不動産鑑定評価基準改正と不動産鑑定士の実務

不動産鑑定評価基準年12年ぶりに改正された。改正された新基準は02年の7月に国土交通省事務次官通達として公表され、03年1月から施行されることになった。

1、改正の経緯

(1)改正のポイント

今回の改正のポイントは次の2点と6つの論点に集約される。

  1. 収益性を重視した鑑定評価の充実
    • 複合不動産の個別性に着目し、毎期の収益の予測等からの収益還元について詳細に説明するDCF法の導入
    • 収益力をより評細に把握するための物件調査や市場分析の拡充・改善
  2. 鑑定評価の結果についての説明責任の強化
    • 価格決定の理由について、価格の決定理由や前提条件の説明を充実させ、正確で分かりやすい説明を一般化


2、基準改正の背景
 
今回の改正は、複合不動産評価と収益重視(DCF法の適用など)が2大眼目で、バブルが崩壊後、右肩上がりの地価形成がなくなり、収益性・利便性を反映した実需を中心とする不動産市場への転換、さらに不動産の証券化、J-REITなどの進展で新たな評価のニーズの醸成で、不動産鑑定士の綿密な投資判断が必要とされるようになった。

また社会における不動産の実情からみて土地・建物一体とした複合不動産が評価の主体として自然であリ、複合不動産評価の重視、すなわち旧基準が更地を主体に認識していたものを土地・建物一体として不動産を再認識する、いわば2次元から3次元への視点の変化といえる。改正基準は普遍的な方向へ進化した。

また最近のグローバル化、情報化の急速な進展は、その特性ゆえに市場原理が貫徹し難かった不動産市場にも、外国人投資家の参入や証券化、不動産ファンドの形成で、透明性や情報公開性がより強く求められるようになってきた。不動産市場は、構造変化をしており、このような変化に改正基準は対応した。

そのため、今回の改正においては①新たな評価ニーズに対応した価格概念の明確化②収益還元法の体系的整理③市場分析の重視④3方式を等しく尊重して試算価格を調整すると言う考え方についての再検討⑤経済的・法的・物理的な物件精査(デューデリジェンス)の導入⑥鑑定評価書の記載事項の充実の6項目が論点となった。

3、本稿で取り上げる改正点

本稿では価格概念の明確化(価格定義の変更)と市場分析について取り上げる。

4、価格概念の明確化(価格の定義の変更)

近年、正常価格の概念が曖昧になってきており、このため不動産鑑定士による試算価格の調整での調整の仕方などが混乱していた。また不良債権担保不動産の鑑定評価や資産流動化や投信法に係る不動産の鑑定評価などの緊急課題について作成された実務指針ではそれらの評価額を「特定価格」と位置づけてきたため、この数年で特定価格が急に増え、従来、不動産鑑定士が、コンサルティングで扱っていた領域との境界を整理する必要性がでてきた。

改正新基準の価格概念は「正常価格」「限定価格」「特定価格」「特殊価格」の4種類とし、「正常価格」と「特定価格」の概念を明確にし、その過程で「特殊価格」という概念を新たに設定した。「限定価格」については従来と変更はない。

旧基準では「投機的取引の抑制」と言う基本理念に沿った改定がなされていたため、不動産鑑定士が、不動産鑑定評価で求めるべき価格は、現実の社会経済情勢から乖離したいわゆる「あるべき価格」であるとの主張が見られたが、今回の改正により、不動産鑑定士が、不動産鑑定評価で求めるべき価格は、現実の社会経済情勢を所与とした上での市場及び市場参加者の合理性を前提とした市場で成立する価格、すなわち「ある価格」であることを明確にした。なお旧基準と変更がない「限定価格」については本稿では省略した。

(1)正常価格

A、基準

正常価格とは、市場性を有する不動産について、現実の社会経済情勢の下で合理的と考えられる条件を満たす市場で形成されるであろう市場価値を表示する適正な価格をいう。この場合において、現実の社会経済情勢の下で合理的と考えられる条件を満たす市場とは、以下の条件を満たす市場をいう。

