アパート投資にDCF法を活用

本コラムでいま注目を集めている高度な不動産投資分析ツールであるDCF法を使ってどこでも見かける5,000万円クラス、稼動中のふつうのアパートの収益価格を求め、さらにはレバレッジ効果・自己資金IRRから期中損益分岐比率、デフォルトリスク分析まで学習しようという「画期的な?試み」をしました。何が画期的かと言いますとアパートにDCF法という組み合わせで書かれたものは筆者の記憶の限りでないのではと思うからです。DCF法を習得する近道は、理論を理解することから入るよりも、まずは身近にある現実の案件に適用し、キャッシュフロー表を作り、収益価格を算定し、リスク分析まで一通りやってみることです。途中のプロセスで用語や計算ロジックが解らなくても気にせずに、「DCF法で何ができるのか」を体験してしまうと「不動産投資の鉄人」への道が拓けます。尚、収益モデルで採用した数値(家賃、経費率、割引率、還元利回りなど)は、例示上の便宜数値であることをお断りしておきます。

■DCF法とは

不動産投資の世界で、J-REIT、プライベートファンドの躍進は目覚しく、その市場規模は日々巨大化し、巷間、ファンドバブルなる言葉まで飛び交っています。思えば外資ファンドがもたらしたその投資戦略は、東京都心のオフィスビルだけに有効性を発揮しているわけではありません。地方、特に福岡はその成長性が注目され、不動産ファンドの投資マネーが、レジデンシャル(住居系)に大量に流入していることは「ガイヤの夜明け」などTV番組でも紹介されました。

リートやプライベートファンドが、投資用不動産を購入する際は、購入価額を米国からもたらされたDCF法というグローバルスタンダードの収益価格で評価していることは周知のとおりですが、DCF法は、アパート大家さんなど個人投資家が活用しても非常に有効な投資手法です。「収益用不動産評価」や「投資効果・リスク測定」に活用されているDCF法は、個人投資家がアパートなどの不動産投資を行う際に一体いくらで投資不動産を買えば妥当なのか、他の投資用不動産や金融商品と比べた場合の投資の優位性、リスクなどに客観的な価値基準(物差し)を提供してくれます。

1、収益モデル

投資家が馴染みの業者さんから購入を勧められている以下のようなアパートがあったとします。いくらで購入すれば妥当なのか、銀行から借入をした場合、自己資金部分のレバレッジ効果は如何ほどか?この投資のリスクは…といった数々の疑問にDCF法は回答を与えてくれます。

勿論、不動産投資の性格上、長期投資ですから予測精度などに限界があります。例えば、分析期間を10年としたとき、「来年のことも分からないのに、10年先までキャッシュフローを予測するなんてナンセンス」という意見もあります。まぁその通りなんですが、逆説的に言えば将来のことは予測が難しいからこそ投資家は、強気から弱気までさまざまなシナリオを思い描き、投資物件のリスクをシミュレーションしなければいけないとも言えます。なおDCF法では、予測期間に比例して時間割引により現在価値に割り戻します。将来を予測するというリスク(実績値が予測数値とブレる振幅度)は時間割引を通じて投資計算にある部分、反映されているのです。この辺は、よくできていると思いませんか…

ここでの分析期間は、予測が合理性を持つ限界とされる10年とします。

■想定モデル

名称:NSK AP
建物種別:アパート
階数:地上2階
テナントの戸数:住居12戸
用途地域:第1種住居地域
建ぺい率:60%
指定容積率:200%
基準容積率:200%
前面道路幅員:5m

まず簡単な原価法(積み上げ計算)で購入土地、建物の価格を算定します。一般的に土地価格は、公示地価格、取引事例、前面道路の路線価÷0.8した数値に当該地の個別的条件を考慮して求めるなどします。建物価格は、経年による通常減価でカバーできない観察減価を躯体に10%、設備に5%施しています。

■土地価格

面積:300.00㎡
単価:110,000円/㎡
価格:33,000,000円

■建物概要・価格

構造:W
延床面積:300.00㎡
再調達原価:125,000円/㎡
容積率対象面積:300
容積充足率:50%
賃貸面積:300.00㎡
レンタブル比:100.0%
躯体割合:躯体85%、設備15%
経済的残存耐用年数:躯体15年、設備5年
経過年数:10年
観察減価:躯体10%、設備5%
建物価格:18,994,000円

上記により土地建物の積算価格は以下の額になりました。積算価格は、不動産購入の参考値になりますが、公租公課の実額が解らない場合の査定値の計算や、エンジニアリングレポート(アパートではその存在が考えられませんが)などで額が計上されている場合を除き、大規模修繕費などの算定基礎数値として必要になります。

