胡新体制のもと中国進出とリスク

1、胡錦濤新体制と日米関係

中国の全国人民代表大会は閉幕し、胡錦濤国家主席と温家宝首相を軸とする新体制が発足した。中国共産党は私営企業の入党を認め、階級政党から国民政党への移行途上とされるが、選挙を中央で実施するにはまだ時間がかかるだろう。

長女が米東部の大学に留学中の胡錦濤氏は、中国の名門清華大学をでたエリートで、イデオロギーにとらわれない実利重視路線の外交を展開すると見られている。

例えば台湾問題などで柔軟な外交姿勢を示す可能性が高いと言われ、経済建設のため米国との対立をさけ現実外交を前面に出すというのが大方の日米関係者の見方だ。日本に対しても第4世代で抗日の体験がないため、胡錦濤氏は、靖国参拝に見られる歴史カードより未来志向の外交を心がけるという期待が強い。

WTO加盟後の巨大マーケットをターゲットとした販売競争、そして世界規模生産拠点として日本企業の中国進出は当分続きそうだが、中国が抱える諸問題のリスクはこの国の高成長の足かせになる不安定要因となり、さらに進出企業のリスクに転じる可能性を孕んでいる。いずれ人民切り上げの国際的圧力は中国版「プラザ合意」に直面するだろう。

2、中国の不良債権問題

金融機関全体の70%のシェアを持つ国有4大商業銀行の抱える不良債権額は日本同様、よくわかつていない。02年4月末の不良債権比率は24.54%にのぼるといわれている。巨大債務を抱える国有企業は経済の基盤産業であり、潰すと大量の失業者を発生する。また貸し手も借り手も国有企業であったため返済能力などリスク管理を無視した過剰融資が行われ、国有企業の業績悪化よりも失業者の発生回避を重視した政府の意向で貸出は継続された。低収益性、自己資本比率の低さという脆弱性に加え1990年代前半に都市部の不動産価格が高騰し、不動産向け貸出が急増したことも不良債権拡大の原因といわれている。

国有4大商業銀行は不良債権全部の自力処理能力はないので、財政でこれまで償却してきたが、従来手法での財政処理は限界とも言われ、中国の不良債権問題は、深刻であり、このため中国経済悲観論が多い。中国人民銀行(中央銀行)は02年秋銀行は外資や民間資本を積極導入して経営体質を強化すべきというレポートをまとめた。不良債権処理で低下する資本を補うだけでなく外部資本の導入で経営の効率性や透明性を高める方向性の現れと言える。

これまで政府は不良債権処理として公的資金投入による銀行の自己資本増強、さらに今後、国有商業銀行は、ガバナンス強化等の観点から経営機構改革を進め、株式会社化をして、最終的には株式市場より資本調達を行っていく方針である。中国銀行が香港法人を上場させたが、他の銀行も準備を進めている。

さらに政府財務部が4つの国有銀行に対応して4つのAMC(資産管理公司)をつくりそれぞれに100億元出資する。いわば日本のRCC(整理回収機構)に似たAMC(資産管理公司)による簿価による不良債権の買取りによるバランスシートからの切離しを進めた。

AMCは起債で4大銀行から資金を調達する。4大銀行の不良債権は長期投資に変る。資産管理公司では、かなりの規模で国有企業の債務を株式に転換することになる。具体的には、1995年末以前の4大国有銀行の不良債権はみなAMCに移される。建設銀行だけで2,500億元といわれるので、4大銀行合計では恐らく1兆元前後にはなるであろう。そのうち5,000億元近くは株式に転換されるともいわれる。形式上は4大国有銀行の不良債権は大幅に減少することになる。95年末以前の不良債権は最終的には財政による解決をはかる。

AMCの回収率であるが30%程度にとどまると見られ、最終的には政府が国内総生産の(GDP)の10%に相当する約1兆元の処理を負担しなければならない計算になる。4大商銀が依然抱える約1兆8千億元の不良債権の一部も政府の負担になる。

人民銀行から銀行監督機能を分離・独立した「中国銀行業監督管理委員会」を創設、権限を強化したが、不良債権についても財政で抜本処理に踏み切るのではと言う見方が強まっている。温家宝首相は3月18日の記者会見で4行の不良債権比率を25%前後と明かし公的資金を投入する意向を示唆した(日経03.19)。

