地価下落・不良債権・デフレ負の連鎖 その1 / デフレの犯人探し

本コラムでは、3回にわたり、地価下落→資産デフレ・不良債権→需要不足→フローの物価下落という負の連鎖を解明するため、まずデフレの原因を精査し、不良債権を形成した資産デフレが現状のデフレにどのように内在し、国内経済に影響しているかに論及、さらにバブル発生・崩壊から今日のデフレに至る歴史的考察を試みる。バブルの発生・崩壊を通じ不良債権が先送りされ、巨大に積みあがった事実を時系列的に解明後、不良債権問題を分析する。特に不良債権処理の是非、処理がなされた場合の日本経済への影響、さらに日本経済再生の途を展望する。

1、デフレの定義

まずデフレの定義だが一般には日銀が「日本銀行調査月報」で00年10月に示した「物価が全般的、持続的に下落する状態」を指す。物価下落の持続期間はIMFが「世界経済展望」で「少なくとも2年間」と言う基準を示している。つまり「ほとんどのモノやサービスの値段が2年以上下落を続けるときその国の経済はデフレと呼ばれる」。第一生命経済研究所「資産デフレで読み解く日本経済」によると日本の消費者物価指数を構成している中分類45品目で値段が下がっているものの割合は、91年時点では僅か8.9%だったが99年以降は一貫して50%を超えており、直近の02年では7.1%と大半のモノ・サービスの値段が下落傾向にある。

2、デフレの真犯人は

■輸入デフレと否定説

冷戦後、軍事競争の重荷から開放された結果、30億人の発展途上国、旧社会主義国が市場経済に参入し、メガコンペティション(大競争)によるグローバルな供給過剰が定着し、財生産コストが低下し、日米欧の先進工業国は、安価な製品の氾濫にあっている。特に中国は日本の20~30分の1という安価な賃金を活用し、中国企業の製品だけでなく、日本企業がコスト削減のため生産を中国で行い、日本に逆輸入しているケースも多い。02年は、輸入面で最大輸入相手国だった米国から初めて対中輸入が対米を超えた。昨年の中国からの輸入品目を見ると、衣料品をはじめ半導体など電子部品や事務用機器など「機械機器」が前年から8.4%増加した。特に中国は安価な製品を周辺国に輸出しており、輸入デフレが日本のデフレの犯人という説が浮上する。

青山学院大学教授 新保生二氏はその著書「デフレの罠をうち破れ」で「日本のエコノミストのうちかなり多数の人々が日本の物価下落は中国から大量の安い輸入品が輸入されたことに原因があると考えている。しかし筆者はデフレは安い輸入品のせいでなく欧米のエコノミストが主張するように需給関係悪化が基本的原因だと見ている。(中略) 日本はもともと輸入依存度は低いし、特に日本に安い輸入品がほかの国以上にどんどん入ってきて他国以上に大きな影響を受けたと言うのは間違いで、おそらくアメリカ、ヨーロッパのほうが輸入の影響を大きく受けている」と輸入デフレ説を否定する。

第一生命経済研究所門倉貴史氏は共同著書「資産デフレで読み解く日本経済」のなかで「中国製品が日本の通関輸入金額に占める割合は02年時点で18.3%で、GDPに輸入を加えた総需要に占める輸入の割合は9%程度だから、総需要に占める中国製品のシェアはせいぜい1.6%程度に過ぎない。総需要に占めるウエイトが僅か1.6%程度のものが一国全体の物価下落を先導しているというのは無理がある」とし、経済学の「相対価格」、「絶対価格」の概念から「物価の下落は絶対価格、つまりモノやサービスの全般的な下落を意味する。一方中国からの輸入によって価格が下落するのは一部の輸入製品とそれと競合関係にある国内製品に限られるから、これは絶対価格、すなわち全般的な価格の下落ではない。中国製品と競合関係にある製品の値段が下がっても、中国製品と競合関係にない製品の値段が上がっているのであれば、相対価格に変化を生じるだけで絶対価格(=物価)には影響は出てこない。」

つまり3万円の予算でジャンパーを買いに出かけたがユニクロで安い3,000円のジャンパーを買い、あまった2万7千円でブランド品のネクタイを買った。ジャンパーは安い中国製で価格は下落していてもブランド品のネクタイは需要増加で価格上昇圧力が生じ、ジャンパーとネクタイ合わせて考えると物価が下落しない可能性があるというわけだ。

