| |
■INDEX
Ⅰデフレの犯人探し
| 1 |
輸入デフレと否定説 |
| 2 |
構造的デフレ論 |
| 3 |
日銀の政策不作為説 |
| 4 |
資産デフレ論 |
| 5 |
デフレの犯人 |
|
|
Ⅱ真説土地バブル
|
|
| 1 |
バブルの発生原因 |
|
A |
国際協調の呪縛 |
|
|
■プラザ合意
|
|
|
■日米構造協議 |
|
B |
円の支配者による壮大な陰謀 |
|
C |
国内バブル環境の醸成 |
| 2 |
地価高騰 |
|
|
■始まりは都心にオフイスが足りない |
|
|
■バブル時地価はこう動いた |
|
|
■海外不動産投資 |
|
|
■リゾート開発 |
| 3 |
バブルの崩壊 |
|
|
■バブルのもたらす歪み |
|
|
■バブルが弾ける時限装置 |
|
|
■バブル潰し |
| 4 |
バブルをめぐる失政 |
|
|
Ⅲ不良債権問題のすべて
|
| A、不良債権問題 |
|
1、先送りのメカニズム |
|
2、信用収縮のメカニズム |
|
|
■バランスシートギャップ |
|
|
■BIS規制・早期是正措置 |
|
3、不良債権はなぜ減らない |
|
4、不良債権の実態 |
| B,不良債権処理 |
|
1、不良債権処理はやるべきなのか |
|
2、金融再生プログラムの工程表 |
|
|
■資産査定の厳格化
|
|
|
■繰り延べ税金資産の取り扱い |
|
|
■公的資金投入 |
|
|
■中小企業貸し出しに対する十分な配慮 |
|
3、不良債権ビジネス |
|
|
■外資、国内ファンドなど |
|
|
■RCC(整理回収機構) |
|
|
■産業再生機構 |
| C、不良債権処理によるマクロ経済予測 |
|
1、マクロ経済への影響 |
|
2、中小企業と地域経済の破壊 |
本コラムでは、地価下落→資産デフレ・不良債権→需要不足→フローの物価下落という負の連鎖を解明するため、まずデフレの原因を精査し、不良債権を形成した資産デフレが現状のデフレにどのように内在し、国内経済に影響しているかに論及、さらにバブル発生・崩壊から今日のデフレに至る歴史的考察を試みる。バブルの発生・崩壊を通じ不良債権が先送りされ、巨大に積みあがった事実を時系列的に解明後、不良債権問題を分析する。特に不良債権処理の是非、処理がなされた場合の日本経済への影響、さらに日本経済再生の途を展望する。
1、デフレの定義
まずデフレの定義だが一般には日銀が「日本銀行調査月報」で2000年10月に示した「物価が全般的、持続的に下落する状態」を指す。物価下落の持続期間はIMFが「世界経済展望99年10月」で「少なくとも2年間」と言う基準を示している。つまり「ほとんどのモノやサービスの値段が2年以上下落を続けるときその国の経済はデフレと呼ばれる」第一生命経済研究所「資産デフレで読み解く日本経済」によると日本の消費者物価指数を構成している中分類45費目で値段が下がっているものの割合は、91年時点では僅か8.9%だったが99年以降は一貫して50%を超えており、直近の2002年では7.1%と大半のモノ・サービスの値段が下落傾向にある。
2、デフレの真犯人は
■輸入デフレと否定説
冷戦後、軍事競争の重荷から開放された結果、30億人の発展途上国、旧社会主義国が市場経済に参入し、メガコンペティション(大競争)によるグローバルな供給過剰が定着し、財生産コストが低下し、日米欧の先進工業国は、安価な製品の氾濫にあっている。特に中国は日本の20~30分の1という安価な賃金を活用し、中国企業の製品だけでなく、日本企業がコスト削減のため生産を中国で行い、日本に逆輸入しているケースも多い。2002年は、輸入面で最大輸入相手国だった米国から初めて対中輸入が対米を超えた。昨年の中国からの輸入品目を見ると、衣料品をはじめ半導体など電子部品や事務用機器など「機械機器」が前年から8.4%増加した。
特に中国は安価な製品を周辺国に輸出しており、輸入デフレが日本のデフレの犯人という説が浮上する。
青山学院大学教授 新保生二氏はその著書「デフレの罠を打ち破れ」で「日本のエコノミストのうちかなり多数の人々が日本の物価下落は中国から大量の安い輸入品が輸入されたことに原因があると考えている。しかし筆者はデフレは安い輸入品のせいでなく欧米のエコノミストが主張するように需給関係悪化が基本的原因だと見ている。(中略) 日本はもともと輸入依存度は低いし、特に日本に安い輸入品がほかの国以上にどんどん入ってきて他国以上に大きな影響を受けたと言うのは間違いで、おそらくアメリカ、ヨーロッパのほうが輸入の影響を大きく受けている」と輸入デフレ説を否定する。
第一生命経済研究所門倉貴史氏は共同著書「資産デフレで読み解く日本経済」のなかで「中国製品が日本の通関輸入金額に占める割合は2002年時点で18.3%で、GDPに輸入を加えた総需要に占める輸入の割合は9%程度だから、総需要に占める中国製品のシエアはせいぜい1.6%程度に過ぎない。総需要に占めるウエートが僅か1.6%程度のものが1国全体の物価下落を先導しているというのは無理がある」とし、経済学の「相対価格」、「絶対価格」の概念から「物価の下落は絶対価格、つまりモノやサービスの全般的な下落を意味する。一方中国からの輸入によって価格が下落するのは一部の輸入製品とそれと競合関係にある国内製品に限られるから、これは絶対価格、すなわち全般的な価格の下落ではない。中国製品と競合関係にある製品の値段が下がっても、中国製品と競合関係にない製品の値段が上がっているのであれば、相対価格に変化を生じるだけで絶対価格(=物価)には影響は出てこない。」
つまり3万円の予算でジャンパーを買いに出かけたがユニクロで安い3000円のジャンパーを買い、あまった2万7千円でブランド品のネクタイを買った。ジャンパーは安い中国製で価格は下落していてもブランド品のネクタイは需要増加で価格上昇圧力が生じ、ジャンパーとネクタイ合わせて考えると物価が下落しない可能性があるというわけだ。
(輸入インフレ論に対する「相対価格」、「絶対価格」の概念からの上記の否定説であるが、安価な輸入品で高まった消費者の購買力は、ほかの商品やサービスの購入に向かうとは限らない。企業倒産、リストラ、賃金下落、年金制度の崩壊という厳しい国内の現実を考えると消費より貯蓄を選択をする可能性が高いため、この論理が現実的でないという反論があることを紹介しておく。)
■構造的デフレ論
輸入デフレ否定論に対峙するデフレ論として構造的デフレ論がある。論者としては青山学院大学教授野口悠紀雄氏と慶應大学教授榊原英資氏が代表的である。
野口悠紀雄氏は、その著書「日本経済
企業からの革命」で「物価下落が生じている基本的な原因は、中国の工業化などで安価な製品が生産され、日本に輸入され、輸入製品の価格が下落する。これにより、国内で生産される同種製品の価格が低下し、企業収益が圧迫される。続いて他の製品、賃金、地価(地代)などの要素価格も下落する。企業収益が悪化するから企業は雇用調整を行う。将来の雇用不安があるから、家計の消費が伸びない。将来の収益が期待できないから企業の投資支出も増えない」と述べる。需要が縮小するメカニズムはこのような過程で発生する。
原理的に世界中のあらゆる国がアジアの工業化の影響を受けるが、日本が特に影響が大きいのは、従来の日本の加工貿易とアジアの経済活動が同種で、日本が国際水準から乖離した高価格国であるからだとしている。物価下落は国際的な価格水準に近づく構造変化の過程である。こうした問題を金融政策で解決することはできないと述べている。
榊原英資氏も2002年の「今後の日本経済」と題する講演で「技術進歩が速くてグローバリゼーションの時代というのは、基本的に構造的デフレの時代なんです。今も実は日本だけがデフレじゃないですね。中国も年間3%くらい物価が落ちていますし、アメリカも2001年のGDPのデフレーターはマイナスです。構造的なデフレになっている。(中略 )今でも政策論を見てるとインフレ待望論、あるいは「インフレを起こせ」「ミニバブルを起こせ」という議論が多いですけれども、これは間違いだと思います。だから、企業経営でも、これからの要諦はコストを下げることですね。コストを下げなきゃやっていけない。」と語っている。
構造的デフレ論では現在のデフレは、グローバリゼーションの国際的展開による構造的な要因が原因であり、構造的な要因が原因である以上、現在のデフレは、これまでの財政政策や金融政策のようなマクロ政策では対応できないとする。
安価な輸入品がデフレの原因でないという見解は①で経済学の「相対価格」、「絶対価格」の概念からの反論を紹介したが、構造的デフレ論の技術革新については潜在GDPと現実のGDPの乖離、すなわち総供給(=完全雇用時の総供
給)に対する総需要(=現実の総供給)の不足分であるデフレギャップをもたらす。総需要が一定
とすれば、IT革命、流通革命、新製品の開発など生産性の向上を伴う技術革新による総供給の拡大は、総需要が追いつかない場合、デフレ・ギャップ
の拡大をもたらす。そして、デフレ・ギャップが拡大すれば、デフレはさらに進むと思われる。このようなサプライサイドのデフレ論に対する反論を紹介する。
第一生命経済研究所門倉貴史氏は「成長会計で計測される生産要素全体の生産性は全要素生産性(TFP)と呼ばれ、TFPの上昇は技術革新などの効果により生産性が向上したことを意味する。このTFP上昇率を計測したところ、86~90年平均がプラス1.2%、91~95年平均がプラス1.1%、足下の96~2002年平均がプラス0.4%と、90年代に入り徐々に低下してきている。バブル崩壊以降、物価が下落する中にあっても、TFP上昇率は低下傾向にあるのだ」と述べ、さらに
「90年代後半にかけては需給バランス要因がGDPデフレータ変動の主要因となっており、技術進歩や生産性など供給側の要因が物価変動に及ぼす影響はわずかなものにとどまっている」
つまり90年代の日本の生産性上昇率は、欧米など先進諸国と比較すると相当に低かったので、技術革新による潜在GDPと現実のGDPの乖離の乖離によるデフレの発生は考え難いと言う論理である。
構造的デフレ論は、従来の金融、財政によるデフレ対策が手詰まりななか、説得力がある。原点に返るとマクロ経済政策は、構造的要因とされる供給サイドとともに総需要を拡大することで、総供給と総需要のギャップを縮小させ、物価や雇用の適切な水準を達成し維持しようとする政策である。グローバリゼーションによりサプライサイドに急激な変化が起きていることは無視できず、このような要因は、重視されるべきと思われる。
■日銀の政策不作為説
日銀は99年2月から2000年8月までの間、無担コール翌日物金利を事実上0%にする「ゼロ金利」政策を行った。その解除後、同金利は0.25%に上昇したが、20001年3月に再び0%に引き下げる政策を採用した。このときは金融ターゲットをそれまでの翌日物金利から日銀当座預金に移し、金融政策での大転換を行い、日銀は量的緩和に踏み切った。コールレートがゼロ金利になったことで、日銀の金融政策を量る別の度合いが必要になったからでもある。
当初の当座預金残高は5兆円ではコールレートのゼロ金利を維持出来ず、徐々に当座預金残高を増やし、直近では27兆円の資金供給を行ってようやくコールレートのゼロ金利を維持している。
つまり、ゼロ金利を維持するために資金を供給すればするほど、当座預金残高が増加するが、市場に資金は行き渡らないという皮肉な現象が起こっている。
エール大学 浜田宏一教授は2003年1月21日日本経済新聞「経済教室」でインフレターゲット積極支持派の立場から論文を掲載。日銀の現状の量的緩和政策の問題点さらに不支持派の論点に対し反論を述べている。その論旨は
現在の日銀は量的緩和策の一環として日銀当座預金を段階的に増加させている。日銀のベースマネーの大幅増加のスタンスを取っている。しかし銀行を除く民間セクターの消費・投資に影響するのはベースマネーでなくマネーサプライであり、通貨の素のベースマネーは1種のふくらし粉(これを信用乗数という)によってマネーサプライに拡大されていく。
金融政策に対する第一の障害はこの拡大メカニズム年々弱まっていることである。1992年に13を超えていた信用乗数が現在は8以下になっている。日銀の手元ではジャブジャブのお金が信用乗数過程を経ると民間セクターの手には少ししか残らない。金融政策波及への第二の障害はこの緩やかに供給されるマネーサプライがどんどん保蔵されてしまうことである。デフレ進行中の現在、株や土地への投資より預金や現金での保有意欲が高い。2001年からの信用乗数の急速な下落は銀行の銀行の預金準備比率の増加による。不良債権の影響で銀行が貸し出しに慎重になっているためだ。
預金準備比率増加の背景には将来のデフレ期待のもとで企業に収益力が乏しいことや資産デフレで担保価値が下落して企業投資、新機軸が阻害されて貸出先がないことなどの要因がある。デフレ期待が払拭されれば信用乗数が回復する。そのためにインフレ目標が有効なのである。
さらに「日銀はインフレ目標を達成する手段を持たず仮にインフレが実現すると日銀にはインフレを止める手立てがない」という不支持派の見解に対し外国為替市場への介入、長期国債のいつそうの買いきりオペ。さらに必要ならば株価指数連動型上場投資信託(ETF)不動産投資信託(REIT)などの買い上げを併用すればインフレ達成は可能と反論する。またデフレが延々と続いているのにインフレのことを考えるのは気が早い。第一次石油危機を無事速やかに乗りきった日銀にインフレが止められないはずがないと反論。
深尾光洋・慶応大学教授も民間の経済活動を刺激しデフレを止めるには従来にない手法が必要で株式や不動産投信を大量に買い上げるべきだと主張している。
日本経済は事実上の「流動性の罠」、つまり日銀がデフレ不況で金利を下げて貨幣を供給してもゼロ金利以下にできないので消費や投資を刺激できない状態にあり、名目金利がゼロでも実質金利が高い状況では市場にある貨幣量を増やせないため総需要の創出が困難となっており、デフレの原因を金融政策の不作為に求めるのは無理がある。インフレターゲットを導入しても期待インフレ率は変化するかその効果に疑問も多く、現に日銀は2001年3月から「新しい金融調節方式は、消費者物価指数の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上になるまで継続するとして実質的にはインフレターゲットと同様に目標を設定したが効果は見られなかつた。
また日銀による株式や不動産投信の大量買い上げは、これらの資産価格が下落した場合、日銀の利益は急減しかねない。日銀の利益減少は国庫納付の減少を意味し、国債増発などでそれを穴埋めすれば、結果的に国民負担につながる。すでにそのリスクは高まっている。財務の健全さを保つため日銀が98年に「おおむね8~13%を維持する」と決めているが日銀の9月末の自己資本率ははじめて8%を下回った。金融緩和などで市中に出回るお札が増えたためで、今年度決算では国庫納付が大幅に減ることも考えられる。加えて日銀が株式や不動産投信の購入をすれば赤字が続いて資本が大きくすり減る可能性が出てくる。
