老朽賃貸集合住宅の再生投資
不動産投資ブームを反映して賃貸住宅は巷に溢れ、供給過剰の影響で、駅近など立地がよくてもそれだけでほかに際立った競争力を持たないアパートや賃貸マンションは、空室を抱え、苦戦している。賃貸住宅の過剰供給が指摘されて久しいが、特に建築後、相当の年数が経過した築深物件は競争力を急速に失い、殆どがマーケットから淘汰され、やがて消えていく運命にある。
このような市場の落ちこぼれ賃貸住宅を新築のスタープレイヤーと同等もしくはそれ以上にバリューアップさせ、活躍させようとする再生手法が、不動産投資の世界で注目を集め始めた。感性とテクノロジーが新築賃貸住宅をも超えるオンリーワンのこだわり空間を実現してしまい、賃料上昇も可能になる。既存建築ストックを生かすという制約が逆に新築建築で捉われがちな建築家の空間構成などの固定概念の枠を革新し、非日常的ともいえる個性的空間を誕生させ、それが絶妙な案件のテイストを醸し出し、高賃料の源泉となる。新築するより安価なコストで付加価値を生み出すため、投資家の感性と力量が案件に反映されやすく、投資妙味になるわけだ。筆者の周りでも築30年以上、新耐震基準前の冴えない老朽マンションが、高家賃を実現できる新築のカッコイイ「デザイナーズマンション」並みにリニューアルされた事例が見られるようになってきた。
独立行政法人建築研究所の「建築研究資料」によると日本における集合住宅ストック量は、00年で分譲386万戸・賃貸934万戸・合計1,320万戸、05年(予測)は、分譲471万戸・賃貸994万戸・合計1,465万戸、10年(予測)は分譲551万戸・賃貸1,013万戸・合計1,564万戸であり、これらの実積値および推測値より、ストック改善を必要とする住宅は、04年時点で1,300万戸以上存在し、10年で200万戸程度ずつ増加すると予測している。
地球環境問題が叫ばれ、スクラップ&ビルドから環境負荷低減の循環型社会への社会全体の転換が急務となるなか、これらの既存住宅ストックの再生利用という方向へ建築業界も生き残りをかけ方向転換せざるを得なくなっている。洪水のように無思慮に過剰生産されている賃貸住宅の需給ギャップは、いずれドラステイックな調整期を迎えるだろう。低収益で不良資産化した老朽賃貸住宅の再生のビジネスが不動産投資の主流になる日が近いのではなかろうか。
■リフォーム・リノベーション・リファイン、コンバージョンとは
住宅再生といえば、最近、なにかとTVの出番が多いビフォー・アフターの「リフォーム」がまず思い浮かぶが、リフォームをさらに進め、物件の価値創造を劇的に行うことを「リノベーション」という。既存建物の構造体である柱や梁などを残して解体し、機能を変更、追加して性能を向上させるリノベーションにより、既存ストックが持っている歴史や文化の蓄積を継承し、新しい時代の感性で新たな生命を建物に吹き込み建物の価値を高める。
リノベーションをさらに革新した究極の再生テクノロジーが「リファイン建築」である。躯体から不要部分を削ぎ落とし、耐震補強を施し、新耐震基準レベルまで適合させ、新築と変わらない内外装の一新とデザイン性で建物を再生する。築35年ぐらいまでのRC造建築物を新築同様に再生するための技術革新に不動産投資ファンドは熱い視線を送っており、その再生現場には多くのファンド関係者が見学に訪れている。
リノベーション・リファインが、同一用途間での再生であるのに比べ、「コンバージョン」は、オフィスから住宅、倉庫から店舗など異用途転換で再生を果たす手法である。
究極の再生手法「リファイン」の場合、稼動中の建物の構造、内外装を新築同様にまで再生することが可能となるので、過去のコラムにも書いたが、投資建物の建築→運用→取り壊し→再建築という従来の投資サイクルが、建築→運用→再生に転換し、投資建物の「取り壊し・再建築」が「既存建物再生」に置換するため、テナントの退去、それに伴うキャッシュフローの中断・空白、さらには環境問題の高まりから将来、より高騰すると予測される取り壊し・廃棄コスト、高額な再建築費用の短期スパンでの発生などの投資リスクが低減する。これにより投資建物の「ライフサイクルコスト(LCC)」を低下させ、キャッシュフローを継続させて投資建物の再生後は賃料が上昇し、投資不動産の内部収益率(IRR)を向上させる。
■既存ストック再生で競争力UPの事例
リノベーションをして高い投資パフォーマンスを上げている案件には共通点が見られる。既存物件が持っていた特性や歴史を上手に生かし、差別化に利用している点だ。例えば「月刊 不動産流通」によると、不動産オークションで有名なアイディーユーがオペレーションしている「コンシェルジュオフィス北浜T4B」は、1930年築の老舗時計店が所有していたビルのアールデコ様式のレトロな外観を生かし、外観はそのままいじらずに内部を近代的なSOHOにした。周辺相場より高賃料にもかかわらず平均稼働率は85%をあげている。