輸入インフレ論に対する「相対価格」、「絶対価格」の概念からの上記の否定説であるが、安価な輸入品で高まった消費者の購買力は、ほかの商品やサービスの購入に向かうとは限らない。企業倒産、リストラ、賃金下落、年金制度の崩壊という厳しい国内の現実を考えると消費より貯蓄を選択をする可能性が高いため、この論理が現実的でないという反論があることを紹介しておく。

■構造的デフレ論

輸入デフレ否定論に対峙するデフレ論として構造的デフレ論がある。論者としては青山学院大学教授野口悠紀雄氏と慶應大学教授榊原英資氏が代表的である。

野口悠紀雄氏は、その著書「日本経済 企業からの革命」で「物価下落が生じている基本的な原因は、中国の工業化などで安価な製品が生産され、日本に輸入され、輸入製品の価格が下落する。これにより、国内で生産される同種製品の価格が低下し、企業収益が圧迫される。続いて他の製品、賃金、地価(地代)などの要素価格も下落する。企業収益が悪化するから企業は雇用調整を行う。将来の雇用不安があるから、家計の消費が伸びない。将来の収益が期待できないから企業の投資支出も増えない」と述べる。需要が縮小するメカニズムはこのような過程で発生する。

原理的に世界中のあらゆる国がアジアの工業化の影響を受けるが、日本が特に影響が大きいのは、従来の日本の加工貿易とアジアの経済活動が同種で、日本が国際水準から乖離した高価格国であるからだとしている。物価下落は国際的な価格水準に近づく構造変化の過程である。こうした問題を金融政策で解決することはできないと述べている。

榊原英資氏も「今後の日本経済」と題する講演で「技術進歩が速くてグローバリゼーションの時代というのは、基本的に構造的デフレの時代なんです。今も実は日本だけがデフレじゃないですね。中国も年間3%くらい物価が落ちていますし、アメリカも01年のGDPのデフレーターはマイナスです。構造的なデフレになっている。(中略) 今でも政策論を見てるとインフレ待望論、あるいは「インフレを起こせ」「ミニバブルを起こせ」という議論が多いですけれども、これは間違いだと思います。だから、企業経営でも、これからの要諦はコストを下げることですね。コストを下げなきゃやっていけない。」と語っている。

構造的デフレ論では現在のデフレは、グローバリゼーションの国際的展開による構造的な要因が原因であり、構造的な要因が原因である以上、現在のデフレは、これまでの財政政策や金融政策のようなマクロ政策では対応できないとする。

安価な輸入品がデフレの原因でないという見解は経済学の「相対価格」、「絶対価格」の概念からの反論を紹介したが、構造的デフレ論の技術革新については潜在GDPと現実のGDPの乖離、すなわち総供給(=完全雇用時の総供給)に対する総需要(=現実の総供給)の不足分であるデフレギャップをもたらす。総需要が一定とすれば、IT革命、流通革命、新製品の開発など生産性の向上を伴う技術革新による総供給の拡大は、総需要が追いつかない場合、デフレ・ギャップの拡大をもたらす。そして、デフレ・ギャップが拡大すれば、デフレはさらに進むと思われる。このようなサプライサイドのデフレ論に対する反論を紹介する。

第一生命経済研究所門倉貴史氏は「成長会計で計測される生産要素全体の生産性は全要素生産性(TFP)と呼ばれ、TFPの上昇は技術革新などの効果により生産性が向上したことを意味する。このTFP上昇率を計測したところ、86~90年平均がプラス1.2%、91~95年平均がプラス1.1%、足下の96~02年平均がプラス0.4%と、90年代に入り徐々に低下してきている。バブル崩壊以降、物価が下落する中にあっても、TFP上昇率は低下傾向にあるのだ」と述べ、さらに、「90年代後半にかけては需給バランス要因がGDPデフレータ変動の主要因となっており、技術進歩や生産性など供給側の要因が物価変動に及ぼす影響はわずかなものにとどまっている。」と述べた。

つまり90年代の日本の生産性上昇率は、欧米など先進諸国と比較すると相当に低かったので、技術革新による潜在GDPと現実のGDPの乖離の乖離によるデフレの発生は考え難いと言う論理である。

構造的デフレ論は、従来の金融、財政によるデフレ対策が手詰まりななか、説得力がある。原点に返るとマクロ経済政策は、構造的要因とされる供給サイドとともに総需要を拡大することで、総供給と総需要のギャップを縮小させ、物価や雇用の適切な水準を達成し維持しようとする政策である。グローバリゼーションによりサプライサイドに急激な変化が起きていることは無視できず、このような要因は、重視されるべきと思われる。

