解りやすいDCF法の話し その2

1、不動産投資に欠かせないDCF法

■ファイナンス理論とDCF法

日本でも不動産投資は、古くより財産三分法(預金・株・不動産に財産を分散して保有することによりリスクヘッジする1種のポートフォリオ理論)として重視されてきました。いままでの不動産投資は個人の投資センスや右肩上がりの経済成長に拠るところが大きかったのですが、低経済成長と13年連続の地価下落、人口減少の逆風の時代を迎えた現在、不動産投資も理論武装しなければ勝ち残れません。欧米で発達したファイナンス理論、そのなかでもキャッシュフロー重視、予測される期待値がブレる不確実性のリスク、それを増幅する時間価値などの考えがいま、日本での収益不動産の評価の主流となりつつあるDCF法などの収益還元法に色濃く反映されています。

不動産投資を理論的な側面から理解するにはファイナンス理論の基礎的理解が必要です。ファイナンス理論は、投資理論にはじまり、プロジェクト・事業成果の評価さらには企業全体の評価まで包含しており、ビジネス上の多くの意思決定に活用されています。つまり、不動産などの限られた資源を有効利用することにより、その資源の価値を守り、高めるためにはファイナスが必要であり、その資源を有効利用するための投資行為により、変動する資源の価値を計測する投資尺度がファイナンス理論と言えます。

ファイナンス理論では投資家が自由裁量できる収入や、投資家が自由裁量できる資金から支払う支出などの現実の入出金をキャッシュフローと呼びます。簿価をはじめ会計上の利益は会計という原則に基づいて計上された会計上の約束事を前提とする数字であるため対象外となります。財の経済的価値(実際の貨幣額に換算できる)を反映したものと考えられないからです。

例えば、不動産の総収入から純収益を求めるために控除する費用には減価償却費、借入金利息、オーナーの役員報酬などは含まれません。また地主さんが所有地に収益用の賃貸アパートなどを建て建物の投資額に対してのみ利回りを考えているケースがよくありますが、ファイナンス理論では土地を売却して自由裁量できる現金に換金できるオプションを選択せず、収益建物を建ててるわけですから土地の売却可能額を投資していると見なします。前回で書きました不確実性や時間価値がファイナンス理論を構成する重要な概念であることは言うまでもありません。

■NPV(正味現在価値、Net Present Value)とIRR(内部収益率、Internal Rate of Return)

不動産投資家は投資を行う場合、不動産をはじめ株式、国債、その他の金融商品と比較し、どの投資の優位性が高いかや投資家個々のポートフォリオなどの視点から合理的な基準で判断することを求めます。DCF法は投資判断の価値尺度として活用されているわけですが、NPV(正味現在価値、Net Present Value)とIRR(内部収益率、Internal Rate of Return)が特に重要とされています。債券や株式の価値評価においても投資家は、債券の利払いや株式の配当に加え満期の債券の額面や、売却する際の株式の売却価格などの将来のキャッシュフローを投資家の期待利回りにより時間価値で割引計算した現在価値と購入額を比較し、NPV(詳細は後述)が正であれば投資を検討するでしょう。

不動産投資家がどの投資を行うかの意思決定を行う場合や投資家がどの投資商品にどれだけ資金配分(アセット・アロケーション)するかの決定には債券や株式などの市場分析データと同様の手法で計算された分析データが必要であり、NPVとIRRはその機能を果たしていると言えます。以下で例示をあげ、その理論について述べてみます。

(1)NPV

ファイナンス理論では投資はその財の価値を高めるものとされています。NPVは投資家が保有する財の価値の増減を量る投資尺度となります。いま、稼動中の賃貸マンションがあり、毎年700万円(純収益500万円)の家賃収入があるとし、10年保有し、保有期間終了時の売却予想額が購入価額の20%減とすると、この賃貸マンションを1億円で購入するのは投資判断として正解でしょうか?この回答は表1のようにNPVを計算することで得られます。

●表1 キャッシュフロー(単位千円)