これらの事態を反映し、日銀の信用力を裏づけとする円の信認が低下すると長期的には円安要因となる。企業の輸出採算の向上などが期待できるとはいえ、行き過ぎると「日本売り」を誘発して海外に資金が流出し、株安や金利上昇を招く懸念もある。
反面、「デフレで国が危機的状況にあるのに日銀の財務だけを健全にすることに意味があるのか」との声が政府与党内にあり、量的緩和策が行き詰るなか日銀は11日、銀行の貸出債権などを裏付けにした資産担保証券購入に踏み切ろうとしている。
■資産デフレ論
デフレの発生を時系列的に見ると資産デフレがデフレ発生の震源地であり、資産デフレを主流エコノミスト、政策当局が軽視しすぎたため、不良債権を先送りし、信用収縮、経済の萎縮を招き、国内のデフレを広範で複雑にし、さらにフローのデフレを発生させる要因を作った。この視点から現実的な効果を想定した場合、日銀のインフレターゲットにより日銀が、株価指数連動型上場投資信託(ETF)や不動産投資信託(REIT)など買い上げ対象を土地などの実物資産に拡張すべきと提言する金融の非伝統的手段の選択や土地・株の税制改正を政策手段とすべきという観点がでてくる。
○バブル崩壊、資産価格の急落
平成14年度「経済財政白書」によると、バブル経済が崩壊した1990年以降、土地と株式の資産価格が大幅に低下し日本全体で累計1158兆円のキャピタル・ロス(保有損)が生じたと試算した。土地が734兆円、株式が424兆円である。経済主体別で見ると、最も損失が大きかったのは家計で、合計437兆円にもおよび、その多くは土地であると言及している。
地価はバブル前の80年代半ばの水準に戻った。6大都市の市街地価格指数は2001
年度末時点でピーク時の3割程度の水準まで低下し、特に商業地は、ピーク時の2割にも満たないレベルまで落ち込んでいる。株式と不動産を合わせた国富の総額1158兆円がピーク時から減少したことになる。
喪失した国富の総額は2年半分の名目GDPに該当する。「年収500万円のサラリーマンが住宅を建てようとせっせと貯めたとらの子の1339万円が灰燼に帰してしまったようなことを思い浮かべれば実感に近いのだろうか。それだけの国富の喪失は、企業や家計の経済活動にも大きな影響を及ぼさずにはおかない。」(日本経済新聞編集委員滝田洋一著「日本経済不作為の罪」)
○平成デフレの始点・根源は資産デフレ
平成不況の始まりは、資産デフレに起因し、バブルが崩壊したため発生した資産価格(株や不動産)が広範に急激に下落したことによりもたらされた所謂、「バランスシート・ギャップ」であることは多くの論者も認めるところである。例えば
三菱証券チーフエコノミスト水野和男氏はその著書「100年デフレ」で「90年から始まった資産デフレに、99年以降、財・サービスの一般物価デフレが加わった。日本では2つのデフレが進行している。資産デフレは企業・家計のバランスシートの資産の部における価値の目減りを通じて、資本の部を毀損させる。毀損した資本を修復するには、企業は資産価値の目減り以上に損益計算書で最終利益を計上するしかない」と述べている。また
第一生命経済研究所門倉貴史氏は「資産価格の下落がデフレの震源であることは、資産デフレ、需要不足、フローのデフレが発生した順番をみても明らかである。まずバブル崩壊を契機として91
年頃から資産デフレが始まっており、その後、供給超過が徐々に縮小して98
年頃から需要不足が慢性化するようになった。フローのデフレが明確となったのはこれらを受けた99
年以降のことである。資産デフレ、需要不足、デフレの3者が発生した順番を見る限りでは資産デフレが諸悪の根源といえる」と述べている。
専修大学教授 田中隆之氏の著書「現代日本経済 バブルとポストバブルの軌跡」から引用すると「90年代以降の低成長の要因を整理してみると、まずバブル崩壊の後遺症と言えるものとして①ストック調整②逆資産効果③企業のバランスシート問題④広い意味で「不良債権問題」として括ることができる一連の問題が指摘できる」とバブル崩壊の後遺症としての資産デフレに論及している。
立教大学教授 斉藤精一郎氏の著書「2003年日本経済非常事態宣言」では「少なくとも90年代中頃まではこの「資産デフレ」が大規模な需給ギャップを作り出し、日本経済に強いデフレ圧力をもたらしていると考える人は皆無に近かった。(中略) 現在の不良債権残高はバブル崩壊にともなう「資産デフレ」によるものでなく、バブル清算後のデフレ経済にともなって生じたものであり、デフレ経済を食い止めるべく、景気回復を急ぐべきだという見方が有力になっている。しかしこの論理は「資産デフレのメカニズムを理解していない誤った考えだ。「資産デフレは90年代はじめから物価水準を弱含み(消費者物価)ないし低下(卸売り物価)に転じさせてきている。この結果、80年代後半に過大債務を抱え込んだ企業は、物価の長期低下傾向というデフレ圧力のもとで次第に債務返済の重圧に苦しむようになり、しかも、価格低下による売り上げ減少効果も加わって経営悪化が強まり広がった。」と述べている。
バブルの崩壊直後、資産デフレがもたらす未曾有の不況を予測した民間エコノミストは存在したが、経済企画庁、日銀を主体とする主流エコノミストはフローの経済活動を分析することに傾注し、ストックという基盤の激動を看過し、資産価格下落を余りにも過小評価した。大蔵省も土地神話の崩壊がもたらす成長システムの瓦解と不良債権という延々と続く癌細胞の増殖の始まりを安閑と放置し、「地価はいずれ上がる」という当局の認識が当時は殆どであった。日本経済新聞編集委員滝田洋一氏の言葉を借りれば「「直視できないものそれは太陽と死」(ラ・ロシュフコー「箴言集」という言葉どおり、日本の賢人達は資産デフレという難問の核心から目を背けることで、問題を先送りし続けた。」
○逆資産効果
地価や株など資産価格の下落は個人消費を抑制し、企業の設備投資を低迷させる要因となっている。例えば個人・家計については
「総務省の家計調査によると、住宅ローンのある世帯は、ない世帯に比べ消費が大きく低迷している。地価の下落と金利低下で住宅を買いやすくなっている面もあるが現実は違う。バブル期に高い値段で家を買った人は住宅価格の下落のため売却代金で借金を完済できず、買い替えようにも買い替えられない事情を抱えているというのだ。」(日経03.05.30)
つまりバブル崩壊で持家リスクは高まり、ネガティブ・エクイティ(住宅ローン破産予備軍)が長引く景気低迷とリストラ、企業倒産で急速に増加している。個人の場合、自宅にいくら含み損があつても住み続け、売却をしなければ含み損は顕在化しない。逆に地価下落で固定資産税が安くなるメリットを享受できる。このため過大なローン含み損を背負っていても一般に危機感が薄い。しかし、アングロサクソン型の市場競争主義社会へ転換しつつある日本では、1人の金持ち、9人の貧乏人という中間層が埋没の図式となつていくため、大部分は所得の減少が進行し、年間の返済負担は徐々に重くなる。自宅の価格<ローン残高で売却による返済が不可能となる。保有戸建やマンションの市場価値の大幅な下落により、住宅の買い替え需要は減少し、これらが家具など耐久消費財の消費をさらに減少させている。
「総務省が99年実施した全国消費実態調査によると地価下落で富裕層ほど資産が傷んでいる実態が明らかになった。年収上位10%の高所得世帯の家計資産は28.5%減と最も落ち込みが大きい。家計資産に占める不動産比率が高いためである。年収下位10%の低所得者層も19.6%減ったが、不動産が少ない分だけ打撃が軽い。相続税では物納が増えている。2001年度に国に物納された不動産は4075件と91年の約26倍に達した。土地持ちが現金で納税できず、やむなく土地を手放している様子が解る。」(日経2003.03.04)
消費全般についても第一生命経済研究所の試算によると90-2001年までの間にサラリーマン世帯の実質消費支出は累計で2.0%(年率0.18%)下押しされている。
企業については土地本位制度に支えられた間接金融が地価下落で土地担保の価値の下落を招き、資金調達が困難となっており、設備投資が抑制される。第一生命経済研究所の試算によると製造業では地価下落が90-2001年までの間に累積で12.1%(年率1.1%)設備投資を下押しした。非製造業では地価下落のマイナス効果がより顕著に現れており設備投資は累積で24.8%(年率2.3%)も下押しされている。非製造業が製造業に比べて地価下落の影響を受けているのは、不動産、流通、建設など地価の影響を受けやすい業種が含まれているためだ。
設備投資需要はあつても大企業・製造業、輸出産業に偏っている。それ以外の中小企業や非製造業、内需依存型製造業などはバランスシート(貸借対照表)調整を最優先するため設備投資マインドは冷え込んでいる。大企業などに投資需要があるとはいえ、基本は内部留保の厚い企業が中心であり資金需要を銀行に求める例は少ないという。
「企業の場合、過剰設備を依然抱え、保有資産の価格下落懸念も大きい。大都市圏の商業地価は二ケタの下落が続き、株価の底も見えない。”期待デフレ”の大きさは、企業の金利負担感の増大をもたらす。名目長期金利から期待インフレ率を引いた期待実質金利は年率5.7%も及び、今もバブル期並み。さすがにこの「高金利」では新規事業意欲はわかない。加えてデフレ無策の政府・日銀への不信感は深まる一方だ。日銀はバブル期に一般物価の安定に目をとられ、資産バブルの膨張を見逃した。目下の資産デフレと期待デフレの大きさを見逃せば、反省もなく失敗を繰り返すことになりかねない。」(日経03.04.14)
○不良債権問題
資産デフレの負のメカニズムとして信用収縮のメカニズム、不良債権問題がある。不良債権問題については本稿のPart2で詳細に論及する。
■デフレの犯人
デフレの犯人探しを輸入デフレ、構造デフレ、金融政策の不作為、資産デフレの順序で行ってきた。これまでの分析を筆者なりにまとめると、まず国内的要因としては、バブル崩壊に端を発した資産デフレは、不良債権を巨大化し、金融の仲介機能、信用創造機能を毀損し、国内のデフレを広範で複雑なものとし、家計や企業の需要不足を招き、90年代後半から物価などフローのデフレへと突入していった。
平成14年度「年次経済財政白書」は、資産デフレは実態経済を抑制しバランスシートの悪化、担保価値の減少や株価の下落で企業の資金調達を困難にしており、家計においても、可処分所得の減少、住宅ローンの支払い負担の増加等により消費心理(マインド)が冷え込ませていると指摘している。資産デフレは、モノなどの価格が下落する一般物価デフレを加速させ、実体経済に下押し圧力が強まり、資産デフレがさらに進行する。
経済財政白書は、「デフレと実体経済の低迷が相互作用して悪循環に陥っている」と懸念を示している。
バブル崩壊時の金融政策は失政といえるが、ゼロ金利、量的緩和の拡大など現在の状況を見る限り、デフレの原因としての比重は少ない。
さらにストックからフローへのデフレの波及と異なる次元で捉えるべき構造デフレ問題がある。構造デフレは、グローバリゼーションの国際的展開による構造的な要因が原因であり、中国の工業化や急速化する技術革新など構造的な要因が原因であり、これまでの財政政策や金融政策のようなマクロ政策では対応できない。野口悠紀雄氏の著書「日本経済
企業からの革命」から引用すると「問題の原因がリアルな変化(経済の実物的な条件の変化)である以上、リアルな改革(企業のビジネスモデルや産業構造の変化)がなければ、問題を最終的に解決したことにならない」となる。
以上、デフレの犯人探しを進めてきたが、本稿では国内要因より見れば資産デフレが今日のデフレの根源であり、さらに冷戦構造の終結後のメガコンペティション(大競争)、グローバル化の進行により構造的デフレも世界的次元で広範に浸透していると認識したうえ、デフレの震源でありながら、いままで看過されがちだった資産デフレにフォーカスし、冒頭に書いた論及をPart2以降で続ける。
■追記
本稿の当社サイト掲載の5日後、7月2日の日本経済新聞のコラム「大機小機」に掲載された内容は本コラムのデフレの犯人と基本認識を同じくするものであったので下記に引用する。
「デフレの本家日本が経済運営の基本である骨太方針でデフレへの危機感を殆ど示さず、デフレ無策のままであることは異様な光景と言うしかない。確かに、デフレは中国経済の台頭や技術革新によるグローバル現象である。しかし日本のホームメードデフレの根はずっと深い。バブル崩壊後の資産デフレは1400兆円近い個人金融資産に匹敵する富を失わせた。債務デフレによるフイッシャー理論は現代日本に当てはまる。もっとやっかいなのは土地と株に立脚した日本型金融システムのもとでデフレと金融不安が根付いていることだ。日本のデフレは単なる貨幣的現象ではない。背景には大きな需給ギャップがある。とすれば需要を創出するために総力を上げるしかない。骨太方針がまず掲げなければならないのは、脱デフレ総合戦略であったはずだ。」
Ⅱ 真説・土地バブル
1、バブルの発生の原因
バブルについて多くの検証がなされている。そのほとんどはバブル崩壊後になされた。なぜなら現実に起こった価格変動が合理的バブルなのかファンダメンタルズの変化によるものか、あるいは非合理的期待によるものかの識別はかなり難しく、政策当局もそのような分析、判断を短時間ですることは困難と言えるかもしれないからだ。
バブルを識別するには「バブル」の定義をしなければならない。経済学では「資産価格がファンダメンタルズ(経済の基本的要因)から大幅に乖離して上昇すること、あるいは経済合理性に基づく経済理論で説明できない資産価格の変動をバブルと定義する」(総合研究開発機構「平成バブルの研究・上」)
土地価格であれば収益価格が理論価格(ファンダメンタルズの価格)の機軸になると思われるが、理論価格の構成要素や大幅に乖離してない水準を検証することはフローの経済指標を分析するより困難性が強い。
しかし1980年代日本を襲ったバブルの発生と崩壊、それからはじまった数多くの失われた歳月、これらは日銀、大蔵省の整合性に欠ける認識、対応の信じられないほどの遅れとミスリードによる。政策当局は厳しく批判されてしかるべきであろう。
振返ってみればバブル当時、「投機の時代」を書いた長谷川慶太郎をはじめバブルに肯定的な論調が多く、いまはバブルだという認識を持っていた経済学者は少なかった。東京大学教授野口悠紀雄は、当時から土地価格の高騰は不動産のファンダメンタルズから離れており、これはバブルだと批判していたが・・「バブルは崩壊して初めてバブルだと解る」というのはグリーンスパンFRB議長の有名な言葉である。
バブルについて様々な研究資料、書籍があるが、そのいずれも多角的視点に欠け、不動産価格に対する実務的視点も希薄なように思える。本稿ではバブルに関するさまざまな見解を紹介し、土地バブル論を展開してみよう。
A,国際協調の呪縛
バブルと失われた10年を検証するとき、後述するが日銀、大蔵省の失政は断罪されるべきである。しかし東西冷戦下、アメリカにつぐ世界第2位のGDP、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」といわれた日本独自の成長システム、輸出指向の高さに対する米国の対日要請と日本政府の対米政策がバブル発生の背景にあり、さらにバブル崩壊後の日本の枠組みに影響を与えたとする見解がある。
