日本の国際競争力 / IT技術者の空洞化

インターネット専業のジャパンネット銀行で8日システム障害が発生、複旧にほぼ1日かかった。みずほ銀行のシステム障害から1年、ここにきて再び、銀行のシステムをめぐり障害や開発の遅れが頻発している。システム開発の現場に何が起きているのか。さらに中国、インドなどのIT技術者のレベルは、質・量で日本を凌ぐと言われ始めた。日本の技術者は空洞化し始めている。ITは国際競争力のコア部分である。このままでは日本の国際競争力は低下していく懸念が大きくなった。

1、「世界IT報告」で日本は20位、アジアでは5位

「ダボス会議」を主催する世界経済フォーラム(WEF)が2月19日情報技術(IT)の活用度を国際比較した「世界IT報告」を発表した。日本は世界ランク20位、アジアではシンガポール、台湾、韓国、香港に続く5位とIT面での遅れを浮き彫りにした。報告書では日本の情報化の遅れについて「インフラはあるが、ネット利用に重要な英語とキーボードに慣れない文化的側面が大きいと分析。政府のIT政策も不十分だ」と指摘した。

ITの戦略的活用で企業競争力を高め国際的な競争優位を確立することが、中国、韓国などの追い上げでアジアにおけるプレゼンスを低下させている日本の急務である。さらにこれから少子高齢化社会を迎える日本にとって投入労働量の減少を生産性の向上で解決する意味もある。IT資本とIT資本以外の資本との収益率格差は過去20年間縮小傾向にあるものの99年に5.4倍の開きがある。まさにITの活用は少子高齢化時代を乗り越え経済成長するための切り札とも言える。

90年代失われた10年の日本に比べアメリカは90年代国際競争力が復活したのはクリントン・ゴア政権の情報スーパーハイウェー構想に代表される政策転換がきっかけの一つだった。そのころ日本は逆にIT投資を控え、国も企業も大学も保守的な感覚のまま推移しIT革命への対応が遅れてしまった。ITの国際競争力が劣るだけでなく、最近、かつては世界のトップレベルにあった日本企業の大規模システム構築・運用力が低下しているという指摘が増えた。日本の金融や製造業など産業を代表するインフラが揺らいでいる。「みずほ」のシステム障害の背景には一般には知られてない日本のIT技術者の空洞化の懸念があるのだ。

2、米国のIT技術者事情

米国企業では海外のソフト会社に委託して安価にソフトを開発する「オフショア開発」が多くなっている。これまで委託先はインドが中心だったが、現在は世界に広がりつつある。IBMグローバルサービス、EDSなど米国の大手ベンダーはインドだけでなく、チェコ、スペインなど様々な国にオフショア開発の拠点を作っている。オフショア開発は25%程度のコスト削減が見込める。オフショア開発の中心になってきたインドは今後技術者が不足すると予測されているため米国大手ベンダーはインド以外の国にオフショアの拠点を次々に展開している。

海外への外注がコストの関係で増加している米国であるが国内の情報システム要員の技術力の空洞化はない。日本と企業内のシステム部員の数を比較すると事業規模が拮抗する日本企業の約10倍の情報システム部員を抱えている。例えばボーイングのシステム部員は6,000人、大手銀行や保険会社も4,000~5,000人抱えている。日本企業がシステムインテグレーション(SI)と呼ばれる完全外部委託やシステム部門全部を外部に委託し、企業内のシステム部員はリストラの対象で減少させているのとは対照的である。

米国企業は企業内でメインフレームからオープンシステムへの移行を自力でやれるし、ハードやソフトメーカーに指示して必要な製品を作らせる力がある。自社で情報システム部員を抱えるため高人件費になりそうだが日本企業が採用している一律に正社員で同給料という待遇と違い米企業は職種別にシステム要員を採用している。プログラマー、SEの賃金は歴然と差別している。

3、日本のIT技術者の空洞化

IT技術者の不足に加えIT技術者の空洞化が指摘されている。特にプロジェクト全体を管理し経営レベルでのシステム提案ができる上級職SEや電子商取引システム関連SEは不足している。さらに「過去2年のIT不況、通信不況で大手の情報サービス会社は大規模リストラをやった。組織に蓄積されたノウハウが流出し、技術力も低下しているとすれば取り返しがつかない(日経産業)」。

●なぜ「みずほ」のシステムは止まったか…深刻な2007年問題

昨年4月に起きた「みずほ」のシステム障害は、4月の時点でシステムは完成してなく、プログラムのバグが発生しているという重要情報をCIOが把握してなかった。起こるべくして発生した障害だ。3年近い年月と2,000億円を超える巨費を投じて統合したシステムが悲惨な打撃を「みずほ」に与えた。情報システムに無知な経営トップは、各行間の政治的駆け引きで存続システムを決定。現場には無理な要求を強いた。経営トップからシステム担当役員(CIO)、ITベンダーに至るまでの責任が取りざたされたが「みずほ」の今回の障害は、日本の基幹システムの肥大化と老朽化、さらにはシステム全体を眺められるベテランのシステム要員が少なくなり、システムの内容が特定の技術者しか分からないというブラックボックス化した構造的問題が背景にある。

