震災後の不動産市場の空模様と予報
■震災後の不動産市場
東日本大震災前の国内の地価は、一部の都市や地域で回復の兆しが見えていた。しかし震災による国内経済の下降と消費マインド冷却を反映して、震災後は再び低迷モードに突入するのではというのが大方の見方だった。
国土交通省が5月27日発表した今年4月1日時点の地価動向報告はこのような観測を裏付けるものとなった。全国主要146地区のうち、前回(1月1日時点)に比べて上昇したのは2地区にとどまった。上昇地区は前回の16地区から大幅に減った。下落地区は98地区と前回の77から増えた。東日本大震災が発生したことなどを背景に、住宅需要や不動産業者による土地の取引が低迷したためとしている。この調査は四半期ごとに実施され、全国の主な住宅地や商業地の地価を3ヶ月前と比べ、上昇・下落の動きを示すのだが、上昇と横ばいの地区は合計で48地区となり、前回の69地区を下回った。住宅地では上昇地区が前回の11地区から2地区に減少した。商業地区も前回5地区あった上昇地区がゼロになった。
震災の影響を受けた地価の弱含みと呼応するするように不動産業界の業況も下振れしている。(財)土地総合研究所は、「住宅・宅地分譲業」「不動産流通業(住宅地)」「ビル賃貸業」の3つの業種について経営状況および3ヶ月後の経営の見通しを発表。不動産業界企業からアンケート調査し、不動産業業況指数を算定した「不動産業業況等調査結果」としてまとめているが、5月23日に発表された平成23年4月1日現在の不動産業の業況指数は、全ての業種で前回調査(平成23年1月1日現在)より業況指数が下落した。これは、いわゆるリーマンショック後の平成20年10月時点の調査以来、2年半ぶりであり、3ヶ月後の見通しについては状況はさらに悪くなるとの見方が多かった。
地価、不動産業界の景況感ともに下振れし、この先の不動産市場の一層の低迷が懸念されるのだが、一方で首都圏では各社のモデルルームの来訪者が予想されたより好調だったゴールデンウィークを過ぎた頃から業界内では震災直後の過度の悲観的見方に変化が出てきている。
例えば、不動産経済研究所データでは、震災による営業の自粛に加え、大型、目玉物件の発売がゴールデンウィークに延びたなどで、4月の首都圏マンションの発売戸数が大きく落ち込み、湾岸の超高層物件や郊外での発売が急減したものの、4月の契約率は76%と、好不調の目安とされる70%を10年1月から16ヶ月連続で超えた。さらに同研究所観測では5月の発売戸数は5,500戸程度と回復し、大幅な落ち込みは一段落すると見ている。
また東日本レインズの首都圏における4月の流通市場動向報告によると、前回の3月の同報告より改善し、中古住宅の成約件数の前年同月比減少率は縮小。東日本大震災の影響で、成約件数は引き続き減少傾向にあるが、中古マンションの成約件数は2,258件(前年同月比14.4%減)で、前月(19.2%)よりも前年同月比減少率は縮小。中古戸建ても、成約件数は791件(同13.1%減)で、前年同月比縮小率が前月(17.8%)より縮小した。
国土交通省による3月の新設住宅着工戸数は、震災による住宅購入意欲の減退や建設資材の不足の影響を直接受け、前月比▲7.5%の80.7万戸と2ヶ月ぶりに減少したが、本年下期からの復興需要の顕在化が期待されている。その復興需要だが明治安田生命の「経済ウオツチ2011年5月4週号」によると予想される規模は今後3年間で9万戸程度(年平均3万戸)。全壊・半壊戸数(約15万戸)が阪神・淡路大震災(約25万戸)を下回ることに加え、津波で壊滅的被害を受けた元の場所で建設することは困難等の事情で、阪神・淡路大震災後の復興需要を下回る可能性が高いと見ている。
以上から新築・中古マンション等の足元の市場動向は、震災直後に予想された大幅な落ち込みは今のところ回避されているものの、震災前に比べると購入者の住宅取得意欲が全体的に低下しており、市場を低迷させていることは間違いない。そして甚大な被害をもたらした大震災の教訓から購入者にさまざまな住宅志向変化が生じており、今後は物件の選別が厳しくなるので市場淘汰も進むだろう。耐震性に問題がある物件、災害時に帰宅が困難な郊外物件、液状化現象リスクが高い臨海部、地震時の揺れが大きく、エレベータ停止時の避難リスクが高い超高層マンションの上層階等は購入者から敬遠される一方で、徒歩での帰宅圏にある都心部で耐震性に優れ、地盤が安定しているマンションの低層階等は消費者の購買意欲は堅調と見られている。