■土地建物価格

土地建物価格:51,994,000円

いよいよ本題の収益価格です。現在、稼動中で単身者向け1ルームが12戸(入室10戸、空室2戸)あるとします。概ね以下のような賃貸借条件とします。

2、賃料内訳

※駐車場収入:収容台数8台、契約台数6台、月8000円/1台 敷金なし

3、総費用

例題アパートは下記のように想定します。

損害保険料:建物価格の0.1%
管理費:家賃収入の5%
修繕費:総収入の6%
公租公課:査定額
大規模修繕費:後記

4、キャッシュフロー予測

キャッシュフロー予測は、総収入と総経費が10年間でどう変動するか予測することです。今後、少子化の影響をどの程度受けるか、ローン金利の動向、ターゲットとなる単身者、新婚さんの懐具合、競合物件の動きなどをリサーチしなければいけません。日ごろから日経を読み、できれば全国賃貸住宅新聞などを購読し、筆者の拙いコラムを読み…スキルアップの努力をしましょう。狙ったエリアは、地域の賃料要因の変化(空室の状況や家賃変化など)を探索するため、現地や業者さんに足繁く通い、生きた情報を数多く集めると予測精度が高まります。

例題アパートは下記のように10年間の変動を予測しています。

  • 家賃収入は、継続、新規とも4年目、8年目で5%値下げ
  • 空室率は、すでに10年経過しており、今後の老朽化による減耗、設備の陳腐化等を考え15%→22%に逓増
  • 損害保険料は一定
  • 管理費、修繕費は、下記のような率で逓増
  • 公租公課は、基準年ごとの評価見直しで若干ではあるが減少
  • 大規模修繕費は、5年で1,500千円、10年で2,000千円発生

5、利回り査定

●割引率

総収入から総費用をマイナスして求められた各年の純収益を割り引くための割引率を決めます。割引率を理論的に理解するのは投資の初心者にはかなり荷が重いのですが、最初は、理解できなくてもかまいません。あれこれと割引率をいれてパソコンでシミュレーションしているうちになんとなく感覚が分かつてきます。それから理論を少しづつ勉強しましょう。

一応、理論的な説明をします。割引率は、予測した毎期(このケースでは1~10年)の純収益や保有期間終了時の復帰価格を現在価値(Present Value)に割引くための利率です。例えば10年後の50万円と今、受領できる50万円では、今、受領できる50万円の価値が高いですね。今、受領できるキャッシュは確実ですが、10年後に受け取る50万円は、不確実性が高いです。別の言い方をしますと1年定期預金の金利が1年で1%であったとき、1,000万円投資した場合は1年後には1,010万円になります。つまり、現在の1,000万円と1年後の1,010万円は等価でして、1,010万円のPVは1,000万円です。式にしますと、

PV=10,100,000円/(1+r)n=10,000,000円
r=0.01、n=1

上式のrが割引率です。

このように将来のキャッシュを現在価値に引き戻すための利率を割引率と言います。割引率は資金をいくらで運用するかという投資に対する収益率という側面もあります。

投資物件の適正な割引率を求めるには、購入物件自体の過去のトラックレコードの検証と同時に類似の投資物件の取引事例を参照することがあげられます。つまり、類似した収益用不動産の取引事例における割引率(IRR)を算定し、対象不動産の割引率を査定する手法です。取引事例のIRRが分かることは少ないので用途に応じた標準的経費率を考慮などして想定ネットキャッシュフローの推移を平均的保有期間で想定し、IRRを求めます。そのIRRに事情補正や地域格差係数、個別格差係数を対象不動産との比較で考慮して対象案件の割引率を求めます。

類似投資物件データとの比較項目を参考までに挙げておきます。

  1. 空室損失や現行賃料水準の割高感など純収益の将来動向についての予測
  2. 権利の態様(区分所有、共有、借地を含むケースなど)は改修修繕時の合意の困難性などのリスクとなる
  3. 規模(敷地面積、延べ床面積、基準階面積等に関する傾向。また基準容積率に比較し実際使用面積が少ない場合、増築、連坦建築物設計制度等の可能性により潜在収益力に影響する)
  4. 建物の築年数(賃貸マンションの場合、建築時により耐震基準、コンクリート強度N/mm2、有害物質の使用などが異なる)
  5. 賃借人の属性(物件のグレードに影響)
  6. 管理、修繕状況
  7. 契約条件、賃貸形式(マルチテナント・シングルテナントの区分など)

要は、リスクが高ければそれに比例して投資家はリターンを高く求めるので、時間割引と同時に収益率でもある割引率を高めます。このケースの割引き率は、すでに築後10年経過した単身者向けアパートであることを考慮し、9%とします。

●還元利回り

次にn+1年目(このモデルでは11年目)の純収益から復帰価格を求める最終還元利回りを求めなければなりません。なんで10年+1=11年目の純収益から復帰価格を求めるかと言いますと、この投資物件を購入する投資家は、保有期間満了翌年の純収益を還元利回りで永久還元して購入価額を計算するからです。還元利回りは、10年保有後、転売時の最終還元利回りであるため保有期間中の予測収支に比べると信頼性、確実性が劣ります。例題の場合、ハードである建物も10年後はすでに築後20年を経過しており、競争力、収益力で急激に劣化し、大規模修繕などコストが急増します。それらの高リスクを反映させ、このケースでは11%とします。