「バブルの発生・崩壊の犯人探しが盛んだが「誤解を恐れずに言えば、バブルの発生と崩壊の責任を国内の経済主体と経済政策だけに求めるのは視野が狭すぎる」(日本経済新聞編集委員滝田洋一著「日本経済不作為の罪」)その象徴的なものとして取り上げられるのが、米国の要請で行われた「プラザ合意」、「日米構造問題協議」である。
プラザ合意は日本のバブル発生の契機となり、日米構造問題協議は「構造協議で示された枠組みが、バブル崩壊後の90年代の日本経済の方向を規定した、と言っても過言ではない。(中略)系列や株式持合いに基礎を置く日本経済は、株価と不動産価格の下落に伴って、組織の自己破壊(デイスオーガニゼーション)を起こしていった。」(日本経済新聞編集委員滝田洋一著「日本経済不作為の罪」)
■プラザ合意
バブルは、1985年9月のプラザ合意から始まったと言われている。1980年代前半の米レーガン政権は、異常なドル高に悩まされていた。ドルに換算した輸入品の価格が安くなり、輸出品の価格は相手国通貨べースで高くなるため輸入は増えて輸出が減少し、アメリカの貿易赤字が急速に増えた。80年代半ば、日本は、世界最大の債権国、アメリカが世界最大の債務国になり、米国内は、ドル高のために農業や製造業が疲弊し、空洞化の懸念が出てきた。いわゆる貿易摩擦である。そこでそれまでの行き過ぎたドル高を是正するためニューヨークのプラザホテルに先進5ケ国蔵相を集め、是正を確認させた。
国内はプラザ合意をきっかけに急速に円高に向かう。合意前の1ドル240円が翌年7月頃には150円位になり、さらに88年の半ばまで円高が続く。輸出企業は大打撃を受け、円高不況が進むため、日銀は86年の3月頃から円高抑制へと政策を転換し、ドル買い介入を始めた。87年2月ドル暴落を懸念した先進7カ国の通貨当局者会議で為替相場の安定に向けたルーブル合意が成立した。しかし円高はその後も進んだ。
不況の到来を懸念した大蔵省、日本銀行は、大幅な金融緩和策をとった。1986年1月30日に公定歩合を5%から4.5%に引き下げた。以来、87年2月に2.5%に引き下げるまで、計7回の引き下げを行った。地価高騰時の1987年、米国の株価暴落いわゆるブラック・マンデーは、日本の政策当局の金融引き締めを困難にした。
ブラック・マンデー後の景気回復を受けて米独が公定歩合を引き上げたにも関わらず、日本だけが、世界の超大国は金融緩和によって世界の為替レートを低位安定しなければならないという「為替アンカー論」を理由として金融緩和を持続した。このような円高の急速な進行や国際的背景が超金融緩和政策を持続させバブルを引き起こす原因になった。
さらに米国は、日本の経常黒字の背後にある高貯蓄体質の是正を迫った「日米構造問題協議」を提案してきた。「日米構造問題協議」では日本の高地価も取り上げられその是正が要請された。
■日米構造協議
構造協議が持たれた米国の背景として米国社会に急速に浸透してきた日本脅威論、日本異質論がある。セオドア・ホワイト著「日本からの危険」、プレストウイッツ著「日米逆転」など日本の異質性を強調し、日米関係の見直しをテーマにした著作が相次ぎ出てきた。軍事力でなく資本力と日本独自の成長エンジン(終身雇用、土地本位制、銀行の株式持合い、メインバンク制など)で奇跡の回復と強力な輸出力で繁栄している日本が、それらにより何を目指しているのか解らないという疑念が米国内に膨らんでいた。
総合研究開発機構(NIRA)による「平成バブルの研究・下」から引用すると「レーガン政権のシュルツ国務長官が回想しているように日本は巨大な外貨余剰を蓄積し、それは世界中で使える資源と権力を意味していた。日本はその経済力で、軍事力で達成できできなかったものを達成しようとしているのだろうか。そうだとしてその力を用いるときは、その軍事占領と戦術を特徴づけた無神経さ、時には残虐性をもって行うのだろうか」という疑念が広まりつつあったのである。
「構造協議の米国側の問題意識はハッキリしていた。1国の経常収支の黒字は、経済学の恒等式で示されるとおり、貯蓄と投資の差額に等しい。日本における巨額の経常黒字を是正するには貯蓄と投資の差額(貯蓄超過額)の縮小を図るべきである。そのためには長期に亘る公共投資の拡大と民間消費の増加を通じて貯蓄を使う必要があると言うものだ。」(日経編集委員滝田洋一著「日本経済不作為の罪」)
90年6月の構造協議の最終報告に合わせ海部内閣は、公共投資を91年度から2000年度までの10年間で総額430兆円実施する「公共投資基本計画」を閣議決定した。
構造協議は貯蓄と投資の差額の縮小を求める公共投資要求と「消費者利益」を示したが、当時のマスコミは生産者重視の日本経済を消費者本位に転換するものだ、まるで野党の要求のようだと好意的に報道したし、国民の受けも良かった。
さらに米国側は構造協議に米側の「土地戦略ノート」で臨んでいた。「構造協議への期待」を書いた野口悠紀雄教授や長谷川徳之輔建設経済研究所常務理事にはアメリカ側から接触があり、その見解は米側の「土地戦略ノート」に影響を与えたと言われている。アメリカの「土地戦略ノート」としてまとめられたものは、土地取引の規制緩和と高度利用化を促進することで地価を下げることを目指したものであつた。」(総合研究開発機構「平成バブルの研究・下」)
米国側としては高地価が日本市場への参入の障害になっており、日本の高貯蓄率の原因であり、地価高騰の含み益が原資となって米国などへの巨額の投資となつているということの是正を図ったといわれている。
B,円の支配者による壮大な陰謀説
本稿のテーマが「バブルの発生と崩壊」とくれば2001年のベストセラー「円の支配者」に書かれた日銀のプリンス達(日銀生え抜きの総裁)による壮大な日本改造計画と称するバブル陰謀説に触れないわけにはいかないだろう。
2001年、ドイツ人経済学者リチャード・A・ベルナー氏の著書「円の支配者」は日本のバブルの発生と崩壊を日銀が失政でなく故意に確信犯で起こしたという衝撃的な内容を豊富な取材で詳細に書いている。本書の内容を簡単に紹介すると
「バブルの創出も崩壊も日銀の経済危機を演出するシナリオであり、日銀の構造改革の触書「前川レポート」にはじまる「日本改造10年計画」の中に組み込まれていた」というのが本書の主題である。「窓口指導」という信用統制の手段でバブル発生のときは市中銀行の貸し出し枠を故意に増加させてバブルを膨張させ、土地価格急落から資産デフレの時代にかけては、政府が景気回復を目指して必死の努力を続けているとき、むしろ日銀は信用創造を収縮させて故意に回復を遅らせた。バブルの創生と崩壊というショックを与えることで、大蔵省の権威を失墜させ、危機の発生と問題解決の処理不全が従来の日本的構造によるものだという認識を浸透させることで日本の体制を構造改革に転換させようという狙いがあった。1998年大蔵省は解体され力を失った。日銀は独立を果たし、その秘密権力が合法的になった。」というのである。
内容が衝撃的なだけに反論も当然にある。立教大教授山口義行氏とエコノミスト東谷暁氏の反論を紹介する
山口義行氏は著書「誰のための金融再生か」でバブル当時の銀行にとつて日銀の「窓口指導」によつて割り当てられた「貸し出し増加目標」はむしろ低すぎた。それだけではとても足らず、その上限枠を超えて、いかに少しでも多くの資金を供給するかが、銀行の最大の関心事であった。
窓口指導を逃れ貸し出しを増やす手法として直接企業に貸す代わりに、一旦海外支店に資金を送って、その海外支店から国内企業に貸し出させる「ユーロ円インパクト・ローン」と呼ばれる面倒な「迂回融資」をやったり、銀行が貸し出したという形態だけでなく、社債や株式を買い取る形で企業に資金供給も行った。「窓口指導」はあくまでも貸し出し増加額に関する指導であるから、社債や株式の買い取り額はそこに含まれない。
このような当時の状況から見ても、日銀が無理な貸し出し増加目標を設定し、銀行に貸し出しの増加を求め、バブルを引き起こしたと言うベルナー氏の主張は現実離れしていると反論する。
次に東谷暁氏だが著書「誰が日本経済を救えるのか」で日銀は20001年3月に再び0%に引き下げる政策を採用した。このときは金融ターゲットをそれまでの翌日物金利から日銀当座預金に移し、金融政策での大転換を行い、日銀は量的緩和に踏み切った。必要と判断されれば長期国債の買い入れも増額すると言っている。しかし日本経済はその後回復するどころかますます悪化している。ベルナー氏の議論は金融におけるセイの法則と同じで、通貨供給が通貨需要を創り出すという前提に立つが、いまの日本では金融市場の需要と供給が出会わない状態になつている。中小企業はお金が欲しいが借りても返せる当てがない。銀行にしてもとても貸せる相手でないし、それどころか自分達が貸せるような状況にない。そもそもアメリカの金融界の支配力が世界を覆うような状態にある現在、どうすれば日銀総裁がたった一人で神のごとき力をふるい、この混乱状態から抜け出せると言うのかと批判する。
日銀がバブル時に引き締めが遅れ、バブル崩壊後しばらくの間、景気回復に非協力的だという見方は、外国人機関投資家間で多い。、重要な経済の転換期に必ず政策をドジるため日銀無能説もある。無能なのか確信犯なのか判別は難しいが、バブル時の引締めが遅れたのは日銀の陰謀と言うより、国際協調の呪縛と対米政策があったという当時の状況に起因すると考えるのが自然だと言う反論が多いが、私見としては、ベルナー氏の説ではバブルという危機の演出により、大蔵省は解体、日銀の独立性が果たされ、日本改造計画の眼目であった「構造改革」を標榜する小泉内閣が高支持率を維持しているいま、経済を意のままに制御できる日銀のプリンスがいまの日本の不況をなぜ脱却できないのかという疑問を払拭できないし、Part1で書いたとおり、金融の量的緩和だけではデフレ脱出の決め手とはならない。
C,国内のバブル環境の醸成
バブル発生の元凶は、前述の通りプラザ合意に基づく急激な円高にともなう「円高不況」を回避するため公定歩合を5回にわたって引き下げ、当時の史上最低水準をさらに下回る2.5%まで引き下げ、この史上最低水準を2年3ヶ月続けたことがまず指摘される。加えて1986年9月の「総合経済対策・総事業規模約3兆6千億円)と87年5月の「緊急経済対策・同約6兆円)の2度にわたる大型経済対策を行ったこともカネ余り現象を作り出した。
また大企業が1980年代から資金調達をエクイテイ・ファイナンスなどを活用し、直接内外資本市場から調達しはじめたため大手金融機関は大口融資先を相次ぎ失い、これに金融の自由化が拍車をかけ融資のハイリスク・ハイリターン化が進んだ。融資先が、それまでの優良な部分から、リスクの高い部分にシフトしていった。
また預貸金利ザヤの縮小により優良貸出先を維持するため、金融機関はますます高金利の預金獲得競争へ傾注し、預貸金利ザヤの縮小に拍車をかけ、それによる収益力の圧迫が、またハイリスク・ハイリターンの融資を促進した。86年住友銀行が首都圏を主要地盤とする平和相互銀行を吸収合併し勢力拡大したことに端を発するF/S戦争(富士・住友間の業容拡大競争)などに象徴される銀行間の熾烈を極めた貸出競争が金融の超緩和と相俟って土地バブルを促進した。
金融機関が新規に開拓していった融資先は、非製造業、中小企業であった。非製造業は建設・不動産・ノンバンクに集中し、いわゆる土地がらみの融資が増加した。金融機関によるノンバンクを通じた迂回融資は、後の住専問題を引き起こすが、審査やリスク管理が甘く、不動産業者の提携ローンなどを通じ資金が流れ込んだ。
「信用秩序維持政策における「規律付け機能」の緩みが発生した。預金金利の自由化が進められて、競争制限的規制が後退するなか、健全経営規制の拡充と破綻処理型のセーフティ・ネットへの転換が遅れたために、金融機関においてモラル・ハザードが壮大な規模で引き起こされた。」(総合研究開発機構「平成バブルの研究・上」)
当時の税制もバブルを引き起こす要因となった。相続税路線価は実勢価格のほぼ半値で相続税対策として銀行借入の債務と土地購入の有利性があったし、富裕層などはマンション投資をすると不動産の含み益には課税されない反面、金利相当分やマンションの減価償却費は給与所得と損益通算が可能で節税目的での需要を生んだ。
さらに国内的風潮として86年11月NTT株式の売り出しを通じて財テクは個人層にも浸透し、国全体に強気が蔓延し、マスコミもバブルを生む浮かれた報道が目立つようになってきた。日本をバブルへ掻きたてたのは日本人のDNAに擦り込まれた「土地神話」であり、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と賞賛された自国経済の強さへの過信があつたことは言うまでもない。
2、地価の高騰
■はじまりは「都心にオフィスが足りない」
85年5月国土庁が発表した「首都改造計画」で2000年における東京のオフイス需要を8000ヘクタールと推計した。87年第4次全国総合計画(4全総)ではトーンダウンしたが4000ヘクタールという需要予測が行われた。この国土庁の推計がオフィス需要の裏づけデータとして取られ東京の商業地の地価が上昇し始めた。
昭和57~58年頃から、都心商業地域で地価が上昇を始め、これが順次、南西区部へ拡がり、さらに北西区部および北多摩地区から南多摩、西多摩地区へと進み、東京都全域に波及した。都心商業地域から始まったのがこの土地バブルの特徴で、社会経済構造変化が情報化・国際化・サービス化を促し、業務機能や中枢管理機能の東京都心部への集積が進行し、オフィス需要が急増したためまず都心商業地から地価高騰が起こった。
「関西系大手企業を中心とした地方企業の、東京本社機能の相次ぐ拡充や東京への本社移転、金融・証券を中心とする外資系企業の急激な東京進出、情報サービス産業の急増などによりオフィス需要が一挙に膨らんだのである。東京・赤坂のアークヒルズでは、外国系金融機関が大挙して入居した。(中略)他の都市に比べ、もともと東京のオフィスの空室率は低く、オフィスの需要は高い水準にあったが、昭和59年頃からますます空室率は低下し、オフィス需要が急増したことを示している。それに呼応するように、東京都心部の地価は、昭和59年から上昇し始めた。オフィス需要の急増により需給のバランスが崩れ始めたためである。」(三菱総研 鎌形太郎「地価高騰で変貌する土地」)
■バブル時、地価はこう動いた
86年の国土庁地価公示価格(86年1月1日価格時点)を見ると、まず東京都心3区から始まった価高騰は、周辺部、あるいは主要ターミナル地区、区部の南西部で年間上昇率は20%から30%を示した。しかし当時は東京圏の商業地でも、北部とか、東部、あるいは隣接県はまだ5%から10%といった上昇率に留まっていた。
東京圏の住宅地は東京駅からの距離で遠心状にみて5キロまでのところは22.7%のアップ。それから10キロが12.3%、それから15キロまでが7.7%。これはいずれも前回の12.6とか、5.3、2.5%のアップに比べると、大体2倍とか、3倍とかになっている。都心部の住宅地、あるいは都心周辺部の住宅地が上がってきているということである。住宅地は、しかし、20キロを超えるとほとんど全国平均並みの上がり方しかしていなかった。
