不動産投資のリスクってなんだろう?

近年の不動産投資ブームを反映して街の本屋さんの店頭には「大家本」が氾濫しています。本だけにとどまらず不動産コンサルタント、不動産投資コンサルタント、不動産投資アナリスト、達人、鉄人などの方々が巷やネットに続々と登場し、まさに玉石混交、真贋入り混じり混沌とした業界模様を織り成しているようです。一方、投資家の裾野も拡大しており、低金利で運用先に困った富裕層、小金持ちから将来の年金・社会保障費などの国家財源枯渇を不安視し、老後の私的年金にと当て込むサラリーマン層まで不動産投資市場に大量に参入してます。

筆者は、バブル前から不動産全般に携わってきましたが、右肩上がりの高度経済成長期は、人口は増加し、若者をはじめ大都市に大量に流入する時代で、住居は持ち家も貸家も大量生産、スクラップ&ビルドが絶え間なく繰り返されていました。賃貸業は放っていても安定収入を上げ、仮に低収益でも地価上昇がカバーしてくれる気楽なビジネスだったのです。しかし、バブル崩壊後、日本の社会経済のトレンドは激変しました。高齢化、人口減少、低成長、恒常的地価下落など…

国内の投資意欲が完全に萎縮していた90年代後半、凄腕の外資ファンドは、先見性とモダンポートフォリオ理論(MPT)でリスクテイクし、不良債権バルクセールでタダ同然で優良物件を拾い、タイミングよく莫大な利益を上げた模様ですが、00年以降、このような美味しい物件は、業者の店頭や競売、任売から次第に姿を消しつつあります。

最近は、供給過剰、仕入れ値高騰、利回り低下、空室増加が盛んに取り上げられています。厳しい投資環境という暗雲がヒタヒタと不動産投資市場に垂れ込めてきたせいか最近の個人投資家は、昔とは比較にならないほどよく勉強しています。これは、ネットでの豊富な情報や幾多の「大家本」などの効用でしょうか、不動産投資相談を受けるとき感じる時代変化ではありますが…

とはいえこのコラムでネット情報や大家本の2番煎じをしていてもはじまりませんので、これらのハウツーものには殆ど書かれていないいまどきの先端的投資理論を実戦的に書いてみます。不動産投資に内在するリスクをあぶり出し、定量化するリスク分析は、近年の多年度キャッシュフロー変動によるDCF法(Discounted Cash Flow)や統計解析、金融工学の普及でかなり詳細にできるようになりました。本コラムでもその具体的な手法のいくつかを連載で書いていく予定です。

1、投資リスクにたいする誤解

「リスク」というと「危険性」を意味すると理解をされている方が多いようですが、投資でいう「リスク」とは、予測収益と実際に獲得できる収益の差「=ぶれ」をいいます。投資家は予測収益と実現収益が完全に一致する完璧な予測をすることはできません。一言で言えば将来は不確実だからです。不動産投資では不確実性=リスクと認識することからスタートします。

例えば賃貸マンションを7年間運営し、純収益の過去7年間のトラックレコードがA、B2通りあったとします。7年間の純収益の平均値はA、Bとも47.7で同額ですがリスクはBが高いということになります。ボラティリティ(平均値からどれぐらいバラツキがあったかの振幅度)を示す標準偏差がBが圧倒的にAより大きく、現実にNOIが20~70の間で大きく変動しています。投資家は変動幅が少ない(不確実性が比較的低い)Aをリスクが少ないと判断します。

●純収益(NOI)と分散・標準偏差

リスクは大きく2つに分類されます。投資対象不動産に期待するIRRが下ブレするかもしれないというビジネスリスクと借入併用する際に発生する財務リスクがあり、ビジネスリスクはさらに純粋リスクと投機的リスクに分けられます。

純粋リスク(=静態的リスク)とは、社会や経済、政治の現状からその変化まで完全に予測でき、経営者の経営能力も完璧としても解消できずに残留する不確実性(=リスク)です。自然災害や人的過失による財産毀損・滅失などがそうです。投機的リスク(=動態的リスク)は、政治・社会・経済環境の変化に起因するもので、経営的リスク、政治的リスク、技術革新リスクがあります。財務リスクは、資金調達で借入を併用することで資金ショート、デフォルトなどのリスクが高まることです。

さらに不動産投資には不動産が有する特性のために特有のリスク発生要因があります。

  • 取引コストが高く、REITなどで改善されたとはいえ流動性が乏しい
  • 不動産投資の不可逆性(投資後、元に戻すことが難しい)
  • 長期投資になるため、賃料、経費、金利などの変動により、期間収益の変動予測がブレる可能性が高い。出口における転売価格予測も難しい
  • 投資金額が大きいため分散投資が難しい
  • 地震、津波、火災など天災・人災を受ける可能性がある
  • 建築基準法、都市計画法などの建築法規や税制が変わる可能性がある
  • AM(アセットマネジメント)、PM(プロパティマネジメント)の巧拙や設備更新などコスト変動で収益が変動する

2、リスクに対する対応(リスクマネジメント)

