東日本大震災後の不動産投資市場
東日本大震災後、急激に落ち込んだ国内景気も、急速に回復している。企業のサプライチェーンの復旧も自動車産業を中心に予想以上に進んでおり、7~9月期には製造業の生産水準は、震災前の水準を取り戻そうだし、懸念された電力供給もこの夏をなんとか乗り越えそうだ。
株価も日経平均が大震災前の100,434円に迫る付近まで回復してきた。国内上場企業の2011年4~6月期決算発表がこれから本格化するが、震災後からどの程度の水準まで企業活動が復旧しているかの判断材料となるだろう。
目下のマーケットの最大関心事は、米債務上限引き上げを巡る民主VS共和党の交渉難航と、その先にある米国債のデフォルトリスクだ。米与野党は8月2日の期限までに財政の立て直し策で合意できなければ、米国債はテクニカルデフォルトする。バーナンキFRB議長は、米債務不履行が「破滅的な影響」をもたらすと主張するが、マーケットの多くの関係者は破滅的影響の度合いを計りかねており、その可能性は低いと思っている。「誰も得するものがいないものを議会がそう簡単に許すはずがなく、政府・議会はやがて暫定合意に達する」との見方が強い。とはいえ、テクニカルデフォルトの可能性も否定できず、仮にデフォルトを回避できても最上級の米信用格付けが引き下げられるという前例のない事態を招くことも想定されるので、NY株は続落し、ドルが売られ急激な円高が進むなど神経質な相場展開となっており、その行方が注視されている。
このように世界経済でブラックスワンが泳ぎそうな不確実性要因は多いものの、国内景気は復興需要にも支えられて11年度後半からの国内GDPの回復基調を見込むシンクタンクが多い。また日本経済新聞社が7月14日まとめた「社長100人アンケート」で国内景気の持ち直し時期を聞いたところ、「年内」との回答が72.7%だった。
しかし、国内経済やそのバックグランドとなるグローバルの世界経済には米国債のデフォルト以外でもさまざまなリスク要因がある。
まず日本国内のリスク要因だが、足元で進む急激な円高が重荷だ。外国為替市場で円高・ドル安が進行し、1ドル=80円を超える水準が続いている。また、震災復興のため大規模な財政負担が発生するが、国内景気の下振れから、財政状況の悪化が加速して債務残高がさらに増加すると、国債の償還能力への不安が高まり、国債金利が上昇して、グローバルで日本の財政危機がクローズアップされる懸念もある。足元で急激に進む円高に加え、国際的に見て高い法人税、さらに今後の電力料金の上昇次第では日本企業の海外流出が加速するリスクもある。国内経済の空洞化の根源には人口減少・高齢化と相まった国内経済の低成長の長期化という構造的要因があることも見逃せない。
日本経済のバックグランドとなる世界経済の主なリスク要因を挙げると、
- 欧州のソブリン・リスク問題で国際金融市場が不安定化し世界経済が悪化するリスク
- 米国内の雇用と住宅市場の冷え込み
- 中国などの新興国・資源国のインフレと金融引き締めによる景気減速リスク
ギリシャ財政危機は、ユーロ圏17か国の首脳会議でギリシャへの追加支援策がまとまり、欧州債務問題への不安感がひとまず後退したかのように見える。しかし、根本的問題が解決されたわけでなく、歳出カットや公務員削減など、ギリシャの自助努力で財政再建が軌道に乗るかは不透明だ。また債務問題を抱えるイタリア、スペインなどに信用不安が拡大していくとその影響度はギリシャの比ではなくリーマンショックの悪夢の再現という事態になる。
6月の米雇用統計で非農業部門雇用者数の伸びは市場予想平均の10万5,000人を大幅に下回る前月比1万8,000人増にとどまり、失業率は予想を上回る9.2%へと上昇した。住宅市場も2番底の懸念が広がっている。ローン返済が滞って差し押さえられた物件が市場に大量に流れ込んでくるので住宅価格が回復しない。雇用不安と住宅価格の低迷が米国の景気回復の重荷になっている。
白川方明日銀総裁は7月25日、都内で講演し、「新興国が物価安定と成長が両立する形でソフト・ランディングできるかどうかについては、不確実性が大きい」との見方を示した。新興国は日本をはじめ欧米先進国の輸出を牽引しているので景気減速すると世界経済を下振れさせる。