(1)市場参加者が自由意思に基づいて市場に参加し、参入退出が自由であること、なお、ここでいう市場参加者は、自己の利益を最大化するため次のような要件を満たすとともに、慎重かつ賢明に予測し、行動するものとする。

  • 売り急ぎ、買い進み等をもたらす特別な動機のないこと
  • 対象不動産及び対象不動産が属する市場について取引を成立させるために必要となる通常の知識や情報を得ていること
  • 取引を成立させるために通常必要と認められる労力、費用を費やしていること
  • 対象不動産の最有効使用を前提とした価値判断を行うこと
  • 買主が通常の資金調達能力を有していること

(2)取引形態が、市場参加者が制約されたり、売り急ぎ、買い進み等を誘引したりするような特別なものではないこと。

(3)対象不動産が相当の期間市場に公開されていること。

B、留意事項

現実の社会経済情勢の下で合理的と考えられる条件について、

  1. 買主が通常の資金調達能力を有していることについて
  2. 通常の資金調達能力とは、買主が対象不動産の取得に当たって、市場における標準的な借入条件(借入比率、金利、借入期間等)の下での借り入れと自己資金とによって資金調達を行うことができる能力をいう。

  3. 対象不動産が相当の期間市場に公開されていることについて
  4. 相当の期間とは、対象不動産の取得に際し必要となる情報が公開され、需要者層に十分浸透するまでの期間をいう。なお、相当の期間とは、価格時点における不動産市場の需給動向、対象不動産の種類、性格等によって異なることに留意すべきである。また、公開されていることとは、価格時点において既に市場で公開されていた状況を想定することをいう(価格時点以降売買成立時まで公開されることではないことに留意すべきである)

C、実務

「現実の社会経済情勢の下で合理的と考えられる条件を満たす市場」の部分が 旧基準の正常価格の定義と異なる部分である。

現実の社会情勢とはマクロ経済・地域経済の動向、不動産の需給動向、不動産に関する法制度や税制、不動産に関する取引慣行、市場参加者の価値観を指す。「現実の社会情勢下で」とはこうした社会経済情勢を与件として扱い、社会経済情勢の一部を捨象したり理想的な条件に置換しないことを要請している。すなわち不動産鑑定評価で求める正常価格は、現実の社会経済情勢を所与とした上での市場及び市場参加者の合理性を前提とした市場で成立する価格であり、「あるべき価格」でなく「ある価格」である(要説不動産鑑定評価基準)。

正常価格の性格を明確にするためには、正常価格と現実の市場において成立する価格の関連において捉えるとよく分かる。現実の市場は、何らかの意味で不完全性が認められ「非完全競争市場」として認識されている。基準の「合理的自由市場」は経済学上の完全市場競争概念、すなわち抽象的な理想的状態を想定するもので価格メカニズムが経済合理性を貫徹する条件を満たすことを前提とする競争市場に近似する状況と認められる。「合理的自由市場」が成立する条件として基準の(1)、(2)、(3)は市場参加者、取引形態、公開期間の各要因について定義している。

複合不動産の最有効使用は現実の建物の用途がその敷地の更地として最有効使用に一致していない場合においても、対象建物及びその敷地について価値判断を行う市場参加者は、現実の建物の用途を継続する場合の経済価値と建物の取壊しや用途変更等を行う場合のそれらに要する費用等を適切に勘案した経済価値を比較考量し、対象不動産の最も高い経済価値を実現する可能性がある使用方法、すなわち最有効使用がどれになるのかなどを判定し、価値判断を行っている。

すなわち、現実の建物の用途等がその敷地の更地としての最有効使用に一致するか否かに関わらず、複合不動産としての最有効使用を前提に価値判断を行っている。つまり、正常価格の定義は何ら従来の概念を変更することにならない。当然、現実の建物の用途等が更地としての最有効使用に一致していない場合においても、不動産鑑定士は、複合不動産の正常価格を求めることができるのである。

(2)特定価格

現行基準においては、特定価格は「不動産の性格により一般的に取引の対象とならない不動産又は依頼目的及び条件により一般的な市場を考慮することが適当でない不動産の経済価値」を求めるものとされ、一般的に市場性を有しない不動産と市場性を有する不動産の価格概念が混在し、また、両者の具体的な内容も明確でないという指摘があった。また、昨今の新たな鑑定評価ニーズに不動産鑑定士が対応する(社)日本不動産鑑定協会の実務指針上、特定価格に分類される事案の増加に伴い、特定価格の概念や枠組み自体が従前より分かりにくくなってきていた。

