不動産投資の利回り入門
不動産投資で成功するには売りと買いの的確なタイミング把握に尽きます。そのためには「利回り」を理解し、自分なりの合理性のある利回りを物件に応じて設定できる柔軟な思考回路や投資センスを養うことです。
一言で利回りといっても後記しますが、その種類、内容は多岐にわたります。それぞれの利回りの持つ意味をよく理解せずに買い込んだアパートやマンションが投資計算上、儲かつているのか損しているのか分からないまま不動産投資を続けている人をよく見かけます。なかには最終投資利回り(内部収益率)からみて投資計算上は明らかに損しているのに借入という債務の拡大を代償にして資産が貯金のように積みあがっていく(そう錯覚している)ことを投資のインセンティブにしている右肩上がりの土地神話時代の遺物のような投資家もいたりします。
国内の地価が戦後の半世紀もの長期にわたり上昇一辺倒だった土地神話時代や、バブル崩壊の暗転後、15年連続で下落し続けたというように一方的な上げ相場、下げ相場が長期間続くという現象は、90年代後半以降、国内の収益用不動産の市場構造が激動を経て整備が進んでいるため起こりにくいでしょう。これからの収益用不動産の価格は、市場整備が進むのと相俟って収益価格を中心にGDPや金利、企業業績、個人所得、消費者物価指数などとリンクしたサイクリカルな動きになって行きます。
経済のグローバル化の影響で日本の投資用不動産のマーケットも変質したのです。正確に言うと欧米並みに変質させられたともいえます。外資は、日本の不動産をはじめアジアの不動産を積極的に国際ポートフォリオに組み込んでますし、国内の不動産投資信託(J-REIT)は、国内の投資用不動産の高騰を嫌気して07年から海外不動産購入を解禁します。不動産投資は、より金融商品化が進み、投資マネーは高パフォーマンスのアセットアロケーションを求めて金融商品間や国や地域間で移動し、行き過ぎた市場の過熱や暴落は、市場のなかで自動的に調整・吸収される市場構造に次第に醸成されていきます。その制御装置がグローバルスタンダードのキャップレートやディスカウントレートなどの利回りです。
今後、日本の投資用不動産の市況は、調整→回復・成長→安定と一連のサイクルを繰り返す循環型の値動きになっていくと市場関係者は予測しています。ただし全国的な都市間格差、都市内での都心・郊外の立地格差、物件間の個別格差の拡大に生き残れる投資適格不動産に限定してですが…。投資家にとってサイクリカルな動きのなかで購入と売却のタイミングを冷徹に見極める眼力、すなわち利回りへの鋭い洞察力が投資の勝敗を決める重要ポイントとなっていきます。
本日のコラムは、不動産投資の成否を決める重要ファクターであるにも関わらず間違って理解されていることが多い利回りについて書いてみます。
1、還元利回り(キャップレート)
■誤解が多い還元利回り
還元利回りというのは、不動産から上がるネットの純収益から不動産の価格を求めるための利回りです。
還元利回り=純収益÷不動産価格
不動産価格=純収益÷還元利回り
例えば同じ通りに面して隣接する2つの収益物件があったとします。土地の面積や形状など個別的条件は同じとし、それぞれをA、B物件としてA物件は麻雀屋、飲食テナントなど雑多な業種が入居するソーシャルビルでB物件はオフィスビルとします。家賃収入から得られる純収益を両方とも年1000万円としてこの物件の購入額を検討するとき、A、B物件を同じ還元利回り、例えば5%で割って同額の2億円で買う人はまずいないでしょう。
このように還元利回りを考えるとき、
還元利回りが高い:物件のリスクが高い。不動産価値が低い
還元利回りが低い:物件のリスクが低い。不動産価値が高い
という基本セオリーがあります。しかし、還元利回りが高い=優良不動産と誤解している投資家が結構多いのです。設例に沿って考えると、
※設例のA、Bビルの還元利回りの決定要因を分かりやすくするためテナントの業種とビルの用途面だけから考えます。
Aビル(ソーシャルビル)のテナント業種は、オフィスビルより家賃単価は高いが、家賃支払い能力が景気の好不況やテナントの経営能力に左右され、大家にとって家賃のキャッシュインが安定しません。またテナントの出入りが頻繁でビルのソフト・ハード両面の運営も難しく、期待収益実現の振幅幅が大きいので一般にリスクが高いです(あくまでも一般論です)。よってリスクプレミアムを付加して還元利回り10%と決定したとします。
1,000万円÷10%=10億円
Bビル(オフィスビル)は、家賃単価はソーシャルビルと比較すると高くないですが、賃貸マーケットでの汎用性が高く、運営リスクも低い。よってリスクプレミアムをAビルより低めに見て還元利回り7%と決定します。
1,000万円÷7%≒14.3億円
A、Bビルを比較した結果、A、Bビルとも同じ純収益ですがAビルは、高いリスクプレミアムに応じて還元利回りを3%高く設定し、Bビルより4.3億円安く購入することになります。
というようにビルの用途、テナントの業種などを総合考慮し、現時点で1,000万円の純収益を将来も予測と大きくブレずに継続して安定的に上げられることができるかを分析して還元利回りを決定して購入するのがプロです。設例ではテナントの業種とビルの用途面だけを決定要因にしてますが、下表のような要因が還元利回りの高低を決めるリスクファクターになります。またそのエリアのテナント業種のマーケットリサーチや地域分析の結果、どちらの用途が将来にわたって最有効使用かという観点も必要です。