※割引き率、還元利回りの具体的な求め方は、コラム「解りやすいDCF法の話し その3」に詳しく書いていますので参考にしてください。

6、キャッシュフロー表

以上のプロセスで総収入、総経費の変動予測を反映したキャッシュフロー表ができました。

横軸が保有年1~10年で、縦軸が総収入、総費用、純収益などの項目になっており、資本的支出控除後のNCF(ネットキャッシュフロー)の各年変動が展開しています。表内に米国生まれDCF法ならではのグローバルスタンダードの指標が並んでいますので説明します。これらの指標は投資不動産のキャッシュフローの健全性などを分析するのにとても重要です。

★キャッシュフロー表内の財務比率分析指標

OER(営支出比率):運営経費÷総収入
DSCR(借入金償還余裕率):純収益÷借り入れ金元利支払額
BER(損益分岐比率):(運営経費+借り入れ金元利支払額)÷可能総収入

  • OER(Operating Expense Ratio)は、各年度の運営支出の有効総収入に占める割合であり、費用対収益の分析指標である
  • DSCR(Debt Service Coverage Ratio)は年間元利返済額に対する年間収益率の割合で、DSCRは、大きいほど借入返済の確実性を増し、デフォルトが起きる可能性が低くなる
  • BER(Break-Even Ratio)は、各年度の運営支出と借入金返済額の合計額を可能総収入で除して求めた比率をいい、各年度の運営支出と借入金返済額をカバーするには空室率の上限はいかほどかなど分析する指標

●キャッシュフロー表からわかること

賃料低下や空室率増加、修繕費など経費増加予測を反映してネットの純収益は年々減少しています。収支悪化によりOER(運営支出比率)、BER(損益分岐比率)、DSCR(借入金償還余裕率)の数値は上昇しています。デフォルトリスクであるDSCRは標準性ガイドラインによるハイリスク物件の1.5以上を期中でクリアしていますが、最終年度で大規模修繕費の支出により1.0を切っています。損益分岐点をみるBERは40%台で推移していますが、満室を100とすると稼働率(1-空室率)が50%以上を切るまでは運営経費と借入金返済を賄い、CFがマイナスにならないことを示しています。

7、収益価格

上記のデータにより、収益価格は44,215千円と求められます。この投資案件をこの金額で購入すれば不動産投資として合理性があると判断されます。案件ごとに個別のキャッシュフローなどを反映してこの金額は上下しますが、このケースでは、土地・建物を積み上げた原価法による価額の85%になりました。

収益価格=1~10年までの純収益の現在価値合計+復帰現在価値

で求められました。

n+1年目の純収益を還元する手法(採用)

8、借入金レバレッジ分析

不動産投資は、金額が嵩むため銀行借入を使って購入するのが一般的ですが、銀行借り入れを使うメリットとして借り入れによるレバレッジ効果があります。つまり自己資金部分のIRRが高まり、投資効果が向上します。外資ファンドが日本の不動産に投資するのはイールドギャップ(投資利回りとノンリコースローン金利差)が大きいからといわれてます。レバレッジ効果は、割引率が借入金利を上回る限りにおいて成立します。しかし無制限に借り入れを増やせば良いというものではありません。毎年の借入金元利支払いが膨張し、キャッシュフローを悪化させ、ついにはデフォルトしてしまいます。賢明な投資家は、キャッシュフロー表のDSCR(借入金償還余裕率)の動向を注意深く監視しながらレバレッジ効果を上げるための借り入れ比率を決定します。

例題の場合、収益価格の70%を借入(20年元利均等返済、金利3%)すると想定してますので下表のように自己資金部分のIRRは20%強となっています。つまりこの収益モデルの自己資金部分のCFの動きは

■自己資金帰属収益部分IRR(IRR=20.97%)

■借入金レバレッジ分析表

※不動産ファンドなど不動産運用のプロは、運用パフォーマンスを高めるため、ノンリコースローンを利用し、自己資金IRRを高めがちですが、情報と資金力にハンディがある個人投資家は、資金ショートの可能性が高いこの手法は慎重に検討してください。

9、リスク分析

最後のステップとしてこのモデルのキャッシュフローから分かるリスクを下表で見てみましょう。

NCF(ネットキャッシュフロー)が最終年度で初年度と比べ39.1%に激減しています。空室率が期中で15→22%、経費率ともいうべきOERが16.7%→23.1%に上昇しており、期中における賃料値下げも反映された結果といえます。BERが最大で約50%、概ね40%台で推移していますが、これは稼働率が50%以上であればCFがマイナスにならないため、空室リスクに対してかなりの余裕があると言えます。OERは25%前後が標準的なのですが、この数値が少なめのときは経費の見方が甘いと疑って経費率を再吟味し、再度、シミュレーションを行う必要があります。収益価格に占める復帰現在価値が35%と50%以下になっています。復帰現在価値の占める割合が低いとリスクは低いとされています。バブル時は純収益現在価値合計が極端に少なく、反面、復帰現在価値がキャピタルゲインの過剰な期待を反映して不自然に膨らんでいました。

■リスク分析

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