87年になると地価上昇率は、右肩上がりの陶酔的群集心理が引き起こした狂気の暴騰を示した。それが翌年の「88年地価調査」(88年7月1日価格時点)になると東京都の地価上昇は著しく鈍化し、沈静化に向かっていることが明らかになってきた。住宅地の変動率は、地区別にみると中心区がマイナス3.9%、内周区マイナス2.3%、外周区8.0%、北多摩地区25.2%、西多摩地区47.6%を示し、住宅地の価格は、これまでの上昇傾向に歯止めがかかり、前回の変動率を大幅に下回った。特に中心区、内周区および北多摩地区で反転してマイナス変動率を示したのが目立った。
商業地の変動率を地区別に見ると、中心区がマイナス0.1%、内周区1.4%、外周区10.4%、北多摩地区0.8%、南多摩地区18.9%、西多摩地区42.1%となっており、本年の商業地では、ほとんどの地区で住宅地に比べ著しく鈍化傾向をみせ、昨年の変動率を大幅に下回った。
東京都においては、土地取引適正化条例の施行による土地取引規制、国土法の改正による監視区域の指定、さらには100平方メートルの網をかけたことから地価は都心部から沈静化に向かいだしたことが見て取れる。
住宅地価を主要な地域別にみると、東京都や神奈川県など首都圏中心部は88年中に下落が始まったが、首都圏のそれ以外の地域や、近畿、中京などの都市圏では、下落が始まった時期が91年中であり、地方圏ではさらにもう一年遅れた92年中頃であった。東京地区の地価下落が先行したのは、地価の監視による直接的取引規制がある程度機能した可能性を示しているが、政府による総量規制が地価の鎮静化を決定的なものにしたと言っても過言ではない。
「地価下落に直接的かつ、もっとも強力に作用したのは、総量規制であろう。90年1~3月期までは全産業向け貸出しの伸びを上回っていた不動産向け貸出しの伸びが、次の四半期以降下回りはじめている。土地の取引金額を調べてみると、国土庁の推計で、92年のそれは90年に対して28%減だが、そのうち法人による取引金額は44%減となっており、資金源を絞られた法人を中心に土地取引が沈静化した様子がうかがえる。なかでも東京圏に所在する法人では、55%減とその姿が顕著に現れている。」(専修大学教授 田中隆之著「現代日本経済」バブルとポストバブルの軌跡」)
■海外不動産投資
国内の超金融緩和による余剰資金は海外の不動産投資にも向かった。円高であるためいままでより不動産が安く買える、日本での不動産投資は土地が高騰しすぎたため、新規に土地を買って、ビルを建てて投資採算に殆どのらないため利益を上げるのが極めて難しく、比較的利回りのよい米国の不動産をというふうに、割合、抵抗感のない形で、米国への投資が増えていった。生命保険会社や大手不動産会社、ゼネコンのほかに、一部、ニ部にも上場してないような会社の投資もかなり増えていた。
1988年、日本の対外資産は急増し、ソニーがCBSのレコード部門、さらに映画会社のコロンビアを買い、三菱地所がニューヨークのロックフェラーセンタービルを買った。ティファニー、エクソン、ABCなど、ニューヨーク、マンハッタンの有名ビルを日本企業は買収した。1988年末には日本企業がロサンゼルスのオフィス用ビルの3分の1、ワイキキの有名ホテルの4分の3を買い占めたと言われている。
後にこれらの海外不動産投資は殆ど失敗に終わり、ゼネコンをはじめ買収企業の経営を圧迫することになる。
■リゾート開発
バブルの真っ只中1986年から1990年までの5年間、日本列島をリゾート開発ブームが覆った。その背景としては金余り現象(株売却益、マル優廃止、節税策など)、金利の低下、週休2日制の普及などによる余暇の増大、時間や精神的ゆとりを勧める「レジャー・余暇生活」重視型への国民の意識転換があげられる。
このブームに大きく弾みをつけたのが62年に施行されたリゾート法(総合保養地域整備法)である。中曽根内閣時代に制定された民活法が都市部を主対象としているのに対して、リゾート法は地方が主体である。誤った期待予測と甘い実需の読み(85年から88年までに円高が進み、海外旅行が割安となり、国内リゾートは衰退していった。)で日本列島を広範に地価を暴騰させ下落させた。まさに蜃気楼のように実需と乖離した構想が打ち出され、バブル崩壊後、相次ぎ挫折した。大規模リゾートを開発した第三セクターを含む企業の経営破綻が急増し、全国各地で多くのリゾート物件が不良債権となった。計画から逃げ出す民間企業も続出し、リゾート開発ブームは一気に冷え込んだ。
まだリゾート法はまだ存続しているが、地方分権改革推進会議はさきごろ、社会保障、教育・文化、産業振興、公共事業といった各分野における地方分権改革の進め方について中間報告をまとめた。その中で、総合保養地域整備法(リゾート法)の在り方に関して言及している。「リゾート法で承認された基本構想のうち、今後進捗の見込みがない構想は廃止を検討する」というのがその骨子だ。リゾート法そのものの廃止も検討すべき時期がきている。
3、バブルの崩壊
■バブルのもたらす歪み
過剰流動性がフロー・モノでなくストック・資産に集中的に向かった。フローの物価が比較的に鎮静していたため日銀は引き締めの判断を誤った。このバブルの特徴と言える。
株が上がっても誰もブーイングしないが、地価が上がると誰でもハッピーというわけにはいかない。地価高騰でマイホームを退職金で買えなくなったサラーリーマンの不満は、地価が上がり、マイホームの夢が遠のくのに比例して増幅されていく。こうしたサラリーマンの不満だけでなく、バブルが実体経済や社会に歪みを作りつつあった。
「商工会議所が地価高騰の真っ只中の昭和62年に実施したアンケ-トによると、千代田区、中央区、港区、新宿区、渋谷区の都心5区の4割以上の中小企業が「移転せざる得ない不安を感じる」と訴えた。次々と都心で商売をしていた中小・零細企業が、都心の土地を売った売却益で、世田谷などの山の手に移っていったのである。特に昔ながらの、生活に密着した商店は急激に減ってきている。昭和57年から63年の間に都心3区で肉屋、魚屋、八百屋などの小売店は10%から20%も減少した。なかでも豆腐屋は35%以上もなくなっている。」(三菱総研 鎌形太郎「地価高騰で変貌する土地」)
公共事業に占める用地補償比率は、地価高騰とともに上昇し、東京都では昭和62年には63.9%も占めるようになった。このため、公共事業の円滑な実施に悪影響を与えたり、実施そのものを困難にさせている。
さらに地価の高騰により、固定資産税の負担増や事業所賃料の上昇、企業の事業用地確保・拡張が困難になるなど中小零細企業を中心に経営環境は悪化してきた。
■バブルが弾ける時限装置
地価がファンダメンタルズの価格を超えて上昇を続けると、その不動産を購入して事業や投資が成り立たない。例えば投資家Aが投資収益率1~2%のインカムリターンで保有し、売却時の予想キャピタルゲインでハードルレートのIRRをあげる期待を持ってたとすると、投資家A→投資家B→投資家Cと転売されるたびに賃料は硬直性が強いためインカムリターンは減少し、価格とファンダメンタルズの乖離が拡大するため価格は永遠に上昇を続けなければならなくなる。このような常軌を逸したマネーゲームがいつまでも続くとは考えられない。「バブルは必ず破綻する」これは人類史が繰り返してきた歴史の教訓である。
■バブル潰し
バブル崩壊は実にあっけなかった。NHKは1987年9~11月に6回にわたり「世界のなかの日本 土地は誰のものか」を放送し、サラリーマンが一生働いても買えない高地価の不条理を訴えた。放送がはじまるや電話が洪水のように押し寄せた。電話の数はNHKテレビ始まって以来のことだった。電話の内容は「この企画に共鳴する」というものだった。誰もが異常だ、けしからんと叫び始めた。盛り上がった世論により政治が動き、土地バブルを終焉させた総量規制、さらに地価税の導入とバブル潰しの一連の政策が取られた。世論によってバブル退治に動員された日銀の三重野総裁は「平成の鬼平」ともてはやされた。
急激な金融引き締め、大蔵省の総量規制、懲罰的税制、さらに、当時の国土庁により地価監視区域制度も実施され、公示価格と乖離した高値取引を規制した。これらによりバブルは弾けた。日本人のDNAにすりこまれた地価神話が音をたてて崩れた。しかし全力疾走の短距離ランナーの前に突然、巨大な隕石を落下させたようなこれら一連の政策は、後に大きな禍根を日本経済に残すことになる。
4、バブルをめぐる失政の検証
日銀、大蔵省など政府の対応を検証すると全体を鳥瞰する横断的内部機構の欠落により、全体として整合性を欠いた政策しかできなかった。
「政府部内に総合調整機能を持った政策企画、立案機関が存在しないまま、個々の政策や制度変更がその生み出す副作用の検討や対処の準備をすることなく実行されたことである。例えばその不用意さが、大きな民間貯蓄黒字を(財政赤字や民間の内需で吸収せずに)膨大な経常収支黒字として実現させてしまったが、その結果、日米経済摩擦は極めて悪化した。それがさらに外圧となって、金融引き締めを遅らせた。結果、バブルを生じたが、その認識も遅かった。(中略)また十分な準備・調査研究が行われないままにさまざまな規制緩和が行われ、内需拡大の中心が非効率な公共事業やリゾート開発に置かれた」(総合研究開発機構「平成バブルの研究・下」)
特に金融政策の日銀の失政は大きい。プラザ合意後の円高不況対策として過度に公定歩合を引き下げ、ブラック・マンデー後も「為替アンカー論」を理由として金融緩和を持続した。超金融緩和政策によるを史上最低水準を2年3ヶ月続け持続させバブルを引き起こした。
大蔵省は、バブルをあまりにも急激に崩壊させ、その後の処理が遅れたため巨額の不良債権を積み上げ、金融システムは機能不全となり、日本経済の成長メカニズムを毀損させた。この点については次回で詳説する。
次回Part3ではバブルの負の遺産「不良債権問題」について論及する予定
Ⅲ不良債権問題のすべて
「地価下落・不良債権・デフレ負の連鎖」Part1,Part2を経てこの連載も最終回となった。前回のPart2で土地バブルの創生と崩壊についてさまざまな視点から分析を試みた。資産バブルの崩壊は歴史の教訓と経済学を引用するまでもなく、いずれは弾けるべき性格の狂気の集団陶酔ではあったが、高速走行中の新幹線の前に突然コンクリートの壁を築いたような唐突で急激なバブル潰しを政策当局が無思慮に行ったため、国内に不良債権という病根を播いてしまった。
今回は不良債権が先送りされ巨額に積み上げられた過程とそれがもたらしている巨大な負の影響、さらに昨年10月竹中メンバーにより公表された金融再生プログラムを中心に不良債権処理に論及後、いま注目されているRCC、産業再生機構、民間(外資、国内ファンド)の連携による企業再生ビジネスの急速な発展で期待が高まる当該処理のソフトランデイング路線の動向を探り、最後に不良債権が処理された場合を想定したマクロ経済への影響などを考え、不良債権問題の全体像を明らかにする。
A,不良債権問題
1、先送りのメカニズム
1990年代の日本経済の「失われた10年」と呼ばれる経済の歯車の軋みは、長期にわたる低迷をもたらしたが、特に、今でもその実像が隠蔽され続けている不良債権は、官僚の不作為や銀行トップの保身と土地神話の蘇りという希望的観測などによる意思決定の先送りによって、巨額に積みあがり、この国の業病、疫病神となった。
「不良債権処理が先送りされたことに関して、大蔵省とともに日本銀行にも大きな責任があったと言わざるを得ない。検査部の人員は決定的に不足していたし、検査内容が銀行局の企画部門に適切な形で適切なタイミングで伝達されたか疑問がある。さらに、当局側が民間金融機関のMOF担などと日常的な交際関係を持っていたことが、二重の意味で問題をもたらしたと思われる。第1は、検査や監督に手を加えるインセンティブを追加したことであり、第2は、彼らから充分な情報を集めていると思いこんでしまい、情報収集に遅れが生じ認知ラグが発生した可能性である。当局も、金融機関の発表する不良債権数字を再検討することをしなかった。また、不良債権の分類自体についても、当局はグローバル・スタンダードを無視した。」(総合研究開発機構編 平成バブルの研究・下)
バブルの潰しの拙劣さが企業と銀行のバランスシートに不良債権という大穴を空けることになるとも気がつかず、日銀は、総裁就任前の89年5月に最初の利上げを行い、平成の鬼平こと三重野総裁はバブル潰しに邁進した。急ピッチで利上げが実施され、最低時に2.5%だった公定歩合は、90年8月までに5回の変更を経て6%にまで引き上げられ、91年7月までこの水準が維持された。
バブル崩壊、あるいは政府・日銀の施策のため、景気全体も91年2月から後退局面に入った。逆資産効果により高級品を中心に消費が急速に冷え込んだほか、金利上昇を受けて設備投資や住宅投資も落ち込んでいった。こうした状況を目の当たりにして、日銀は91年7月に利下げ(6%→5.5%)を行ない政策を緩和方向に転換したが、いったん破裂したバブルは、その後の経済の正常な軌道を狂わせた。90年代を通じてみると、株価は、いったん持ち直す局面も見られたが、基調として上値の重い展開に終始した。地価は91年から現在まで一貫して底が見えない下落傾向を辿っている。
戦後日本には、土地政策が不在であった。土地融資の総量規制がもたらすマイナス効果やバブル潰しで歪められた中立性を欠く税制度がもたらす弊害についての当局の認識は甘かった。リアルタイムで土地価格情報を収集し、分析するシステムや体制も構築されていなかった。地価公示制度などの公的価格指標は、1年のスパンで公表されるため、どうしてもタイムラグが生じ、価格追認的で将来予測に使えない。つまり的確で敏速な当局の対応は難しい。さらにバブル潰しのため相次ぎ登場した諸規制が後の不良債権問題をより深刻にした。
1992年8月30日、自由民主党軽井沢セミナーで経済学的感性はやけに鋭いが、意思決定がいつもふらつく評論家総理宮沢喜一は担保不動産の流動化のために「必要なら公的援助をすることもやぶさかではない」と述べ、公的資金の投入の可能性を示唆してみせた。しかし、銀行界も、産業界もこの発言に反発した。銀行界は不良債権問題の認識が甘く、公的資金を投入されると経営責任を追及され自分の身が危なくなるという不安や怯えがあった。案の定、これらの勢力の反対により不良債権処理は簡単に先送りされた。民間でもバブル崩壊直後から、エコノミスト高尾義一や中前忠は、戦後最大の不況の到来と成長システムの行き詰まりを予見していたし、宮崎義一は92年に出版された名著「複合不況」で、土地や株などストックの暴落による評価損、国富の喪失を現行の国民所得計算では反映しておらず、1年後に公表される資料で確認するにとどまるため、タイムラグが生じ、フローの分析に比べバブル崩壊後のストックの影響を軽視しているという指摘をしているが、日銀・経済企画庁系主流エコノミストに無視された。