今回の改正では、既に実務指針において特定価格として求めるものと整理されている鑑定評価の分野を基準上も特定価格として明確に位置づけるとともに、今後、不動産の鑑定評価に対するニーズがますます多様化することが見込まれる中で、不動産鑑定士による鑑定評価制度の社会的信頼性の維持の観点に照らし、不動産鑑定士等が特定価格として鑑定評価を行うことができる場合をより明確化したものである(不動産鑑定評価基準・同運用上の留意事項より抜粋)。

A、基準

特定価格とは、市場性を有する不動産について、法令等による社会的要請を背景とする評価目的の下で、正常価格の前提となる諸条件を満たさない場合における不動産の経済価値を適正に表示する価格をいう。特定価格を求める場合を例示すれば、次のとおりである。

  1. 資産の流動化に関する法律又は投資信託及び投資法人に関する法律に基づく評価目的の下で、投資家に示すための投資採算価値を表す価格を求める場合
  2. 民事再生法に基づく評価目的の下で、早期売却を前提とした価格を求める場合
  3. 会社更生法又は民事再生法に基づく評価目的の下で、事業の継続を前提とした価格を求める場合

B、実務

旧基準では会社更生法による更生目的の財産の鑑定評価を行う場合のように市場性があるもの、公共施設や文化財など市場性がないものを一緒に特定価格に分類していた。またコンサルティングとの境界が曖昧であつたため、その評価目的に明確な社会的要請があり、評価手法もある程度確立しているものを特定価格とした。

「正常価格の前提となる諸条件を満たさない場合における不動産の経済価値を適正に表示する価格」とは、正常価格の成立条件たる「合理的と考えられる条件」の市場参加者、取引形態、公開期間の各要因のいずれかを欠いて市場で成立する価格と、市場で必ずしも成立しないが特定の経済価値を表す価格をいう。

例示の資産の流動化に関する法律又は投資信託及び投資法人に関する法律に基づく評価目的の下で、投資家に示すための投資採算価値を表す価格を不動産鑑定士が求める場合は、市場参加者が投資採算性を価値判断とする投資家に限定されており、また証券発行体、投資ファンド等の特定資産は、最有効使用を前提とした運用計画・事業計画がなされるとは限らないなどのため、不動産鑑定士は、正常価格として求めることができない。鑑定評価の方法は、DCF法による収益価格をベースとした評価になる。例示のケースは投資法人等が特定資産の取得時等の場合で、投資法人等が特定資産を譲渡する場合の不動産鑑定士が鑑定評価で求める価格は正常価格になる。

民事再生法に基づく評価目的の場合、再生法第124条、規則第56条1項で、その財産の評定を「財産を処分するものとしてしなければならない。ただし必要がある場合は、併せて、全部、または一部の財産について、再生債務者の事業を継続するものとして評定することができる」としている。

所謂、早期売却を前提とした価格の鑑定評価の方法は、この前提を所与とした上で、原則として、不動産鑑定士は、比準価格と収益価格を関連づけ、積算価格による検証を行って鑑定評価額を決定する。なお、不動産の卸売業者を主体とする取引事例が得がたいので、比較可能な事例資料が少ない場合は、通常の方法で正常価格を求めた上で、早期売却に伴う減価を行って鑑定評価額を求めるが、転売目的の卸売業者を想定した取得採算価格(転売予測価格から転売までの費用と利潤を控除して求める)で検証する。

次に民事再生法または会社更生法で事業の継続を前提とした価格を求める場合 この場合は、会社更生法又は民事再生法に基づく鑑定評価目的の下で、現状の事業が継続されるものとして当該事業の拘束下にあることを前提とする価格を不動産鑑定士が求めるものである。

鑑定評価に際しては、対象不動産の利用現況を所与とするため、必ずしも対象不動産の最有効使用を前提とするものではないことから不動産鑑定士は、特定価格として求めなければならない。