●2007年問題とIT技術者の空洞化

さらに情報システムにおける「2007年問題」が指摘されている。これまで日本の情報化技術を開拓してきた人材は団塊の世代といわれる1947年前後の生まれが多い。彼らの引退時期が07年に集中する。日本企業がコンピュータを導入したのは1960年代後半であり、企業は企業内業務に精通し、デジタル向きの論理的思考能力が高い若手にコンピュータの基礎、アセンブリ言語、事務処理フローなどを教育し、プロジェクトマネジメント能力とソフトウェア・エンジニアリングの知識や経験が豊富な人材を育てた。

反面、プログラマが自己流でプログラムを組む傾向があったため、本人以外の第三者がプログラムをみてもロジックを理解することが難解になり、チェック、バグ修正がままならなくなった。他人の修正が入るとプログラムの構造は悪化、肥大化し、システムの生産性は低下した。ソフトウェア工学が提案され、第三者に分かるプログラムを作る手法が採用されたが、日本企業の大半は、プログラムの肥大化という負の遺産をいまだに抱えている。

さらに若手、中堅技術者が育っていない。システム開発件数が増加し、SE、プログラマが不足したためベテラン、中堅はソフトウェア保守に回り、新規開発にまわす戦力は手薄になった。また企業の大半は新人の組織的教育をせず業務を通して習得させ戦力化していった。日本ではソフトウェア工学をマスターした人材が少ないため、企業は、応急にソフトウェア開発工程を細分化し、新人や転職者に習得させた。 バブル崩壊後は情報システム部門の予算と人員は削減され、プロジェクトの件数も減ったため、基幹系システムのなかにプログラムを組んだ本人以外は誰にもロジックが分からない部分が発生した。基幹系システムは老朽化と肥大化という負の遺産に加え企業情報システムの規模・複雑さがその企業の自己管理能力を超え制御が困難となってきた。

さらに、肥大化したシステムの全体像を把握できるベテラン技術者が少なくなりつつある。これが銀行などに起きているシステム障害の構造的問題の重要部分である。この問題は2007年問題による人材の急速な減少でさらに深刻化する懸念が大きい。

またシステムインテグレーション(SI)と呼ばれる完全外部委託やシステム部門全部を外部に委託するフルアウトソーシングの増加でシステム部門のスキルやWebシステム、クライアント/サーバーシステムの進展に伴うネットワークや電子商取引など複雑・高度化した新技術の知識蓄積は空洞化がすでに進んでいる。

●即戦力を養成できない日本の大学

日本で大学、専門学校を出てIT技術者になる学生数は約2万人、40万を越える中国と比べてなんとも寒くなる数字だが、日本の大学のカリキュラムなどにも問題がある。情報系の学科では実践的なシステム教育を殆ど教えていない。中国の情報系大学の卒業生は先端技術を習得したエリート集団であるが、日本は大学レベルで質・量が遅れている。

4、インド、中国IT技術者事情

インドには現在44万5,000人のIT技術者がおり、05年には62万5,000人に増加する。設計から構築までトータルで行う開発能力は高い。国策として政府がIT産業を育成、大学教育にも力を入れているからだ。米国情報技術協会(ITAA)の調査では日本、米国、欧州のプログラマーの平均給与が5,000ドル/月であるのに対しインドではその10分の1となっている。「インド企業の海外からのソフト開発受注高は02年度で前年度比30%増の99億ドル(1兆2千億円)に拡大。開発費は米国内より3割~4割安く技術力も折り紙つき(日本経済新聞)」。

中国も国家レベルでソフト産業の育成を促進している。江沢民主席は00年、北京で開かれた第16回世界コンピュータ大会の開幕式で中国政府はIT産業の発展を重要視し、国民経済と社会の情報化を大々的に推進していく方針を明確にした。中国でソフトウェア工学科を設置する大学は、北京大学、清華大学、上海交通大学などの有力大学をはじめ全国に400校以上あり、同学科の学生数は40万人を超える。「中国のソフトの技術水準は日本と同等かそれ以上だ。日本語が堪能な人も多く、デジタル家電やシステム構築に不可欠なjavaやLinuxの知識を持つ人材が豊富だ。事業に直結するソフト技術の習得熱は高く、層の厚さは日本を越える(クオリティ社長浦聖冶氏)」。

日本のIT企業は1980年台末から中国に進出している。日系ソフト会社は言語や商慣習の違い、技術力不足で納期遅れ、バグの問題を多く発生したが、1990年代後半になって欧米企業、中国企業の人材獲得競争が激化し、人材不足と賃金の上昇を招いている。

今後は、ソフトウェア開発のコストの大部分が人件費であるため、低賃金のインドや中国のソフト会社と協業していくことは、ソフト業界もグローバル化が進み、コスト競争が熾烈になるため避けられない。しかし開発したソフトの活用技術、ノウハウ、管理技術は日本の国内で保有しなければならない。丸投げや安易な現地移転を避けなければ、国内のIT人材の空洞化はますます進む。

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