■日銀の政策不作為説

日銀は99年2月から00年8月までの間、無担コール翌日物金利を事実上0%にする「ゼロ金利」政策を行った。その解除後、同金利は0.25%に上昇したが、01年3月に再び0%に引き下げる政策を採用した。このときは金融ターゲットをそれまでの翌日物金利から日銀当座預金に移し、金融政策での大転換を行い、日銀は量的緩和に踏み切った。コールレートがゼロ金利になったことで、日銀の金融政策を量る別の度合いが必要になったからでもある。

当初の当座預金残高は5兆円ではコールレートのゼロ金利を維持出来ず、徐々に当座預金残高を増やし、直近では27兆円の資金供給を行ってようやくコールレートのゼロ金利を維持している。つまり、ゼロ金利を維持するために資金を供給すればするほど、当座預金残高が増加するが、市場に資金は行き渡らないという皮肉な現象が起こっている。

エール大学浜田宏一教授は03年1月21日日本経済新聞「経済教室」でインフレターゲット積極支持派の立場から論文を掲載。日銀の現状の量的緩和政策の問題点さらに不支持派の論点に対し反論を述べている。

その論旨は、現在の日銀は量的緩和策の一環として日銀当座預金を段階的に増加させている。日銀のベースマネーの大幅増加のスタンスを取っている。しかし銀行を除く民間セクターの消費・投資に影響するのはベースマネーでなくマネーサプライであり、通貨の素のベースマネーは一種のふくらし粉(これを信用乗数という)によってマネーサプライに拡大されていく。

金融政策に対する第一の障害はこの拡大メカニズム年々弱まっていることである。92年に13を超えていた信用乗数が現在は8以下になっている。日銀の手元ではジャブジャブのお金が信用乗数過程を経ると民間セクターの手には少ししか残らない。金融政策波及への第二の障害はこの緩やかに供給されるマネーサプライがどんどん保蔵されてしまうことである。デフレ進行中の現在、株や土地への投資より預金や現金での保有意欲が高い。01年からの信用乗数の急速な下落は銀行の銀行の預金準備比率の増加による。不良債権の影響で銀行が貸し出しに慎重になっているためだ。

預金準備比率増加の背景には将来のデフレ期待のもとで企業に収益力が乏しいことや資産デフレで担保価値が下落して企業投資、新機軸が阻害されて貸出先がないことなどの要因がある。デフレ期待が払拭されれば信用乗数が回復する。そのためにインフレ目標が有効なのである。

さらに「日銀はインフレ目標を達成する手段を持たず仮にインフレが実現すると日銀にはインフレを止める手立てがない」という不支持派の見解に対し外国為替市場への介入、長期国債のいっそうの買いきりオペ。さらに必要ならば株価指数連動型上場投資信託(ETF)不動産投資信託(REIT)などの買い上げを併用すればインフレ達成は可能と反論する。またデフレが延々と続いているのにインフレのことを考えるのは気が早い。第一次石油危機を無事速やかに乗りきった日銀にインフレが止められないはずがないと反論。

深尾光洋・慶応大学教授も民間の経済活動を刺激しデフレを止めるには従来にない手法が必要で株式や不動産投信を大量に買い上げるべきだと主張している。

日本経済は事実上の「流動性の罠」、つまり日銀がデフレ不況で金利を下げて貨幣を供給してもゼロ金利以下にできないので消費や投資を刺激できない状態にあり、名目金利がゼロでも実質金利が高い状況では市場にある貨幣量を増やせないため総需要の創出が困難となっており、デフレの原因を金融政策の不作為に求めるのは無理がある。インフレターゲットを導入しても期待インフレ率は変化するかその効果に疑問も多く、現に日銀は01年3月から新しい金融調節方式は、消費者物価指数の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上になるまで継続するとして実質的にはインフレターゲットと同様に目標を設定したが効果は見られなかった。

また日銀による株式や不動産投信の大量買い上げは、これらの資産価格が下落した場合、日銀の利益は急減しかねない。日銀の利益減少は国庫納付の減少を意味し、国債増発などでそれを穴埋めすれば、結果的に国民負担につながる。すでにそのリスクは高まっている。財務の健全さを保つため日銀が98年に「おおむね8~13%を維持する」と決めているが日銀の9月末の自己資本率ははじめて8%を下回った。金融緩和などで市中に出回るお札が増えたためで、今年度決算では国庫納付が大幅に減ることも考えられる。加えて日銀が株式や不動産投信の購入をすれば赤字が続いて資本が大きくすり減る可能性が出てくる。