防音マンションリフォーム・分譲専門のケアジャパンは、音響会社所有の築20年RC4階建ビルを防音マンションにコンバージョンした。100ホンの音もほとんどもれず、低音域のドラム以外は「24時間演奏可能」。これが差別化となって周辺相場の2~3割高い家賃設定が可能となっている。
●リファイン事例
建築家青木茂氏のサイトから築34年のRC造5階建賃貸集合住宅をリファインで全面改装したケースを引用し、紹介する。なお同事例は独立行政法人建築研究所「建築研究資料」でも紹介されている。
築34年が経過し、間取りも設備も現在のニーズに合わなくなった賃貸集合住宅、753ビルを「PARKSIDE GARDEN」にリファインした。計画は現在の躯対・住戸数を維持し、西側部分にEVおよび階段室、エントランスホールを増築する方向で進められた。耐震上有効な壁のみを残してその他の壁については撤去。必要な耐震壁のみをRCで新規に増築し、その他の壁は鉄骨下地で設置することで躯対の構造的負担を軽減している。さらに耐力が不足している柱等を炭素繊維で補強することによって、現行の耐震基準の適合を実現した。また「PARKSIDE GARDEN」は賃貸集合住宅という性格上、借り手の入れ代わりも考えられるので、外気の影響を直接受けないよう二重壁による外断熱を施し、可能な限り壁面を緑で覆うことにした。建物が植物の成長とともにさまざまな表情を持ち、なおかつ壁面緑化による建物の表面温度の上昇防止、都市のヒートアイランド化を緩和する効果を狙っている。新築の6割弱のコストで住戸数はそのままに、時が流れても魅力を保ち続ける賃貸マンションへと生まれ変わった。
■既存賃貸集合住宅建築再生時の問題点
既存賃貸集合住宅を再生する場合、一般に階高が2,600mm程度と低いため、床スラブを抜いて階高を高くする必要がある。スラブ抜きにより自重、積載重量は軽くなるため、それだけで耐震性の向上が可能となるという効果もある。また昔の公団タイプによく見られる40~50㎡3DKタイプや民間狭小ワンルームなど老朽化マンション特有の「狭さ」に対する対応として、界壁を取り除いて水平2戸1、上下2戸1にしたり、敷地面積に余裕があるときは、バルコニーを撤去し、居室を接続させて増築するなどの方法がある。
耐震性強化としては「鉄筋コンクリート壁または鉄骨ブレースによる耐震壁増設、開口部の閉塞、既存耐震壁の増す打ち(耐震壁を厚くする)、破壊の恐れのある柱に鉄網板や炭素繊維シートを巻きつける、増す打ちによる柱断面の増強などの方法がある。」(管理組合・実務家のための改修によるマンション再生マニュアル)
オフィスビルなどから住宅へコンバージョンする場合、建築基準法など居室採光規定や2方向避難などをクリアするための工事費負担が重く、事業採算面で頓挫するプロジェクトも多い。建築基準法などを緩和させていく政府の方向性は見えるが、ビルオーナーにとってコンバージョンのための資金負担は過大で事業リスクも見えにくいのが現状だ。一層の活用促進のためには、規制緩和、資金調達のための金融制度、補助金支援、TAX優遇策に加え、事業リスクを事業企画段階で判断できるように既存建物の接道、平面プロポ-ションのタイプ別や基準階規模ごとの住戸割パターンなど豊富なデータベース蓄積による「事業適格性簡易診断システム」の整備が急がれる。
●再生時の投資判断(「建築ジャーナル」掲載の筆者コラムより一部抜粋)
低収益賃貸住宅の稼働率を上げ、賃料を上昇させ、建物の耐用年数を延命させることが既存住宅ストック再生の目標である。既存住宅をそのまま運用した場合と比較した再生パフォーマンスを測定することが主要な投資判断となる。当該地域や周辺のオフィスマーケット、住宅マーケットなどの分析の結果、土地建物の複合資産の経済価値が、再生手法で上昇するとき、投下資金と再生による上昇価値を比較計量することで再生事業の成否が決定される。例えばベースビルが賃貸住宅でリニューアル後も同用途の賃貸住宅と想定した場合、現状運用とリニューアル後の想定収益価格を試算し、さらに現状でのIRR(内部収益率)とリニューアル後を想定した投下資金と賃料・稼働率上昇見込みによるIRRを比較し、事業採算性を判断する。パラメーターを変化させることで投下資金や賃料上昇額などをシミュレーションし、事業採算ベースで現実性の高い数値を探ることになる。
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