産業空洞化をロックできるのか?
1、進出しないリスク
「中国が今後、紆余曲折はあるにしても、世界の中で有力な国家、特にアメリカとヘゲモニーを二分するような国家になっていくのは間違いない。そして私がもっとも危惧していることだが、日本は下手をすると中国の周辺国家に成り下がってしまう可能性があるのだ。周辺国家というのは、つまり「10%国家」という存在である。アメリカに対するカナダ、ドイツに対するデンマークやオーストリア、そういった関係の国家のことだ」(大前研一著 チャイナ・インパクト)。
海外進出している日本企業の半数が「中国企業の技術力が日本を上回るか、同水準に達すると予想していることが経済産業省の調査で解った」(日経6.5)。
ショッキングな予測だが、製造業を中心に日本国内産業の中国大移動の現実を考えるとこのような悲観的予測が説得力を持ってしまう。産業空洞化は、製造業だけでなくハイテク部門でも深刻だ。東芝、ソニー、NECなど日本の情報通信大手数社を巻き込んだ大規模ソフトウェアパークが大連に建設される。
「中国ソフト最大手の東軟集団は税制優遇などが受けられる工業団地「大連東軟国際ソフトウェアパーク」の本格的な建設に着手し、海外から誘致したIT企業とともにソフトウェアの共同開発を行う計画を発表した。総計画面積45万平米、06年の完成時には年間3億ドルの売上高を見込む」(日経コンピュータ8.12)。
余談だが、入居基本合意に至った「大前研一グループ」は、日本企業向けのデータ入力、コールセンターシステムを含めたバックオフィス構築支援のアウトソーシング事業を年末までに開始。大前研一氏は8月中には氏が日本の大手企業関係者60人を連れて大連を訪れる予定があるらしい。
最近、中国では東軟集団のように個々の企業が独自に工業団地を造成する動きも活発だ。携帯電話最大手のノキアは北京郊外に、中国最大の家電メーカー海爾(ハイアール)集団は青島にそれぞれ内外の納入メーカーを集結させた自社工業団地を建設中である。
日本企業の中国シフトを中国国内の構造的変化がさらに加速させている。日経産業新聞によると、
- 大手企業の進出形態が合弁中心から独資(100%出資)中心に移行、外資にとって進出拠点の選択が自由になった
- 大手への部品供給のため中堅、中小企業の対中進出が加速しており、そのような企業はサービス水準が高い外資系工業団地を選択する
- 中国各地の省や市などが90年代半ばから「開発区」を造成、インフラもそれなりに向上させた。現在、地方の市、県レベルまで含めると3,000以上の開発区があり進出企業の争奪戦を繰り広げている
中国の積極的外資受け入れ策と相乗し、外資の進出は第三次中国進出ブームといわれる大きなうねりになっているが、いまや中国は単なる低コスト生産の拠点ではない。グローバル企業が最先端の製品と技術で参戦する世界有数の激戦区となり、世界の企業経営者は、「中国に進出しないリスク」の脅迫観念にとらわれている。
2、中国のIT集積地帯
広東省南部珠江デルタ地帯と上海を中心とする長江デルタ地帯が代表的IT集積地。さらに北京の経済特区中関村のハイテク区がある。
珠江デルタは、IBM、デルコンピュータ、コンパックなどのパソコン主要メーカーが進出しており、豊富な部品産業の集積を珠江デルタ各都市を結ぶ高速道路が結んでおり、効率的なSCM(サプライチェーンマネジメント)が構築されている。上海を中心とする長江デルタ地域は、中国経済の中心都市・上海と背後に抱える最大の消費地・長江デルタ地域への日本企業の進出が急増、現在約1万社と言われる。上海はITを駆使した「デジタル都市」創生を狙う。高速インターネット整備、電子政府の確立、世界のIT企業の誘致などのプロジェクトが進行している。
米マイクロソフトは昨年10月、全世界向けの技術をサポートを担当する「グローバル・テクニカル・エンジニアリング・センター」を開設した。市政府によると半導体企業数は昨年の2社から54社に、ソフト開発会社は昨年の約500社から1,000社に増えた。
北京のIT経済特区「中関村」はマイクロソフト、サン・マイクロシステムズ、オラクル、ノキアといった欧米IT企業のハイテク集積地となっている。日本企業の入り込む余地はなさそうだが陳理事長は「日本企業が本格的に検討するならば、土地を空けるよう北京市当局に掛け合うことを約束する」と言明した(日経コンピュータ)。
3、産業空洞化
中国の将来性について問題がないわけではない。まず10年後くらいから顕在化するであろう少子化問題、いわゆる「一人っ子政策」の影響で競争力の低下、次に人民元の切り上げ問題。国有企業の改革の遅れ、共産党1党独裁と市場経済システムとの整合性の保持、急激な工業化による生態系の悪化(揚子江以北の水不足の深刻化など)などである。
日本のエコノミストや、政治家も中国の将来については懐疑的な見方が多いのも事実だ。しかしここ1~2年の中国に足を運ばず最近の変容を知らない、以前の品質が悪い、人の管理が難しいなどマイナスイメージが固定観念となり判断してしまう、靖国問題などのこじれで好き嫌いで考えるなどの傾向が日本人には多いようだ。総じて中国に対する日本人の感情は良いものでない。しかし日本も理性的、合理的に、経済や国益を考えグローバルな対中の経済戦略を構築する時期がきている。
「中国の繁栄を疑う人間は珠江デルタに台湾や日本から5万社も進出しているという、この重みをまったく理解していない。珠江デルタの中で部品がすべて揃うのである。これは世界史上最大の産業集積地だ。したがって中国の崩壊はもはや始まりようがない。たとえ北京が滅びたところで珠江デルタでは製造ラインが動き続けるはずだ。(中略) 中央の支配体制に引きずられないだけの統治機構が、すでに各地域にできあがっているからである」(大前研一著 チャイナ・インパクト)。
