コンバージョン / 余剰オフィスビルの用途転換手法

■コンバージョンとは

コンバージョンとは、既存のビルや商業施設、倉庫などを用途転換する手法で、海外では宮殿から美術館や工場・倉庫が集合住宅になったりしている例が多く、不良債権化したオフィスビルを安く買い取って付加価値の高い都心型住居として供給するビジネスも登場しており、広く普及した手法である。日本でも少子高齢化による児童減少で廃校となった小・中学校を、コミュニティ施設や高齢者向け福祉施設として転用したケースはあり、例えば神戸の旧外国人居留地に隣接する北野小学校は児童数の減少と震災被害で廃校となったが、「北野・工房の町」として蘇生している。しかし木造住宅が主流であった日本では構造の耐用年数などからスクラップ&ビルドにより住宅などは大量生産されてきており、既存ストックを用途転換するという発想や事例は海外に比較するといままで乏しかったといえる。

■2003年問題

コンバージョンがわが国で注目され始めたのは2003年問題によるオフィスビルの大量発生により余剰となった相対的に競争力に劣る都心立地の事務所ビルを住宅に用途変更することによって再び蘇生させることにある。その結果、オフィスとしての賃料より、住宅としての賃料ベースが上回るという潜在力を有する候補案件が存在するからである。需要が枯渇したオフィスビルは、賃料を下落させてもテナントを埋めることは難しい。オフィスの賃料水準から軽作業場さらには倉庫の賃料水準まで賃料を下落させることになり、地域全体が地盤沈下を起こしかねない。

わが国の2003年問題と似たオフィスビル間競争によりもたらされた地域単位の地盤沈下は米ニューヨーク市マンハッタンでも起きており、ニューヨーク市はコンバージョンを立案、実行することで地盤沈下したロワー・マンハッタン地区を蘇生させている。

「月刊不動産鑑定」東大松村秀一氏の論文「なぜ、いまコンバージョンが必要なのか」よりその経緯を紹介する。

「歴史的に見ると、マンハッタンの開発は南から北に向かつて時代とともに展開していった。そのため超高層ビルも一番古い例は南の端ロワー・マンハッタン地区に集中している。ウォールストリートを中心とするこの地区には、長らくアメリカ経済の中心地の一つとして、世界中の金融関係の企業が集まってきていた。それらがこの地区に立ち並ぶ超高層ビルにオフィスを構えていたわけだ。ところが、IT技術の時代に入り、すべての金融関係企業がウォールストリートの周辺に大規模なオフィスを構える必要は薄れてきた。事実、マンハッタン内ではなく対岸のニュージャージー州の緑豊かな環境の中に本社機能を移す企業などが現れ始めた。このことによって、それまでオフィスの需要が堅調だったさしものロワー・マンハッタン地区でも、オフィスの空室率が上昇することになった。もともと夜間人口が少なかったこの地区で昼間人口までが減少し始めたのである。昼間、夜間の人口減少はそのまま地域の衰退に繋がっていった。税収が減少する一方で、治安の悪化が進み市当局の支出が増えるようになった。この悪循環を断ち切るためにニューヨーク市が立案したのがオフィスから住宅へのコンバージョンの促進策であった。地区を特定してコンバージョン工事に対応する税制優遇策を実施したところ、数年の間に数十というオフィスビルが賃貸集合住宅にコンバートされていった。そもそも歴史もあり利便性も高い地区である。そこに超高層ビルからの眺望も加わるから住宅への需要は大いに期待できたし、実際コンバージョンは事業的にも成功している。」

居住人口の東京都心回帰が進むなか、都心居性やSOHOなどのクリエーター向け住居など住宅用途に転換することは、既存の利用を継続することによる破綻リスクを低めるため、ビルオーナー、不良債権処理を進める銀行、都市再生に起死回生をかけるゼネコンなどにとっては、時代の要請とマッチした魅力的な手法ということになる。

■コンバージョンの実例

コンバージョンは、注目度の割にはいままで活用された事例は少ない。普及しないネックとして建築基準法の採光規定などをクリアできる案件が少なく、クリアできるとしても事業採算性が悪くなることである。例えば採光規定では住宅に床面積の7分の1のサイズの窓を設置することを義務付けている。採光スペースを取るためビルをくりぬいて内側にも窓を作るなどをするとコストが上昇する。費用対効果で不動産価値がコスト負担以上に上昇しなければならない。

