アパートの孤独死・無縁死
本夜、NHKスペシャル「無縁死」が放映された。遺体の身元不明や身元がわかつていても遺骨の引き取り手のない「無縁死」が国内で3万2千人に上るという。都会の棄民となって漂流し、人知れず逝ったその遺体や遺品は、自治体等によって特殊清掃業者により処理され、大学病院の献体となったり、無縁墓地に埋葬される。番組の最後で「安心して老いることも、死ぬこともできない社会が到来した」ことを訴えていた。
近年になって熟年離婚、未婚化などの高まりで一人暮らしが増えており、亡くなっても社会との絆が希薄化した世相を反映し、周りが異変に気づくことが困難になっている。以前、筆者は高齢化マンションの孤独死について書いた。
築35年、そのマンションの202号室には晩秋の明るい朝の陽射しがカーテンの隙間ごしに射し込んでいた。いつもは片付けられた洗濯物が室内に散乱している。HBの鉛筆で疎らに書き込まれた手作りの壁のカレンダー、店の包装紙やチラシを切り合せて綴った枕元のメモ帳。ちゃぶ台の上には7年前旅立った妻とはにかんで微笑んだセピア色の新婚旅行の写真、愛用の湯呑み茶碗。シンメトリーに畳上に敷きこまれた赤茶色に変色したカーペットなど…いつもと変わらぬ光景。異様なのはこの部屋の独り暮らしの老人がうつ伏せになったまま身じろぎひとつせずにカーペットに横たわっていることだった。呼吸停止した老人の顔は心なしか安堵の表情にも見えた。目まぐるしく変わる世間から葬むられたような高齢化マンション、そのなかで繰り返された老人の日常と孤独の日々。年々衰える肉体。医療費、年金等の生活不安に苛まれ続けた現世の呪縛から解き放たれたからだろうか、11月の透明な陽光は、死後硬直した老人の横顔に注ぎ、老人の顔に刻み込まれた深い皺のひとつひとつをこれまでの長い人生の旅路をなぞるように照射していた。隣人も体が不自由な70代の高齢者夫婦だった。異変に気づかず独居老人の孤独死が管理人により発見されたのは死後5日経ってからだ。(筆者のコラム「マンションの孤独死」から引用)
このようなイメージの古いマンションにおける高齢者の孤独死は年々増加している。実は、孤独死、無縁死が最も多いのは住戸間の人間関係が特に疎遠なアパートなど賃貸住宅なのである。
遺品整理の専門業者「キーパーズ」の吉田社長によると、7~8割は亡くなって24時間以内に発見されるが、亡くなってから1ヶ月もたって発見されるケースもあるという。同社の依頼の半数近くは東京で、孤独死が多いのは、50~65歳の男性である。70歳を過ぎてしばらく周囲に姿を見せないと「高齢者なので何か異変が起きたのでは」となるし、高齢者は行政の介護の対象なので目が届きやすい。しかし、65歳以下だと世間の注視が比較的希薄なので、孤独死が見過ごされてしまうという訳だ。
いわゆる団塊の世代の男性に「孤独死」が集中しているのだが、この世代は、高度成長期に就職し、会社組織という狭い世界の競争で他者との優劣を基準に価値観を形成し頑張ってきた。しかし、リストラや病気という不運もあって競争社会から脱落して持ち家も預金も残せなかったいわゆる負け組は、強烈な挫折感で打ち拉がれ、近年の不況のなかでは、生活の糧を得るため再就職しようにも極めて難しい。一人暮らしのなかで、収入が払底し、日常を継続するための身の回りの片付けや食事、入浴などの行為が費用的な面や生きる意欲減退から次第に出来なくなるし、疎外感から社会と向きあうこともなく周囲とも没交渉となっていくケースが多い。ましてや血縁、地縁、会社縁など人と人を結んでいた絆が急速に風化し切断されている世情でもある。特に健康を損い体が動かなくなると急速に日常生活を支えていたフレームが全てガラガラと崩壊し、家族や周囲へ助けを求めることもなく餓死したり、衰弱して重病となって人知れず現世から彼岸へ旅立ちをしてしまうことになる。人知れず逝ってしまった孤独死も、遺体の放つ異臭がアパートの隣戸など周囲へ漂いだすと、周囲が異変に気づき発見されることが多くなる。遺体の腐敗の進行が進むと体液、血液が床から躯体まで染み込み、室内をうじ虫やゴキブリがはい回り、異臭の中で無数のハエが飛び交う。その凄惨さは遺族でも正視することができず、人間の尊厳など跡形もなく吹っ飛んでしまう。
