街ごと免震・再生する技術 / 人工地盤・アーバンスケルトン(US)・ゼリー免震

3.11の東日本大震災から1年。あの大震災は、我々のこれまでの自然災害に対する防災意識を根底から変えてしまった。個々が住宅などの建造物を耐震仕様等でいくら強固にしていても、巨大津波の前には全く無力なことを思い知らされた。根こそぎ市街地全体を破壊しつくし、瓦礫の山にしてしまう大自然の猛威。我が国の国土地盤の上に営々と人間が築き上げてきた科学技術や文明のなんと脆弱だったことか…。

運よく被害が軽微で済んだ建造物個体があったとしても、道路、鉄道、港湾、電力、ガス、上下水道、通信など生活インフラが壊滅した市街地には、そもそも人は住めない。農業施設、漁港、漁船、養殖・水産加工施設、事業所、工場、商店街などの生産・商業等の施設・設備の大半が破壊されると、地域経済をゼ口から復旧しなければならず、就業や生産活動も極めて困難となる。

このような大津波や地震被害から尊い人命は基より、街の構成要素である不動産価値を守るには、個々の建造物の堅牢さだけでは足りず、生活基盤を支えるインフラ設備も含めて街を丸ごと津波や地震に強い構造にしなければならない。この場合、思い浮かぶのは、巨大津波対策として、低地部にある市街地を津波が到達できない高台へ移転させるアイディアだ。

実は1896年の明治三陸地震の津波や1933年の昭和三陸地震の津波後も津波が届かない高地へ集落ごと移転させる高地移動と呼ばれる高台移転が提案され実施されてきた。現に東北大震災後、沿岸部では一斉に高台移転計画が動き始めている。移転を予定するのは岩手、宮城、福島の3県で少なくとも計約2万1,700戸。進め方は市町村により異なる。

例えば、仙台市のように浸水した平野部を災害危険区域にまとめて指定、一気に集団移転を促しているケースもある。しかし、集落ごとの高台移転は、その移転先を確保、決定しなければいけない。膨大な生活空間を新たに創設するには多くの困難が横たわる。利便施設から遠い高台は高齢者だけが住む新たな過疎を生むかねない。また移転先を巡る住民の合意形成は長い時間がかかるのが通例だ。住民を取り巻く諸事情や意向がさまざまだからだ。

政府による復興庁の設置、復興交付金の措置がやっとなされたものの、高台移転事業を計画・遂行する地元自冶体の事務量は膨大で、圧倒的な職員不足が指摘されている。地元宅地取得や家屋建築の原資となる元の土地の買い取り価格の調整も控えている。

震災後の市街地復興を巡る様々な難問が山積するなか、政府の復興構想会議の委員を務める大西隆教授は、被災地の復興の手段として、津波対策に有効な人工地盤の高台上の町づくり案を提案する。人工地盤を作り、その上に町や主要な建物を乗せるというものだ。とはいえ、人工地盤は普通は3~6メートルだが、今回津波の高さは15メートルあり、それより高い人工地盤が求められる。

人工地盤は、津波や地震対策などの都市防災だけでなく、限られた土地スペースに無秩序に密集する既成市街地等の新たな都市再生手段としても注目されており、すでにわが国でも実施例が見られる。さらに人工地盤による土地・建物の効率利用をシステムとして進化させた「アーバンスケルトン(US)」方式などの研究も進んでいる。

「アーバンスケルトン(US)」は、人工地盤や建物スケルトンを公共空間と複合し、既成市街地を再生しようとするもので、複雑に入り組んだ既成市街地の土地・建物の権利関係を解きほぐして権利変換などをすることなく、既成市街地を即座に再生させることができると期待されている。

また人工地盤と発想が異なるが、既存の街を深い水路で囲んで街全体を「ゼリー」状態にして免震化し、インフラを含めた都市全体を丸ごと地震に強い構造に変える「ゼリー免震」という構想が大手建設から提案されている。

