ITと地価の関係

■このコラムの試み

IT化は個人の生活、社会、経済の枠組みを激変させるため従来の住宅、店舗、オフィス、工場などの空間、機能も革新的に変える。

IT化と地価の関係をこの視点からとらえた研究資料などは作者の知る限りに於いて殆んどない。インターネットを中心とする情報通信技術の変化は急激でありIT化そのものの将来予測が困難なため現時点で地価との関連を語ることは無謀な試みかもしれない。

本コラムでは先ず最近のIT関連企業による東京都心集中を検証し、さらにIT化、IT産業化は土地所有を従来より必要とするかなどの視点から住宅地、商業地、工業地の価格形成とITの関係を捉えてみる。

■IT関連企業の東京都心集中

国土交通省が3月に発表した公示価格は、住宅地、商業地ともに全体としては下落しているが、大都市圏では前回と比べ下落幅が縮小した地域の増加がみられる。また利便性、収益性の差による地価の二極化がより進行し、都心部を中心に上昇、横ばい地点が増加した。国土交通省は「東京都心部商業地の地価動向は外資系企業やIT産業のオフィス・店舗への根強い需要を背景にしているため」と分析。

東京都心の最近のオフィス需要は、IT関連企業、外資系企業の旺盛な新規需要、増床、借り増しに起因する。

■ビル供給大手各社の対応

鉄鋼、自動車などのオールドエコノミーと違いIT関連産業は広大な工場などの生産設備を持たない。従来の工場は地方に配置し大都市に管理・保守機能を持つ本社オフィスという形態でなく、いわばオフィスが生産拠点を兼ねるため大量の機器などの設置で使用スペースは大幅に拡大する。ビルのスケルトンも変わる。床を重層しその間に光ファイバーなどを敷設するため天井高が30cm高くなる。IT関連企業はまとまった賃貸スペースを要求するため大型化し耐震基準もクリアしたIT装備のインテリジェントビルが今後の主流となる。

ビル供給大手各社のうち丸の内北口の再開発を手がける三菱地所は光ファイバー設置を決定。三井不動産はNTTなど主要通信事業者と基本協定を結び、テナント企業が希望する通信回線をビル内に即刻用意できる体制を取った。住友不動産は、大都市圏を中心にIT武装したオフィスビルを200本以上(サブリース含む)所有予定でそのテナントの大半はIT関連企業としている。

首都圏のオフィスビルは、すでに8,000万平米あり、150万平米のビルが大量に供給されるため、大型化、耐震基準、IT装備の面でリニューアル不可能な老朽ビルは淘汰され二極化が進むと見られている。

■ITと地価

IT関連企業の東京都心集中は、首都圏の一部商業地の地価を上昇させたが、この現象をもってIT化が国内の地価下落の抑制になるという幻想は持てない。何故ならIT関連企業の東京都心の一極集中は、一部の地域に限定したIT化の始まりの一側面の現象と思われるからだ。

1、IT関連企業の東京都心集中の行方

●東京都心の一極集中の要因

IT関連企業は、一般に重層化されたサーバー群、各クライアントマシン、その他ネットワーク機器などの設置で相当スペースを必要とし、ブロードバンドネットワークに対応した通信インフラ、優秀な人材確保のための都心接近などに加え会計ビッグバンによる連結会計による子会社廃止、支店の本社統合などの要因により東京都心の一極集中が加速していると思われる。

さらに大阪大学今川拓郎氏によるとITの進展は本来、距離、空間を越えどこからでもインターネットを介して必要な情報を得ることができるため都市機能を分散する方向に作用するように思われがちだが現実はITの先端企業は米国のシリコンバレーや東京渋谷のビットバレーに象徴されるように同じ場所に集まる傾向が見られる。これを氏は「集積パラドックス」と定義し、この要因として、

  • 高度な技術情報などは都市機能にビルトインされ外部への移動が困難であり、その結果、より大都市への集積が進む
  • ITと顔を合わせるフェースtoフェース型交流の補完性があり、経験、ノウハウを有する相互対人コミュニケーションでIT能力をより進化させる。知識を集積した大都市でこの共有コミュニケーションは可能となる

をあげている。

●ITとオフィス使用スペースの関連

一般的に最近のオフィスビル使用面積は、コンピュータ機器の設置スペースによるところが大きい。機器の軽薄短小化は技術進化で進み、反面、ECサイトなどアクセス数の急増によるトラフィックが増えればサーバー類の増設などが発生する。一部の大手企業を除きサーバーを高速バックボーンネットワークに直結できセキュアーなインターネットデータセンターなどにアウトソーシングするケースが主流となるためIT化がオフィスビルの使用面積を単純に拡大することにはならないと思われる。

2、IT化と地価の変化

IT化と地価の関係を解く鍵は、IT化、IT産業化は土地所有を従来より必要とするかを考えてみることだ。

IT化による企業の経営革新の目標は、販売活動でみると「消費者のニーズにフィットする商品、サービスを在庫をなくしタイムリーに提供する」ことで新製品の開発に活用する顧客情報管理CRMやさらに進化した顧客の希望する商品を提供するBtoMなどの進化で企業は在庫を持たず極論すれば無店舗でも効率的販売が可能となる。

また生産活動では「より低コストで必要とする製品、部品などをタイムリーに複数の企業から調達する」ことだがn:mのマーケットプレイスの構築による部品調達がBtoBで可能となっている。現時点でメーカーの商品情報と連携した電子カタログに受発注システムを連携させ在庫情報との連携で納期の自動回答、配送業者への配送指示など見積もり・問い合わせ・発送・受注・納品さらには決済までワンクリックで実現できるシステムも登場している。

BtoCで企業と消費者を繋ぎ、BtoBであらゆる企業を連携させPtoPでサーバーなしで世界中の各クライアントパソコン間を繋ぐ。かつて歴史上経験したことがない超効率化された社会・経済システムが間もなく実現する。こうして従来型の店舗や事業所、在庫保管倉庫が不要若しくはコンパクト化されるだろう。

さらにIT化の進行に伴う企業の経営スタンスとしては、企業の存在意義と捉える最重要能力、強みとなるコア・コンピータンスへの投資を最優先し、コア周辺業務は徹底してアウトソーシングする新企業連携経営モデルを志向するため余剰設備、人員を削減する。よって土地所有動機が減少する。

個人生活レベルのIT化は、住宅地の地価形成と相関する。近未来、個人生活レベルでもIT化の進行によりパソコン、携帯電話、テレビ、家電などがインターネットで繋がる環境にあって、いつ、どこでもあらゆる情報が取得可能になるユビキタス・インターネット社会が実現し、高速・大容量通信、常時接続が常識となる。在宅勤務やSOHOも増加するため通勤などの接近性による地価形成に若干の影響がでるかもしれないが、人が住宅に求める住環境などのメンタルで主観的要因は変化しないためIT化と住宅地の地価は商業地、工業地などに比べ相関はあまり変化しないだろう。

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