遺体の腐敗が酷いと当然ながら、通常の原状回復では従前の状態に戻らないため、悪臭の根源を断ち、感染性廃棄物全てを解体撤去などを行う特殊リフォーム工事が必要となる。問題なのは、このような物理的復旧だけでなく、自然死ならまだしも自殺など変死となると心理的瑕疵として貸主の瑕疵担保責任となることだ。媒介業者は借主への告知義務があり、事情を伝えた後は、家賃を下げないと次の入居者が決まらない。孤独死を自分の意思如何に関わらず選んだ者が、その死に方によっては、貸主や遺族へ多大の負担を負わせてしまうというのが悲しい現実で、部屋にまつわる歴史的背景となり、忌み嫌われる嫌悪感の度合いで賃貸住宅の価値が減少する。
このようなアパートなどの賃貸住宅内での孤独死・無縁死の場合、それに起因する価値減少を貸主、借主はどのように負担し処理するのであろうか。
毎日JPなどの報道によると、昨年11月、東京都港区のワンルームマンションで、48歳の独居男性が吐血して病死しているのが見つかった。死後約3週間。郷里から上京した実妹は、マンションを管理する不動産会社の担当者から「家賃を値引きしなければ、次の借り手がつかない。家賃の半額を10年分請求することになる」と告げられ、別途、床のフローリングや壁のクロスを交換するリフォーム費用約50万円も請求された。賃料は月約14万円。請求額は合計800万円以上になった。さらに新聞報道によると、東京都の不動産業課は「自殺は借り主に説明するよう指導しているが、孤独死については家主や不動産会社の判断。賃料減額分の請求は民事的な問題で、行政は何も言えない」。都内の不動産会社社長は「病死は自然現象で、うちは孤独死を次の借り手に説明しないし、遺族にも請求しない。請求するところがあるのは知っているが、800万円というのは非常識」と話す。ただし、リフォーム費用については契約で借り手による原状回復を求めており、遺族や保証人に請求するという。
自殺や殺人など事件性のあるものは「重要事項説明」を要すると解されており、事情を知ったことに起因する家賃下落を遺族が負担する場合が生ずる。問題は孤独死のような事件性がないものも含まれるかだ。建物について裁判所は、物理的欠陥のほか、嫌悪すべき歴史的背景等に原因する心理的欠陥として自殺を認定している。通常の自然死に近い孤独死は、重要事項説明に当たらないとしても、死後、相当期間が経過し、孤独死の背景が尋常でないものは、その嫌悪の度合いから一般人の住み心地の良さを欠き、居住の用に適さないと判定されることもあるのでは、と個人的には思うのだが。原状回復については、通常使用による損耗は貸主負担だが、賃借人の故意、過失、通常使用を超えた使用による損耗は賃借人負担という原則から考えると、入居者の遺体の腐敗が進んだケースの消臭費用や遺体の血液や体液が染み込んだフローリング等の損傷や汚れがある部分の改修費用は、遺族負担となると思われる。
余談だが邦画「おくりびと」で描かれた納棺師の死者を送り出す所作が、海外で高い評価を得た。日本人の死生観と葬儀の様式美が海外の人達に新鮮な驚きと感動を与えた。一方、同じ「死」でも看取る者もなく放棄され、残った者からも疎まれ、自治体等によって無縁墓地に葬られ、生きた痕跡すら消去される「孤独死・無縁死」のなんと無残なことか。
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