今後、東日本大震災が契機となって、防災都市造りや都市再生の様々な試みが、被災地にとどまらず展開されると考えられる。今回のコラムは、このような視点から「人工地盤」、人工地盤の進化系となる「アーバンスケルトン」、さらに「ゼリー免震」について紹介する。

1、人工地盤で都市防災・再生

人工地盤は、限られた空間や土地を立体的に効率よく活用するため、人工的に設置された地盤のように機能する構造物を総称する。本コラムで扱う人工地盤は、「まち」と呼べるほどの広がりを持った都市防災や市街地再生に絞って紹介する。

我が国は過疎が深刻な限界集落等が見られる反面、都市部には道路や公園などのインフラに必要なオープンスペースが少なく密集し、居住・商業環境が劣化した既成市街地がある。このようなエリアでは建物を立体化するだけでなく、限られた土地を有効活用して、複層的な都市空間を創出する必要に迫られている。人工地盤は、このような時代要請により生まれたといえる。

人工地盤を活用して街全体を立体化、複層化することで、人工地盤の各層を違った用途に分離・使用することができる。人工地盤層をオープンスペースとしたり、そのなかに電気、ガス、水道、通信を設置、地盤層を免震化して街全体を免震構造にしたり、地盤層を高くして大津波に備えるなどの防災対策も可能となる。

以下で我が国で実施され、建造された人工地盤例を見てみよう。

■奥尻町青苗地区の人工地盤

北海道南西沖地震で壊滅的被害を受けた奥尻町青苗地区において、北海道開発局の設計・施工により、平成12年10月に人工地盤が完成した。漁業者等が作業しているとき、津波が襲っても即座に高台に避難させるための大津波対策として人工地盤が作られた。岸壁からの高さが6.2m、海面からの高さが7.7m。また、幅31.9m、長さ163.5m、面積4,650㎡で、一人当たりの占有面積を約2㎡とすると、2,325人の避難スペースを確保された。1階の空間部は漁業従事者等の作業スペースとしても利用され、防災機能だけでなく漁港との親和性にも配慮された多目的な機能を兼ね備える施設となっている。また港内の岸壁から人工地盤へ駆け上がる階段は、上部がシェルターに覆われているため、冬期の積雪や降雨による避難を阻害することなく、安全に避難ができるよう設計されている。

※写真は奥尻町HPより引用

■市営上九沢団地建て替え事業で免震人工地盤を採用

神奈川県相模原市の市営上九沢団地の建て替え事業は、免震人工地盤を建造し、複数の建物を人工地盤ごと免震化している点で注目される。昭和38年度より建設された準耐火構造平屋建254戸の老朽化と、居住水準の低下から建て替えられたもので、546戸の新設住戸数を建設した。6~14階建ての集合住宅が階高約4mの免震人工地盤上に建設され、当該免震層が駐車場空間として利用されている。免震装置は、21棟の総重量11万トンを支え、阪神淡路大震災級の地震動も耐えるとしている。

■坂出の人工地盤

香川県坂出市に「わが国で最初に人工地盤を設けた住宅団地」が1986年に誕生した。都市空間の効率活用といった目的から「人工土地方式による再開発計画事業」として行われた。密集住宅地と表通り商店街を連結し、土地を立体的に生み出した。全体面積10,111㎡で、RCの人工地盤は5.3mと9mの高さで構築。2階レベルは住居、歩道、広場、児童公園等からなり、1階レベルは商店街、駐車場を設置した。2階レベルは人が通行し、車も入るなど地上と変わらない役割を果たしている。

以上、我が国における人工地盤の実施例を見てきた。都市防災の観点から津波対策として建造されたり、一団地の建物群や街区全体を免震人工地盤等にのせるなど不動産価値の向上が試みられている。