不良債権の先送りによる金融庁と金融機関の不作為の罪を竹中チームの金融再生プログラムのメンバーで「ハードランニング・強硬派」と呼ばれた経営コンサルティング会社KFi代表の木村剛は著書「竹中プランのすべて 金融再生プログラムの真実」で明快に抉る。「日本の場合、不良債権問題と指摘され大騒ぎになっているが、それには2つの大きな理由があります。一つは不良債権の金額が大きいこと。そして実はこちらのほうが大問題なのですが、もう一つは不良債権の金額は大きいことは確かなのですが、それがどこまで大きくて深刻なのかが不透明なことです。(中略)少なからぬわが国の銀行は不良債権を厳格に査定せず、「貸し倒れ引当金」も十分には積んでこなかった。商法と言う基本的な法律やデイスクロジャーの元になっている会計ルールを軽視してきたと言うことを意味しています。(中略)銀行の経営者が自分のミスを認めて責任をとりたくなかったからです。さらに言うと銀行を監督する立場にあった金融庁も過去の不作為の罪を指摘されることを恐れて断固たる態度を取ってきませんでした。要するに銀行経営者と金融庁に罪があるのです。」
つまり、悪い実態を隠蔽することに傾注する銀行トップは本来挙げるべき利益を獲得することなく、まず保身のため不良債権の実体を隠蔽することを最優先し、金融庁も隠蔽の事実を直視するより、半ば共犯に近い不作為の罪が銀行に甘い査定をしてきたということだ。
2、信用収縮のメカニズム
■バランスシート・ギャップ
不良債権とは「銀行が貸し出しているお金がたくさん焦げ付いてしまつた。」ということだが、90年代以降の時期に、借入金の利払いないし返済ができない企業が広範に増加したのは、バブルの崩壊による資産価格の急低下のためである。バブル崩壊後の資産の減少額は不動産価値だけで1000兆円以上に上り、さらに有価証券の価値低下を加えるとGDPの2年分を超える。株式と不動産はわが国の資産の重要な部分を占めているが、これらの価格が広範囲にわたって下落すると、マクロ的に見ていわゆる「バランスシート・ギャップ」が発生する。バランスシート・ギャップとは、資産価格の下落によって資産と負債との間に生じるギャップのことである。
例えば100億円で購入した土地が50億円に下落すればバランスシートの左側の資産の価格は50億円縮小してしまうが、右側の土地を取得するために膨らんだ負債は100億円の額面どおり残っているという状態である。
銀行の場合も同様に調達してきた資金を企業に融資しても、融資が不良債権になれば、その時点で資産評価後に左側が縮小してしまう。
「バブル期に資産と負債を両建てで増加させていた企業や銀行が、バブル崩壊により発生したバランスシート・ギャップを解消するために行う財務上の努力を、バランシート調整と呼ぶ。初期のバランスシート調整は、リストラや保有資産の売却等で確保した利益によるものであった。しかしながら、特に銀行部門では、その程度の努力ではいつまでたっても問題は解決しないということが徐々にわかってきた。日本経済は90年代が終わるまで、いやその後もバランスシート調整に苦しみ続けるのである。」(高橋 乗宣 著「奇跡の繁栄はなぜ失われたか」 )
バランスシートの不均衡は右側の「資本の部」つまり内部留保のお金を充当させ、バランスシートの均衡を回復させるため、収益を上げて内部留保を確保する必要がある。バブル崩壊後、企業はバランスシートの毀損に対応するため、設備投資抑制、保有資産の売却、リストラ、賃金カットなどを加速させた。ミクロレベルでは合理性があるが、マクロレベルでは、設備投資や雇用者所得の減少などにより、総需要を縮小させ、需給ギャップを拡大させデフレ不況の原因となった。
さらに株価の下落が信用収縮を加速させた。日本の成長メカニズムの一つとして銀行と企業がお互いに安定株主となっているという「株式持合い」があるが、いままでは持ち合い株は長期保有されるケースが多いため含み益が発生しているケースが多い。バブル崩壊後の株価下落は、銀行の含み益を大きく減少させ、信用収縮により拍車をかける要因となった。
■「BIS規制」と「早期是正措置」
さらに90年代に導入された「BIS規制」と「早期是正措置」による銀行規制により、自己資本比率の維持が銀行経営の制約条件として機能し、金融面からのバランスシート調整、すなわち信用収縮圧力となり、貸し渋りなどを発生させる要因となった。
BIS規制と言うのは、国際決済銀行は自己資本比率を8%以上に維持することを義務付け、早期是正措置はそれに加えて国際決済銀行以外の銀行は自己資本比率4%達成しないといけないとしたものである。
自己資本比率とは、貸出残高、保有する有価証券などの総資産に占める資本金や引当金などの内部資金の割合で、銀行の経営体力を示す指標。比率が高いほど経営健全性が高い。自己資本を分子に、貸し付けなどの危険資産を分母とする比率」で定義される。資産価格下落や不良債権の増加によって銀行の自己資本が減少すると、(分子の低下を通じて)自己資本比率が低下する。自己資本比率を維持するためには、分子である自己資本を回復させるか、分母を減らすかが必要になる。前者の自己資本の回復は、収益向上や増資によっても実現するが、限界がある。「危険資産」の大部分は貸出資産からなっているため、これはとりもなおさず貸し出しの抑制を意味した。いわゆる「貸し渋り」といわれる現象が全国的に見られる事態となったのである。
余談になるが金融庁と大手銀の「自己資本かさ上げ」をめぐる抜け道の知恵比べは熾烈を極めている。例えば大手銀は分母のリスク資産を圧縮する手段として企業向けの貸出債権を保険会社や地方銀行に売り、借り手企業への配慮から貸出債権を売る際に将来の買戻しを可能とする契約結んだり、貸出債権の焦げ付きリスクを他の金融機関に保証してもらう「クレジットデリバティブ」取引を自己資本対策で活用する例が増えており、金融庁はこれらについて厳格に査定する基準を検討している。
3、不良債権はなぜ減らない
①地価下落とデフレ
恒常的に継続する地価下落による担保不動産の価値の減少や、デフレで企業業績が長期にわたり低迷しているため、新規の不良債権が相次ぎ発生しているという悪循環に陥っている。
②問題企業の温存
不良ゼネコンなど不良債権資金の大口借り手であるこれらセクターの再編・構造改革がなされず、企業数、従業員とも過剰であり、これらの産業の多くは政府の規制や補助金、優遇的な予算措置を受けることが多く、これまで政府は大規模な公共投資や優遇政策を採ってきた。過去、幾度となく、景気下支えの名目で行われた公共投資という財政バラマキは、こうした産業の過剰さや構造的問題を未解決のまま温存し、経済資源の有効な再配分を妨げ、その結果として日本経済にとって必要な構造改革を遅らせたばかりでなく、旧来型の公共投資による景気刺激策で銀行と問題企業の腐れ縁の継続は、根本的な対策を先送りさせてきた。さらに加えて言えば、問題化した企業に対しては既に融資が行われているので、銀行は融資をストップして損切りするよりも、追加的に融資して少しでも利益が出ると考えれば、これまでの融資全体では赤字となったとしても再融資して損を少しでも取り戻した方が有利になるという旧共産圏で見られた「ソフトな予算制約」のメカニズムが働き、追い貸しや債権放棄により事実上破綻した企業の生命維持装置を外せないでいる。
③間接償却
不良債権が減らないもう一つの大きな理由が、不動産関連の不良債権の場合、地価が将来上昇すれば、担保価値が上がるので、銀行にとってはすぐ担保回収等の「直接償却」を回避し、貸倒引当金等を積んで、地価動向を見ながらその処理を考えるという「間接償却」を選択することを会計上の主体にしていることである。間接償却とは、融資が回収不能になることによって発生すると予想される損失をあらかじめ引当金として積んでおくやり方であり、現実には融資先企業は存続し、利払い等の返済がなくても融資は一応続くため、不良債権に該当することになる。
④ディスクロージャーの不徹底
ディスクロージャーの不徹底により、銀行、旧大蔵省、金融庁に対する不信感を増幅した。例えば流通大手のマイカルが破綻する2週間前、ある金融庁高官は永田町の政治家や経済産業省の官僚に向かって「マイカルは健全になります」と太鼓判を押していた。金融機関の不良債権額の公表は、恒常的に遅れ、民間シンクタンクやマスコミ報道による不良債権の推定値に比べて意図的と思われても仕方がない過小額を公表し続け、不信を招いてきた。
⑤政権交代と行政の不安定、
「この時期、政治家だけでなく、大蔵当局も不況対策がもたらす国債累増や社会保障会計などのマクロ政策指標の悪化に目を奪われ、金融構造面における不良債権問題の重大さを十分に認識していなかったといわざる得ない。その上、1993年から95年にかけて、政局が不安定となり、自民党と非自民党諸会派の間で大きな政争が起こった。そのため、金融問題に国民や政治の目が充分に行き届かず、また直接的には、政権担当者と金融当局の連携の悪さが政策過程の弱体化を引き起こした。」(総合研究開発機構編 「平成バブルの研究・下」)
⑥住専処理の挫折
95年12月に閣議で打ち出された住専処理策が翌年の国会で紛糾し、住専問題解決のための公的資金投入は、マスコミや国民に激しくバッシングされた。不良債権問題の本質を隠蔽したその処理は唐突で、国会の審議においても国民の十分な納得を到底得られるものでなかつた。以後、公的資金の投入による不良債権処理の根本的解決に腰が引けた大蔵省は当事者能力を喪失し、政権与党の政策能力の混迷が見られるようになった。不良債権問題の負の影響の大きさと解決に向けての国民への説明責任を放棄した時期が続いたためその後、公的資金投入が可能な状況が醸成されてもマスコミに過敏に対応して必要な処置が見送られてきた。
⑦同時並行的に起こっていたアジア経済危機の軽視
「欧米に目が行き過ぎていて、アジアに関する情報に不足はなかったか。この時期の日本政府の国際的情報収集能力については多くの疑問が出されている。特に、国内での金融取り付けの連鎖だけでなく、韓国を始めとした国際的な金融取り付け連鎖(邦銀の資金回収→韓国貸付先企業の経営悪化→邦銀の韓国企業債権の不良化)に対する認識が甘かったと思われる。それが、1997年末の金融危機における失政である。すなわち、この時点における政策として、もっと多くの大銀行を破綻認定をすることを通じて根本的に対処し、経済全体のリストラを実行するというオプションがありえたのではないか。このオプションには財政出勤や金利政策など大きなコストが伴ったであろうが、現実にとられた中途半端な対処のコストはより大きかったとの見方も可能である。」(総合研究開発機構編「平成バブルの研究・下」)
4、不良債権の実態
この問題に関しては、データが比較的新しく、ポイントが網羅され、分かりやすく書かれている第一生命経済研究所編「資産デフレで読み解く日本経済」から長くなるが引用する。
不良債権の実態について見てみよう。銀行が公表する不良債権には、全銀協が導入した「リスク管理債務」と、金融再生法に基づく「開示債権」という二つの国際基準の定義が存在する。どちらの定義に従っても、その金額はほぼ同じ水準になる。
リスク管理債権から見てみよう。全銀協が導入したリスク管理債権の定義は、米国で採用されている不良債権の定義にほぼ対応しており、現時点での最新データである2002年9月末時点では、全国銀行全体で39.2兆円のリスク管理債権が存在する。リスク管理債権は不良度の高いものから順に、破綻先債権、延滞先債権、三ヶ月以上延滞債権、貸出条件緩和債権の四つに分けられる。破綻先債権は貸出先が破綻していて回収が不可能な債権であり、延滞先債権は元本または利息の支払い遅延が継続しており、元本または利息の支払いの見込みがない債権
金融再生法に基づく資産査定の基準に当たる開示債権は、不良債権の開示を目的としており、債務者の状況に基づいて分類される。2002年9月末時点では、開示債権は全国銀行全体で40.0兆円となっている。借り手である債務者の区分に基づく定義としては、銀行が債務者をその財務内容に応じて、最も不良なものから健全なものまで、次のように分類している。すなわち、最も不良な債務者は破綻先債務者で、破産、清算、会社更生などの事由により経営破綻に陥っている債務者を指す、次に不良なものは実質破綻先債務者で、再建の見通しがない状態と認められるなど、実質的に経営破綻に陥っている債務者である。その次が破綻懸念先債務者で、経営破綻の状況にはないが経営難の状態にあり、今後経営破綻に陥る可能性が大きいと認められる債務者である。最後が要注意先債務者で、元本返済もしくは利子返済が事実上延滞しているなど債務の履行状況に問題があり、今後の管理に注意を要する債務者である。この要注意先債務者のうち「三ヶ月以上延滞」か「貸出条件緩和」のいずれかの債権を抱える債務者を「要管理先債務者」という。以上の債務者以外は正常先債務者で、財務内容にも特段の問題がないと認められる債務者がある。このため、先に定義したリスク管理債権とほぼ同じ債権に分類されるものは、「要管理先債務者以下の債務者に対する債権」ということになる。
日本経済新聞掲載の金融庁発表の2003年3月末の民間金融機関の不良債権の最新の状況について見ると
「金融庁がまとめた2003年3月末の民間金融機関の不良債権の状況が明らかになった。銀行から信用組合まで合計した不良債権残高は44兆5千億円で前年同月を7兆9千億円下回り、3年ぶりに減少した。金融再生プログラムに沿って大手銀行が処理を加速したのが主因だが、地域金融機関はほぼ横ばいにとどまった。今回の不良債権残高は金融再生法の開示基準に沿って集計した。業態別では大手銀行が前年同月に比べ7兆7千億円減った。これに対し地銀、第二地銀を合計した「地域銀行」は同2千億円、信用金庫、信用組合は同1千億円しか減らなかった。地域金融機関は金融再生プログラムの対象から外れており、景気悪化で地域経済を支える中小企業向けの不良債権化が増えたことから不良債権額が高止まりした。」(日経2003.08.01)
上記から大手銀行の不良債権処理はある程度進んでいるが、地域金融機関の不良債権処理は殆ど手付かずの状態であることが窺える。大手銀行はこの数年間で、償却や引き当て、あるいはバルクセールなど対応を進めてきた。残りの不良債権について、特別保証あるいは担保付きなどの部分を控除すると、最終処理が終わっていない不良債権はかなり縮小し、全体としてはある程度対応が進んだのかもしれない。
しかし銀行が不良債権の処理、自己資本比率の確保と身の丈不相応の無理を強いられ、なかには経営難に陥るケースが出てくる可能性は低くない。実際、新たなグレードダウンの発生、例えばその他要注意先から要管理先・破たん懸念先等へと悪化する事例が続いている。不良債権処理の加速は地価の一層の下落を起こし、失業者、倒産を増加させデフレ圧力を強めるため、この先、不良債権処理が順調に進むと考えるのは楽観に過ぎる。
B、不良債権処理
1、不良債権処理はやるべきなのか
既定の路線のように国民の頭にインプットされてしまった不良債権処理であるが、デフレ下で不良債権処理処理を強行することにより、国内の経済にもたらす様々な悪影響を考えると、不良債権処理を行うことへの批判的意見も多い。批判派の代表的論点を紹介する。