3、瀕死の国有企業

中国の国有企業の赤字は拡大し続けている。「従来の国有企業においては経済、産業の政策的見地からの管理と所有者としての管理が分離されておらず、政府の経営への干渉と企業の自己責任の欠如が国有企業の経営と革新のインセンティブを妨げる結果となってきた。企業は赤字を計上しても国の財政あるいは金融機関から事後的な補填によって破産のコストを免れるというソフトな予算制約によるモラルハザード、効率経営努力のインセンティブが弱められるという国有企業であるが故にコーポレートガバナンスが発揮できなかった」(関志雄著 日本人のための中国経済再入門)。

いま国有企業再生の重要方策として民営化が実施されすでに大きな趨勢となってきている。具体的手法として①国有企業を従業員に払い下げる。②国有企業を民間企業や外資に払い下げる。③経営破たんを申請したうえで設備などの資産を売却するなどである。

「鉄鋼や造船、石油化学、通信などの分野では依然として優勢を発揮しているが、その経営管理は市場経済化している。10年後のウエイトは15%程度に低下すると言う予測もある」(富士通総研)。

国有商業銀行の不良債権処理、国有企業の売却、民営化は、外資にとって国有企業へのM&A、不良債権買取などあらたなビジネスチャンスの拡大となる。

4、貧富の差の拡大

今後の問題として深刻化する貧富の格差をどう是正していくかだ。沿海部などの都市では企業活動が活発化し、富裕層が増えた半面、多数の失業者が出ている。都市と農村の所得差が広がり、農村にはいまも小康水準に至らない貧困層が少なくない。ただ1人当たりGDPの地域間格差は実体以上に地域格差を大きく見せている可能性があるという見方もある。

「中国の公式統計によると都市部と農村部、または沿海部と内陸地域の1人当たりGDPの格差が大きい。上海市の1人当たりGDPは4,500ドル、北京は3,000ドルで900ドル前後という中国全体の数字を上回っている。農村部は自給自足の割合が多く、市場取引を前提とするGDP統計には必ずしも反映されないうえ後発地域の価格水準が先進地域より低いため貨幣の購買力は高い。これに加え労働力の移動を勘案すると公式統計による1人当たりGDPは実体以上に地域格差を大きく見せている可能性がある」(関志雄著 日本人のための中国経済再入門)。

中国政府は経済格差解消策として、経済発展が遅れている四川省など12の省・自冶区・市の西部地域開発を加速する。2010年を目標年度に設定、環境インフラ整備だけで5千億元(約7兆5千億)を投じる。中国有数の貧困地区が点在しており、企業業績が悪い国有企業が多いからだ。

5、失業問題

中国の実質失業率は7%以上、農業を中心とする第一次産業から大量の労働力が流出し、国有企業改革により発生した失業予備軍が移行期を経て次々と余剰労働力を放出する状況になってきている。第三次産業や私営企業はまだ成長途中であり、雇用の受け皿としての役割を十分に果たしていない等の理由があげられる。経済構造が技術集約的、資本集約的方向に向かうため、失業者を吸収するどころか大量の余剰人員を生み出している。農村の1億5千万人から2億人といわれる余剰人員解消には、経済構造の変化、市場経済移行期であるため時間がかかる。

6、規制、法律の解釈の問題

中国は、法治国家というより人冶国家、法律より時の指導者や官僚らの意向が優先されると言われてきた。しかしWTO加盟後中国の法律は相次いで整備されており、人冶国家という先入観で法制度に無知、無理解で進出し失敗する日本企業も多い。中国では日本の六法(憲法、民法、刑法、商法、民事・刑事訴訟法)に相当する法律はほぼ制定されている。

中国には50の省があり、あたかも1つの国のように自冶を持ち、法律を施行している。政府が法律を施行しても各省に実施されるまで時間がかかる。日本企業が中国でビジネスを展開するにはどの省で事業を行い、省にはいかなる規制、法律があるかを事前に調査する必要があるといわれている。

「日本企業にとってリスク要因の1つは製造物責任(PL)訴訟だ。東芝が米国でノートパソコンの不備に対し巨額の賠償に応じたことを知った中国ユーザーが同様の賠償を求めたほか01年初めには三菱自動車工業の「パジェロ」のブレーキに欠陥があったとして部品交換を要求された(日経01.14)。