その他前提:家賃低下、空室など純収益変動を考慮せず一定とし、割引率(期待収益率)5%とする。

●基本式

収益価格=毎期の純収益の現在価値の合計+復帰価格の現在価値

●DCF法による収益価格Vの算定式


V:収益価格、a:初年度純収益、r:割引率、n:保有期間、Vn:保有期間終了時の不動産売却価格

収益価格Vは87,722千円となり、

NPV=(投資により得る財の現在価値)-(投資額)=87,722千円-100,000千円
(投資額)>(投資により得る財の現在価値)

となり、投資家の保有する財産の価値が12,278千円減少することになります。売却予想額を購入額と同額の1億円として計算しますと収益価格も1億円となり、売却予想額を10%増加して計算すると106,139千円となりNPVはプラスとなります。

以上でお解かりのように、NPVとは、キャッシュフローの現在価値の合計額から投資額を控除したもの。投資である以上、NPVは常にプラスになっていなければならないし、複数の投資案件から選択する場合は、NPVの値の大きいものを選択することになります。NPVは投資の採否を決める重要な指標であることは言うまでもありません。

(2)IRR

投資対象が予め決まっている場合、投資家はNPVを求めることに加え、その投資の利回りがいくらになるかで投資選択の採否の判断を決定します。IRRはNPVがゼロになる割引率ですが、下記の多次元方程式となり、n=2、キャッシュフローが2年までは求められますが、3以上になると数学的に計算できないためエクセルなどでIRRを求めることになりますが、エクセルの場合、手動で配列の設定をしますが、プログラムで保有期間の年数をコントロールボタンで選択し、得られたインデックスを使ってSelect Case文で配列を指定し、即時に自動でIRRを計算する柔軟な方法もあります。


I:投資額、C:毎年のキャッシュフロー、r:内部利益率

例えば1,000万円で購入予定のワンルームマンションがあり、グロス(家賃等ベース)で年80万円、ネット(純収益)年60万円とします。10年後、購入額等の40%減の600万で売却するとIRRはいくらになるでしょうか。初年度で見るとグロスで8%、ネットで6%とまあまあの利回りのようです。DCF法の時間軸を加えた利回りではどうでしょうか(※購入、売却経費は考慮外)。

下記のとおりIRRは2.42%と求められました。グロスで120万円、ネットで90万円、初年度利回りがそれぞれ12%、9%と設定を変えるとIRRは6%になります。この設定だとリスクフリーレートの国債の利回りに不動産の非流動性、管理の困難性などリスクプレミアムが乗った利回りとして投資を検討できるでしょう。

求められたIRR2.42%を割引率として収益価格Vを求めると下表2の計算プロセスで9,996,944円≒10,000,000円となり、IRRの定義どおり購入額=VとなりNPV=0となる利回りであることが証明されています。

単年度で6%の利回りに時間という3次元の考察を加えることで2.4%と計算されたわけです。保有期間中の空室損失、家賃の低下、不測の費用の発生などのリスクを考えるとこの前提条件では、10年物国債を選択するのではないでしょうか、勿論売却価格予測でIRRは変動し、通常は、n+1年目の純収益を最終還元利回り(次項で詳述)で除して売却価格を求めます。

●表2 キャッシュフロー(単位円、IRR:2.42%)

2、割引率と還元利回り

■割引率

これまで割引率について再三触れてきましたが、より具体的に整理してみましょう。割引率は、DCF法で想定された毎期の純収益(例示の表2で言うと家賃など総収入から諸経費を控除した純収益)や復帰価格を現在価値に割り戻すための利率です。具体的に言うと表2の1~10年までの数値です。これは割引率により複利現価率を下記の式で求めたものです。

割引率:rとすると複利現価率は1/(1+r)nで求めます。例示表2の場合、r=0.024でしたので2、5、9年目の複利現価率は

2年目 1/(1+0.024)2=0.953302
5年目 1/(1+0.024)5=0.887312
9年目 1/(1+0.024)9=0.806375

となっています。年数nが経過するほど複利現価率が小さくなりますので現在価値も小さくなります。2年目の60万円の入金より9年目の60万円の入金のほうが、当然ながら現在価値(毎年の純収益×複利現価率)は少なくなるということです。

割引率を決定する基準について考えて見ましょう。割引率は、投資家自身が設定した投資期間における諸投資機会の投下資金に対して得られる最も高い期待利回りが年利率で何%となるかという収益率と、予測された期待値から将来、どれくらい乖離する可能性があるかというリスクプレミアムの両方を要因として決定されます。

