生産年齢人口減少・高齢者増加の及ぼす地価下落研究
国内の人口減少、高齢化の波は地方都市において地方経済の疲弊、恒常的に続く地価下落を招いている。一方、大都市圏は人口動態の負の影響が地方ほど先鋭化しておらず、国内の人口問題に起因する地価下落はまだ将来のことと楽観視されているように思える。
しかし、東京、大阪、名古屋など大都市圏でも高齢者増加率が今後は急速に拡大し、人口動態に起因する地価下落が起きる可能性が高い。いや人口動態による不動産市場の縮小は大都市圏ですでにその兆候が見えており、今後、大都市部で顕著に進む高齢化増加率がもたらす負の影響度の大きさは地方圏を超える可能性が高い。
人口減少・高齢化が国内の地価の下振れ要因であることは誰でも容易に想像がつく。我が国の人口動態がもたらしている経済の停滞や地価下落の実態を詳細にデータ(後述)で見ていくと、影響度が想像を超え、その深刻さに慄然とし、この国の先行きを考えると暗澹となるのである。日本の人口問題は人口の減少もそうだがそれよりもその構成比の変化が特徴的で経済成長や不動産市場動向を考える上ではこの点が重要ファクターとなる。
他の先進国と比べた場合の我が国の人口動態の特性は生産年齢人口の減少、老年人口の増加の顕著さだ。その結果、経済成長率の低下、国内企業の海外移転、不動産市場の縮小を招いている。
1、生産年齢人口減少と老齢人口の増加
国内総人口は2010年で1億2,654万人でピークアウト。以後は減少し、2070年には1億人を下回る。生産年齢人口(15歳~64歳)は1950年4,905万人から1995年に約8,660万人でピークアウトし、2010年には8,093万人、2070年には5,084万人にまで減少する。一方、65歳以上の老齢人口は1950年407万人であったが、以後増加し、高齢社会の分岐点である7%を1970年に超え、2005年に20.2%と僅か35年で間で約3倍近い水準となった。2010年には2,871万人となり1950年の約7倍に達した。その後も老齢人口は増加し、2045年に3,895万に達する。これほど急速な高齢化は世界にも例がなく、欧米の先進国と比較してもその異例さは際立っている(松谷明彦著 人口減少時代の大都市経済)。
※出典:総務省統計局
2、人口動態の特性が低経済成長社会をもたらすメカニズム
人口動態と経済成長率の関係は「人口ボーナス」と「人口オーナス」という概念から解明できる。人口ボーナスは働き手が養われる人々の何倍いるかという考え方である。国の生産年齢人口(15歳から64歳まで)を従属人口(4歳以下と65歳以上)で割って算出する。指数が「2」を超える期間がボーナス期で、同時期には経済成長が加速する。人口が増えれば中間層を核とする消費拡大の好循環のメカニズムが生まれるからだ。経済産業研究所の試算では日本の高度経済成長期(60~80年代)の経済成長の2割から4割が労働力の増加、つまり人口要因で説明できるとしている。
一方、人口に占める働く人の割合が低下する現象を「人口オーナス(重荷)」という。少子高齢化が進んでいる日本はまさにこれだ。高齢層が増加し、労働人口比率が低下しており、より少ない人数が働いて経済社会を支えなければならない。次に 「人口オーナス(重荷)」が経済成長率を押し下げるメカニズムを供給と需要面から説明しよう。
■国内供給力の押し下げ
現存の経済構造のもとで資本や労働が最大限に利用された場合に達成できると考えられる供給面からみた経済活動水準を潜在成長率という。潜在成長率は資本や労働の投入と技術進歩など全要素生産性によって規定される。国内で進行している生産年齢人口の減少は、労働投入量の減少となるため、当然に潜在成長率を低下させる。つまり生産年齢人口の減少が中長期で我が国の経済の供給側面を押し下げることになる。もっとも労働人口の増加率以外に潜在成長率を決定する変数には労働生産性の上昇率があり、労働生産性上昇が労働人口減少を上回れば潜在成長率は低下しないことになる。生産性の上昇要因は技術進歩、既存の技術の下での効率性の向上や費用の節約であるが、一般に高齢化による若年労働力の減少は経済全体の創造性や積極性を低下させ、生産性を低下させるといわれている。
※出典:日本経済新聞
■国内需要量減少
