高層マンションの圧迫感 / 形態率について
近年、低層階を主体に形成された住宅街区の風景に異変が起きている。これまでの建築法令感覚が刷り込まれた脳内視界には映し出されるはずがない巨大高層建築物が忽然と出現、周りを威圧し、景観を切り裂き、巨大な異物となって割り込んでいる。このような現象が都心部をはじめ郊外の住宅地で起きているのだが、その原因は、都市再生法など不良債権処理の一環として進められた容積率や形態規制の規制緩和である。つまり高度利用を促進することで土地の経済価値を上げ、その結果、地価が上昇し、不良債権処理がやり易くなるという政府の思惑を金融機関や企業の市場原理が後押ししたからだ。
規制緩和の流れを振り返ってみると、平成7年に住居系用途地域の斜線制限の勾配が1.25から1.5もあり得るように改正、街並み誘導型地区計画で東京都中央区で斜線制限を受けない建物の建設が可能となった。さらに平成9年には共同住宅で共用廊下等の容積率不算入。平成12年には特例容積率区域制度導入で容積移転が可能となり、平成14年斜線制限を緩和する天空率の導入で高層マンションのような塔状の高い建物がより建設し易くなる…といった経過。これらの流れから一貫して高層マンション建設に政策の追い風が吹いていることが読み取れる。
高層マンションが隣接・近接して建つと深刻な日照や景観阻害を周辺地域に引き起こす。日照阻害は、昭和51年に建築基準法に導入された日影規制で、阻害の有無や程度がある程度、定量的に把握できるようになり、日照阻害を巡る訴訟では日影図による数値が裁判所の判断の拠りどころとして定着してきている。景観阻害も景観法の制定などで良好な景観が守られるいく方向性が一応打ち出されている。しかし、隣接に高層マンションが建って想像を絶して近隣住民にダメージを与えるのは、圧迫感という無形の精神的苦痛である。
巨大な高層建築物が近接して存在することで、押しつぶされそうな威圧感、閉塞感が、そこに居住する近隣住民を間断なく襲うため、耐え難い苦痛を日常生活で強いられる。今まで見えていた山や空などの景色に代わり見上げるように聳え立つ巨大なコンクリートの塊で視界の大半が覆い尽くされてしまう不快感は、ある意味、日照阻害に劣らないともいえる。
圧迫感は、心理的なものである。従って不法行為の成立要件である受忍限度を超えているとして住民側が、マンションの事業者に建設計画の変更や損害賠償を求めるには、損害の定量的把握が難しいのでこれまで訴訟などで立証が困難だった。しかし、圧迫感を測る基準として「形態率」という考えが東京理科大学 武井正昭教授の研究で訴訟の場にも登場することになった。形態率は、当該高層マンションを仰ぎ見たとき視界に入る建物の壁の大きさ、高さ、視点からの距離とかをパラメーターとして圧迫感を感じる心理量を数値化したものである。つまり地上1m50cmの視点から魚眼レンズを真上に向けて撮影すると視点から上の水平面が全部円の中に写る。円内の当該建物の面積を測り、全体円面積との比率で表わしたものが形態率である。当該比率の算定式は複雑だが、武井教授によると低層住宅地に高層マンションが建つ場合、皆が圧迫感を感じる形態率が4%、皆が圧迫感が大きいと感じる形態率が8%とになり、受忍限度の目安となる。このように高層マンションの近隣住民、特に低層階が多い戸建住宅街区などでは風害と並んで圧迫感がクローズアップされているのが近年の住民運動の特徴だ。
視点を変えて高層マンションに住む住民の生活環境を見てみると…。
高層マンションは都心部、郊外住宅団地、周辺ベッドタウンという外延的都市形成のこれまでの流れを都心部を求心核とする立方体的都市形成へと転換させた。人口減少時代のコンパクトシティへの方向性とも合っているように見える。スケールメリットと高層化による土地スペースの解放により多目的コミュニティルーム、ゲストルーム、マンション本体のエントランスにあるフロントのほかのフロント業務専用の建物などが付設され、通常の中層マンションなどに比べ住棟などの付加価値が高いのも事実だ。
しかし、高層マンションの居住者からいくつかの問題が提起されている。高層マンションの子供は、同年齢の子供たちと比べて心の成長という面から見ると問題があるといいう指摘だ。高層マンションは外に出にくいため家に閉じこもりがちだが、親が子供に対し一方的に関わってしまい、良くも悪くも密着の度合いが強くなる。この高層特有の構造が子供の自発的な行動をスポイルしてしまうというのだ。
高層マンションは大人にとっても住民間のコミュニケーションは特に成立しにくいといわれている。上層階と下層階では所得、家族構成が違うため共通の価値観や話題がなく、中層のマンションなどに比べより峻別された価格の差別化だけが居住者心理に過剰に歪んで反映されかねない。
高層マンションの居住に当たっては、幼児期・発育期の子供を持つ家庭、単身者、DINKS、子供が独立した老夫婦などの家族構成との関連で慎重に検討されるべきと思われる。
このように近隣住民に苦痛を強いて聳え立つ高層マンション、そのモダンな威容の内外に光と影が交錯している。
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