現実には、積み上げ法で、想定保有期間に該当する国債(残存期間が保有期間に見合ったもの)の利回りをリスクを全く考えない場合の純粋収益率であるリスクフリーレートとしてとらえ、これに予測インフレ率や不動産の非流動性、管理の困難性などのリスクプレミアムを経験的数値として加味した利回り(リスクフリーレート+予測インフレ率+リスクプレミアム)を基本とし、投資不動産の下記の地域性、個別性を考慮して決定しています。

  • 地域別、用途別のリスクと収益力格差
  • 対象不動産の個別性に基づくリスクおよび収益力格差

近年のDCF法の研究の進展により、定量的な査定法やファイナンス理論を応用した査定法が適用されるようになってきています。そのなかで注目されるものを下記に紹介します。

(1)借入金と自己資金に係る割引率から査定

通常、不動産を購入する場合、購入者は自己資金(エクイティ)と借入金(デッド)を併用するという考えに着目した手法です。市場における標準的な借入金割引率と自己資金割引率をそれぞれの構成割合で加重平均して求めます。借入金割引率は典型的投資家が投資不動産の購入で調達する借入金の金利となり、自己資金割引率は標準的借り入れ条件を前提として投資家が期待するであろう収益率になります。例えば証券化の場合であれば、デッドの割引率は、金融機関のノンリコースローンの不動産事業向け長期貸し出し金利を標準とし、保有期間を通じた純収入の変動予測に基づく対象不動産の個別のリスクなどを考慮した査定金利を採用します。エクイティ部分の割引率は取引利回り、投資家のヒヤリング、国債などのリスクフリーレートに不動産投資特有のリスクプレミアム、さらには地域性、対象不動産の個別性を総合勘案して査定し、得られたそれぞれの割引率を自己資金(エクイティ)と借入金(デッド)の構成比で加重平均して求めます。

借入金の割引率に保有期間に所有者の持分が増加することを考慮した元利均等償還率を使う考えもあります。塚本勲氏は著書「不動産DCF法」で、不動産購入は金融機関の借り入れを利用するのが常態(借り入れを活用し、自己資金のレバレッジ効果を上げることが可能)なので、自己資金の期待利回りと借入金の元利均等償還率で割引率を自己資金対借入金の比率で求めるとし、不動産の価値=借入金+自己資金であり、不動産の価値が同じであれば保有期間に元利均等で返済した分だけ借入金は減少し、その分、所有者の持分は増加している。所有者の持分の増加を年間の利回りに配分するために自己資金に対する期待利回り6.5%(設例の利回り)、10年の償還基金率0.074105で年間の利回りに戻しています。

些か解りにくいので、筆者が例示の前提を若干変更し、下表のとおり査定してみました。

●前提条件

借入金比率60%、金利4.5%、期間20年の元利均等償還、自己資金比率40%、自己資金に対する期待利回り7.0%、投資期間10年とすると、

借入金 0.60 × 0.076876(年4.5%、20年の元利均等償還率) = 0.046126
自己資金 0.40 × 0.070 = 0.028000
小計 0.074126
元金返済分 -0.60 × 0.391733(借入金減少率) × 0.072378(10年、償還基金率) = -0.01701

よって査定割引率は、

0.074126-0.01701=0.057144

(2)CAPM(キャピタル・アセット・プライシング・モデル、Capital Aseet Pricing Model)

山内正教氏の著書「不動産投資理論入門」ならびに(社)日本不動産鑑定協会調査研究委員会編「収益還元法適用における利回りについて」において紹介された割引率査定手法です。以下、山内正教氏の著書、日本鑑定協会調査研究委員会による研究報告を引用、要約し、紹介します。

CAPMでは市場ポートフォリオ収益率(市場に存在する全銘柄の収益率を時価総額で加重平均したもの)に対する個別銘柄の感応度であるβ値と市場での期待利回りが直線関係にあるという前提に立った理論です。CAPMではリスクが全くない状態、すなわちβ=0で国債の利回り(r1)になり、β=1で株式市場全体の利回り(rm)になるとしてこれらを結ぶライン上(証券市場ライン)に金融市場の全ての商品の期待利回りがあるとしています。