次に経済成長率を需要側面から見てみよう。「人口オーナスは他の条件を一定とすれば、確実に日本の1人あたり所得を低下させる。働く人だけが所得を生み出せるのだから、勤労者1人あたりの所得(生産量)が同じならば、人口オーナスが進むと日本全体の1人あたり平均所得は低下する」(小峰隆夫法政大教授)。
つまり女性、高齢者の労働参加率を高め、1人あたりの生産性を引き上げていくなど有効な政策が打たれなければ経済学上では日本全体の1人あたり平均所得は低下し、総需要量は減少する。また内閣府の「年次経済財政報告」が指摘するように、生産年齢人口の増加予想が期待成長率を高め、それを受けて企業が設備投資需要を拡大し、家計も将来の所得増加を予想することにより、消費や住宅需要が拡大させるというメカニズムが働く。生産年齢人口の減少は、そのメカニズムが逆方向へ作動し、需要を抑制することになる。
■中長期の経済成長率予測
我が国の人口動態、特に生産年齢人口減少が国内の経済成長率を需給両面から押し下げることが解った。このような国内人口動態 の特性を踏まえ、中長期スパンで今後の日本の経済成長率を予測するとどうなるだろうか。シンクタンクの中長期経済成長率予測も低位成長率となっている。
野村金融経済研究所は、「労働力の核となる15~64歳人口の減少を主因に、供給側から計測した今後10年間の日本の潜在成長率は、既に0%近くにまで低下している可能性がある。それでも、現状では需給ギャップが大きいために、しばらくはそれよりも高めの実質成長率が続くだろう。しかし、いずれは需要が供給力に接近し、潜在成長率に見合った成長を余儀なくされることになろう。様々な仮定の下ではあるが、2010年代の末にも、実質成長率が長期的にマイナスの領域に突入する「マイナス成長」時代の到来を意識しなければならなくなる可能性がある」と指摘する。
三菱UFJリサーチ&コンサルティングは「2010年代前半(2011~2015年度)は、東日本大震災によるマイナス成長から抜け出した後、2012年度~2013年度までは1%台半ばから後半の成長率を達成するが、2014年度には消費税の引き上げによって成長率が大幅に鈍化するため、実質GDP成長率の平均値は+0.8%にとどまろう。2010年代後半(2016~2020年度)は、人口減少が進むことに加え、消費税の引き上げが3回にわたって実施されることもあり、実質GDP成長率の平均値は+0.5%にまで鈍化しよう」との認識だ。
3、国内不動産市場の縮小
生産年齢人口の減少は長期に亘り不動産市場を蝕み、特に住宅市場を長期的に低下させ続けている。総務省の「住宅・土地統計調査」によると世帯主が30~44歳で持ち家比率が顕著に上がることが確認されている。確かにマンション・戸建分譲などの購入層の半分程度をこの年齢層が占めている。今後はこの年齢層から「団塊ジュニア」世代が抜けて行き、加えて購入層となる若者人口は減少していく一方となる。
日本は先進国のなかでも20~30歳代の若者人口動向は極めて深刻な減少期を迎える。「20~30歳代の若者人口は、日本では2005年からの45年間で▲51.6%と半減する。それに対してフランスではわずか▲5.0%に過ぎず、イギリスでは逆に+1.5%の増加であり、アメリカではなんと+30.5%も増加すると予測されている」(松谷明彦著 人口減少時代の大都市経済)。
生産年齢人口の減少と相まった国内不動産市場の縮小、地価下落は長期データで明確に観測される。例えば大和総研の11年12月29日調査レポートは人口減少や高齢化の進行が地価にはマイナスの影響を与えることを長期データや回帰分析で指摘している。以下引用すると、
長期データを用いて人口動態と地価や住宅着工戸数との長期的な関係を見ると、住宅着工戸数は戦後増加していき、1973年に190.7万戸でピークを迎える。その後1983年に113万戸まで減少するが、その後再び増加し1990年に170.7万戸まで達する。その後は増減が錯綜するものの、全般的には減少して推移している。直近の2010年では81.3万戸であった。
従属人口指数の推移と住宅着工戸数を重ね合わせると従属人口指数の2つのボトムと住宅着工戸数のピークがほぼ重なってるように見える。一方、両変数を時系列でプロットすると従属人口指数が戦後低下していく一方で、住宅着工戸数が増加している様子が窺える。住宅着工件数の最初のピークの1973年から次のピークの1990年まで、両者の関係はなくなったように見えたが、1990年以降2010年までは、再び傾向線に沿って推移している様子も窺えよう。