日本国内の不動産投資マーケットが今後どうなるかは、上記のような国内経済、世界経済の行方に左右されるので、国内外のマクロ経済動向から目を離せないわけだ。次に本題の東日本大震災後の国内不動産投資マーケットの現状に目を移して足元の動向を住宅、オフィスで見てみよう。
不動産投資市場全体でみると、3.11直後に見られた投資家の過度の悲観的見方は払拭された。しかし、現時点で不確実性が多すぎる。大半の投資家は方向感が掴めず、国内外に内在するリスクを見究めるため、当面は新規投資を様子見という姿勢が覗え、賃貸住宅に比べ市況が軟調なオフィスでその傾向が強い。
■賃貸住宅マーケット
賃貸住宅マーケットの今後に影響を与える2つのイベントが本年に入ってあった。4月27日、参議院本会議で可決された「改正高齢者住まい法」と最高裁の7月15日の更新料「有効判決」がそれだ。それぞれの詳しい内容には本コラムで触れない。「改正高齢者住まい法」は、安否確認や、生活相談サービス等の特定の条件を満たした「サービス付き高齢者住宅」を新設・改修する場合、工事費や改修費などに所定の補助金を与える。建設会社、ハウスメーカー、賃貸住宅のオーナーにとっては実際の介護や医療のサービスは介護事業者や医療法人と提携しての高齢者向け賃貸事業参入のビジネスチャンスとなる。また最高裁の更新料有効判決は、更新料が無効となった場合、過去の支払った更新料の返還請求が殺到することを懸念していたサブリースの管理会社、賃貸住宅オーナーにとって明るいニュースとなった。しかし、賃貸借市場の現状は物件の供給過多で借り手市場化しており、更新料を取らないケースが多くなっている。
震災後の賃貸住宅動向としては、外資系企業をターゲットとした東京都心部の高額家賃の物件が本国や外資系企業本体が「東京脱出」、「日本脱出」を後押ししたこともあって、解約や解約予告が増加しており、高額賃貸物件市場で悪影響が出ている。
一方、震災被害が大きかった東北の賃貸市場は、リクルートSUUMOマーケットレポート(全国賃貸住宅新聞掲載)によると、宮城県、福島県では3月以降、SUUMOの掲載物件が大きく減少している。特にファミリータイプの減少が目立つ。6月8日週と震災前の2月23日週の比較でシングル物件は約半数、ファミリー物件では1~2割まで減っている。現地からは空き物件が出てもたちまち埋まってしまい希望者がいてもなかなか紹介できないという苦しい声が聞こえる。」
上記のような大震災の影響を受けた市場変化が一部に見られるものの、震災後の賃貸住宅マーケット全体では投資マインドに急激な変化は見られない。例えば野村不動産アーバンネットの6月7日発表の「不動産投資に関する意識調査(第3回)」によると、震災を受けて不動産投資に対する意欲に「変化なし」が7割弱を占め。「当面様子見」は3割弱となり、不動産投資に対する震災の影響によるマインド変化については「特に変化なし」が38.1%だった。これから購入したい物件は「1棟マンション」、「都心エリア」が人気で、「1棟マンション」の購入希望が55.3%と前回比で6.4%増加。「区分マンション」が43.0%と9.0%減少、物件予算も「1,000万円未満」「1,000万円以上3,000万円未満」の回答が減少した。 また、物件保有者の今後の展望については、物件の「買い増し」希望が6割超となるなど、投資意欲は衰えていない。
不動産のマッチングサイト「楽待」を運営するファーストロジック社のWEBサイト上の全国の新規登録物件データに基づく「投資用・住居用不動産市場動向データ 最新版2011年6月分」の調査結果では、投資用1棟マンション(RC、SRC)、1棟アパート、投資用区分マンションのいずれも家賃収入に対して物件価格が下落傾向で表面利回りが上昇したとしている。
日本不動産研究所の第24回不動産投資家調査結果(調査時点2011年4月1日)では、賃貸住宅の期待利回りは、仙台においてワンルーム、ファミリーとも利回りが上昇している以外は前回(2010.10.01)に引き続き低下傾向にあるとしている。
上記調査結果等をまとめると賃貸住宅の物件価格は全国規模でみると依然として下落基調。東日本大震災を受けても投資家のマインドや期待利回りに付加するリスクプレミアムなどはあまり変化がなく、大震災は新規投資にネガティブとし、様子見姿勢も見られるなか投資意欲は持続されているように思える。
■オフィスマーケット
