リーマンショックが襲った日本の不動産投資マーケット

9月15日にリーマンショックが世界の金融市場を襲った。リーマンブラザースの破綻後、ニューヨーク、東京市場などでAIGの破綻懸念や次の市場の標的探しへのシナリオと米政府が打ち出した政策発表が錯綜する時間経過の中で株価が目まぐるしく乱高下した。

米政府が打ち出した金融危機拡大を防ぐための総合金融安定化対策に不良資産買取機関創設などが盛り込まれたため、株価については一応、下落の山を越えて次第に収束へ向かうのでは、といった楽観的観測も見られる。

しかし、TV東京の番組で野村総研のリチャード・クー氏は、「まだサブプライム問題は野球で言えばまだ5回ぐらいの段階で、米政府が、個別の金融機関対応から金融のシステミックリスクとしての対応へ変えた事は評価できるが、今後、不良債権処理が進むと金融機関のバランスシートが傷み、その結果、金融機関の貸し渋りが本格化するので、GDPが縮小均衡し、世界恐慌が起きる可能性もある。98年頃日本がやったように銀行に公的資金投入するまでやらなければ金融危機は収束しないだろう。」といった趣旨のコメントをしていた。

米格付け会社S&Pは17日、サブプライム関連で世界の金融機関が昨夏以降に背負った損失処理の必要額が50兆円に達しているとの推計を示した。今回の総合金融安定化対策で不良資産の買取に米政府が投入する公的資金は最大75兆円といわれている。金融危機の最終フェーズを金融機関への公的資金投入までとするとサブプライムローン問題でいったいどのくらいの負の遺産を背負うことになるのだろうか。

リーマンショックが日本を襲ったおりしも日本国内では18日、都道府県地価調査基準地価格が国土交通省により公表され、大都市圏での地価減速が強まったことが報道された。地価調査基準地価格は、08年7月1日価格時点なので、当然に9月のリーマンショックは織り込んでないのだが、昨年の後半からサブプライムローン問題が、J-REITの投資口価格の暴落を引き起こし、大都市の都心部の地価を凍りつかせた実態が色濃く地価動向にも反映される結果となった。国内の景気減速、建設資材価格高騰の影響等も相俟って地価は一段と調整色が強まっている。

思い起こせば、昨年の夏頃までは、日本国内の大都市の投資適格地の不動産価格は、「バブルなの、そうでないの?」といった議論が巷で盛んに行われていたのだが、米国を震源地とするサブプライムローン問題の顕在化で、すっかり世界同時不動産バブル崩壊の様相に暗転した。一連の動向は、日本の不動産価格のグローバル化が進んで世界の金融市場と密接不離にリンクしていることを痛感させることにもなった。

東京をはじめ政令都市などの都心部不動産の相当部分は、海外不動産ファンドがこれまで積極的に買って価格高騰に寄与しており、国内の証券化市場で活用されたノンリコースローンや、当該ローン債権を証券化して束ねたCMBSは海外投資銀行主導で進んできた。またJ-REITマーケットは約3割を占める外人投資家に左右される有様が、昨年5月の東証リート指数の最高値と、それ以降のJ-REITの暴落で実証された。株価やJ-REIT投資口価格変動は原油価格の動向と逆相関となっていたが、最近は、株安などで原油へ投機マネーが移行せず、逆相関性は薄まっている。これは、世界経済、特に新興国の経済減速が鮮明になり、原油需要が低下してきたからである。

このように金融商品化した日本の投資向け不動産価格の動向は、グローバル化が加速し、ボーダレスで世界経済、金融市場とリンクしている。本コラムでいま起きている米国発の金融危機のフェーズと日本の不動産価格の連関、そして今後の国内不動産価格の動向を以下で論じる。

■日米のバブル生成・崩壊の比較

米国の金融危機は、日本を襲った90年代初頭の不動産バブル崩壊から不良債権処理に追われた90年代後半の日本の状況に驚くほど酷似してきた。まずバブル崩壊前に日本の地価神話と米国の住宅価格上昇神話が存在していた。

日本の場合、戦後の高度成長と都市膨張ベクトルを背景に市街地を中心に地価上昇が間断なく続いた。米国では、移民増などによる人口増加に支えられた旺盛な実需を背景に米住宅価格は恒常的な上昇トレンド線を描き、住宅価格上昇→個人消費拡大という自動化されたメカニズムが自国内で形成されていた。日米とも神話と呼ばれるほど国民の意識のなかに地価上昇が普遍的なものとして刷り込まれていたのだ。

バブルの生成だが、日本の場合、プラザ合意による円高、円高不況を懸念した5回にわたる公定歩合の引き下げ、さらには米国のブラックマンデー後も為替アンカー論を理由とした金融緩和を持続して過剰流動性を発生させた。さらに金融機関の激烈な過剰融資が行われ、余剰資金が株や不動産にシフトしてファンダメンタルズから乖離したバブルがもたらされた。

米国は、サブプライムローンによる情報の非対称性、モラルハザードと金融工学や証券化の過信からバブルが発生した。証券化と金融工学でリスク分散できるようになったことにより、リスクマネーは増殖し、バブルの発生は恒常化し易くなった。つまり、サブプライムローンは、住宅価格が上昇し続けることを前提にしないと維持できない仕組みであり、先端的金融技術でリスク分散されているので金融商品は合理的で破綻しないという過信が、高レバレッジのリスクマネーをさらに膨張させ、バブルを生成させたといえる。そして両国のバブル崩壊は、これらの生成メカニズムの矛盾の露呈と破綻からもたらされた。