CAPMでは個別の金融商品の期待利回りは、

r=β(rm-rf)+rf

β:個別の金融商品のβ、rm:株式市場全体の期待利回り、rf:国債の利回り

となり、すなわち個別の金融商品の期待利回りは、無危険資産の収益率(=国債の利回り)にリスクプレミアムであるβ(rm-rf)を加えたものです。また(rm-rf)は株式市場全体の国債に対するリスクプレミアムとなります。

不動産の場合、市場ポートフォリオ収益率として不動産投資INDEXを使い、投資不動産の感応度であるβを計測できればよい。証券市場の場合、市場ポートフォリオ収益率としてTOPIX等の指標を使いこれと個別銘柄との関係を利用します。協会調査研究委員会の研究報告では市場ポートフォリオ収益率として不動産投資INDEXの全国指標等を用い、対象不動産の代理指標として、対象不動産と同用途、同地域に係る投資INDEXを用いることが現実的としています。

山内正教氏の著書「不動産投資理論入門」では「CAPM債券や株式などの証券への投資を対象に作られた理論で、新しい金融商品である不動産に対しては適用の妥当性が検証・証明されていない。」さらにキャッシュフローのリスクのみでなく不動産の非流動性などのリスクが大きく寄与しているため単純にCAPMを適用すべきでないと注意を喚起しています。

いずれにしても説明責任に耐えられるレベルに不動産投資INDEXが整備され、全国指数、地域別指数、用途別指数など多様なデータが蓄積されることが急がれます。

(3)類似収益不動産から査定

同一需給圏内の種別、用途が類似した収益不動産の取引事例から割引率を求める場合は、取引利回りをもとにしたIRRになりますが、米国のように地域、ビルの利用形態、品等ごとにIRRが公表された国と違い日本の場合、IRRが直接得られるケースより、不動産の取引価格と初年度の家賃ベースの総収入が把握される場合が大半と思われます。この場合は標準的経費率をまずデータベースから不動産の種別、用途に応じて査定し、純収益を求めます。保有期間も不明の場合は、保有期間を想定し、毎年の純収益の動向、さらには保有期間終了後の復帰価格を予測し、IRRを査定します。事例不動産から地域要因などを比準してIRRを求めるわけですが、実務レベルではこの比準の基準とすべき諸要因の分析、整備にこの手法の精度は依存していると思われます。

■還元利回り

保有期間終了時の最終還元利回り(ターミナルキャップレート)ですが、いままでは投資家が売却価格を予測し、購入価額の何%増減という計算で話を進めてきましたが、保有期間+1年目の純収益を最終還元利回りで除して復帰価格を求めます。転売時の還元利回りは保有期間終了時点以後に発生する純収益の予測に基づいたものになりますが、対象不動産はすでに保有期間を経て経年による減価、設備等の陳腐化、維持修繕費の逓増、さらには新築のものに比べ賃料は低下しますし、空室も増加すると考えられます。 転売時の金利の動向、収益不動産の需給状況も影響してくるでしょう。通常、購入時点における保有期間中の予測より不確実性が高まり、不確実性の程度に応じ、リスクプレミアムが高まるため最終還元利回りは、購入時点の還元利回りより大きくなります。

「通常のケースでターミナルキャップレートは保有期間10年程度として現時点のキャップレートに0.5~1%乗せていることが多い」(山内正教著「不動産投資理論入門」)。またドイツ銀行MAI中山義夫氏は月間不動産鑑定「アメリカにおける収益還元法」で「最終還元利回りは現在の還元利回りと比較して、0~3%程度高い利回りとなるのが通常である。その理由としては将来に対するリスクがあること、時間とともに建物の経済的耐用年数が短くなること等が上げられる。」と書いてますが、日本に比べ土地に対する建物の価格比が高い米国の事情を反映していると思われます。日本ではさらに地価の一部地域を除く恒常的下落があります。

いずれにしても一般的なリスクプレミアムに投資不動産の地域性、個別性をさらに加味し検討して決定すべきでしょう。例えば売却から数年で大規模改修工事が予定されているようなケースでは、最終還元利回りに反映させなければなりませんし、保有期間満了時点で建物を取り壊したり、用途変更する場合は、復帰価格はこれらの費用を控除して得られた価格になります。

還元利回りの査定手法は次回に書く予定です。

■次回記事
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