▼利回りの決定要因
- 空室損失や現行賃料水準の割高感など純収益の将来動向についての予測
- 権利の態様(区分所有、共有、借地を含むケースなど)は改修修繕時の合意の困難性などのリスクとなる
- 規模(敷地面積、延べ床面積、基準階面積等に関する傾向。また基準容積率に比較し実際使用面積が少ない場合、増築、連坦建築物設計制度等の可能性により潜在収益力に影響する)
- 建物の築年数(建築時により耐震基準、コンクリート強度N/mm2、有害物質の使用などが異なる)
- 賃借人の属性(ビルのグレードに影響)
- 管理、修繕状況
- 契約条件、賃貸形式(マルチテナント・シングルテナントの区分、コアの位置等の関係で退出後個別賃貸可能かなど)
■還元利回りの求め方
A、取引利回りから求める
経験豊富な投資家は、以上のように還元利回りにリスクファクターを反映させ、適正に利回りを調整してその物件の投資価値に微妙にフイットした価額で買うのです。リスクファクターがリスクプレミアムとして具体的に何パーセントになるのか、そしてその精度を上げるにはどうしたらいいでしょうか、そのさじ加減は投資家がどれぐらいの量の投資物件の取引利回りをデータベースとして持っており、分析の修練をしているかに関わってきます。そして取引利回りは、収益用不動産の現実の取引事例から求められます。
取引利回り=不動産の家賃、駐車料などグロス収入÷取引価額
本来は、グロス収入ではなく空室率を反映し、諸経費を控除後の純収益を分子にしたいのですが、これらのデータを個々の事例から把握するのが難しいので、グロス収入を採用します。グロスベースの取引利回りが対象不動産と用途や構造、築年などの類似性が高い事例データから8~10%の範囲で求められたら、対象物件のリスクファクターを詳細に検討し、リスクのレベルに応じてこの範囲のなかで決定します。例えばグロスでの利回りを9%と判断し、対象物件の諸経費等の率が25%と査定すると、
9%×(1-0.25)=6.75%
と純収益ベースの還元利回りを求めます。
取引利回りデータですが、業者はレインズの収益物件の成約事例など、筆者のような業種(不動産鑑定)では収益不動産の取引事例や先例評価をデータベース化しています。一般の個人投資家は、これらのデータを集めることが難しいので収益物件の成約に代わる売り登録データ(ネットなどで収集)で売りベースの取引利回りをデータベース化するなど次善の策を取るのも仕方ないですが、それでもリスク要因間の利回り格差や傾向が読めるので還元利回りの査定に役立てることができます。
取引利回りデータのデータベースは、エクセルなどスプレッドシートのセルに説明変数を取引利回り、被説明変数を築年、駅距離、構造、賃貸面積等の利回り決定要因とするテーブルを作っておくと多変量解析で要因データから利回りを自動計算する線回帰式ができるので便利です。
B、借入金返済カバー率(DSCR)から求める
借入をして不動産投資をするとき投資家の頭によぎるのは、借入金を返済できなくなって投資がデフォルトする恐怖でしょう。デフォルトを回避できる物件購入額を決定するための還元利回りを求める手法があります。借入金返済カバー率(DSCR)から還元利回りを求める方法です。
DSCRは投資不動産の借入金返済能力を示す指標で、
DSCR=年間純収益÷借入金年間返済額(通常は元利均等償還額)
で求められます。
例えば、投資不動産の年間純収益を1,000万円、借入金年返済額700万円(元利均等返済)としてDSCRを求めると、
10,000,000/7,000,000=1.43
になります(DSCR=1.0を切るとキャッシュフローの純収益を借入金元利返済額が上回り、返済ができなくなるので投資がデフォルトします。通常、DSCR=1.2~1.4を確保目標数値とされています)。
DSCRの計算は簡単ですね。次にDSCRの目標数値を設定し、年間純収益と借入比率(LTV)、借入条件(金利、返済期間)を既知として還元利回り(未知数)を以下の式で求めます。
▼DSCRを使った還元利回り算定式
還元利回り=元利均等償還率×借入比率(LTV)×想定DSCR
なので以下の前提で還元利回りを求めると、
年間純収益1,000万円、借入比率(LTV)80%、金利3%、返済期間20年とすると
元利均等償還率=0.005546
となる。
DSCR=1.5を確保目標としてこの条件を充たす還元利回りを求める。
還元利回り=0.005546×80%×1.5=6.65%
以上から、10,000,000÷0.0665≒1億5千万円で買えばキャッシュフローの純収益が年間借入金返済額の1.5倍なのでデフォルトリスクを回避できます。
投資判断としては、単にDSCRを大きくすれば良いというものではないです。LTVを低めてDSCRの数値を大きくするとデフォルトリスクは減少しますが借入によるレバレッジ効果が期待できないからです。実務では、連年のキャッシュフローをシミュレーションしてエクイティのレバレッジと借入のDSCRを変動させ、DSCRの目標値を決定します。