経済評論家内橋克人は、日本資本主義は、アジア的クローニー資本主義の色彩を色濃く帯びている一面と、もう一方でGDP(国内総生産)世界第2位、きわめて高度化した資本主義社会であるという2面性を持つという問題意識から所謂、構造改革重視派が進める不良債権処理という過剰市場主義は、市場の暴力の前に、個人を引き出す、ということになるのではないか。アジア的後発性の克服のためには、透明にして公正な市場ルールが必要だが、ただそれだけで日本資本主義のもつ2面性を超克できるのか、という疑問を提起をする。
「巨大多国籍企業とか、グローバリズムに対応できるだけの十分な力をもった巨大な日本の資本と、地域社会とともに生きてきた、いわゆる「なりわい」(生業)とか「いとなみ」(営為)など、また長い歴史の地場産業、中小企業などが、剥き出しの競争を強いられることになる心配はないか。大と小とが、同じ土俵の上で戦う市場主義の加速は、凄まじい高度失業社会、格差拡大社会をもたらす恐れはないのか。」
つまり、不良債権処理は日本社会に失業と貧富の格差拡大だけをもたらすだけで不良債権を処理することは本来、不可能であると主張する。
「日本全体で1000兆円がパーになった、それをだれかに押しつけるというのが、不良債権処理です。税金投入で国民全体に分けようが、銀行に押し付けようが、他の債権者に押し付けようが、会社を潰してそこで働いていた人たちを解雇しようが、失った資金は戻らない。だから、不良債権処理は不可能で、不良債権処理をすれば景気も回復するというのも大ウソです。ババ抜きのババを他の人に回すだけで、なぜ景気が回復するのか。本当の不良債権処理とは何か。失った1000兆円を戻すことです。これしかない。戻すためにはどうするかといえば、働いていない人たちや、業績が悪くなった企業に仕事を与えることです。雇用創出に必要な財源のためには増税をすべきで、そのカネを失業手当や失業保険などに回すのではなく、反対にそのカネを使って仕事を使って仕事をつくって雇えばいい。」
(内橋克人著「誰のための改革か」)
立教大学教授山口義行は、不良債権処理が必要と主張される諸要因を彼の著書「誰のための金融再生か」でロジカルに消去していく。
不良債権処理が必要な理由として一般に「不良債権とは銀行が貸した金が焦げ付いて回収できなくなったことである。貸した金が戻ってこなくては新規の貸し出しができなくなる。だから少しでも速く不良債権の処理を進めて、そんな状態を早く解消しなければならない。」と説明されている。山口義行はこの説明は誤っていると指摘する。
「この説明は明らかに2重の意味で間違っている。その一つは銀行が貸し出しを増やせない理由を資金不足の問題として捉えている点である。そこで前提とされる論点は①戻ってくるはずのお金が戻ってこない②だから、新規の貸し出しをしようとしても銀行に資金がない。③そのために貸し出しを増やせない。というものである。
しかし本当におカネが足りなくて貸せないのであれば日銀が銀行に向けてジャブジャブ資金を供給しているから、それに応じて銀行の貸し出しも増加してきて良いはずである。そうならないのは、貸し出しを増やせない理由が少なくとも資金の不足にあるわけでない。今ひとつの誤りはこの説明ではなぜ不良債権処理を急ぐ必要があるのか、その答えが分からないという点である。不良債権を処理するということは、回収をあきらめてその貸し出し債権を銀行の帳簿から消し去る(償却)ことである。したがつて、不良債権を処理したからといって、銀行の手持ちの資金が1銭たりとも増えるわけでない。貸した金はいずれにしても戻ってこないのである。一体何のために不良債権処理を急げと言っているのかこの説明から見えてこない。」
また不良債権処理は「産業高度化推進論」の立場からその必要性が強調される。山口義行は、さらにこの論点にも批判を加える。
「不良債権を経営資源移動の「障害物」ととらえ、不良債権処理はその「障害物」を取り除くことによって産業の高度化を実現することにほかならないのだとする考えは竹中氏により繰り返し協調され、いつの間にか「常識」になつてしまっている。しかし、バブル期に生み出された過大な債務が、バブル崩壊後の重荷になるのは言ってみれば当たり前のことであって、そらはある産業が他の産業に比べ「非効率」であったり「低収益」であったりという産業間の格差の問題でとらえ、不良債権を処理すればあたかも自然に、より「効率的」な分野に経営資源の移動がおきて問題解決がなされるように言うのはあまりにも無責任である。かりに、不良債権処理によってそうした経営資源の移動が起きるというのであれば、その際、移動先として想定されている「効率的産業」がどういう分野なのか具体的に示してもらいたいものである。そして仮にそういうものがすでに存在しているとして、そこへの経営資源の移動が不良債権の存在によって阻害されているだけなのだとすれば、そいう分野で現在、なぜ経営資源の不足が表面化していないのかも説明する義務がある。」
批判派に対する不良債権処理推進派といえば「金融再生プログラムの工程表」を作成した竹中金融経済財政担当大臣と竹中メンバーのなかでもハードランニング派と言われる経営コンサルティング会社KFi代表の木村剛が名を馳せた。強行派の立場を取る両者の見解を紹介する。
平成14年9月30日の竹中金融・財政担当大臣記者会見記録から竹中の発言を一部引用すると
「不良債権処理を進めるとデフレ圧力が強まるという議論は良くなされます。確かにその可能性はやり方によってはあるのだと思います。しかしながら、例えばスエーデンの例など見て、デフレ圧力がその不良債権処理そのものによって急激に高まったわけではないというような事例があるというふうに認識しています。それは不良債権処理が進んで、資源の有効活用は進む、ないしは将来に対して期待が開けていくと、別に経済を引き上げる側面も出てくるわけですから、そこは決して不良債権の処理、即デフレの加速というような単純な議論は私は間違いであると思います」と答えている。
不良債権処理は、その「障害物」を取り除くことによって産業の高度化を実現することにほかならないのだとする考えが述べられているが、私見としてこの答弁を読む限りにおいてデフレ圧力に対する認識が甘いと思うがこの点は後述する。
木村剛はその著書「竹中プランのすべて 金融再生プログラムの真実」で不良債権問題について
「-なぜ「金融再生プログラム」を、いまのタイミングで実施しなければならないのか、抜本的不良債権というのは本当に必要なのかー不良債権というのは簡単に言えば銀行が貸し出しているお金がたくさん焦げ付いてしまって大変だ!という問題です。そのことがなぜ大変な問題かというと、不良債権によって銀行の財務内容が悪化して、銀行経営のやり方が歪んでしまうと世の中のお金のまわりが悪くなるんですね。おカネというモノは経済を円滑に動かすための血液ですから、血の巡りが悪くなると、経済全体の動きが停滞してしまいます。話題になっているデフレなどという経済現象も不良債権問題が背景になっている側面が否定できません。(中略)世の中のおカネの巡りが悪くて、経済の低迷を長引かせてしまうと、株価も下がるし、金利も低くなる。それが、年金基金や保険会社の運用結果を悪化させてしまうのです。中小企業に対する貸し渋りや貸し剥がしが社会問題になっていますけど、これも結局は、銀行が必要な企業におカネを貸すという役割をきちんと果たせなくなったために起こっている経済現象ですね。こうした日本経済の閉塞感を打破するためには不良債権問題の解決が不可欠なんです」と不良債権処理の必要性を強調している。
2、金融再生プログラムの工程表
2002年10月、竹中金融経済財政担当大臣は不良債権処理加速策のスケジュール、いわゆる「金融再生プログラムの工程表」を公表した。その目的は主要行の不良債権問題解決を通じた経済再生であり、プログラムは、①資産査定の厳格化、②自己資本の充実、③ガバナンスの強化を主要な柱とし、平成16年度には主要行の不良債権比率を現状の半分程度に低下するとした。
工程表には金融監視チームを年内に発足させ、公的資金注入の新法検討や金融機関の事業計画を監視するタスクフォースの創設などを盛り込んだ。竹中チームのメンバーで「ハードランニング・強硬派」として金融界に警戒感が強かった経営コンサルティング会社KFi代表の木村剛氏は同タスクフォースからは外れ、金融審議会(首相の諮問機関)に新設される「自己資本比率規制」と「リレーションシップバンキング」に関する作業部会に参加することが決まった。
「再建計画検証チーム」は、銀行の貸出先の再建計画を厳しく検証するほか、財務諸表の正確性を経営者に宣言させるなどし、銀行への監視を強めた。さらに大口貸出先の格付けも統一し、査定の甘い銀行に対しては引当金の積み増しを促す一方で、3月期決算から、DCF法的手法による個別貸倒引当の本格的な導入で査定を厳格化する。
金融再生プログラムに盛り込まれた施策が厳格に運用されると主要行の多くが自己資本不足に陥り、公的資金追加注入等によって実質的に国有化される可能性があるため、金融機関に激震が走った。このような厳しい内容のプログラムが策定されたのは、銀行と金融庁に対する根強い不信感と苛立ちであり、いつまでも金融システム不安が解消されていないためといえる。
竹中メンバーの中で強硬派と呼ばれる木村剛はその著書「竹中プランのすべて」の序文でその心情を「2002年10月は生涯忘れられない1日になるだろう。本当に疾風怒涛の1ヶ月だった。すさまじいバッシングや卑劣な個人攻撃を浴び続ける中で、私は金融分野緊急対応戦略プロジエクトチームのメンバーとして、10月3日から11月5日まで計9回の会合に参加し、あらゆる論点にわたって激しく熱い検討をし尽くした。」と書いている。
プログラムの個別の内容としては、主要行の財務内容からその存亡まで大きく左右するものとして特に注目される「DCF法的手法による資産査定」、「繰延税金資産の取扱い」、「公的資金投入」であり、中小企業の経営環境の悪化に配慮した「中小企業貸出に対する十分な配慮」がある。以下にその内容を紹介する。
■資産査定の厳格化
資産査定で重要なのは要管理先の大口債務者についてのDCF法的手法による個別貸倒引当の本格的な導入である。詳しくは、日本公認会計士協会が「銀行等金融機関において貸倒引当金の計上方法としてキャッシュ・フロー見積法(DCF法)が採用されている場合の監査上の留意事項」という資料を公表している。
DCF法的手法では分子である「将来のキャッシュフロー」の予測額と分母となる「割引率たる金利」の査定次第で資産査定額は大きく変動する。割引率の設定については、JICPA草案は、会計制度委員会報告第14号「金融商品会計に関する実務指針」により発生当初の約定利子率または取得当初の実効利子率としているが、再建計画のキャッシュフローを厳格に検証する検証チームによる将来予測がシビアになるとDCF法では資産の割引現在価値が低下することになる。つまり「DCF法的手法の採用+再建計画の厳格な検証」がセットとなって実務が処理されるだろう。
金融庁が2002年12月26日に公表した金融検査マニュアル改訂の原案においては、DCF法の適用対象は要管理先の約6割を占め、債権額100億円以上の大口債務者に絞られる。各行は2003年3月期決算でDCF法的手法を採用した。
■繰延税金資産の取扱い
繰り延べ税金資産とは「銀行が貸し倒れに備えて引当金を費用計上する際、税務上は損金として扱われない。このため、いったん法人税を多めに払い、融資先の破綻などで実際に回収不能になった時点で払いすぎた税金を還付してもらうが、会計処理上は、将来戻ると見込まれる税金をあらかじめ繰り延べ税金資産として資産計上し、同額を自己資本に算入できる。大手銀行は向こう5年間の納税見込み額の合計まで算入が認められているが、資金の裏づけのない資本だけに、過大だと健全性を損なうという指摘がある」(日経2003.07.29)
プログラムでは、繰延税金資産の取扱いについて、「将来時点の課税所得を見積もることが非常に難しいことを理解した上で、外部監査人に厳正な監査を求めるとともに、主要行の繰延税金資産が厳正に計上されているかを厳しく検査する」としている。
「繰延税金資産の取扱い」は、永田町を巻き込み銀行が強く反発した。大手銀の中核的自己資本に占める繰り延べ税金資産の割合は、2002年3月末で47・2%に達しており、中核的自己資本から繰延税金資産と公的資金を差し引いた数値は、複数の銀行グループでマイナスとなる。このような状況で、既存の繰延税金資産の資産性が否認され取り崩されることとなった場合、主要行の自己資本に与える影響は計り知れない。また竹中経財・金融相の当初案通り、自己資本への算入限度を米国並みの10%とすれば、4大銀行グループの自己資本比率はすべて、国際業務を行う銀行の最低基準である8%を下回ると言われている。
繰り延べ税金資産の厳格化による公的資金の注入申請が現実になった。大手金融グループ・りそなホールディングスの中核銀行りそな銀行は、5月30日、2003年3月期決算で自己資本比率が2.07%まで急低下したため、預金保険法102条に基づき政府に1兆9600億円の公的資金注入を申請した。大手銀行は向こう5年間の納税見込み額の合計までが算入上限とされているが、りそなの監査法人である新日本監査法人はこれを3年分に短縮する考えを示したとされる。メガバンクはりそなが繰り延べ税金資産の取り崩しを迫られた理由を聞き、危機感を深めている。監査法人がりそなに対して減額要請したのは、向こう5年間の収益計画が不確実で納税見込み額を引き下げざるを得ないと判断したためだが、これはりそなだけの問題ではないからだ。
3月期決算でりそなの二の舞になるのを避けるため、繰り延べ税金資金を大幅に圧縮している。しかし、これから先、収益が確保できなければ、繰り延べ税金資金はさらに取り崩され、自己資本比率が国際基準の8%を割り、破綻する恐れもある。そうなれば、政府は公的資金注入に動くだろう。抜本的な収益構造の改善に取り組まなければ、第二のりそなとなる可能性がある。
大手銀行は、繰延税金資産の取扱いも長期的には規制強化の流れは変わらないという見通しの下、「9月中間期決算も自主的に算入額を圧縮する動きが強まる見通しだ。
■公的資金投入 プログラムでは、個別金融機関が経営難や資本不足もしくはそれに類似した状況に陥った場合等には、金融庁は、日本銀行に特別融資等必要な措置を要請し、一体となって万全の危機管理体制を整備する。また必要に応じて現行の預金保険法に基づき、速やかに所要の公的資金を投入するなどの「特別支援」を行うとされている。
つまり経営危機に陥る銀行があれば、潰さないように流動性を大きくし供給し、必要なら資本も提供し、政府と日銀が一体でサポートし、金融危機を起こさないように万全の対応をすることを強調している。資産査定の厳格化等によってメガバンクの自己資本比率が規制上の最低ラインを下回れば、プログラムの通りの公的資金の追加注入等、政府のサポートが実施されるだろう。
「特別支援」の対象となった金融機関(「特別支援金融機関」)の取締役会や経営会議などに、検査官を陪席させ、銀行経営上の重要事項の決定プロセスをモニタリングさせる。