これらの事態を反映し、日銀の信用力を裏づけとする円の信認が低下すると長期的には円安要因となる。企業の輸出採算の向上などが期待できるとはいえ、行き過ぎると「日本売り」を誘発して海外に資金が流出し、株安や金利上昇を招く懸念もある。反面、「デフレで国が危機的状況にあるのに日銀の財務だけを健全にすることに意味があるのか」との声が政府与党内にあり、量的緩和策が行き詰るなか日銀は11日、銀行の貸出債権などを裏付けにした資産担保証券購入に踏み切ろうとしている。

■資産デフレ論

デフレの発生を時系列的に見ると資産デフレがデフレ発生の震源地であり、資産デフレを主流エコノミスト、政策当局が軽視しすぎたため、不良債権を先送りし、信用収縮、経済の萎縮を招き、国内のデフレを広範で複雑にし、さらにフローのデフレを発生させる要因を作った。この視点から現実的な効果を想定した場合、日銀のインフレターゲットにより日銀が、株価指数連動型上場投資信託(ETF)や不動産投資信託(REIT)など買い上げ対象を土地などの実物資産に拡張すべきと提言する金融の非伝統的手段の選択や土地・株の税制改正を政策手段とすべきという観点がでてくる。

●バブル崩壊、資産価格の急落

02年度「経済財政白書」によると、バブル経済が崩壊した1990年以降、土地と株式の資産価格が大幅に低下し日本全体で累計1,158兆円のキャピタル・ロス(保有損)が生じたと試算した。土地が734兆円、株式が424兆円である。経済主体別で見ると、最も損失が大きかったのは家計で、合計437兆円にもおよび、その多くは土地であると言及している。

地価はバブル前の80年代半ばの水準に戻った。6大都市の市街地価格指数は01年度末時点でピーク時の3割程度の水準まで低下し、特に商業地は、ピーク時の2割にも満たないレベルまで落ち込んでいる。株式と不動産を合わせた国富の総額1,158兆円がピーク時から減少したことになる。

喪失した国富の総額は2年半分の名目GDPに該当する。「年収500万円のサラリーマンが住宅を建てようとせっせと貯めたとらの子の1,339万円が灰燼に帰してしまったようなことを思い浮かべれば実感に近いのだろうか。それだけの国富の喪失は、企業や家計の経済活動にも大きな影響を及ぼさずにはおかない。」(日本経済新聞編集委員滝田洋一著「日本経済 不作為の罪」)

●平成デフレの始点・根源は資産デフレ

平成不況の始まりは、資産デフレに起因し、バブルが崩壊したため発生した資産価格(株や不動産)が広範に急激に下落したことによりもたらされた所謂、「バランスシート・ギャップ」であることは多くの論者も認めるところである。

例えば、三菱証券チーフエコノミスト水野和男氏はその著書「100年デフレ」で「90年から始まった資産デフレに、99年以降、財・サービスの一般物価デフレが加わった。日本では2つのデフレが進行している。資産デフレは企業・家計のバランスシートの資産の部における価値の目減りを通じて、資本の部を毀損させる。毀損した資本を修復するには、企業は資産価値の目減り以上に損益計算書で最終利益を計上するしかない」と述べている。

また、第一生命経済研究所門倉貴史氏は「資産価格の下落がデフレの震源であることは、資産デフレ、需要不足、フローのデフレが発生した順番をみても明らかである。まずバブル崩壊を契機として91年頃から資産デフレが始まっており、その後、供給超過が徐々に縮小して98年頃から需要不足が慢性化するようになった。フローのデフレが明確となったのはこれらを受けた99年以降のことである。資産デフレ、需要不足、デフレの三者が発生した順番を見る限りでは資産デフレが諸悪の根源といえる」と述べている。

専修大学教授田中隆之氏の著書「現代日本経済 バブルとポスト・バブルの軌跡」から引用すると「90年代以降の低成長の要因を整理してみると、まずバブル崩壊の後遺症と言えるものとして①ストック調整②逆資産効果③企業のバランスシート問題④広い意味で「不良債権問題」として括ることができる一連の問題が指摘できる」とバブル崩壊の後遺症としての資産デフレに論及している。