バブル崩壊後を比較すると、処理スピードは格段に違うが、刻々と伝わってくる米国の様相は日本と相似形だ。米政府は、3月にベア・スターンズを救済、さらに9月7日、連邦住宅抵当公社(ファニーメイ)と連邦住宅貸付抵当公社(フレディマック)の公的管理、2社合計で2,000億ドルの優先株購入枠を設定、経営状況に応じて段階的に公的資金を注入する決定した。これは日本の住専処理に公的資金を投入した状況に重なる。

ベア・スターンズ救済は米国内で批判が高まったらしいが、日本の住専処理も当時は国民の税金を使うのは何事かといった厳しい世論が多かった。米住宅金融公社の場合は、公的性格と破綻の影響の甚大さを考えてその救済が米国内で認知されたと思われる。3月に米証券5位のベア・スターンズがJPモルガン・チェースに買収され、4位のリーマンブラザースが破綻、3位のメリルリンチはバンクオブアメリカに買収といった金融業界の再編・淘汰が加速、米大手証券の2社が消えた。日本でも三洋、北海道拓銀、山一が97年に破綻、さらに98年には長銀、日債銀の破綻が続いた当時の状況と似ている。

そして米政府は、次の市場の標的となっていた米保険大手AIGを救済する決定をした。市場の動揺が収まらないため、さらに総合金融安定化対策を打ち出すことになった。ここにきて米国の金融危機は、信用力の低い個人向け住宅融資であるサブプライムローンの問題から米国の証券大手や住宅公社など金融機能のコア部分にまで波及し、政策当局もその異常な深刻さを理解することになる。

日米の金融危機を深刻度で比較すると、日本では、国内経済問題にとどまっていたが、米国は証券化や金融派生商品に姿を変えグローバル経済の波に乗って世界中にばら撒かれており、世界規模の金融恐慌に陥るリスクが高い。

■日本の不動産投資マーケットへの影響

「経営破綻したリーマン・ブラザース。20ヶ国超で働く2万5千人の半分近くが職を失うとされ、東京でも数百人のリーマン社員の履歴書が飛び交っている。同社は世界中で年2億5千万ドルのオフィス賃貸料を支払っており、世界主要都市の不動産価格への影響も懸念される(日経08.9.19)。」

リーマンの日本法人は、六本木ヒルズ森タワーに入居しており、事業縮小により退去する可能性が高いらしい。途中退去のぺナルティ条項が多分、定期借家契約書に入っているのでオーナーである森ビルへの影響は軽微としても、今後、外資系金融機関の退去が増加すると、彼らを主要テナントとする東京都心部のA、Sクラスビルの空室率が上昇し、賃料も下落することが懸念されている。

米国の金融危機でドル安・円高が進むと輸出依存度が高い日本企業の業績が悪化して、企業の賃料負担力が低下するため、この側面からもオフィスの賃料下落要因となり、企業業績悪化は給料低下になるため賃貸住宅の入居者の賃料負担力低下にもなる。

またリーマンの日本国内におけるノンリコースローン累計実施額は7,000億円超といわれている。日経紙によると融資は期限までは継続されるものの、その後、ほかの金融機関が肩代わりする可能性は低く、証券化の資金行き詰まりで投資した不動産の売却が増加するらしい。このような不動産投資関連業務の縮小や撤退は、リーマンだけの問題でなく、サブプライムローン問題の長期化で外資系金融機関に共通の傾向だ。

不動産投資案件に利用されるノンリコースローンのローン債権を証券化して束ねたCMBS市場にもサブプライム問題による海外でのCDO流動性低下がCMBS市場を冷やし、信用収縮の負の連鎖が見られる。

国内邦銀も不動産融資に慎重だ。マンションデベロッパー、新興不動産会社の破綻がこれだけ相次ぎ、米国発の金融危機の嵐が吹き荒れると融資に慎重になるのも無理からぬ…と思ってしまうのだが、新BIS規制も金融機関の不動産融資を厳しくしているようだ。

以上のような投資環境悪化を反映して上場企業やJ-REITの国内不動産取引が日経紙によると08年4~7月で取引額6,300億円と前年同期に比べ51%減少している。

次に投資不動産市場の今後の動向を考える。ここにきて金融市場の混乱だけに止まらず実体経済の下振れが進み、世界経済規模での減速へと急速に向かつている。経済協力開発機構(OECD)は9月2日、米・欧・日の08年の成長率を1%台に下方修正。欧州はサブプライムローン問題の影響で金融機関のB/Sが傷んでおり、英国、スペイン、デンマークなどで住宅バブルが破裂し、EUの主要国では08年はゼロ成長と見られている。

デカプリング論が語られた中国もここにきて減速が始まった。米国の減速で輸出など外需が低下、北京五輪による建設需要も一段落、資源高によるインフレで内需が鈍化。さらに「一人っ子政策」による少子高齢化の進行が国内の構造的問題として浮上している。

グローバルな巨額投機マネーによる株高、不動産価格上昇の潮流はすでに終焉を迎え、米国、欧州、日本、アジア市場では景気減速と株価や不動産価格の同時下落が進んでいる。

日本国内の投資不動産は、世界的金融危機で信用収縮が進み、投資リスクの高まりを反映して、WACCで割引率を加重平均する投資収益率、借りれコストとともに上昇しているので、その部分は割引率が高くなっている。その結果、不動産価格は下がる訳だ。

投資不動産市場の回復時期は、米国の住宅市場が回復し、サブプライムローン問題の波及範囲と損失の全容が確認されて信用収縮が解消、リスク回避の債券からリスク資産へのマネーの移転がなされるタイミングと考えられる。

内外景気の減速が来年後半に回復に向かうと賃料低下によるキャッシュフローの不安も消え、金融危機の解消と相俟って優良不動産投資への回帰が始まると期待されるのだが。

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