「特別支援金融機関」における経営改革「特別支援金融機関」においては、経営を改革し、早期健全化を行う。経営陣を刷新し、経営者責任を厳しく求める。
「特別支援」を受けることとなった金融機関においては、「新勘定」と「再生勘定」に管理会計上分離し、適切に管理する。これは経営責任の明確化のための徹底したデューデリジエンスをすることを意味している。「新勘定」、「再生勘定」などの表現は関係者でないと分かりにくいが、下記のような趣旨である。
「現在の企業の状態を洗いざらい調べて経営責任を明確にする。ここからここまでは前の社長の責任でここから以降は自分の責任だという明確な線引きをしないと本当の意味で経営責任が果たせない。だから徹底したデューデリジエンスが必要なんです。」(木村剛著「竹中プランのすべて」)
■中小企業貸出に対する十分な配慮
木村剛は著書「竹中プランのすべて」で
「商業銀行にとって、儲かるお客様は個人と中小企業しかいない。大企業は社債やコマーシャルペーパーを発行することで資金を安く調達できるので、大企業取引はあまり儲からない。個人と中小企業は社債やコマーシャルペーパーを発行することができないので銀行から高い金利で資金を調達するしかない。さらに言うと大企業向けの向けの貸出金利を引き上げるのは銀行にとって究極の自己資本比率規制対策になる。貸出金利を2~3%上げたら多くの大企業は資本市場に行くので自然な形で大企業向け貸し出しがなくなっていく。もしも大企業向け貸し出しがポートフォリオの3割あったとすれば、10%の自己資本比率は約14%に跳ね上がる。主要行がまずやらなければならないことはリスク最大でリターン最小の問題企業に対する貸出金利を上げて、払えなくしてサヨナラする。まずは損失を垂れ流すブラックホールの穴を埋める。次にやるのは大企業とサヨナラ覚悟で金利を上げる。余ったお金をリスクに見合った貸出金利で中小企業向け貸し出しにまわす。これが正しい経営戦略である。」(原文を筆者が一部要約)
と書いているように今までの主要行の中小企業軽視は戦略的合理性に欠けていた。その意味での啓蒙と不良債権処理のプロセスで発生する貸し剥がしなど中小企業の金融環境が著しく悪化することのないようセーフティネットを講じたといえる。
具体的にはかなり踏み込んだ対応策を盛り込んでいるが、実効性については金融庁が中小企業とメガバンクどちらを向いた対応するかにかかっている。
中小企業の資金ニーズに応えられるだけの経営能力と行動力を具備した新しい貸し手の参入については、銀行免許認可の迅速化や中小企業貸出信託会社(Jローン)の設置推進、実態に合わせて中小企業の再生をサポートできるよう、信託機能やデット・エクィティ・スワップ等の活用など、金融上の仕組みの整備の検討。
健全化計画における中小企業貸出計画に関する重度の未達先に対しては、原則として業務改善命令を発出し、軽度の未達先に対しては、即時に改善策の報告を徴求する。
さらに中小企業の実態を反映した的確な検査等を確保する。また、借り手企業に対し、金融検査マニュアル別冊(中小企業融資編)の趣旨・内容を周知徹底する。
金融機関による不当な「貸し剥がし」等が発生しないように、モニタリング体制を強化するほか、必要な場合には効果的な検査を実施する。「貸し渋り・貸し剥がしホットライン」の創設などや、「貸し渋り・貸し剥がし検査」の実施し、貸し渋り・貸し剥がしホットラインによって通報された内容を吟味した結果、重大な問題があると判断される場合には、その金融機関に対して報告を徴求するほか、必要があれば検査を実施し、適切な行政処分を行う。
3、不良債権ビジネス
不良債権処理を迅速に進め、国民負担となる2次ロスなどを抑制しようとすれば、不良債権市場が整備され、外資や国内の不良債権に関係するファンド、サービサーをはじめ官製のRCC,産業再生機構などの各プレイヤーが連携し、情報を共有して活躍することが不可欠である。金融システム全体の中で事業再生ファンドは金融工学などの専門知識を保有する組織として位置づけられるため、事業再生が金融システム全体の専門化に基づく分業を組成し、経済全体のおカネの流れがより効率化されるため、不良債権処理のソフトランディングも可能になる。以下で最近の不良債権ビジネス事情を紹介する。
■外資、国内ファンドなど
政府による不良債権処理という至上命題は不良債権にまつわるビジネスを拡大させ、最近は、海外勢、国内勢が入り乱れまさに百花繚乱の感がある。外資系企業やファンドだけでなく、国内企業やファンドの参入も相次ぎ、多様な形態のファンドが存在している。
「大別すると、不良債権に投資して儲けを分配しますよ、というのが不良債権ファンドであり、投資対象を不動産としているのが不動産ファンドだ。ファンド運用会社が所属している金融グループは、法的に金融機関から債権を買って回収するビジネスが認められるサービサーを持つことが多い。実際の買い手(胴元)であるファンドは、買い取った不良債権から主に不動産を手に入れるのを目的としているが、サービサーがいると面倒な法律への配慮がいらなくなる。また、ファンド(各SPC)に入れた不動産が生み出す賃料収入の回収や投資家への分配などの業務をサービサーへ委託することもできる」(和田勉著「企業再生ファンド」)
そして、これらのファンドはまず「デューデリジエンス」といわれる債権の詳細調査を行い買い取りした不良債権の回収・回収代行を通常サービサーが行う。さらに買収企業を再建して企業価値を高め、転売や株式上場によって利益を得る再生ビジネス等まで及ぶ。
97年12月に東京三菱銀行が不良債権を売却したことが、日本におけるまとまった不良債権売却の始まりと言われている。北海道拓殖銀行や山一證券の破綻など、金融界が騒然とするなかで外資系は投げ売りされた物件をタダ同然の値段で買い集めた。買い手として登場したのは米穀物商社最大手カーギルの金融子会社、ローンスター、ゴールドマン・サックスなどだった。
日本に進出したバーチャル(ハゲタカ)・ファンドは国内金融機関が抱える不良債権を簿価で約20兆円を3兆円でバルクセールなどで買い叩き、約1兆円を荒稼ぎしたと言われている。投資利益率15%を確保し、2ー5年の短期で売却した。
日本国内の不良債権がらみの主要な不動産ファンドを見てみると、金融機関の不良債権処理や企業の資産リストラが本格化し、不動産投資事業を手がけるダビンチ、パシフィック、レーサムリサーチ、クリードなど新興企業にとって物件を取得しやすい環境が続いている。2006年3月期に固定資産の減損会計が導入予定であるため前倒しで企業が保有不動産を売却しているのも追い風になっている。パシフィックは企業再生関連のコンサルテイング事業を強化した。クリードは不良債権の担保不動産、競売不動産を専門に大手企業が敬遠する問題不動産の錯綜した権利関係を整理したり、物件を補修したりで運用成績を高めた。2001年末に不良債権処理をターゲットとした事業再生コンサルテイング事業を行う子会社クリードコーポレートアドバイザリーを設立し、不良債権ビジネスを行っているが、同社として初の個人富裕層向けのファンドを設定するなど事業領域を拡大している。レーサムリサーチはサービサー子会社を持ち、不良債権から取り出した不動産の再生や自ら不動産を仕入れて個人投資家等に販売している。
いままで不動産狙いが主だった不良債権ビジネスが、2002年に大きく変身し始めた。外資系ファンド、国内資本のサービサー、RCCと入り乱れて新しい不良債権ビジネスが生まれたのだ。それは、企業、あるいはその一部である事業の再生・再建だ。(和田勉著「企業再生ファンド」)
これまでの再生ビジネスは外資により不良債権ビジネスの一環として行われてきた。これは、プライベイト・エクイティ・ファンドと呼ばれ、機関投資家や資産家から集めた資金で企業を買収し、再建して企業価値を高め、転売や株式上場によって利益を得る。日本で有名なのは99
年に日本長期信用銀行を、2001
年に日本コロンビアやシーガイヤを買収したリップルウッドや日本債券信用銀行を買収したサーベラス、東京相和銀行や目黒雅叙園を買収、今年春には新たに約5300億円の企業再生ファンドつくり、全国にゴルフ場、ホテルを展開する不動産会社「地産」の支援企業に決定したローンスターがある。
不良債権ビジネスの最近の状況について和田勉著「企業再生ファンド」に登場するケネディウイルソンジャパンの本間社長が語るところによれば
「不良債権処理が一段落して、破綻懸念先・実質破綻先のところに変わってきている。本当の意味の不良債権とは、会社更生法の適用など法的整理の対象となった破綻先区分のことだ。「依然として対象となるのは、破綻先に近いものが多いんですけども、一方で、銀行が破綻懸念先のほうの処理を少しずつ始めているんです。(その結果)、量的には一時的に、ちょっとしぼんでいるかもしれない。会社更正法など法的整理になった企業向けの債権(過去の発生分)については、銀行はさっさと売却して大体の処理を終えた。その次に、破綻予備軍を処理する段になると、銀行は少しずつしか処理できなくなってしまった。同じ借り手企業に何行もの銀行が貸しているので、他の銀行の動きを見る必要が生じたからだ。対象の企業はまだ倒産していないので、どこかの銀行が、経営改善策に協力するなり、法的整理の決断を促すなり、面倒を見なくてはいけない。最終的には、面倒を見る役割は最大の貸し手である銀行が果たすことになるのだが、そこまでの過程で、どこそこの銀行だけ逃げ出した、と非難されたくないので、早くは逃げられない。また、自分だけ債権を回収し損ねるのも損だ。そこで横にらみで、銀行は自分たちの行動を縛りあっていた。そうして破綻予備軍向け不良債権の処理は少しずつしか進まない。」
このような膠着状態も後述するが銀行間の調整役である産業再生機構が順調に機能し出せば進展が期待できる。
■RCC(整理回収機構)
破綻金融機関のの受け皿になることと不良債権処理の加速を促す目的のために預金保険機構が全額出資して設立した株式会社で、1999年4月に「住宅金融債権管理機構」と「整理回収銀行」が合併してできた。
信託業務機能を加えて証券化を活発にしたり、買い取った債権の当該企業の再生機能の強化を盛り込んでいる。
弁護士、公認会計士などで構成する「企業再生検討委員会」を設置。 再生が決まった企業には、同機構が債権放棄、支援先企業への企業合併・買収(M&A)の仲介などをする。
時価買い取りの定義は、曖昧、抽象的であるが、要約すると債務者の状況から判断して一定期間のキャッシュフローからの弁済が見込まれる債権については、一般に時価を算出する際に行なわれている手法と同様に、将来期待されるキャッシュフローを予測し、その総額の内弁済充当相当額を一定の割引率を用いて現在価値に割り戻す手法(ディスカウンテッド・キャッシュ・フロー法=以下「DCF法」という)により価格算定を行なう。
つまり金融庁は賃料収入などキャッシュフロー(現金収支)をもとに適正な価格を導く収益還元法を導入する方針。債権流動化市場で普及しているというのが理由だが、将来見通しを織り込んだ予測利用価値判断は高度なノウハウを要する。
これまでの価格算定方法は先ず、不良債権の不動産担保を不動産鑑定士が評価。これを40%引き、さらに暴力団関係者が不法占拠した土地などは最大35%引く。債権1件ごとに損失が発生しないようにして、国民負担を回避する狙いがあった。
しかし、木村剛氏によると、このRCCの「時価買取」はモラルハザードを起こす可能性が高いらしい。
「実際にRCCが不良債権を2次ロスが出ないような低い値段で買っていた頃は、買い取り価格が債権元本の3.7%に過ぎませんでした。(99年4月~01年12月)そのときは回収目的の不良債権を買っていたので低かったのです。ところが「時価」という怪しい価格で買うようになってから買い取り価格は11.4%に跳ね上がりました。そのうち再生可能性のない先の買い取り価格は、債権元本の10.5%なんですね。なんと6.8%も上昇している。(中略)RCCは「時価」を超える値段で買い取っているため、買い取った時点ですでにロスを発生させているのです。要するに含み損を抱えた債権を銀行の言い値で買っている場合が少なくないのです。(中略)しかしその事実は深刻な問題をもたらします。含み損の発覚を恐れて、RCCは貸し出し債権を決して売ろうとしないのです。2次ロスを出さない、というキレイゴトの下で、含み損を隠し続けるという最悪の戦略を選択してしまうわけです。」(木村剛著「竹中プランのすべて」)
和田勉著「企業再生ファンド」にはRCCの買い取り価格が時価より高いという指摘はないようだ。「RCCの価格査定も、外資系投資会社と似たような計算法を使っているわけで、とりたててRCCの値付けが安く買うことにバイアスがかかつているように見えない。しかもRCCは値付けを親組織である預金保険機構のの買取審査会にチエックされることになっている。さらに(形だけだろうが)内閣総理大臣の承認を経ることになっている。(中略)RCCの買っている値段、つまり銀行簿価の12%程度というのは、外資系投資会社の買っている値段と同じぐらいだということだ。」(和田勉著「企業再生ファンド」)
金融再生プログラムに「RCCは、自らが保有する大量の貸出債権を対象ポートフォリオとした証券化の機能を強化し、実際に資産担保証券の売却を進める努力を継続する。」という表現があるがこれは木村剛によるとRCCがモデルにした米国RTCの場合、証券化という金融技術を活用しているが日本もこの手法を取り入れた。つまり「米国RTCは、不良債権を買い集めると、その集合債権を一つのパッケージにしたわけです。そして証券化という金融技術を活用して、「シニア」という信用力の高い部分と、「エクイティ」」という信用力に劣る部分に分けたのです。この仕組みでは、不良債権の回収に失敗して損失が確定した場合は「エクイティ」」の方から損失を負担してもらうことになります。この「エクイティ」」部分で吸収できる限り、「シニア」の部分は損失を被らなくてよいわけです。(中略)こういう形で、不良債権の塊を安全な部分と危険な部分とに分けますと、不良債権そのものでは買い手がなくても、不良債権を証券化して安全な部分になった「シニア」については買い手が出てくるわけです。要するに「証券化」という金融技術を使えば、彼らの言う「2次ロス」をだすことなく売っていくことが無理なくできるのです。ただし危険な部分の「エクイティ」」についてはほとんどタダに近い値段で叩き売られることになります。表面上はとてつもなく大きな「2次ロス」が出ます。それについては事情を知らない人々から厳しい批判が寄せられるかも分かりません。」
木村剛氏に言わせると、RCCにはとにかく「売りなさい」といい続けないと塩漬けにしてしまう仕組みが出来上がっているということだ。そうなるとその負担は国民の税金にかかってくる。
■産業再生機構
産業再生機構は5月8日、業務を開始し、役員などの陣容を決定した。野村證券元副社長の斉藤淳氏の社長をはじめ米大手投資会社リップルウッドの出身で、宮崎県のリゾート施設「シーガイア」を運営するフェニックスリゾートの前代表取締役、中村彰利氏を常務に迎え、またコンプライアンス(法令遵守)部署には東京地検から検事を出向させる。首脳陣はすでに大手行と不振企業再生に向けた協議を始めており、同機構による債権買い取りの第一号が注目される。 役職員は産業再生委員(取締役)7人を含め計77人。投資ファンド、サーべラスジャパン常務執行役員の渡辺美衡氏ら複数のファンド経営者が取締役に就任。顧問には、大成火災海上保険の更正管財人を務めた下河辺和彦氏が就任した。「毎日新聞05.08」