住宅着工戸数を被説明変数とする回帰分析結果でも従属人口指数は負で有意となり、決定係数も低くはない。また、都道府県別の住宅着工戸数(対数値)を被説明変数とした回帰分析を行ったところ、「人口増加率(県別、1期前)」は正で有意で、「65歳以上人口比率(県別、1期前)」は負で有意となっている。
これらの結果から、生産年齢人口の減少・高齢化の進行といった人口動態は住宅着工件数と高い相関性を示し、長期にわたる住宅着工の減少を招いている実態が分る。
さらに同レポートによると不動産市場の縮小は土地取引について売買による所有権の移転登記の件数の長期低落傾向で鮮明になっている。「1980年に全国では260万件の取引があったが、その後減少。バブルの時期(1986年~1990年)に取引件数は増加するものの、その後は全般的に減少傾向が明瞭となっている。その傾向は大都市圏、地方圏でも同様であり、特にここ数年は減少が続いており、2010年中の全国の土地取引件数は115万件と1980年の件数の44%程度しかない」。
また西村清彦日銀副総裁は日経紙特集記事で、生産人口比の上昇と下落は、バブルの生成・崩壊と時期的に符合すると指摘する。日本での生産人口比のピークは1990年ころで、ちょうどこの時が資産、特に土地バブルのピークと一致する。05年ころに生産人口比のピークを迎えた米国では、同年冬が実質住宅価格のピークで、それ以後の急落はサブプライム問題をもたらした。欧州周縁国のアイルランドでは生産人口比のピークは05年ころで、実質住宅価格のピークは06年冬である。スペインも生産人口比のピークは05年ころで、住宅価格のピークは07年秋だ。現在危機にあるギリシャも繁栄を謳歌したのは生産人口比が高原状態になる00年ころからだ。
さらに15年には日本国内の世帯数も5,045万世帯でピークアウトして減少に転じるため、住宅余剰に拍車がかかり住宅地地価の下落要因となるだろう。総務省の「住宅・土地統計調査」では08年に現存する住宅戸数は5,759万戸、一方、世帯数は4,989万戸と既存住宅ストックが世帯数を超えている。すでに1968年時点で総住宅数が世帯数を上回っていた。以後、その格差が拡大している。空き家数も08年に757万戸で1973年と比べ4.4倍に拡大するなど一貫して増加している。08年の空き家率は実に13.1%に達する。高齢化率が高い島根、和歌山、鹿児島、高知、山口などで自家用の空き家率が高いのが特徴だ。
また我が国の人口動態はオフィス・店舗市場にも中長期で負の影響を及ぼす。生産年齢人口減少は直接的にオフィス市場を下押しする。オフィスの需要スペースを決定するのはオフィスワーカーの動向だからだ。オフィス需要予測をするときの要件式は、
オフィス需要=オフィスワーカーの数×1人当たりのオフィス利用床面積
となる。当該式から生産年齢人口減少はオフィスワーカーの数を縮小させ、オフィス需要を押し下げることが分かる。
足元でみると東京都心5区のオフィス空室率悪化が止まらない。三鬼商事による11年12月末時点の東京都心5区のオフィス空室率は9.01%だった。前月比で0.11ポイント上昇し、3ヶ月連続で悪化した。11年、12年は首都圏でオフィスビルの大量供給があるという短期的な需給要因もあるが、日本の製造業が少子高齢化が進む国内から海外へ事業拠点をシフトしているため、オフィス需要が鈍化していく兆しと捉える見方もある。東京都心部は大阪、名古屋など他大都市に比べグローバルスケールで海外事業展開を進める大手企業のオフィスの集積度が高いため、このような懸念が指摘されている。
近年、製造業・非製造業は、少子高齢化を背景とした内需の伸び悩みなどが影響し新興国など海外の生産・販売拠点への投資を優先させる動きが一層強まっている。人口減少・高齢化と相まった低経済成長が続く国内は期待収益率が低く、人口ボーナス期(中国はやがて人口オーナスに入るが)を迎え需要が旺盛で高成長が見込まれる新興国へ企業が事業拠点シフトするのは当然の動きといえる。
