不動産投資バブルの検証
最近、東京や名古屋、福岡などの都心部では、従来の対路線価比の常識を大幅に上回る取引価格が相次ぎ、キャップレートも年々低下しているため、ミニバブルへの懸念が強まっている。純収益(NOI)÷不動産価格であるキャップレートが、分子の家賃収入が上昇しないのに分母の不動産価格が急激に上昇しているために低下しているからだ。
銀行の不動産業向け新規融資は7-9月期に約2兆7,000億円となり、前年同期比で44%増加している。大手銀などがREITや不動産ファンドなどへ積極的に貸し出しを伸ばし、特に地銀はREITの主要投資家の上位に名を連ねている。ここにきて日銀も不動産バブルの再来を懸念し始め、銀行など不動産向け融資の監視強化へ踏み出した。
例えば、リスクプレミアムは3%程度が適正でないかといわれているが、いまやJ-REITは配当利回り3-4%とリスクフリーの10年物国債の利回りとのスプレッドは2%程度に縮小している。東京都心部Aクラスビルのキャップレートはすでに3%台に突入している。
賃貸オフィスビルは東京都心部、福岡などで空室率が低下し、特に東京の一部では新築大型ビルが稀少となり、新規募集賃料のみならず更新時の継続賃料が上昇するなど一部のエリアで市況が好転しているが、一方、レジデンシャル(住居系)は、総じて供給が過剰気味で稼働率も悪化している。
人口減少、高齢化、低経済成長の今後の予測されるトレンドからみて収益物件の供給過剰が、金利上昇などが契機となって過剰な調整、ハードランニングを引き起こすのではという不気味な不安感を増幅している。いま不動産投資家は、このような疑心暗鬼を抱え、金利上昇まではと割り切って投資を続けているのではなかろうか。
国内の賃貸用不動産は全体で70兆円、そのうち15%をJ-REITならびに国内、海外企業が設定するプライベートファンドが占めるといわれ、巨大市場が出現した。市場拡大はさらに加速すると見られている。最近、国内不動産投資の投資家も海外の投資家から国内投資家や年金など国内機関投資家に移行してきている。デッド投資のノンリコースもCMBS(商業用不動産担保証券)RMBS(住宅用不動産担保証券)でのローン債権の流動化がおきマーケットが拡大している。いわば投資インフラの整備→マーケットの拡大という好循環が底流となって国内の不動産投資を支えている。
日本の不動産投資のマーケットは、90年代後半における外資の金融機関のバルクセール案件の購入から始まって、不動産の証券化、J-REIT創設など急速にグローバル化し、金融商品として変容している。ここにきてバブル崩壊の象徴であった不良債権処理も目途がつき、CPIなどからみて国内のデフレ基調も改善。かつて「投資要注意国」といわれた日本の投資不動産も、国際分散投資のポートフォリオに組み込まれ、流動性の高まりと将来リスクの低下からリスクプレミアムが低下し、これらの時代変化により低利回りが容認できる基調となりつつある。つまり一時期の危機的で深刻な経済崩壊状況から日本経済も回復し、ファンダメンタルズが好転しているので、不動産の基本利回りは、リスクプレミアムの低下を反映して低下している。ファンドなどは、単年度のキャップレートではなく、運用期間中のIRR(内部収益率)をハードルレートとして投資パフォーマンスを測定するので、エグジット(出口)における売却価格や賃料低下のリスクが改善されるという読みをすると購入時のキャップレートは低下する。このようなキャップレートの低下は、海外先進国にも見られる現象だ。
米国において「Prudential Real Estate Investors」は、投資可能なマーケットをコア、コアプラス、エマージングの3つのカテゴリーに分類しているが、日本は、コアマーケットに該当する。コアマーケットは、グローバルな資本市場とつながっており、長期にわたってカントリーリスクの低い先進国で、アメリカ、イギリス、ドイツ、そして日本などが該当する。しかしコアマーケットの諸国のなかでも賃貸借契約の慣行、法制度面などで違いがみられ、リスクプレミアムの高低があるのが現状だ。
例えば、熱田裕彦氏の論文「不動産流動化時代のビル経営について」によればイギリスでは一般的な優良物件のオフィス賃貸借は、FRI(Full Repairing and Insurance)と言って修繕費及び保険代などの賃貸借の諸費用は全てTenant(テナント)が負担するという賃貸条件が多く、市場慣行になっている。Landlord(所有者)は、不動産管理からはフリーでネット収益のみを注視すればよい。つまり賃貸借期間の年々の純収益を分子として時間割引すれば物件のバリューを容易に把握できる。また機関投資家のケースでは15~25年の長期のリース契約が一般的で、賃料更改ではUpwards・Only(上方更改)という条件が慣行で認められており、更新賃料は賃料下落がなく、横ばいか賃料上昇しかないため、投資家にしてみれば長期のキャッシュフローが安定する。
