株価で読む景気底離れタイミング

■「根拠なき熱狂」か?株価急上昇

3月10日の日経平均はバブル経済崩壊後の安値7,054円で7,000円をやっと維持し、公的年金のリバランスと呼ばれる資産配分の買いがないと6,000円台に突入しても不思議ではない株価動向だった。それが3週間余経った4月3日には当時から23.6%上昇し、8,719円の終値を付けた。

3月10日に相場の急回復を見越して、例えば今回の相場を牽引した景気敏感株といわれる三菱UFJや三井物産、ホンダを買った投資家は、この間で日経平均を上回る株価上昇を享受し、先週末には嬉しい思いを噛みしめたのではないだろうか。

しかし、世界経済の悪化に歯止めがかかったわけでない。日本国内の実体経済は、IMFの世界経済見通しでは2009年予想成長率マイナス5.8%で米、ユーロ圏に比べても際立ってマイナス幅が大きく厳しい。景況感に目に見えての改善は見られなかったにもかかわらず、株価が急上昇したのである。

株価は実体経済の底打ちより概ね4、5ヵ月先んじて底打ちするといわれているが、どのような景況変化のシグナルを読み取って急上昇したのだろうか、疑心暗鬼の投資家が恐る恐る奏でるベアマーケットラリーでの根拠なき熱狂とも揶揄される直近の株価動向から国内景気の底入れ時期を探ってみよう。

■株価上昇の背景

最近の株式市場では、極端な悲観論が影を薄めてきている。4月1日ガイトナー米財務長官が「すでに市場には改善の心強い兆候が見られる。これを一段と強化したい」とコメントしたように金融危機の震源の米国では最悪期を脱したという認識がマーケットにも浸透しつつあるからだ。

米国で投資家のセンチメントが改善した要因は、2月の新築、中古住宅価格の先行きに薄明かりが射してきたことや、市場が待望していた不良資産買い取りスキーム(官民投資ファンドプログラム)が3月23日発表され、市場の評価を得たことなどから始まった。

米新築住宅、中古住宅の足元の販売状況は、厳しいものだが、2009年に入り下落幅の縮小が見られるようになってきた。また「不良資産買い取りスキーム」は、政府と民間投資家が共同で金融機関の不良資産を買い取るもので、民間投資家の出資額に応じ政府が最大で1千億ドル(約9兆7千億円)の公的資金を拠出し、政府保証や低利融資を組み合わせて5千億~1兆ドルの不良資産を金融システムから分離する。

2月に発表された金融安定化対策が具体性に乏しいとして米株価の失望売りを引き起こしたのと比べ、今回は踏み込んだ内容となったので市場が好感しNYダウは急騰した。

米政府の財政への過大な負担を避けるため民間資金を呼び込み官民ファンドとする。住宅ローンなどのローン債権と証券化商品の2つのファンドを立ち上げる。ローン債権では民間投資家が例えば100出資すると、財務省も同額の100を出資する。合計200の6倍の1200を民間から融資を受け、米連邦預金保険公社(FDIC)の保証もつける。つまり民間投資家の出資額100に対し14倍のレバレッジとなるわけだ。このように民間投資家に収益機会とリスクヘッジのインセンティブを与え、スキームの実効性を高める工夫がなされた。

ハイレバレッジの投資銀行型モデルへの反省から金融規制論が強まっている米国で強欲金融資本の尻拭いの不良資産解決にハイレバレッジを誘い水に民間資金の導入を呼び込むことは何とも皮肉な話ではある…。

3月末に相次いで発表された経済指標も米経済の底打ちが近いことを期待させるものであった。例えばミシガン大学の3月の消費者信頼感指数は57.3で前月を1ポイント上回った。米サプライマネジメント協会(ISM)による製造業の景況感指数も3月は36.3で前月を0.5ポイント上回り、3ヶ月連続で改善した。耐久財受注額も2月に7ヶ月ぶりの増加に転じたが製造業の設備投資の先行指標であるため注目された。

4月2日に開催された金融サミット(G20)で2010年の世界経済の成長率を2%回復させるため、参加国が「あらゆる必要な行動」を取ることで合意し、来年末までに総額5兆ドル(約500兆円)の財政出動に踏み切ることが、市場に安心感をもたらした。また米財務会計基準審議会(FASB)が4月2日に時価会計の適用除外となる金融資産の対象を広げる緩和策を決定したことも、金融機関の評価損を軽減し、損益が改善するため金融収縮に効果が見込めるとして株価材料となった。

日本国内においても3月30日に経済産業省が発表した2月の鉱工業生産指数は、68.77となり、前月比9.4%低下したものの、在庫は2ヶ月連続で減少。3月と4月の生産予測指数はともに前月比プラスで、生産が底打ちする兆しが見えてきた。

4月1日発表された日銀短観で大企業製造業の業況判断指数(D1)は、市場予想平均マイナス54を上回る58と悪い数値になったが市場では「予想の範囲内」と受け止められた。むしろ3ヶ月先の景況感がマイナス51と現状の58から7ポイント改善され、先行き判断の改善見通しが約3年ぶりに好転することがポジティブに受け止められた。

また日銀短観の大企業全産業の業績見通しは11%減だったが、市場はむしろこの数値を歓迎した。JPモルガン証券北野一チーフエコノミストは日経CNBCで「株価はすでに20%以上の減益見通しで織り込んでおり11%減にとどまるなら反発の余地は十分ある」とコメントしている。