さらに知的財産権の問題がある。中国で事業展開する日系企業にとって最もホットな知財問題は商標と特許である。模倣品問題は商標と意匠の侵害であるが、著名ブランドほど被害が深刻になっている。WTO加盟後、中国はTRIPS(知的財産権に関する協定)の順守を義務づけられ、知財関連の法整備は急速に進んでいる。

7、日中の現状と日本企業対中進出戦略

(1)米中を双璧とする日中貿易

財務省が2月27日発表した02年貿易統計速報によると中国向け輸出額は前年比32%増。昨年下半期には44%増と増勢を強めている。「世界の工場」「人口最大の消費地」である中国への輸出シフトが加速し、米国依存から米中向けを双璧とする構図に変わりつつある(日経01.28)。

中国向け輸出増の背景には、旺盛な中国の内需がある。08年開催の北京五輪を控え道路などインフラ整備が加速し建設機械などの需要が強い。さらに「中国向け輸出の主役は素材関連や工作機械など日本企業が伝統的に強い産業にとどまる(日本経済研究センター)。」と言う指摘もあり、製造業の相次ぐ工場進出に伴い中国向けに素材や半製品、機械等の生産財の輸出が増えている。

輸入面でも最大輸入相手国だった米国から初めて対中輸入が対米を超えた。昨年の中国からの輸入品目を見ると、半導体など電子部品や事務用機器など「機械機器」が前年から8.4%増加したのが目立つ。

(2)日本企業の進出動機

富士通総研 枸隆氏は日本企業の対中進出パターンを4つに分類する。

  1. 経営者の「望郷」投資(戦中に何らかの形でお世話になった経営者は「中国に恩返しする」という意識で投資してきた)
  2. 政府の役人にうまい話に乗せられて投資をしてしまう
  3. 日本国内のビジネスを中国にまで拡張し将来的に中国市場を狙う先行投資
  4. 日本国内でのビジネスが困難となり、生き残りのために中国に進出する

1、2についてはその目的が収益の最大化でないため失敗例が多い。3、4については個々の企業の経営戦略により明暗が分かれる。さらにこうした企業の投資形態は2つに大別される。中国を輸出のための生産拠点として位置づける企業と、中国国内での販売を狙う企業だ。

さらに最近の傾向としては中国を日本市場向けの低コスト生産拠点から世界市場をにらんだグローバル生産拠点に格上げする今後の国際間競争を視野に入れた大手情報通信会社の動きが目立つ。例えば東芝はデルコンピュータが福建省アモイをグローバル生産拠点としてフル活用していることにならい杭州に40万㎡の土地を取得、同社が世界市場で争うノートパソコンのグローバル供給拠点を建設する(日経12.30)。

(3)進出日本企業の利益状況

日中投資促進機構が02年11月発表した中国進出日本企業アンケート(403社が回答)では中国現地法人が黒字だった企業は82.3%に達した。00年度に比べ黒字の比率は1.6ポイント上昇し、黒字企業の比率は拡大している。注目されるのは中国拠点で作った製品を中国国内市場で販売する「内販」型企業の収益性が着実に改善している。中国で生産し、日本に「持ち帰り輸入」する事業は比較的、収益が安定させやすい。反面、中国市場で生産・販売を完結する事業モデルは売掛金の回収などが難しく、利益を出すのが容易でないと言われている。

(4)中国脅威論から水平分業へ

一時の中国脅威論からグローバル経済を反映した補完、水平分業へと企業の意識も変わっている。例えば中国にパソコン生産が移転しつつある一方で日本国内でパソコン生産を再構築する動きもある。松下電器産業は重さ999グラム「12.1型液晶で世界最軽量」ノートパソコンは神戸工場で全量生産する。NECはCPU、HDDは米沢工場で組み付ける。カスタマイゼーションが必要な国内市場向け製品では中国より国内生産拠点にコスト優位性がある場合がある。生産リードタイムや在庫負担も含んだ総合的コストで日中間の生産分業を判断している。 

日本・中国の関係は経済を中心にすでに相互補完的であり、両国の関係の毀損すると多国間協力が本格化している東アジア地域の平和と発展の両面に波及してしまう。しかし欧米の対中戦略に比べ、いまだに日本は、企業、さらに政府レベルを含め立ち遅れが目立つ。

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