鑑定評価の方法は、原則として事業経営に基づく純収益のうち不動産に帰属する純収益に基づく収益価格を標準とし、比準価格を比較考量の上、積算価格による検証を行って鑑定評価額を決定する。

上記のように新基準では、特定価格を求める場合を「法令等による社会的要請を背景とする評価目的」に整理・限定し、基準に例示された以外の評価目的にあっては特定価格として価格を求めることができなくした。

(3)特殊価格

A、基準

特殊価格とは、文化財等の一般的に市場性を有しない不動産について、その利用現況等を前提とした不動産の経済価値を適正に表示する価格をいう。特殊価格を求める場合を例示すれば、文化財の指定を受けた建造物、宗教建築物又は現況による管理を継続する公共公益施設の用に供されている不動産について、その保存等に主眼をおいた鑑定評価を不動産鑑定士が行う場合である。

B、実務

旧基準で特定価格と位置付けられていた文化財や公共施設など市場性を有しない不動産の評価において求められる価格については、新たに特殊価格という概念を設けた。特殊価格は文化財、公共施設等の一般的に市場性を有しない不動産について、その利用現況の継続を前提とし、特にそれらの費用性等から価格を求めることが妥当と判断される不動産の経済価値を適正に表示する価格である。

「一般的に市場性を有しない」とは文化財や公共施設等の特殊な利用現況等を前提とした場合には、このような不動産には正常価格が成立する市場を想定した場合には、一般的には市場性がない(あるいは極めて少ない)ことが多いという意味である。特殊価格で求める経済価値は、不動産としての費用面からの価値であり、文化財的価値を求めるものでない(要説不動産鑑定評価基準)。

不動産の価値とは別次元の価値を求めるのでなく、現況による管理の継続を前提としたその保存等に主眼をおいた鑑定評価を行うということになる。ここで言う公共公益施設とは、道路、公園、焼却場、河川、広場、鉄道用地、老人福祉センター、その他官庁庁舎、刑務所等が該当する。

文化財や公共施設等についても、その利用現況を前提としない経済価値を求めることはあるが、この場合、正常価格に該当する場合があり、最有効使用の見地から新たな用途に変更することを想定しての評価となるケースにおいては不動産鑑定士は、用途変更、建物取り壊し費用等と最有効使用を実現することによる経済価値増加などを比較考慮することになるだろう。

5、市場分析

(1)市場分析とは

今回の基準の改正で地域分析の中に市場場分析の観点を明確化した。不動産の収益性を重視した価格形成が広く見受けられるようになっており、不動産鑑定士にとって収益還元法を重視した複合不動産の鑑定評価の重要性が高まっているなど、広域的観点から市場を分析する観点を基準に明確に位置付けることが社会経済状況の変化に対応しつつ適切な鑑定評価を不動産鑑定士が行うにあたって必要となってきた時代背景がある。このような変化により、不動産の価格は、近隣地域との関係にとどまらず、より広域的な市場動向の影響を受けて、用途の決定や価格形成が行われる傾向が強い。

たとえば、賃貸マンションなど収益物件用地は、需要者である賃貸マンション開発会社にとってはターゲットをワンルームタイプ需要者とした場合、学生・単身者・DINKS、ファミリータイプ需要者の場合は、テナントとして見込める家族層などが分布するより広域的な圏域について用地探索がなされる。

不動産の価格を評価するには、当該不動産が属する市場の実態、たとえば賃貸マンション市場の実態と、そこでの市場参加者がどのような動機で参加しているのか、また価格支配力を持つ参加者層がどのような動機で参加しているのか、また価格支配力を持つ参加者層がどのようなものであるのかという特性について、より広域的な観点から分析した上で、その市場における対象不動産の競争力、競合、代替関係にある不動産との優劣関係などを精緻に分析する必要性が高まってきた。

つまり市場分析は地域分析、個別分析の各プロセスで同一需給圏レベルで需給動向、代替・競争関係にある類似不動産との関係を不動産鑑定士が把握することであり、対象不動産と代替・競争の関係にある類似不動産を把握し、当該類似不動産の所在する範囲を同一需給圏として判定する。そして同一需給圏における売買や賃貸市場の状況及び需給動向や市場参加者状況について把握し、分析し、不動産鑑定士は、対象不動産の最有効使用を判定するとともに、鑑定評価の各プロセスに反映させることをいう。