次に今後、注目される人工地盤技術として、大手建設・鹿島の「免震地盤街づくり構想」を紹介する。市街地の地盤を丸ごと免震化する地盤免震技術で、街全体の地盤自体を免震化してしまえば、地上建物を免震化する必要がなくなり地震に強い街づくりができるという構想だ。

都市部の住宅密集地において「安全で快適な街づくり」を進めるには、広い道路、充分な隣棟間隔、防災緑地、防災拠点の確保などが必要となる。これらの用地確保を従来の再開発手法で行うと住民合意、調整に長い期間を要し、事業コストも嵩む。

このような従来方式のネックを解消するため提案されたのが、「免震地盤街づくり構想」だ。平面的利用であった土地を2層とし、立体的に利用出来る人工大地を作る。上部の大地は従来通りの土地利用。下部は、都市基盤整備のための大地利用の位置づけとなる。

特殊殊なゴムと金属板を交互に重ねた積層ゴムで人工地盤全体を免震化することにより、地震による地盤の揺れを低減する。地盤上の構造物の耐震性は一般よりも軽微ですむため、安全性、快適性に加えて経済性でも、その効果が期待される。構造物の安全性のみでなく、地震時の家具転倒防止や扉の開閉不能防止など、2次災害防止にも効果があるとしている。

※図は鹿島サイトから引用

2、アーバンスケルトン(US)

国土交通政策研究所や国土交通省からの受託を受けた新都市ハウジング協会で研究が進められている「アーバンスケルトン方式」は、立体基盤(人工地盤+スケルトン)と2次構造物(インフィルや人工地盤上建物)から構成され、それぞれを分離して都市再生する手法だ。

立体基盤と2次構造物が分離されることで、それぞれへの投資と経営が分離され、時代変化にも柔軟に対応できるというコンセプトを持つ。従来の都市再開発は、以下の課題があった。

  • 地権者合意に長い年月要する
  • 事業採算ベース価格で保留床売却ができず事業費捻出が困難
  • 増改築・用途転換を想定してないので、投資が固定化して時代変化に対応できない

アーバンスケルトン方式は、これらの問題点を打破しようという革新的で壮大な都市再生構想だ。 人工地盤のスケルトン部分を免震とすることで、誕生する街ごと免震構造とすることも可能となる。

その発想の基本は、SI(スケルトン・インフィル)住宅。建物のスケルトン(柱・梁・床等の構造躯体)とインフィル(住戸内の内装・設備等)とを分離した工法による共同住宅で、スケルトン(骨組み)を長期間維持したまま、居住者のライフスタイルに合わせて内装・設備等を変更・更新できるようになっている。

「アーバンスケルトン(US)」は、これを都市レベルにまで拡大・応用した技術といえる。スケルトンにあたる立体基盤(人工地盤+スケルトン)の上にインフィルとなる住宅や構造物を段階的に建てていく。つまり、立体基盤と2次建築物群の建設主体、建築・更新時期、所有者・管理者を分離できるので、時代の情勢変化に応じて都市空間を柔軟に利用することが可能となる。

例えば、まず立体基盤上にマンションを建設し、購入者・入居者が増えた頃を見計らって、低層部分に店舗等を建設するなど、周辺状況の変化に対応させて必要な施設を追加していくといった臨機応変で段階的整備ができる。その結果、民間の参入や投資を呼びやすくなる。またスケルトン部分を公共が管理・所有する典型的な場合は、2次建築物への投資は公共負担の土台上に建設するので、投資コストも低減するというメリットもある。