鉱工業生産指数や日銀短観で足元の景況が悪いのは想定内ですでに市場に織り込まれているとして、市場の関心は、今後、どのように改善するかに向けられており、企業の大規模な減産効果で在庫調整が進んでいることことや中国向け輸出で好転の兆しが見えてきたことが改善のベクトルとして働いている。さらに政府が検討している景気追加対策では贈与税減免や研究開発税制などの税制改正に取り組み、金融証券市場対策では、公的資金で市場からETF(上場投資信託)などを買い取るこことができる枠組みの整備するというものだ。約10兆円超の規模とも言われる財政出動や株式買い取りに踏み込むなどの政策を総動員して経済危機を乗り越えようとする対応を打ち出しており、政策関連銘柄を中心に市場の期待も高まっている。

■今後の株価動向は…

日経平均が急上昇、4月3日に8,700円台まで回復したが、ここまでの上昇相場を牽引してきた景気敏感などの各銘柄もここにきてチャート上の25日移動平均線からの乖離率をはじめ、騰落レシオ、RSIやボリンジャーバンドなどオシレーター系指標に過熱シグナルが点り、テクニカル面では警戒モードに入っている。半信半疑の投資家の買い戻し中心で腰の据わった新たな投資資金の投入がないまま、期末の年金の買い支えもあって途中で調整局面はあったものの、スルスルと真空地帯を抜けてここまで上昇してきたという感じだ。株価の今後の動向には様々な見方がある。今後の株価を占うキーワードは需給動向と企業業績の行方になる。

需給動向で株価を見ると昨年末から株価下降局面で下支えしてきた公的年金の今後の動向が注目される。公的年金の実体は、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)で160兆円の膨大な運用資金を保有する。「大和総研土屋貴裕ストラテジストによるとGPIFは前年10-12月期に1兆1千億円の日本株を新規取得。同期間の外国人売越高が約2兆9千億円だったので3分の1以上をGPIFが吸収した。」(日経09.04.02)

GPIFは国内株の基本的な運用割合を運用資産の11%と定めており、「リバランス」といって株価下落で比率が低下すると買いに動いて比率をオートマティックに維持する仕組みになっているので株価が下がるほど買いが膨らむ。株価を買い支えしてきたGPIFも財投改革で新規資金の流入がなくなり、年金給付のため資産額を減らす必要から、今後は買いが減速する可能性が高い。日本株の売買の5-6割を占める外国人投資家は売り越しが大きい。米系運用会社フィデリティ投信のように3月以降日本株を買い増しているケースもあるが、総じて外国人投資家は現時点で日本株に慎重だ。新たな買い手として銀行等保有株式取得機構に期待がかかるが、政府が検討している上場投資信託(ETF)の直接買い付けは需給改善に寄与するものの実現に法改正が必要で買い取り価格も今後の課題になっている。

次に企業業績だが、大手証券8社の予想では、日本企業の2010年3月期の経常利益は概ね20%前後減少するという見方が大勢を占める(日経09.04.02)。日経紙によると大手証券8社は製造業を中心に「上期低迷→下期急回復」のシナリオを描いている。収益環境に大きな改善は見込めないものの、前期に大幅なコスト削減や生産調整に踏み切った効果もあり、加速度的な業績悪化には歯止めがかかると見ており、各国の景気対策や原材料安、円高一服による押し上げ効果も見逃せないとしている。

企業業績予測は国内景気の底入れタイミングと関連する。自動車や化学などの在庫調整が進み生産に下げ止まり兆候は見えてきたものの、下期に回復というシナリオには慎重な見方も多い。

外需依存の日本にとって輸出先の米国、中国の景気回復が重要だが、中国は先の4兆元の景気対策効果で銀行融資が伸び、内陸部を中心にインフラ整備需要も高まり景気が底離れしてきた。一方、米国は、株式市場を底上げした政策発表だが、米国の官民投資ファンドプログラムも最大1兆円ドル規模では現状の世界の不良資産が20兆ドル、米国に半分の10兆ドルは不良資産があるといわれているのに比べ足りないとか、投資家の入札で決まるローン債権の買い取り価格も金融機関にとってその価格で売却すると損失が発生する場合に金融機関が売り渋るとかの問題が指摘されている。

さらに現在進行中の金融機関の不良資産を炙り出すストレステストの結果やAIGボーナス問題で世論が沸騰した金融機関に対して厳しい議会との調整など懸念材料を抱えるため、金融安定化の行方は不透明だ。日本の景気を底離れさせるには中国需要だけでは力不足で米国の景気動向が鍵を握るため米国内の諸問題の成り行き次第といえる。

4、5月にかけ日本企業の業績発表・来期見通しが相次ぐが、想定外に下振れると危機が再燃し、株価が調整局面に入る可能性もある。世界経済は矢継ぎ早に繰り出された各国の景気対策で応急に底割れ対策がなされたものの世界同時不況の谷が深く、本来の復元力を取り戻すためのシナリオが不透明なのでV字型の回復は望めず、株価、景気とも底這い基調のL字型回復になるとの予測が多い。

中国に続き米国の景気底打ちが始まる。製造業景況指数(ISM指数)が直近2ヶ月で改善しており、在庫、雇用の急速な調整が進んでいる。オバマ政権が打ち出した景気対策の減税部分が4月から始まり、年後半には公共投資の効果も出てくる。日本国内も一部薄明かりが射してきた指標もあるが、中堅・中小企業の業績悪化はこれからがより深刻化するし、遅行性がある雇用・所得環境は今後、さらに厳しさを増す。

追加景気対策効果で景気底打ちしても景気回復はL字型で底這いになるので回復がなかなか実感できず、日経平均の水位がリーマンショック前の水準まで戻るのはかなりの時間がかかりそうだ。

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