我が国の人口動態は個人消費の低下を招き、店舗等の不動産市場も下振れさせている。個人消費は人口増加率の低下などを背景に長期的にみて伸びは鈍化してきた。特に、1990年代後半から雇用者報酬等の家計の所得が減少している。2010年代は数度にわたる消費税増税が予定されており、家計の可処分所得はさらに減少する。国内の商業店舗はすでにオーバーストア状態にあることからさらに市場は低迷するだろう。
4、大都市も老齢人口の急速な増加で不動産市場は縮小
東京や名古屋、福岡など一部の大都市では1990年初頭のバブル崩壊後は過熱し過ぎたエリアで地方都市を超える地価下落も起きた。以降、国内全域に及ぶ長期の地価下落が続く。05年から円安とカネ余りで国内外のファンドやJ-REITなどによるミニバブルと囃される地価上昇が起き、08年のリーマンショックでバブルが弾けた。大都市の一部エリアで繰り広げられたこのプロセスは地方で恒常的に続いている人口動態に起因する構造的地価下落トレンドとは異質のものだった。
しかし、今後は大都市部も人口動態の負の影響が強まる。その主な理由は大都市部では、高度成長期に地方から大量に流入した世代がこれから一斉に高齢期に入るからだ。松谷明彦著「人口減少時代の大都市経済」は大都市圏で加速する高齢人口増加率が地方圏より今後はより厳しい状況に追い込むと指摘する。
国立社会保障・人口問題研究所の下表の推計では30年後の地域社会の人口は、高齢人口割合は地方圏で高いが、高齢人口の増加率は大都市圏で際立って高い。特に東京圏(東京都・埼玉県・千葉県・神奈川県)では、高齢者が75%も増加する。
高齢化率そのものは下表でいえば地方の島根県が高いが、高齢化速度は大都市部の方が断然速い。松谷明彦氏は社会経済にとって「高齢化率の高さ」よりもその「変化の大きさ」が重要と指摘する。つまりその高齢化の変化量と速度に社会システム変化が追いつかないので、今後の人口減少社会で、より厳しい経済環境に置かれるのは大都市圏としている。
高齢化の加速は生産年齢人口を相対的に減少させ、財政状況の悪化で低福祉・高負担に傾斜していくため、行政サービスも悪化し、大都市の生活水準が低下する。高齢化がもたらす地価への様々な負の影響はここまで書いてきた通りで、地価下落要因となる。
▼地域別の高齢化状況
これまでは地方からの若者を中心とした大都市への人口の流入が大都市圏経済活動を支えていたが、先に書いたように20~30歳代の若者人口が2005年からの45年間で51.6%と半数に減少するため、大都市部の高齢化を緩和する規模には達しない。すでに人口移動率は、都道府県間・都道府県内ともに、長期に亘って、低下傾向にある。
住居を移転する人口移動は大都市圏の賃貸需要を支えていたが、農林金融理事研究員渡辺氏の調査レポートによると80年代から90年代半ばに650万人前後で推移していた人口移動が09年に530万人まで減少している。若年人口の減少等により10年代後半には500万人を割り込むと見込まれる。
総務省が28日に発表した住民基本台帳に基づく2010年の人口移動報告によると、三大都市圏(東京・大阪・名古屋)への転入超過数は前年に比べ27%減の7万6,137人となった。景気低迷による雇用縮小や、少子化により流動人口の核をなす若年層が減少したことが主な要因。超過幅の縮小は3年連続で、8万人を下回るのは00年以来、10年ぶりとなった。
大都市圏においても今後加速する高齢化率に加え、若者人口そのものの減少や若年雇用情勢の悪化で就職や大学進学など地方からの人口流入が鈍化するなどこれまでのような住宅市場の量的拡大は期待できない。グローバル企業が集積する東京都心では海外移転の動きが加速し、オフィス市場の構造的下振れも懸念され始めた。国内の人口動態の特性である生産年齢人口減少・老齢人口増加が経済成長率を下振れさせ、不動産市場も縮小させている。この負の影響は想像を超える深度で広範に進んでいる。大都市圏をはじめ国内の不動産市場は否応なく量から質への転換を模索しなければ生き残れない時代に突入した。
すでに住宅では次世代環境住宅の中核技術HEMS、オフィスビルでは地震エンジニアリングとITを融合させたBCP支援ビルや省エネ技術を装備したゼロ・エミッション・ビルなど新技術が相次ぎ流入。他業種からの参入など質への競争転換は予想を超える速度で進んでいる。不動産市場も急速に縮みゆく市場を睨んだ本格的な質への競争時代を迎えたようだ。
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