▼アーバンスケルトンの構成

  • スケルトン
  • 長期耐用性のある建築構造体と2次建築物が追加可能な人工地盤で構成

  • インフィル
  • 都市型住宅、商業業務施設、道路・駐車場・広場・公園、2次構造物

国土交通政策研究所の研究報告書によると人工地盤による市街地整備が想定される場合、事業目的、対象地域から事業方式は下記の4タイプに整理される。

  1. 既存建物活用型
  2. 既存建物の上部に新規建設

  3. 道路拡幅型
  4. 地盤下を用いて道を拡幅

  5. 駅前面的開発型
  6. 地盤下に駅前広場を拡大

  7. 密集住宅地整備型
  8. 地盤上に戸建、下は駐車場

立体基盤と2次構造物が分離される結果、立体基盤は公共が所有し、2次構造物は民間が所有・経営するという形態になるケースが多いと考えられる。この形態の実現を担保するには法制度を整備する必要がある。

同研究報告は、2通り提案する。

  1. 制度の一部変更や運用改善を想定した上で、地盤部分または地盤上に区分地上権を設定。人工地盤と二次構造物の権利を別々に規定する
  2. 人工地盤と二次構造物を別々に登記可能にし、地盤上の区画を一種の「宅地」とみなす新しい法律「立体基盤所有法」を創設する

上記に加え、アーバンスケルトン方式に対応した建築確認や検査制度の整備が進めば、民間の投資や融資などが法的に担保されることになり、実現へ大きく前進することになると考えられる。

※図は新都市ハウジング協会WebSite掲載のもの

3、都市を丸ごと免震構造に変える「ゼリー免震」

都市防災・市街地再生の観点から人工地盤の有効性について言及してきた。次に人工地盤とは発想を異にする「街ごと免震」の新技術を紹介する。

大手建設の大林組は、構成する建物からインフラを含み街区を丸ごと地震に強い構造に変える「ゼリー免震」という新しい考え方を考案し、特許出願した。既存の街を深い水路で囲み「ゼリー免震化」するだけで、既存の街を大きく変化させることなく、巨大地震の際でも高度な安全を確保することができるとしている。さらに囲まれた水路を延長させ、近郊の別のゼリー免震都市とネットワークすることで、被災時においてもさまざまな機能を享受し、通常時と同様の生活をすることが可能となり、広大な水のネットワークは、物資輸送、避難経路としても利用でき、防災拠点として機能するとする。

その具体的技術はこうだ。500m四方の敷地の外周に100mの切込みを入れることで、地盤の周期を人工的に伸ばすことが可能になる。外周と絶縁することで、敷地内に、「ゼリー免震」の名の通り、都市を上に乗せてゆっくり揺れる巨大なゼリーのような地盤が生まれる。

深さ100mの切り込み部分には水を満たし、水圧によって周囲の土圧と均衡させる。このことは、都市に水路を軸とした広大な水のネットワークと豊かな水景を誕生させることになる。切込みを施工する際に、鉄道や道路、エネルギー関連施設などを地下化することにより、さらに豊な自然環境を創出が可能となる。

コスト面でみても、ゼリー免震は魅力的だ。建物を別々に免震化するのと比べて費用は半分で済むという。阪神大震災級の地震でも、揺れを3分の1~4分の1に減らせるとしている。大林組は、ゼリー免震を生かして大阪・御堂筋の未来像を描く「ゼリー免震・御堂筋計画」もあわせて発表した。

※図は大林組サイトに掲載の「ゼリー免震・御堂筋計画断面パース」

以上、人工地盤を中心とした技術は、都市防災、都市再生の有効な手法となり得ることが解った。特に「免震地盤街づくり構想」や「アーバンスケルトン」は、これまで都市再生法等が果たしてきた市街地再生法を代替・補完する切り札となるかもしれない。

また、既存の街を深い水路で囲み街ごと免震構造にする「ゼリー免震」は、費用対効果から見て現実性がある。都市に水路を軸とした広大な水のネットワークと豊かな水景を誕生させるなど自然環境との共生も謳われている。市街地を囲む切込みを施工する際に、鉄道や道路、エネルギー関連施設などを地下化すれば、これらのインフラで分断された都市を効率的に再編し、都市機能をより高度化して景観や自然環境の優れた未来都市を実現できるだろう。

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