日本の老舗旅館を買う中国企業の思惑
「大和総研によれば中国人観光客がもたらす消費などの経済効果が早ければ5年後に年5兆円に膨らむと試算する。今年の見込みは5,000億円に過ぎないが、中期的には日本のGDPの1%を中国人客が支える。」(日経ヴェリタス)
日本へ観光する中国人客は、5億4,000万人とされる中間層とこの上のランクに属する中国人富裕層だ。富裕層は個人資産で1,000万元(約1億4,000万円)以上の資産を所有する人のことで、中国の人口の6.7%を占め、企業家、高所得者、不動産投資家、個人投資家の4タイプに分かれ、平均年齢が39歳と若い。中国人向け個人観光ビザ解禁に続き、7月1日より、中国人の個人観光客に対するビザ発行要件が大幅に緩和されることとなったが、収入制限などを緩めたことで、対象を中国の富裕層から中間層へ対象を拡大するのが狙いだった。この結果、これまでの約10倍に当たる1600万世帯程度に増えるとみられている。
ビザ発行要件の緩和と相まって高度経済成長下の中国経済の恩恵を受けた富裕層や中国中間層の拡大もあって訪日する中国人観光客は今後は爆発的に増えると期待されるのだが、この取り込みを狙い、日本での観光事業を始める中国企業が増えている。
日経紙によると「中国国営のCMICの日本法人は4月、中国人投資家と、民事再生法適用を申請した静岡県熱海市の老舗温泉旅館「花の館染井」を約2億円で買収した。香港で投資事業などを手掛ける中国企業の日本法人「華成ジャパン」(長崎市)は、佐賀県嬉野市の温泉ホテル「ハミルトン宇礼志野」を買収。山梨県などでも中国資本による旅館やホテルの買収が相次いでいる。」
トムソン・ロイターによると、今年7月上旬までの中国企業による日本企業の買収・出資は21件。09年の通年実績に匹敵する。観光分野への関心も高いとみられ、旅館再生などを手掛ける日本ベストサポート(東京・千代田)によると「今年に入って中国企業から旅館買収の問い合わせが急増した。中国資本傘下の宿泊施設はすでに20軒を超えたのではないか。」(地域マーケティング室の井門隆夫室長)
中国国内のビジネスで成功を収めたオーナー企業等は、日本企業に対するM&Aや都市部等の不動産投資に並々ならぬ関心を示しており、タワーマンションからホテル案件や温泉旅館等にも注目しているという。都市部等の不動産投資については別のコラム(中国投資家に高まる日本の不動産投資熱)で書いた。
旅館やホテル案件を狙う中国企業は訪日する中国人観光客の利用増加を見込んでおり、日本企業を買収する案件は日本の技術やブランドを手に入れることが狙いだ。世界的に評価が高い日本風の「おもてなし」を老舗旅館やホテルから吸収し、日本での事業展開に加え中国本土での観光事業に生かすという意図があるのかもしれない。
中国人観光客の急増と相まって中国企業の経営する旅館やホテルも目につくようになるだろうが、今後の課題は対中感情が日本国内であまり良くないことではないだろうか。「ある流通大手が中国人向けの別荘を建てると発表すると、ネットで批判の書き込みが数多くあった。日本にチャイナタウンができるといった反発から、技術流出の懸念まで中国への抵抗感は根深くある。」(日経ヴェリタス)
一定期間住まう別荘と宿泊するホテルや旅館では抵抗感の程度は違うだろうが、温度差こそあれ地元との摩擦が懸念材料だ。「日本の非営利組織「言論NPO」と中国英字紙チャイナ・デーリーが今年6、7月に日中両国で実施した世論調査によると、中国人の対日感情が顕著に改善する一方、日本人の中国に対する負のイメージが変わっていないことが明らかになった。中国に対して「良くない」または「どちらかと言えば良くない」印象を持っている日本人は72%と昨年とほぼ同水準だったのに対し、中国人で同様に答えた人は55%で前年比で10ポイント改善した。」(日経電子版)
政府は日本のこれからの成長分野として医療、介護、新環境エネルギーに加え、観光立国を打ち出しており、観光産業に外資が参入して活性化することは日本の将来にとって悪いことではない。中国人観光客の増加など民間レベルの交流が増えることにより、両国民の相互理解が深まることになればよいのだが。
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