ジョーンズ・ラング・ラサールがまとめた世界7都市のオフィス賃料動向によると、11年1~3月期(3月末調査)で東京主要3区は、他の欧米・アジア6都市(ロンドン、ニューヨーク、香港、上海、シンガポール、ムンバイ)がリーマン後の下落から軒並み上昇基調に転じているのに比べ、下落基調が続いており、出遅れが目立っていた。3.11の東日本大震災の影響を受けて電力供給や原発問題、これらに対処する政治の停滞などで企業に不透明感が強まっているので、設備投資マインドの低下、経費削減志向からオフィス市況の回復がさらに遅れそうだ。
震災の影響による企業マインド変化もそうだが、加えてオフィスビルの今後の供給増加を受けてオフィス市況の低迷が長期化するという観測が高まっている。震災前、オフィス市場では、空室率のピークアウトは今年の第4四半期頃という予測だったが、震災後は、2012年以降という見方に変わった。企業の経費削減の動きが継続しているうえ、東京23区では2012年問題と呼ばれるオフィスビルの大量供給が需給悪化を招くとして懸念されているからだ。日経ヴェリタス第176号によると「業界推計で、東京23区の年間オフィス供給量は、今年が過去20年平均の1.3倍、来年は1.5倍になるとされる」。
今後の見通しについて、シービー・リチャードエリスの営業本部長・渡辺善弘氏は、「経済の回復基調は今年秋口から本格化すると期待されている。オフィス需要の拡大がはっきり市場に表れてくるのは秋から2012年にかけてと考えているが、都心にオフィスビル竣工が集中する時期と重なるため、空室率に上昇圧力がかかる。」と見ている。
オフィス市場の軟調さは、オフィス系J-REITの投資価格動向にも反映されている。全体の値動きを示す東証REIT指数は、日銀が震災後の3月14日、REITの購入枠を500億円増やして1,000億円にするなどで市場に安心感が広がり、震災直後の急落からはかなり回復したが、上値が重く、足元では下げ基調で、19日には約4ヶ月ぶりの低水準となった。
REIT指数の軟調さは、5月にオリックス不動産投資法人とユナイテッドアーバン投資法人で公募増資が出たため、投資口価格の希薄化懸念が市場に広がったというマーケット固有の需給悪化要因もあるが、REIT全体の50%を占めるといわれているオフィス系リートでオフィス空室率が高止まりしており、オフィス市況が軟調に推移している影響が大きい。
東日本大震災後は、テナント企業のオフィス選択規準で耐震性能や自家発電設備、立地や地盤の安全性、帰宅時に複数路線にアクセスできるなどを重視する傾向が強まっている。
近年、企業が事業継続計画(BCP)を策定する傾向が高まっている。BCPは災害や重大事故などの発生時に中核的な業務をできるだけ続ける、仮に中断しても復旧までの時間短縮などを目指した計画だ。日本経済新聞社がまとめた社長100人アンケートでは、東日本大震災前に策定していたBCPを「見直す」という経営者が8割を超えた。オフィスビルの選択もBCP重視にシフトしている。
一方で震災直後は首都圏のオフィスを大阪や福岡等へ移転し、リスク回避する動きも一部で取り沙汰され、東京都心ビルの市況悪化が懸念されたが、震災から4ヶ月余経過した現時点までにこのような動きは一部の過渡的なものを除くと目立って顕在化していないようだ。
大震災後はテナントのオフィス選択基準が明らかに変化したが、その傾向は森ビルが6月27日に発表したアンケート調査「2011年東京23区のオフィスニーズ調査(臨時版)」に色濃く反映されている。同調査では新規賃借理由として「耐震性能」が「賃料」を抜きトップにになった。企業の事業継続計画(BCP)は策定割合が震災前の35%から震災に伴い80%に倍増する見込みで、BCPの内容として「社員の帰宅困難者対応」、「通信確保」、「入居ビル選定基準」が増加。入居ビルの選定基準の内容は「非常用発電機の有無」、「地理特性」が急増している。同アンケートではビジネス拠点としての東京オフィスの重視度を変えないが92%で東京23区以外への移転は限定的としている。
以上から、オフィス市況全体でみると大震災の影響などを受け依然として低迷が続きそうだが、グレードAビルなどで耐震性能や立地、有事の際の対応性で競争力がある物件はテナントニーズの高まりもあって底堅く推移すると考えられる。
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