売主さん…本当に本人なの? / 不動産取引、登記の際の本人確認の危うさ

■場面1:銀行の応接室-司法書士の苦悩-

不動産取引の残金決済と所有権移転登記依頼の光景は大体、以下のようになる。

銀行の応接室に売主、買主、不動産仲介業者、銀行の融資担当者が一同に介し、取引の成就感から一見和やかに談笑している。その傍ら司法書士は、売主から渡された権利証、印鑑証明書、委任状などを時おり周りの雑談に加わりながら注意深くチェックする。そして司法書士が「登記必要書類は揃っています」と宣言すると銀行から売主へ残金が動き取引は完了する。

この宣言の瞬間まで司法書士は、目に見えない確認作業をしている。目の前に売主として座っているこの人は、登記簿での所有者「○○××」さん本人に間違いないのか?という実にシンプルな疑問と証明に苦悩しているわけだ。

もし所有者本人ではなく、本人になりすました偽の売主と売買の取引をして、所有権の移転登記を完了しても、買主は所有権を取得することはできない。代理権を与えられていない無権代理人と取引をしても、本人に対しては無効だからである。

通常の不動産取引は、不動産仲介業者が本人と交渉し面識があり本人確認もしていることが多いが、例えば親子、夫婦などでどちらか一方が相手の不動産を処分する場合などは、心理上の盲点になり、本人に直接対面し、売却などの意志があるかなどを充分に確認していないケースが結構ある。他人間の取引でも最初から巧妙に売主を装い、仲介業者もグルでの地面師まがいの詐欺までこの世には存在する。

この本人確認は、さりげなく手順を尽くしてやらなければならない。あまりにも度を越して見え見えにやると売主?が怒り出しその場の雰囲気が凍りつき取引が破談になる恐れがあるからだ。

■場面2:本人確認の事前調査

本人確認作業は、登記の依頼を電話などで受けたその瞬間からスタートしている。依頼を受けたとき、当事者、取引にいたる事情、経緯、業者名などを聴き取りこれはヤバイかなと思ったら行動をおこす。

先ずゼンリンの住宅地図で物件の位置を確認し、居住者を調べる。場合によっては現地に行き物件を実見し、表札などを確認し居住者を再確認する。所有者が居住していると思われるときは、付近の住人などにさりげなく本人特定情報を聞き出す(この場合、本人確認作業であることを覚られないことが重要)。物件の写真をとり、もう一枚外観の異なる別の物件を撮影しておく。

依頼者の了解を得て本人の勤務先や自宅に事前に電話をしたり本人に対面し確認する場合もある。決済の当日に本人が入院中など事情があって来られない場合は、本人や依頼者などの了解を得て登記申請の委任状に署名してもらい事前に預かるケースもある。

本人の居住地の印鑑証明書の様式、認証印や日頃から収集している権利証の当時の管轄法務局の登記済みの公印のコピーデータをインプットしておく。

■場面3:再び銀行の応接室

残金決済当日、すなわち冒頭の光景に戻ると、本人から免許証、パスポート、社員証などを見せてもらい印鑑証明書、権利証は、インプットデータと脳内で照合し偽造を見抜く。聞き取りした本人特定データで外観などを確認し、本人でなければ解らない事項を質問する(例えば上記の外観の異なる別の物件写真を見せ「この家がいまお住まいの物件ですね」などと故意に尋ね偽装を見破るなど)。

■まとめ:不動産登記制度と本人確認の問題

所有権移転などの不動産登記制度における真実性の担保は、対立当事者である権利者・義務者が、そろって申請する共同申請に建前はあるが現実の登記所の対応は、登記済証や印鑑証明書などの添付書類によって本人が登記申請に関与していることを確認しているにすぎない。つまりわが国の不動産登記法では、登記官の審査権は、表示の登記は職権を持って土地、建物の実地調査権を有するが権利の登記(登記簿の甲区と乙区)に関しては提出された申請書類についてのみ審査する「形式的審査権」を有するにすぎない。この状況で司法書士は、売主などの登記義務者と称する人物が、果たして本当に本人か?という検証を最重要視し、水際で不正登記を防いでいる。

行政情報のIT化すなわち電子申請及び電子政府の実現は、国家的流れとなっており、そのような中で、本人確認など電子的な申請を担保する仕組みが法務省で検討されている。登記がオンライン化されたら司法書士が本人確認などの認証を行い、その確認をもとに司法書士が双方代理することでオンライン申請ができるというシステムが不動産取引慣行の現実的な処理と思われる。

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