(2)地域分析

地域分析においては、従来は地理的な観点に主眼を置いた近隣地域の地域の特性を把握し、その特性が当該地域内の不動産の利用形態及び価格形成について全般的にどのような影響力を与えているかを分析することに重点が置かれていたが、これらの視点に加えて、対象不動産に係る市場の特性を不動産鑑定士が把握することにより、市場参加者の属性、行動や市場の特性を把握することにより、市場の需給動向について実態を踏まえた分析を行うべきことを明確にした。

①まず不動産鑑定士は、対象不動産の個別の用途に相応した同一需給圏を判定しなければならない。旧基準では標準的使用が一致する地理的に相似性がある地域として地域から把握していたが、新基準では標準的使用や地域特性が多少異なっても代替、競争関係にある類似不動産の存する範囲を同一需給圏として判定する。たとえば賃貸マンション素地の取得を目的とする(需要者であるマンション開発業者)にとって、同一需給圏はターゲットとなる賃貸マンション需要層の賃借を見込める可能性の高い立地であれば良いので、同一需給圏は、賃貸マンションとして投資採算性が期待できる広域的なエリアになり、類似地域の外に存する不動産であっても、この視点から競争・代替等の関係が成立する場合がある。

②不動産鑑定士は、同一需給圏における市場の需給動向を分析する。つまり売買・賃貸市場の特性、動向および代替・競争等の関係にある類似不動産の需給動向を広域的なデータから分析・把握する。この場合、類似不動産の存する範囲は、必ずしも近隣地域または類似地域だけではないことに留意しなければならない。従来は、エリア内の地理的連続性などで把握していたが、対象不動産と競争・代替関係にある不動産は、対象不動産の存する近隣地域などと地理的に不連続であっても、例えば賃貸マンション用地と言う市場で見れば、地域間で離れていても直接的に比較が可能であると新基準はしている。

③同一需給圏における市場参加者の属性および行動が重要視される。「一般に、市場参加者は、市場の需給動向に関する見通しを前提として、取引の可否、取引価格、取引条件について意思決定をするものであり、その判断の基準は当該市場参加者の属性によって一定の傾向を見出すことができる場合が多い。対象不動産の特性は、当該市場における不動産の形態や価格形成において主導的な役割を果たす典型的な市場参加者の属性及び価格等に関する意思決定の基準、当該市場における需給動向によつて基本的に規定されるものであり、これらの事項を的確に把握することが重要である」(要説不動産鑑定評価基準)。例えば賃貸マンションであれば賃貸市場における典型的な市場参加者(貸し手・借り手)層を把握し、当該市場参加者の市場における行動及び価値判断の基準を分析する。それぞれの市場参加者がどのような動機を持っているのか、さらにはプライスリーダーとなる人たちはどういう人たちなのか、その人たちはどのような行動をとるのかなどといったようなことや、賃貸条件や空室率の状況と推移、今後の新規供給の計画などを不動産鑑定士は、分析し、価格形成要因を把握する。

(3)GISの活用

「対象不動産に係る市場の特性の把握に当たっては、平素から、不動産業者、建設業者及び金融機関等からの聴聞等によって取引等の情報(取引件数、取引価格、売り希望価格、買い希望価格等)を収集しておく必要がある。あわせて公的機関、不動産業者、金融機関、商工団体等による地域経済や不動産市場の推移及び動向に関する公表資料を幅広く収集し、分析することが重要である」(留意事項)。

いわば価格、賃料などの事例、成約データ、売り価格や年齢別人口、住宅の所有関係別(持ち家世帯数、公営・公団・公社の借家世帯数、民営の借家世帯数、給与住宅世帯数)、住宅の部屋数、延べ面積、年齢別人口増減率などの統計データさらに競合する施設、例えば賃貸マンションなどの属性データなどを幅広く、できれば時系列で収集、整理し分析するわけだが、これらの諸データの分析ツールとして地図ベースで管理、分析するGISを活用したエリアマーケティングが有効である。