国土交通省では住宅へのコンバージョンに際して、改装費用の一部補助や建築基準法の緩和策を推進しており、助成策が進めばこれらのネックも改善し、さらにニーズが高まるものと予想される。

すでに一部の住宅会社や不動産会社、大成や竹中などの大手ゼネコン(総合建設会社)によるコンバージョン事業参入が相次いでいる。大成建設は東京都心部の中古オフィスビルを改修してマンションに転換する事業を始める。約20人の専門部隊がビルのオーナーに提案し、05年度に200億円の受注を目指す。営業や設計、建築、都市開発など各部門から人員を集め、リニューアル本部内に専門チームを新設。今月から本格的な活動を開始した。建物の状態や立地、賃料水準などを分析し、顧客の資産運用に関するコンサルティングを実施。再びオフィスビルとして改修する場合に比べ、賃貸マンションに用途転換した方が投資利回りが高いと判断すれば、設計から施工、完成後の運用・管理まで一貫サービスを提供する。3年後にコンバージョン市場が3,000億円程度へ拡大するとみており、その1割近くのシェア確保を狙う。

日本土地建物は東京・青山(港区)の旧日産建設の本社ビル(地下2階地上8階建)を01年に18億円で取得した。築38年と古く、オフィスビルとしては小規模で高い賃料は望めないため地下鉄青山一丁目駅から徒歩1分の好立地を生かし賃貸マンションに改装する。「クリエーターズ・ビレッジ」をコンセプトに、2~8階をSOHO住宅44戸(住戸面積35~65㎡)とし、1階部分を飲食などの店舗、地下1、2階部分にサービスオフィス、スタジオ、トランクルーム等を予定している。転用物件としては国内最大級になる。施工業者は竹中工務店で機能性と意匠性を向上させる耐震補強と外装改修も同時施工する。

平和不動産は東京都千代田区のJR水道橋駅に近い築15年のオフィスビル(地下1階地上5階建)を購入した。ワンルームの賃貸住宅20戸(平均29㎡)にコンバージョンする。同ビルの横連窓及び高い天井高の魅力をそのまま活かし、人気の高いstudioタイプとする。03年11月着工~04年3月竣工予定。事業費はビル購入費を含め約5億円。「3.3㎡当たり1万~1万5千円と周辺のオフィス賃料相場より高い家賃収入が見込める」という。

建材商社の野原産業(東京・新宿)も東京都文京区の築11年のオフィスビル(8階建て)を買い入れ分譲マンションを作り替えた。

■具体的手法

海外では、「コンバーター」と呼ばれるコンバージョンを専業とした事業者が存在し、イギリス等では既に職能として確立されているが、日本でもこのビジネスモデルの構築は急速に進むと思われる。

まず不動産の物件紹介などから、コンバージョンの要件を備える物件を選定し、建築基準法など法的規制、建築的特性などコンバージョンの基本的成立要件の適性評価を行った上で、地域分析、周辺の需要予測に基づく事業採算性の検証、さらに資金面のサポートとして、税制面の検討、公的助成措置、金融機関やサブリース会社と連携した事業提案、既存建物の構造安全性の検証等によって、事業プランを具体化する低コスト・工期短縮など技術面のサポートを行う。完成後は運用支援や管理などを行う。

視点を拡大するとコンバージョンは03年問題に深く関わるため、オフィスビル間の競争に敗れた敗者救済的側面があるが、個々のコンバージョンに拘泥すると住宅とオフィスが無秩序に混在する街が生まれかねない。鳥瞰図的都市再生の視点から有機的な連関で住宅、オフィス、店舗を集積するエリア決めを議論していくべきであり、行政もコンバージョンに積極的に参加、支援すべきである。