立教大学教授斉藤精一郎氏の著書「日本経済非常事態宣言」では「少なくとも90年代中頃まではこの「資産デフレ」が大規模な需給ギャップを作り出し、日本経済に強いデフレ圧力をもたらしていると考える人は皆無に近かった。(中略) 現在の不良債権残高はバブル崩壊にともなう「資産デフレ」によるものでなく、バブル清算後のデフレ経済にともなって生じたものであり、デフレ経済を食い止めるべく、景気回復を急ぐべきだという見方が有力になっている。しかしこの論理は「資産デフレのメカニズムを理解していない誤った考えだ。「資産デフレは90年代はじめから物価水準を弱含み(消費者物価)ないし低下(卸売り物価)に転じさせてきている。この結果、80年代後半に過大債務を抱え込んだ企業は、物価の長期低下傾向というデフレ圧力のもとで次第に債務返済の重圧に苦しむようになり、しかも、価格低下による売り上げ減少効果も加わって経営悪化が強まり広がった。」と述べている。

バブルの崩壊直後、資産デフレがもたらす未曾有の不況を予測した民間エコノミストは存在したが、経済企画庁、日銀を主体とする主流エコノミストはフローの経済活動を分析することに傾注し、ストックという基盤の激動を看過し、資産価格下落を余りにも過小評価した。大蔵省も土地神話の崩壊がもたらす成長システムの瓦解と不良債権という延々と続く癌細胞の増殖の始まりを安閑と放置し、「地価はいずれ上がる」という当局の認識が当時は殆どであった。日本経済新聞編集委員滝田洋一氏の言葉を借りれば、「『直視できないものそれは太陽と死(ラ・ロシュフコー箴言集)』という言葉どおり、日本の賢人達は資産デフレという難問の核心から目を背けることで、問題を先送りし続けた。」

●逆資産効果

地価や株など資産価格の下落は個人消費を抑制し、企業の設備投資を低迷させる要因となっている。例えば個人・家計については、「総務省の家計調査によると、住宅ローンのある世帯は、ない世帯に比べ消費が大きく低迷している。地価の下落と金利低下で住宅を買いやすくなっている面もあるが現実は違う。バブル期に高い値段で家を買った人は住宅価格の下落のため売却代金で借金を完済できず、買い替えようにも買い替えられない事情を抱えているというのだ。」(日経05.30)

つまりバブル崩壊で持家リスクは高まり、ネガティブ・エクイティ(住宅ローン破産予備軍)が長引く景気低迷とリストラ、企業倒産で急速に増加している。個人の場合、自宅にいくら含み損があっても住み続け、売却をしなければ含み損は顕在化しない。逆に地価下落で固定資産税が安くなるメリットを享受できる。このため過大なローン含み損を背負っていても一般に危機感が薄い。しかし、アングロサクソン型の市場競争主義社会へ転換しつつある日本では、1人の金持ち、9人の貧乏人という中間層が埋没の図式となっていくため、大部分は所得の減少が進行し、年間の返済負担は徐々に重くなる。自宅の価格<ローン残高で売却による返済が不可能となる。保有戸建やマンションの市場価値の大幅な下落により、住宅の買い替え需要は減少し、これらが家具など耐久消費財の消費をさらに減少させている。

「総務省が99年実施した全国消費実態調査によると地価下落で富裕層ほど資産が傷んでいる実態が明らかになった。年収上位10%の高所得世帯の家計資産は28.5%減と最も落ち込みが大きい。家計資産に占める不動産比率が高いためである。年収下位10%の低所得者層も19.6%減ったが、不動産が少ない分だけ打撃が軽い。相続税では物納が増えている。01年度に国に物納された不動産は4,075件と91年の約26倍に達した。土地持ちが現金で納税できず、やむなく土地を手放している様子が解る。」(日経03.04)

消費全般についても第一生命経済研究所の試算によると90-01年までの間にサラリーマン世帯の実質消費支出は累計で2.0%(年率0.18%)下押しされている。

企業については土地本位制度に支えられた間接金融が地価下落で土地担保の価値の下落を招き、資金調達が困難となっており、設備投資が抑制される。第一生命経済研究所の試算によると製造業では地価下落が90-01年までの間に累積で12.1%(年率1.1%)設備投資を下押しした。非製造業では地価下落のマイナス効果がより顕著に現れており設備投資は累積で24.8%(年率2.3%)も下押しされている。非製造業が製造業に比べて地価下落の影響を受けているのは、不動産、流通、建設など地価の影響を受けやすい業種が含まれているためだ。