GISに必要なデータを整理すると、

  • 地図データ
  • 地図にはラスターデータとベクトルデータがあり、デジタル化されたベクトルデータは位置座標を高精度に表現し、縮尺の変更の柔軟性に富む

  • ポイントデータ(地図を補完し、地図上の施設等の情報を持つ)
  • ポイントデータは建物、施設の位置などのデータで賃貸マンションを想定した場合、競合する同タイプの賃貸マンションの位置、対象地の位置などのデータになる

  • 統計データ
  • 統計データはGIS専用というものは少なく国や民間が作成しているものをGIS用に加工し、コード付けがなされたものが多い。注意点としては統計の実施時期であり、GIS上で扱う場合は、同時期に作成されたものであることが望ましい

  • インナーデータ(自社保有の固有データ)
  • インナーデータは利用者個々の固有データで、過去の先例価格、鑑定評価に必要な比準表、DCFソフトで得られたIRRや割引率その他の蓄積データである

GISにより、同一需給圏の範囲設定から、圏内のターゲット層の統計データさらには、近隣等の競合賃貸マンションの分布が地図上にビジュアルに表現される。競合賃貸マンションはポイントデータとして、賃料、空室率、部屋数、築年、設備などの属性データをそれぞれ保有する。成約事例や取引事例その他の業界データも取り込んでおく。地図グラデーションにより賃料、空室率の高低を濃淡で表示し、最寄駅や都心からの限界地を探索したり、対象物件と競争物件の競争力の判断資料とする。競合物件、潜在需要人口などのデータからデータマイニングで想定賃貸マンションの総収入予測を推定し、インナーデータと総合して収益価格を試算する。このようなプロセスをビジュアルに展開・表示することにより、依頼者と価格算出のプロセスを分かりやすく共有できる。

(4)個別分析

個別分析においては、その目的が対象不動産の個別的要因を分析し、その最有効使用を判定することであることに基本的に変更はないが、個別的要因の分析及び最有効使用の判定において、代替、競争等の関係にある不動産と比較した対象不動産の優劣及び市場競争力の程度を的確に把握すべきことを明確にした。

なお、地域分析及び個別分析において行った市場分析の結果については、鑑定評価手法の適用、試算価格又は試算賃料の調整等における各種の判断においても適切に反映すべきこととした(不動産鑑定評価基準・同運用上の留意事項)。

旧基準では最有効使用の判定はその地域における標準的使用を指標としていたが、対象不動産の位置、規模、環境等によつては、標準的使用と最有効使用と異なることがありうることが考えられるので、こうした場合は、それぞれの用途に対応した個別的要因の分析を行ったうえで最有効使用を判定すべきことを明確にした。

①対象不動産と代替・競争等の関係にある類似不動産と比べた優劣および競争力の程度

たとえば中規模程度のワンルームタイプの賃貸マンション用地が対象不動産の最有効使用と判定されたら、ワンルームタイプ賃貸マンション用地として市場のなかで対象不動産はどのような競争力を有するか、都心、最寄駅までの距離、大口の需要が見込める大学などの存在、道路付・日照・土地形状などと想定建物の建築上の効率性、また築後何年経過しているマンションが多いのか、設備などの状況と需要の程度などを分析する。

②最有効使用の判定

複合不動産たる建物及びその敷地は、既に現実の建物が存することにより特定の用途等に供されており、その成約下にあるため、その最有効使用の判定に当たって用途等の多様性を前提として分析可能な土地の場合と異なり、現行の用途等を継続することが経済的にみて合理的であるか否かに着目することが重要である。

すなわち、追加投資を行うことにより建物の改修、用途変更などを行う場合や建物を取壊す場合が物理的、法的に実現可能であり、かつ、費用対効果の観点からみて合理的であると認められる場合があることを十分勘案し、最も高い経済価値を実現できる用途等を最有効使用として判定すべきことになる。なお、現行の用途等を継続する場合が建物及びその敷地の最有効使用と判定される場合には、現行の建物と、更地の最有効使用の内容とは必ずしも一致するものではないことに留意する必要がある(不動産鑑定評価基準・同運用上の留意事項)。

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