■建築基準法、改修工事上の課題など

事務所務所ビルから集合住宅へ用途変更する場合、下記のような課題をクリアしなければならない。

●採光

事務所には採光の規定は適用されないが、住宅の居室は、有効採光面積は居室の床面積の1/7以上必要とされている。03年3月28日告示改正などで基準が緩和の方向にあるが、採光規定により、建築物が境界線等から一定距離後退して空間を確保し、その空間の明るさを窓を通して取り込むことで、室内の採光が確保できるものでなければならない。事務所ビルは、採光が不要なので隣地境界線との間隔を取らず近接して建っているケースが多く、内部も空間利用の効率性から間仕切りの可変性など事務室スペースを広く確保できるように設計されているため、事務所ビルを住宅に用途変更し、各居室に採光を確保することは、物理的に困難なケースが多い。この観点から見るといわゆる大規模ビルより各階の床面積があまり広くなく、接道条件が良好で、住宅の採光を確保する条件を持っていることが、コンバージョンの条件となる。コンバージョンを行った事例の多くは、ワンフロア・ワンテナントの小規模オフィスをワンフロアに1つの住宅としたものといわれている。

●接道条件

共同住宅は建築基準法上の特殊建築物に該当するため、建築基準法43条の敷地の接道義務を地方公共団体の施行条例でさらに条件を付加し、一般の建築物より厳しく運用されている。事務所であれば敷地の接道長さが条例に抵触しなくても共同住宅の場合、建築できないケースもある。

●避難階段

住宅は耐火構造または準耐火構造でその階の居室床面積が200㎡を超えるときは2以上の直通階段が必要。その他の構造のときはその階の居室床面積が100㎡を超えるときは2以上の直通階段が必要とされている。

避難階段について「月刊不動産フォーラム21」の1級建築士秋山英樹氏の論文を引用する(余談ですが、秋山氏には「プロがそっと教える建築費のヒミツ」という面白く解り易い名著があります)。「建築基準法や消防法では、原則として各住戸からの二方向避難を要求しているため、廊下等から二方向に避難することができ、避難方向には階段や屋外避難バルコニーがなければなりません。ワンフロアに1~2住戸なら各住戸にハシゴや緩降機を1ヶ所取り付けて二方向避難を確保すれば済みますが、何十戸という住戸に同じものを取り付けるのは非現実的です。一般のマンションには、二方向避難を確保するためバルコニー(ベランダ)が設置してありますが、オフィスビルのコンバージョンでバルコニーを設置するのは困難です。そのため、廊下の突き当たり両方に外階段や避難バルコニーを設置して二方向避難を確保する方法がよいでしょう。しかし、都心型のオフィスビルは敷地いっぱいに建てられるケースも多いので、階段やバルコニーを新たに設置できるスペースがない場合は、コンバージョンは難しいと考えなければならないかもしれません。」

●冷暖房設備

同誌の1級建築士秋山英樹氏の論文を引用すると事務所から住宅にコンバージョンする際、難易度が高い工事として冷暖房設備工事をあげている。「最も難しいのが冷暖房設備です。各住戸の空調室外機を置く場所が確保できないからです。オフィスビルのような各戸から廊下内の天井を通して屋上に置く方法は、戸数が多い場合は現実的ではありません。そこで注目されるのが、ガス会社で開発しているHEATS(ガス住棟セントラル冷暖房給湯システム)でしょう。屋上等で作られた熱媒体や温水を各戸に供給し、専用メーターで検診するのです。ホテルの設備をグレードアップして各室毎の使用量を計量化できるようにしたものをイメージすればよいでしょう。」

■コンバージョンの可能性

21世紀、建築ストックはすでに余剰であるが、従来の破壊と建設という手法でなく、環境に優しい再生、再利用へと向かつている。コンバージョンはこのような時代背景を考えるとさまざまな可能性を提起してくれる。従来の破壊・再生産という住空間の大量生産プロセスでは没個性のnLDK神話が支配し、現実のライフスタイルと違和感がある住空間の既成枠の固定観念から逃れ得なかった。

オフィスや倉庫など異次元の空間利用を住宅に用途転換する手法は、住宅を革新的で個性的な空間として変換・再生する可能性を秘めている。さらに都心=ビジネス 郊外=住まいという切り分けは都心回帰の流れの奔流のなかで機能しなくなっている。都心は職・遊・住・医・文化が混然と融合する多機能な空間として我々の生活に馴染んできている。オフィス・住宅・商業空間という切り分け、整理は都市計画の課題であるが、建造物の長寿命化と相俟って、多様な利用形態に移行しやすいコンバージョンは、SOHOなどを拠点とするクリエーターなど新たな起業を起こす人材を住民としてコミュニティへ取り込むことにより、閉塞した日本経済の活性化に寄与するものと考えられる。

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