C、自己資金と借入金の還元利回りを構成割合で加重平均して求める
この方法は、不動産の取得に際し借入金を利用するケースが多いという資金調達の要素に着目した方法で、不動産投資に係る利回り及び資金調達に際する金融市場の動向を反映させることに優れています。
▼還元利回り算定式
R=RM×M+RE×WE
R:還元利回り、RM:借入金還元利回り(通常、元利均等償還率)、M:借入金割合、RE:自己資金還元利回り、WE:自己資金割合
以下の条件を想定して求めると、
借入金比率80%、金利3%、返済期間20年、元利均等償還率=0.005546、自己資本還元利回りを8%期待したいとすると、
還元利回り=0.005546×80%+0.0080×20%
≒6.0%
以上、還元利回りを求める3手法を紹介しましたが、取引利回りデータから還元利回りを比準して求める方法が現実の市場データに基づいているため実際の取引では投資家が採用するケースが多いでしょう。鋭い読者は、形を変えた収益物件の取引事例比較法ではないのかと気づかれたと思います。そこでDSCRや資金調達割合から求められた還元利回で投資家の個別の投資ポジションから利回りを検証する必要があるのです。
2、内部収益率(IRR)
近年、国内の不動産投資マーケットに登場してきた外資や国内不動産ファンドのアセットマネージャーは、投資成果を従来のような単年度の利回りでなく、運用期間のなかで純収益(NOI)の変動予測を行い、転売後のキャピタルゲイン、ロスを加味した内部収益率(IRR)という投資指標をベンチマークにしています。アパート、マンションなど実物投資が主体の個人投資家の間にも次第にIRRは普及してきていますが、まだ現状では不動産投資に活用している人はごく少数です。
大多数の個人投資家は、購入時の単年度のグロス収入や純収益を不動産価額で割って利回りが良いとか悪いとか判断してます。仮に物件購入時の利回りが10%だったとしてもエリア内に競合物件が増え家賃が下がったり、空室が増えたり、また経年に伴い修繕コストなど諸経費が増加し、投資運用期間内で大規模修繕が発生して純収益が減少することは十分にあり得ますし、さらに5~10年後の売却価額が下落するかもしれません。投資期間の終了時には当初の10%の利回りはトータルで当然に増減するはずです。
従来のような単年度利回りで投資効果を分析するやり方では、時間軸で見たリターンの変動や元本価格の増減が投資に反映されないので、これらを加味した最終投資利回りであるIRRの重要性が増しています。
まずIRRの概念を分かりやすく理解するために債券投資との比較で考えます。
■債券投資のIRR
額面1,000円の債券を970円で購入。クーポンレート5%で毎年50円のクーポン収入があり、投資期間3年で債券元本を1,000円で売却したとします。債券の価格は、債券のキャッシュフローを現在価値に割り戻して求めますが、この設例では割引率を未知数として複利最終利回り(=IRR)を求めます。
50/(1+R) + 50/(1+R) + 1050/(1+R) =970
R=6.125%
上記の設例で債券元本を900円で売却したとすると、
50/(1+R) + 50/(1+R) + 950/(1+R) =970
R=2.82%
以上の計算で直利(クーポン÷購入価額)は、5.15%で同じですが、債券の元本売却価額が1,000→900円に下落することで最終利回りであるIRRは6.12→2.82%に下がることが分かります。
■不動産投資のIRR
元本の売却価格が下がると最終利回りはリターンの利回りより下がることが債券の設例で分かったので不動産投資のIRRを具体例で考えます。
不動産投資のリターンである純収益は債券のクーポンのように一定でなく変動することが多いので、リターンの変動と元本価格の変動を併せてIRRをシミュレーション計算しますが、元本の増減がIRRを増減させることは債券と同じです。
設例1:(純収益・元本価格変動=0)
アパートの購入価額5,000万円、3年後の予想売却価額5,000万円
1年目純収益 400万円
2年目純収益 400万円
3年目純収益 400万円(+売却価額5,000万円)
IRR=8.00%設例2:(純収益・元本価格変動=下落)
アパートの購入価額5,000万円、3年後の予想売却価額4,000万円
1年目純収益 400万円
2年目純収益 390万円
3年目純収益 380万円(+売却価額4,000万円)
IRR=1.22%設例3:(純収益・元本価格変動=上昇)
アパートの購入価額5,000万円、3年後の予想売却価額5,200万円
1年目純収益 400万円
2年目純収益 410万円
3年目純収益 420万円(+売却価額5,200万円)
IRR=9.40%
以上の計算で、初年度利回りは8.0%でいずれも同じですが、リターンである純収益や元本価額が増減するとIRRも増減します。このことから不動産投資の投資決定を初年度の利回りだけで判断してしまうことがいかに危険なことか自明です。
次回は、割引率、レバレッジ等に言及予定です。
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