなどオペレーションを伴うアセットへのコンバージョンなどが増加しており、オペレーション業者をM&Aでファンドの傘下に組み込むケースもでてきている。

欧米に比べ事例数が少ないといわれる建物再生であるが、今後、この手法が国内で普及するための解決されるべき課題として、

  1. 老朽建物の再生は資金調達が難しい
  2. 建築基準法、消防法などの法規制がネック(特に用途転換を伴うコンバージョンは厳しい)
  3. 税制や助成金など諸外国に比べ行政の後押しが少ない

1の資金調達面ではリノベーションやリファイン、コンバージョンにより再生された物件の国内における案件数の積み重ねが少なく残存耐用年数の取り方など鑑定評価の細部で統一された指針がないため再生による価値付与がばらつき担保評価のネックになることが理由として考えられる。この方面の研究や再生事例のデータベース構築が今後の課題となる。

また通常の案件に比べハイリスク・ハイリターンの再生案件であるが、今後、証券化のハードルが下がり、市内での地域発のファンド組成の普及が予測されるので、不動産証券化スキームで優先劣後構造による商品開発や再生案件などのポートフォリオ組成でリスク分散していけば、投資家の資金が集め易くなり、銀行借り入れによる現状より資金調達手法が多様化すると思われる。

2については再生時(特に住宅へのコンバージョン)に建築確認で現状建物の既存不適格の治癒によるコストアップや採光規定、窓先空地、消防の2方向避難などがネックで計画が頓挫するケースが多く、現実的な範囲での規制緩和の要望が強い。

3については欧米など建物再生先進国との比較で不備が指摘されており政府の迅速な対応が待たれる。

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