資産価格の暴騰暴落を制御する経済物理学

サブプライムに端を発し、リーマンショックで100年に1度という株価や不動産の暴落が起きたのだが、従来の金融工学では極めて例外的な可能性でしか起きようがない暴騰や暴落が、歴史的に見て何故かくも頻繁に発生するのだろうか。金融市場を制御する標準モデルである金融工学の理論は現実離れをした空虚な前提に立脚して構築されているからではないのか。壮麗な豪華客船タイタニック号が流氷で脆くも沈没したように正規分布に基づく数学で麗々しく飾られた金融工学も現実と整合しない細部データの空虚な積み重ねが臨界点で資産価格を変異に導いてしまうのではないのか…。

今回の株価暴落で再び金融工学への不信が高まっている。過去の経験や知識だけで構築された理論は、確率論で予測できない事象が起きた時、なすすべもなく立ち往生してしまうことが立証されたからだ。バブルが崩壊したいま、「ブラックスワン理論」が注目されている。元ヘッジファンドのトレーダーで認識論学者のナシーム・ニコラス・タレブ氏が2006年に出版した著書「ブラック・スワン」で解き明かした理論である。白鳥は白い色をしていると信じられ、それが疑いもない常識であったがオーストラリアで黒い白鳥が発見され鳥類学者の常識が覆されて鳥類学界がパニックに陥った。このように確率論や従来の知見から予測不能な例外的事象が発生し、その事象が与える多大の影響を「ブラックスワン理論」という。

サブプライムローン問題は現実離れしたデータとリスク仮定に基づき幾多の変数が空虚に組み合わされ、投資家に魅力あふれる高利回り投資商品として世界中にばら撒かれた。そしてバブルは崩壊、投資銀行は強欲金融資本と指弾され、世界同時不況を招いた。その結果、株式市場で1日で5%以上日経平均が変動するという確率論では極めて例外的な事象が2日続けて起きた。まさにブラックスワンな日々が続いたわけだ。

金融市場で実感される理論と現実の乖離を埋めるための研究分野に行動経済学があり、人間は経済学が規定するような合理的行動を取らないため、乖離が発生することを実証している。さらに近年になって物理学の手法と概念を活用して、データに基づいて実証的に現実の経済現象に立ち向かう「経済物理学」という新しい学問領域の研究が進んでいる。

コンピュータの技術革新と大量のデータの蓄積で自然現象を分析する物理学と同様の手法で経済を分析することが可能になった。特に為替や株価変動は大量のデータが電子媒体に時系列で蓄積されているため、詳細・大規模に分析することができる。従来の経済学的アプローチでは把握できなかった経済事象が新たな分析ツールを得て解明できるようになってきた。

例えば正規分布では例外的とされたような異常な株価の変動がベキ分布ではかなりの確率で発生することが解ってきた。自然現象下で普遍的に観察されるベキ分布での株価の形成メカニズムの研究が進めば、自然災害の発生頻度と同様にどの程度のバブルがどれくらいの頻度で発生するか予測が可能になるという。バブルを制御できる分析ツールも近未来では夢ではないが、金融商品を売買する当事者の厳しい倫理観が根底にあることは言うまでもない。

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