米国においても日本の賃貸借契約に似たグロスフルサービスと並んでイギリスのFRIと同様にTenant(テナント)が管理費や公租公課などを負担するトリプル・ネット・リース(Triple Net Lease)という慣行がある。
このように日本と比較して不動産投資のリスクプレミアムを低める市場慣行などの違いがあるが、各国間で流通税が近似値に収斂しつつあり、市場インフラ整備や急速な情報化により、グローバル化がより加速すればリスクプレミアムは平準化していく方向にある。その意味ではJ-REITの海外不動産組み入れ解禁が実現すれば不動産投資のグローバル化は一気に加速するだろう。
日本国内の不動産投資環境は、外資系ファンドによる短期運用のハイリスク・ハイリターン型から、REITなどの中長期の安定運用型に変わってきており、投資家も中長期の安定利回りを期待する年金などの機関投資家が新たなプレイヤーとして参入し、欧米並みのリーズナブルなリスクプレミアムに日本の不動産投資市場も構造変化している。さらに日本の金利水準は海外と比較して低いので投資利回りと金利差であるイールドギャップが高い。イールドギャップが高いため、レバレッジを利かせ、配当、償還でローリスク・ローリターンからハイリスク・ハイリターンの優先劣後構造の切り分けをすると例えば4%の利回りでも投資家に10%以上の配当も可能になるわけだ。
このように1980年後半に国内で起きたバブル期と今回、指摘されているバブルは、時代背景や、マーケット、参入プレイヤーからみて全く異質なものであることがわかる(下表参照)。
以上のように市場構造変化や企業業績回復したとはいえ、賃貸住宅は、影響度が強い勤労者所得の伸びが鈍いし、ハウスメーカーの土地所有者に対する相続税対策からアパート建売業者、レジデンシャル専門の不動産ファンド、はては分譲マンション業者によるファンドへの1棟売りと全国的に過剰供給が展開されており、かなりの需給ギャップ懸念があるので賃料上昇が期待できない。03年の「住宅・土地統計調査」によると、総世帯数が4,722万世帯であるのに対して、総住宅戸数は5,387万戸で大きく上回る。空家率は全国的にみて12~13%に達している。
近年、所得格差が拡大しており、社会保障費負担増に増税が賃貸住宅の需要層である単身者や新婚さんを直撃する。さらに金利が上昇すると物件の収益構造が悪化し、他の金融商品への移行を進める。調達資金コストが上昇するため一定の投資利回りを上げるには購入価格を下げざるを得ない。購入価格を下げることが現実問題として難しいので投資利回りを下げる。すでに投資適格でない高リスク物件が組成中にあったり、運用プレイヤーも適格性に欠ける物も後発リートやファンドのなかにあると指摘されている。
稼動している物件のパイの取り合いだけであれば、供給過剰は起きないが、開発型証券化による投資物件の新規開発が多いため、収益マンションが夥しくマーケットに新規供給されている。一任勘定のファンド運用者などはまず投資家のプールされた投資資金ありきのため、投資家の期待に応えるため、供給抑制が効かず、結果として需要が無視されてしまう。
個別に収益案件を検証すると、問題を抱えた物件が目に付く。あくまでも投資適格物件は一部の限定されたエリアの優良不動産(またはバリューアップ余地がある潜在価値が高い不動産)に限られる。過熱してきた報道に個人投資家などが甘い期待を過剰に抱くことは禁物である。
いずれにせよこれからの収益向け不動産の価格は、収益価格を指標にGDPや金利、企業業績、勤労者所得などとリンクしたサイクリカルな動きになっていくだろう。東京をはじめ日本の地価が15年連続で下落し続けたというような現象は、欧米の歴史にはない。行き過ぎた過熱は、市場のなかで調整・吸収される市場構造に不動産投資市場が移行している。これから日本の投資用不動産の市況も調整→回復・成長→安定という循環型の値動きになっていくため、かつてのバブル崩壊のような長期にわたる下げ相場と全国に拡散した不良債権の山という未曾有の危機は起きないであろう。投資家にとってサイクリカルな動きのなかで購入と売却のタイミングを見極める眼力が投資の勝敗を決める重要ポイントとなっていくのではないだろうか。
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