設備投資需要はあっても大企業・製造業、輸出産業に偏っている。それ以外の中小企業や非製造業、内需依存型製造業などはバランスシート(貸借対照表)調整を最優先するため設備投資マインドは冷え込んでいる。大企業などに投資需要があるとはいえ、基本は内部留保の厚い企業が中心であり資金需要を銀行に求める例は少ないという。

「企業の場合、過剰設備を依然抱え、保有資産の価格下落懸念も大きい。大都市圏の商業地価は二ケタの下落が続き、株価の底も見えない。期待デフレの大きさは、企業の金利負担感の増大をもたらす。名目長期金利から期待インフレ率を引いた期待実質金利は年率5.7%も及び、今もバブル期並み。さすがにこの「高金利」では新規事業意欲はわかない。加えてデフレ無策の政府・日銀への不信感は深まる一方だ。日銀はバブル期に一般物価の安定に目をとられ、資産バブルの膨張を見逃した。目下の資産デフレと期待デフレの大きさを見逃せば、反省もなく失敗を繰り返すことになりかねない。」(日経04.14)

●不良債権問題

資産デフレの負のメカニズムとして信用収縮のメカニズム、不良債権問題がある。不良債権問題については本稿のその2で詳細に論及する。

■デフレの犯人

デフレの犯人探しを輸入デフレ、構造デフレ、金融政策の不作為、資産デフレの順序で行ってきた。これまでの分析を筆者なりにまとめると、まず国内的要因としては、バブル崩壊に端を発した資産デフレは、不良債権を巨大化し、金融の仲介機能、信用創造機能を毀損し、国内のデフレを広範で複雑なものとし、家計や企業の需要不足を招き、90年代後半から物価などフローのデフレへと突入していった。

02年度「年次経済財政白書」は、資産デフレは実態経済を抑制しバランスシートの悪化、担保価値の減少や株価の下落で企業の資金調達を困難にしており、家計においても、可処分所得の減少、住宅ローンの支払い負担の増加等により消費心理(マインド)が冷え込ませていると指摘している。資産デフレは、モノなどの価格が下落する一般物価デフレを加速させ、実体経済に下押し圧力が強まり、資産デフレがさらに進行する。経済財政白書は、「デフレと実体経済の低迷が相互作用して悪循環に陥っている」と懸念を示している。

バブル崩壊時の金融政策は失政といえるが、ゼロ金利、量的緩和の拡大など現在の状況を見る限り、デフレの原因としての比重は少ない。

さらにストックからフローへのデフレの波及と異なる次元で捉えるべき構造デフレ問題がある。構造デフレは、グローバリゼーションの国際的展開による構造的な要因が原因であり、中国の工業化や急速化する技術革新など構造的な要因が原因であり、これまでの財政政策や金融政策のようなマクロ政策では対応できない。野口悠紀雄氏の著書「日本経済 企業からの革命」から引用すると「問題の原因がリアルな変化(経済の実物的な条件の変化)である以上、リアルな改革(企業のビジネスモデルや産業構造の変化)がなければ、問題を最終的に解決したことにならない」となる。

以上、デフレの犯人探しを進めてきたが、本稿では国内要因より見れば資産デフレが今日のデフレの根源であり、さらに冷戦構造の終結後のメガコンペティション(大競争)、グローバル化の進行により構造的デフレも世界的次元で広範に浸透していると認識したうえ、デフレの震源でありながら、いままで看過されがちだった資産デフレにフォーカスし、冒頭に書いた論及をその2以降で続ける。

■追記

本稿の当社サイト掲載の5日後、7月2日の日本経済新聞のコラム「大機小機」に掲載された内容は本コラムのデフレの犯人と基本認識を同じくするものであったので下記に引用する。

デフレの本家日本が経済運営の基本である骨太方針でデフレへの危機感を殆ど示さず、デフレ無策のままであることは異様な光景と言うしかない。確かに、デフレは中国経済の台頭や技術革新によるグローバル現象である。しかし日本のホームメイドデフレの根はずっと深い。バブル崩壊後の資産デフレは1,400兆円近い個人金融資産に匹敵する富を失わせた。債務デフレによるフイッシャー理論は現代日本に当てはまる。もっとやっかいなのは土地と株に立脚した日本型金融システムのもとでデフレと金融不安が根付いていることだ。日本のデフレは単なる貨幣的現象ではない。背景には大きな需給ギャップがある。とすれば需要を創出するために総力を上げるしかない。骨太方針がまず掲げなければならないのは、脱デフレ総合戦略であったはずだ。

■次回記事
  地価下落・不良債権・デフレ負の連鎖2
      

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