■リスクへの伝統的対応法

不動産投資リスクへの対応策として下表のような回避・移転・縮減といった伝統的手法を活用します。リスクは、予測収益と実際に獲得できる収益の乖離度ですので、近年は、コンピュータを使いNPV>0の変動の限界までシミュレーションする感応度分析や確率を使い統計的に定量分析する手法などが普及してきています。

■割引率

リスクに対する投資家の対応として重要なのは割引率です。投資対象のリスクに殆ど悩むことがないリスクフリーレート(例えば国債の利回り)に投資物件の不確実性のレベルに応じたリスクプレミアムを加算して割引率を決めます。不動産投資という固有のリスク発生要因を先に書きましたがこれらがリスクプレミアムとして割引率を上昇させます。リスクが高ければ割引率を上昇させ、高いリターンを求めるわけです。投資家は割引率をリスクに応じて調整することでリスクに対応しています。

3、リスク分析

■借金はどの程度までなら安全か?

まず資金調達で借入を増やした場合の投資効果と投資リスクの関係を見てみましょう

借入金を併用する場合、ROE(自己資本利益率)>ROI(総投資資本利益率)の関係が成立している、言い換えますとイールドギャップが正(投資利回り>借入金利)であれば自己資金のみで投資運用するより、レバレッジ効果が働き自己資金部分のIRRが向上し、高い投資パフォーマンスが得られますが、反面、借入返済が増えると資金ショートやデフォルトのリスクが高まります。

投資効果の向上とキャッシュフローの安全性はトレードオフの関係があり、IRRを高めるとリスクも高まり、ハイリスク・ハイリターンになります。投資家は投資効果を向上させるIRRを変動させながら同時に投資リスクをBER(Break-Even Ratio)、DSCR(Debt Service Coverage Ratio)をモニタリングして、借入の最適比率を決定します。

つまり借入金を増減させた場合、レバレッジ効果で自己資金帰属収益部分の内部収益率IRRは上昇しますが、資金ショートリスクの指標である損益分岐比率BER([借入金元利支払+運営支出]÷可能収入)と借入金償還余裕率DSCR(純収益NOI÷借入金元利支払額)が連動するため、これらの指標を参照することで資金ショートやデフォルトリスクの高低を分析できます。

下記の例題で投資家が当初、購入額の70%を銀行借入する予定だったとして借入比率を80%、50%に変動させるとそれぞれの指標がどのように変動し、その変動が投資効果とキャッシュフローの安全性にいかなる影響を及ぼすか見てみましょう。

【例題 投資対象アパート】

  • 購入額
  • 10,000千円

  • 可能収入(GPI)
  • 3年目‐5%、5年目‐10%の賃料値下げ

  • 運営経費
  • 3年目から5%上昇

  • 5年保有後転売
  • 予想転売価格 購入額の-10%の9,000千円

  • 借入条件
  • 金利3%、返済期間20年、元利均等返済

○ケース1:借入割合70%(借入金10,000千円×0.70=7,000千円、自己資金3,000千円)の場合

下表1、2により、

自己資金帰属収益部分 IRR 8.3%、BER 0.77~0.87、DSCR 1.24~1.49

BERの数値は小さいほど低リスクとなりますが、このケースでは、危険ゾーンである0.80を超え1に接近しています。3年目以降は空室率が17~13%を超えると損益分岐点を越え資金ショートを起こします。

各年のDSCRの数値は大きいほど低リスクになりますがこのケースでは毎期が>1.2ですからこの指標で見ると借入金の返済を純収益(NOI)で賄えるといえます(貸付機関はDSCRの最低限を1.2~1.5で設定するケースが多い)。

5年末には、9,000千円で転売(転売費用は考慮外)しますが、復帰DSCR>1であるため復帰価格からデッドt部分(借入残債額)を控除しても自己資本投資家に配分される残余があることを示しています。

表1:借入割合70%のケース(単位:千円)

表2:自己資金内部収益率(IRR)(単位:千円)

○ケース2:借入割合80%(借入金10,000千円×0.80=8,000千円、自己資金2,000千円)の場合

下表3、4により、

自己資金帰属収益部分IRR 10.6%、BER 0.84~0.95、DSCR 1.30~1.09

このケースでは、自己資金部分のIRRは上昇しますが、BERが危険ゾーンの0.8を超え限りなく1に接近していますので5~15%の空室を生ずると運営経費+借入金返済を賄えず資金ショートを起こします。

各年のDSCRの数値は大きいほど低リスクになりますがこのケースでは1.3≧各年DSCR≧1.1ですからこの指標で見ると計算上は借入金の返済をNOIで賄えるものの借入金の償還余裕は少ないといえます。

表3:借入割合80%のケース(単位:千円)

表4:自己資金内部収益率(IRR)(単位:千円)

○ケース3:借入割合50%(借入金10,000千円×0.50=5,000千円、自己資金5,000千円)の場合

下表5、6により、

自己資金帰属収益部分 IRR 6.3%、BER 0.64~0.72、DSCR 1.74~2.08

このケースでは、自己資金部分のIRRのパフォーマンスは低下しますが、BER≦0.72、DSCR>1.7 とともに低リスクになり、空室率で30%強までクッション(余裕)があることが分かります。

表5:借入割合50%のケース(単位:千円)

表6:自己資金内部収益率(IRR)(単位:千円)

次回に続く

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