いままでは地価や賃金のような貿易できない生産要素価格が、生産物が貿易されることにより国際価格に均等するという「要素価格均等化定理」は、非現実的と言われた経済学の一仮説であった。 いまこの仮説が急速に現実化している。
中国の世界の生産拠点化で各国は中核部品の現地生産によるコストダウンで競争力を高めるため生産拠点や調達、市場の流動化をますます進める。国内の賃金も下がり、地価も影響が大きい。
農業や繊維などの労働集約産業の日本への大量の低価格の輸入にとどまらず、ハイテクでも米大手は日本を飛び越え中国に攻勢をかけている。人口4億、沿海部のIT市場の急成長がターゲット。米インテルは設備投資拡大や中国企業との提携を決め、インテルのクレイグ・バレット(CEO)は2年以内に中国のITは日本を抜きアジア最大の市場となる予測している。
高速ブロードバンドなどITインフラでは韓国にも遅れ、工場から研究施設まで中国に吸引されている。つまり工場労働者のみならず、サラリーマン、中間所得層の所得がポテンシャルの高い国に吸引され収斂していく。国内産業空洞化は地価下落も急速に進める。
4、ITの検証、産業空洞化にロックできるか
ITという言葉は、混乱して用いられている。半導体やパソコンなどハードのみをITと定義したり、米国の単なるビジネスモデルの模倣の域をでず消滅していったドットコム企業をITバブルと呼び、ITは駄目だと語る人などさまざまであるが、ITの本質を知る人は驚くほど少ない。
日本IBMで10年余りSEをされていた奥井規昌氏の「IT(情報技術)の本質は、ハードウェアに情報やノウハウとしてのソフトウェアを融合させ、ネットワーク化して、人類の何等かの要求に応えることだ。IT自体が生活を豊にするのでなく、それによって生まれる製品やサービスが経済に貢献する」(日経コンピュータ)。
さらに産業審議会第三次提言では、「この提言が目指す未来とは、高度な加工組立産業の次を狙うIT産業が繁栄する姿でない。ITは組織革命をもたらすという姿でない。ITは組織革命をもたらす技術革新であり、デジタル情報市場という経済社会の新たな基盤を提供するモノである。」
これらのITの概念規定は正しい。IT自体はインフラで基幹産業になることはない。要はITを独自に使いこなし、効率的に高付加価値の商品やサービスを生み出すノウハウをいかに生み出すかである。
奥井規昌氏は、ITの使いこなし方を「ITジャパナイジェーション」と表現し、ITの空洞化は「ITジャパナイジェーション」の汎用化、すなわちノウハウの流出にあると指摘する。汎用化(ほかの者に真似される)が進むことで、部品点数が比較的少なく、成熟製品の多い電機業界は、低コストの中国などアジア諸国に競争力で敵わなくなった。
「現在のパソコンや、家電製品はスマイルカーブといわれる付加価値構造になっている。組み立て工程の付加価値が下がり、上流の部品・材料と下流の販売・サービスに付加価値がシフトしている。(中略) 付加価値の下がった組立工程は賃金コストの安い中国に移転したり、生産性を徹底的に追及したEMS企業に製造委託するのが常識となった」(日経コンピュータ)。
つまり付加価値が高いのは組立工程でなく内部の部品やサービス分野なのだ。
IT産業空洞化を阻止するには汎用化が進みにくい業界や企業に変わることが最重要課題と言える。日本企業の「ITジャパナイジェーション」の実力は、世界で充分通用する優良企業が証明している。日本のトヨタ、ホンダの自動車、キャノン、リコーなど精密関連業界が堅調なのは利用する部品、生産工程で汎用化できない独自のノウハウを持っているからである。
発展途上国の追い上げで先進国の既存産業が苦境に追い込まれるというパターンは、かつて米国が鉄鋼、自動車などの分野で日本から追い上げられ産業衰退の危機とまでいわれた。その後、産業の高度化とITへのシフトで産業を活性化させた。日本も衰退の途しかないわけでない。日本の問題点は経済構造がまだグローバルな競争についていけない、変化に対する経営トップの判断が遅いなどが指摘されるが米国と同様に苦境をチャンスに産業構造を高度化、ハイテク化すればよい。中国の工業化は日本にとって巨大なマーケットが誕生することである。比較優位にある産業は伸びるチャンスが大きい。
「アジア諸国の産業と同じレベルで競争するのでなく、その1歩手前を行く必要がある。将来のリーディングインダストリーは製造業では研究開発に大きく比重をかけたハイテク産業、サービス産業では情報処理に関連したものが中心となる」(野口悠紀雄著 日本経済 企業からの革命)。
日本でリーディングインダストリーを育成するには優秀な技術者、ひいては理系の優秀な学生の確保が急がれるが、日本は産官学の提携がお互いの縄張り意識が作用して充分な効果を上げていない。産学提携といえば米シリコンバレーとスタンフオード大学の人材ネットワークが有名であるが、中国最高峰の清華大学の清華サイエンスパークにはサン・マイクロシステムズをはじめとする数十社が清華大学との共同研究・開発をするため入居している。中国に比べ理系大学生の絶対数で劣る日本は、Java、オラクルなどで開発できる即戦力の学生を育成するための政策的サポートの充実が緊急課題となっている。
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