今回の震災で被災された方々の家々が木の葉のように濁流にのまれて流され、瓦礫と化していく様をリアル映像で幾度となく見せられた住宅ユーザーは持ち家を多額のローンを借りて購入するリスクの大きさを思い知らされた。建て売りや分譲マンションの購入から一転して賃貸住宅へシフトする動きも高まっている。当然ながら、被災地では多くの住宅が全壊、半壊し、仮設住宅も必要戸数に満たず、供給にも時間がかかるため、賃貸住宅が極めて品薄状態となっている。住宅を失った被災者に加え、復旧工事の関係企業の借り上げも加わり需給を逼迫させている。例えば仙台市内では、入居可能な物件は3月末時点で1年前に比べ半減。賃料上昇の兆しも出ているという。「不動産情報サービスのアットホームによると仙台市周辺の単身者向け賃貸住宅の3月の平均募集賃料は4万1,200円と前年同月比300円上昇した」(日経5月12日)。被災地周辺の賃貸需要の高まりは、地域も限定され、震災後の過渡的な現象といえる。しかし、震災を機に増えたリスキーでライフスタイルも固定されてしまう持家志向から賃貸へシフトしていく流れが今後もどれくらいの規模で続くのか注目される。
一方、オフィス市況は、原発事故の収束、電力供給制限、復興財源などで不透明感が強く、震災による国内景気の下降が懸念されているため、企業業績下振れと相まったコスト削減志向が企業に強まり、市況回復が遅れそうだ。特に工場など生産拠点に被害を受けた企業は、震災によるサプライチェーン寸断修復の渦中に在り、オフィス移転を検討するどころでなく、移転の中断等も発生し、市況回復の足を引っ張っている。
■今後の展望
震災直後は企業のサプライチェーン寸断、電力供給不安等から企業活動や消費が落ち込み、オフィスやマンション需要が相当程度まで減退するという懸念が急速に高まった。今回の震災が不動産市場にもたらすと想定された影響の甚大さとそれによるマーケットの危惧は、震災直後の不動産セクターの株価の急落が全てを物語っている。震災が発生した11日と18日の業種別日経平均の下落率で、依存度が高い東北の主要な生産拠点の操業を軒並み停止したパルプ・紙の▲14.5%に次いで不動産セクターは▲13.1%で2番目の大きな下落率を示した。しかし、足元では、その後に発表された不動産経済研究所や東日本レインズ等の直近の調査データ、販売の最前線であるモデルルームの大型連休時の各社の集客数などで震災直後の過度の危惧はどうやら落ち着いてきているようだ。
次に不動産市場のこの先を展望してみよう。足元の国内経済は、5月19日発表の1-3月期GDPは前期比年率▲3.7%で、4-6月期もマイナス成長が続く可能性が高い。19日発表のGDP速報値を受け日本経済研究センターが集計した13の民間調査機関の11年度実質GDP成長率見通しは平均で0.0%と2月23日の数値から下方修正された。その主因は震災の影響による消費、設備投資、輸出の下方修正だ。しかし、11年後半は供給制約が改善に向かい、復興需要も出てくるとして回復を見込むシンクタンクが多い。
オフィス市況や住宅価格と相関性が高いマクロ指標は設備投資や雇用、勤労者所得等に関連する指標であるが、これらの指標は景気循環サイクルに通常は遅行するため、仮に7-9月期からプラス成長に転じたとしても、数ヶ月のタイムラグを経て一部の都市や地域に住宅→オフィスの順で不動産市場の回復感が実感できることになると思う。ただ不動産市場が国内景気と連動して回復するとしても、問題はその回復レベルだ。中短期の景気循環サイクルとは異次元の長期的な日本経済や国内の固有の住宅事情に起因する負の構造的トレンドが内在していることを見逃せない。
まず常に指摘されるのが人口減少、特に少子高齢化とこれに起因する生産年齢人口の減少だ。生産年齢人口の減少はマクロで生産能力や消費を下振れさせるだけでなく住宅需要を支える層の減少も意味する。また低成長の長期化と賃金減少がある。1974-1990年で年率平均4.2%だったGDPが1991-2009年には同0.8%まで落ち込んだ低経済成長社会がこの先も継続し、連動して勤労者の可処分所得が減少していくので、不動産に向かう有効需要量が低下する。
さらに近年になって加速している製造業の海外生産シフトも問題だ。かつては中国の安い労働力を活用して生産コストを低下させる生産工場移転で日本国内産業の空洞化リスクが叫ばれ、地方経済の衰退、雇用の減少を招き、不動産需要減退が懸念された。現在、起きている海外生産拠点シフトは新興国の巨大な消費市場を取り込む狙いから起きている。人口減少等でマーケットがシュリンクしていく日本国内から経済規模が拡大する新興国需要を狙い生産拠点をシフトしていく動きは今後も増加し、海外現地生産比率は1995年の8.1%から2015年には21.4%まで高まると予測されている。この先、電力価格が上昇すればさらに加速するだろう。
また住宅市場では、2015年にピークアウトして世帯数が減少するのにH15年の住宅・土地統計調査では、総住宅数は5,389万戸、総世帯数は4,726万世帯で1世帯当たりの住宅数は1.14戸と住宅ストックは量的に充足しており、需給バランスから今後、住宅建設は減少せざるを得ない。
以上の構造的諸要因が複層的に絡み合い負のトレンドとして国内の不動産市場の発展の重しになっているため力強い回復は望めない。住宅市場を支えている政策効果や今後、期待される復興需要等が剥落した後は、この国の不動産市場が再び軟調となる可能性もあるようだ。
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