機構の実働部隊は富山和彦最高執行責任者(COO)の下で働く約60人のマネージャー、アソシエイトと呼ばれる実務家だ。公募で集めた約30人のマネジャーは外資系投資ファンドや弁護士、公認会計士、外資系証券会社など外資と士(サムライ)が多い。旧日本債権信用銀行や旧日本長期信用銀行など破綻金融機関出身者もおり、その多くは30代である。
産業再生機構は10兆円の資金枠を使つて、非主力銀行から大手企業向けの不良債権を買い取り、主力銀行とともに再建を進める。その際に産業再生法に基づく優遇措置を活用する。不良債権の買取にあたっては企業がまず有用な経営資源を有する企業でなければならない。そして3年間の再建計画を所轄官庁に提出し、産業再生法の認定を受けることを前提とする。結果、再建困難とみなせばRCC送りとなり法的整理コースで処理される。再生可能と判定されればメインバンクは支援を継続、非メインバンクは産業再生機構に債権を売却する。他企業との再編や債権放棄などで再生を図る。
買い取り価格は「再生計画を勘案した適正な時価」という微妙な言い回しになっているため、企業収益力の上昇シナリオに基づいたDCF法の価格でRCCの買い取り価格より高めではないかという見方もある。2003年4月10日の日本経済新聞社のインタビューで斉藤社長は「価格は市場が決める」と強調、高木再生委員長は実質簿価より安い価格でも銀行は売ってくれるだろう」と述べている。また債権の買い取り価格の公表は、最終的な債権の売却後にすることを決め、売却価格については一切の公表を見合わせる。買い取り価格決定は不透明になるため国民に負担を強いる2次ロス発生の責任の所在が不明確になると思われる。
企業再生ファンドなどの関係者は新機構への期待を寄せている。産業再生機構は、再生可能と判定されればメインバンクは支援を継続、非メインバンクは産業再生機構に債権を売却する。他企業との再編や債権放棄などで再生を図る。つまりメインバンク以外の債権を買い集め集約するので、ファンドは機構とメインバンクだけを交渉相手にすればよく、効率性が高まるからだ。
さらに企業再生ファンドが何か案件を買おうとする検討する場合はデユーデリゼンスが必要になる。「会計士や専門家を大量に雇うわけだが、企業の規模にもよるが1億、難しい物件だと5億以上かかったりする。利益第一の企業再生ファンドにとっては馬鹿にならない金額です。そこでデユーデリゼンスをする前に吟味を重ねたり、躊躇したりする。その間、無為に時間が過ぎていくわけです。そこで仲人たる機構の出番になる。要はデユーデリゼンスの費用を、産業再生機構がとりあえず肩代わりして実施していまえばいい。後で買い取る企業が決めるときに、そのコストを勘案した上での売却価格を探ればよい。いずれにしても機構は1番高い値段をつけた人に売ればよいわけですから、まずデユーデリゼンスを実行してしまうことが重要です。これを企業再生ファンドの立場から見れば極めて有難い仲人の出現になります。(中略)機構が「私は宝物のありかを知っています」と宣言し、「宝物に連なる茨の道はこちらで切り拓きました」と説明する。そして宝物を見つけて取り出したら「ショーウィンドウに並べたので、是非買ってください」というコンセプトにすればおカネが余っていて日本企業を是非買いたいというヒトはいつせいに集まってきます。」(木村剛著「竹中プランのすべて」)
木村剛氏が語る産業再生機構が有する機能を聞くと機構の潜在力に対する期待が膨らむが、三菱総合研究所は、産業再生機構が積極的に活用された場合、つまり政府が債権の買い取り資金として用意した10兆円が完全に使われることを前提とすると、雇用維持による従業員の消費増や、設備投資の増加などの効果が生まれ、国内総生産(GDP)が2003年度から2010年度までの累積で約5兆4000億円、年平均では0.13%押し上げる効果があるとする試算結果を発表した。
しかし、機構をめぐり、政治的圧力がかかるのではないかとか、結局は塩漬け機関になるのではないかという懸念があることも指摘されている。例えば、管轄官庁は所管する業界の不振企業が再生機構に持ち込まれることに腰が引けてしまう。不振企業を安易に救済したくないという面と法案の中に盛り込まれた「不振企業の支援にあたっては関係閣僚の意見を聞く」と言う項目にある。政治家が関係省庁に規準に合わない案件を持ち込み再建できなかった場合の2次損失を懸念するからだ。
「産業再生機構は自民党の大票田であるゼネコンを救済する機関になるのではと懸念する向きも少なくない。再生できるかどうかを判断する際に政治的圧力がかかる可能性は否定できない」(「大銀行崩壊の危機」中村一成&金融問題取材班著)
産業再生機構としても大義名分のある企業再生を常に監視されるわけだが、産業再生機構は、7月22日実質債務超過に陥っている熊本県のバス会社、九州産業交通(熊本市)の支援対象企業の第一陣として再建を支援する方針を固めた。機構が九州産業交通に注目したのは、県民の足になっている公共性に加え、肥後銀行、鶴屋百貨店と並んで圏内有力企業御三家の一つに数えられる地域経済への貢献度である。主力事業の路線バスに一定の収益力が期待でき、大幅なリストラ(事業の再構築)をすれば再建は可能と判断した。
正式合意は8月になる見通し。九州産交については、主力取引銀行であるみずほ銀行が再生機構に支援を要請、再建策を巡り協議を進めてきた。再生機構は九州産交のバス事業が公共性が高く、旅行業など不採算部門を縮小すれば再建は可能と判断した。
産業再生機構の機能は金融機関や事業再生ファンドに対して補完性をもつことであり、より重要な役割は取引環境のお膳立てをすることに徹することである。
多くの取引を産業再生機構で行いマーケットを拡大することで、格付けやプライシングの適正化を促し、市場全体を活性化させるという面も考えられる。ただし、その際には産業再生機構内で債権を抱え込まず売り手として積極的に活動することが、市場活性化のためにも補完的機能を果たす上でも必要だろう。(東京大学 柳川 範之 日経経済教室 2003.07.08)
C、不良債権処理によるマクロ経済予測
1、マクロ経済への影響
不良債権処理がなされた場合の、マクロ経済に与える影響について2つの機関から出された試算がある。一つは日本経済新聞社の総合経済データバンク「NEEDS」の試算であり、もう一つは第一生命経済研究所の試算である。
まず「NEEDS」の試算(2003年1月1日日本経済新聞掲載分)を見てみると
「2002年3月期決算時の全国銀行ベースの不良債権残高はおよそ40兆円。このうち30兆円を3年間で最終処理(半分は貸倒引当金をを取り崩して充当し、残りを損失計上と仮定)するとGDPは3年目に0.4%程度押し下げられる。これは①資金の借り手である不採算企業の整理②貸し出しの回収や抑制強化でデフレ圧力が高まるためだ。借り手企業の倒産や経営合理化のための人員削減により、処理最終年には失業率が0.4ポイント上昇する。」
次に第一生命経済研究所の試算を見る。
「金融再生プログラムに従った不良債権処理に伴う痛みほどの程度になるだろうか。2002年9月末決算を基準にしよう。不良債権の処理はそれ自体が需要不足を引き起こすとともに、地価や物価の下落により不良債権額が膨らむことが分かった。また、金融再生プログラムでは処理対象の不良債権がそれまでの破綻懸念先以下から要管理先債券以下の範囲に拡大された。このため以下では、不良債権の危険度の違いによる痛みも区別し、破綻懸念先以下を優先的に処理した場合の痛みを試算した。
金融再生プログラムの求める不良債権処理ペースを達成するには、2002年度下期から2004年度末までの2年半で27.9兆円の不良債権をオフバランス化しなければならないことになる。そして、追加的な倒産は3.9万件、失業者は40万人発生(失業率を0.6%押し上げ)し、実質GDPは5.9兆円減少(実質GDPを1.1%押し下げ)することになる。産業再生機構が機能すれば、実際のデフレ圧力は緩和されようが、現状では効果の測定は困難である。従って、総合デフレ対策に沿った不良債権処理だけで6兆円程度の痛みを覚悟しなくてはならない。」(第一生命経済研究所「資産デフレで読み解く日本経済」)
現在、企業のおかれている状況は、過剰設備を抱え、保有資産の価格下落懸念も大きい。大都市圏の商業地価は二ケタの下落が続き、株価も若干回復したとはいうものの依然、下落不安が消えない。”期待デフレ”の大きさは、企業の金利負担感の増大をもたらす。名目長期金利から期待インフレ率を引いた期待実質金利はバブル期並み。この「高金利」では新規の事業投資をする意欲がある企業は殆どいない。さらにデフレに対して無策の政府・日銀への不信感は増幅し、デフレマインドは深まる一方だ。
「現在の日本経済は資産価格の下落から波及した資産デフレ圧力が、株価や地価の下落という「ストックの経路」と利益の減少という「フローの経路」を通じて、企業のバランスシートを悪化させている。このような環境の下で、企業が債務返済を優先し、前向きな資金需要が減り続けていることが景気低迷に拍車を掛けている。さらに、不良債権の最終処理は、企業破綻に伴う失業の発生、資産処分による資産価格の低下、銀行の自己資本減少による株価下落等、資産価格や物価の下落に拍車を掛ける大きな圧力となっている。このように、資産価格の下落が続く不良債権の処理を続けても、不良債権問題は解決しないどころか、一層痛みを強めるだけで、資金需要の回復にめどはつかない。金融機関の財務体質強化のみに焦点を絞った不良債権処理策は、問題解決にとっての必要十分条件を満たしておらず、不良債権問題を解決するためには資産価格と物価の下落を止めることがどうしても必要である。」(第一生命経済研究所「資産デフレで読み解く日本経済」)
2、中小企業と地域経済の破壊
不振3業種など不良債権問題を特定業種の大手企業に限定された問題と見る向きが多い。しかし、不良債権処理が進んでいくと日本経済の広範な裾野を占める中小企業に破壊的影響を与える。日本経済に占める中小企業の割合は非常に高く、従業員数の80.6%、事業所数の99.3%を占める。中小企業のダメージは、間違いなく国家的スケールの危機に陥る。
「不良債権問題は中小企業の問題ではなく、特定の大手企業の問題だとする意見が根強いのも事実だ。つまり、過剰債務を抱えた建設、不動産、流通などの一部の大手企業が、巨額の融資をしている大手銀行と運命共同になっており、銀行は必要な貸倒引当金を積んでいないため処理できず、そのことが、不良債権処理を阻んでいる根本問題だというのである。
詳細を検討するために、規模別では大中堅企業と中小企業、業種別では製造業と非製造業に4分類して、過剰借入の新規発生額を算出してみた。
全体の半分以上占める地価下落による新規発生分について見ると、地価下落により新規発生した過剰借入金の80%以上が非製造業で発生し、その約半分が中小企業で発生していることが分かる。これは、製造業に比べて非製造業の総資産に占める土地の比率が高いからだ。総資産に占める土地の比率規模別・業種別で見ると、製造業については大中堅企業が8.5% 、中小企業12.5%であるのに対し非製造業では大中堅企業が12.6% 、中小企業17.9%と相対的に高い。また、用途別の地価下落率が異なることも、非製造業の不良債権を増加させる要因になっているようだ。バブル崩壊以降の地価の用途別下落率を見ると、工業地に比べて商業地の下落幅が大きい。工業地の保有比率が高い製造業よりも、商業地の保有比率が高い非製造業がより地価下落のダメージを受けているのである。従って、地価下落は主に非製造業の財務諸表に及ぼす影響が大きいと言える。」(第一生命経済研究所「資産デフレで読み解く日本経済」)
竹中平蔵経済財政・金融担当相は、金融再生プログラムで、地域金融機関「中小・地域金融機関の不良債権処理について」は、主要行とは異なる特性があるため多面的な尺度から検討する」として不良債権の主要目標を主要行に限定した。
過剰債務を抱えた中小企業の不良債権処理を一挙に加速させることは、地域経済の根幹そのものを破壊することになるからだ。第二地銀、信用金庫、信用組合などの中小金融機関は中小企業と密接な関わりを持っている。しかし、構造改革という名の高度産業化推進論の一環として不良債権を抜本処理する過程で中小企業を避けては通れない。
「新年度入り後の金融庁検査に大手銀行関係者は青ざめた。従来の検査が大口融資先中心だったのに対して、中小企業向けの数千万円単位の小口融資まで個別に点検を始めたからだ。「中小企業は大企業以上に業績の悪化が著しく、担保が十分でない場合が多い」(大手銀行幹部)。大企業と同じ基準で検査のメスが入れば、不良債権の拡大が避けられないと警戒する。」(日経2003.05.29)
金融庁は、「大手とは別の議論が必要」として先送りしてきた地域金融の再生議論にも手をつけようとしている。地域金融機関の不良債権問題は一般的に言って大手銀行以上に深刻だ。
貸し出しに占める不良債権の比率は2002年3月期で大手銀行が8.4%なのに、第二地方銀行は9.0%、信用金庫や信用組合に至っては10%を上回った。大手銀行を下回った業態は7.7%の地方銀行だけだ。不良債権残高を帳簿から切り離す最終処理を進めれば不良債権比率は低下する。だが最終処理は貸出先との取引関係を断ち切ることを意味する。地域金融機関の融資先は大半が体力の弱い地域の中小・零細企業。地銀、第二地銀でも中小・零細の比率60~70%、信金・信組ならば100%になる。金融機関が取引を打ち切れば地域の経済に大きな影響が及びかねない。
しかも銀行は中小企業の経営者には包括の個人保証をさせる。さらに、親族にも連帯保証をさせる。さらに足りなければ第三者の保証まで求める。不良債権処理で生命維持装置を外された中小企業の経営者は自殺するか、夜逃げするしかない。事業に失敗した経営者はアメリカのように再起することが厳しい環境なのだ。
自己資本について言えば、不良債権処理に伴って前払いした税金(繰り延べ税資産)を自己資本に計上できる税務効果会計の見直しが、地域金融機関でも課題になる。大手銀行では繰り延べ税資産は中核的な自己資本の20%程度。地域金融機関はこの比率が相対的に高く、第二地銀は30%を超える。自己資本の大半が公的資金と繰り延べ税資産というところもあり、そういう金融機関は税効果による資本計上を制限した場合、即座に資本不足に陥る。地域金融機関を特別扱いすれば、政府の言う健全化は骨抜きになる。不良債権問題を2004年度に終結させるという政府がこの問題に関する対応を誤れば日本経済は間違いなく最悪の事態に突入する。
不良債権処理に成功しても、それだけでは日本経済は回復しない。日本経済はすでに底力がなくなっており、新産業の創出、知財国家への転換を急速に進め、国際競争力を高め、さらに総需要を拡大していかなければ衰退の下り坂を辿ることには変わりがない。
|
|