博多駅周辺の商業環境変貌と地価動向 / JR博多シティと第二キャナル開業の影響
1、JR博多シティ開業の衝撃
2011年3月3日、九州・アジアの玄関口博多駅に国内最大級の商業駅ビル「JR博多シティ」が出現、福岡の都心商業地に与えた衝撃は想像を超えるものだった。博多駅周辺と天神、福岡の都心を形成してきた二核は、今後大きく変容するだろう。
これまでは博多駅界隈はオフィスビルが林立する典型的なビジネス街で、まとまった商業集積もなく、買い物をする人はほとんどいなかった。一方、天神エリアはデパートをはじめ数多くの複合商業施設、地下街が高密に集積する高度商業機能に加え、高層オフィスビルからなるビジネス機能も併せ持ち、福岡の絶対的中心地として君臨してきた。
高さ60m、横幅240m、博多駅の在来線のホームの上に60mせり出した約20万㎡のL字型の巨大複合商業施設出現のインパクトは大きく、博多駅前の風景は一変、買い物客の流れも大きく変わった。その規模と店舗構成の充実度からみて九州最大の既存の商業集積地「天神」の対抗軸となり、福岡の商業地図を今後、大きく塗り替えそうだ。
JR博多シティの開業後の勢いは天神の商業施設群を凌駕した。「福岡三越、岩田屋、博多大丸の合計売上高は3月に前年同月比13%減を記録。その後も2桁前後のマイナス基調が続く。OLに人気の高いファッションビルのソラリアプラザは3月以降、売上高が約2割減で推移し、昨年3月のオープンから快走を続けてきた福岡パルコも今年4月は34%減、5月は26%減と低迷。天神は「総崩れ状態」だ(地元流通関係者)。」(日経11.17)
まさにJR博多シティの一人勝ちの様相だ。開業後半年間の来店客数は3,080万人。1日平均では目標の約1.7倍の16万6千人だった。核テナントの博多阪急は東日本大震災による買い控えの逆風にもかかわらず、目標比8%増の200億円を売り上げ、運営する阪急阪神百貨店の傘下店で3位の成績を収めた。
■快進撃を支える綿密に計算された店舗設計
JR博多シティの好調さの要因は綿密に計算された店舗戦略に見られる。地域流通経済研究所が九州7県の県庁所在都市の男女を対象にネット調査した結果、JR博多シティ内で利用した施設は東急ハンズ(訪問率69.5%)と博多阪急(同62.6%)が圧倒的に多く、人気を二分している。これら2店舗に代表される博多シティには「売るための装置」として集客するいくつかの店舗設計の仕掛けがある。
アミュプラザ博多の9~10階には日本最大級のレストランゾーン「くうてん」が、そして屋上には屋上庭園「つばめの杜ひろば」が配置されている。「くうてん」は、名古屋のみそカツの矢場とん、洋食の麻布満天星、牛たん炭火焼の利久など日本各地の有名グルメを集結させ人気が高い。また屋上庭園にある「つばめの杜ひろば」も入場者数が150万人と好調だ。上層階に高い集客施設を配置することで、上層階の客が下の階へ降りてくるとき各階に立ち寄り、各階の売り上げに寄与することを「シャワー効果」と呼ぶが、JR博多シティはまさに上記高人気の集客施設を上層階に配置して各階の店舗の売り上げを伸ばしている。
また博多阪急の快進撃を牽引しているのはスイーツ人気の地下食品売り場と並び2階、M3階、3階の20代女性にターゲットを絞った実験的フロア「HAKATA SISTERS」だ。「HAKATA SISTERS」には博多阪急の商品配置と客を導く動線設計の妙が凝集されている。本来は商品管理部門が違う婦人服などのアパレルに靴、アクセサリー、雑貨等の売り場をMIX・凝集した。アパレルと雑貨をワンストップでコーディネイトできるという商品配置は20代女性に買い物がしやすいと評価が高い。
また「HAKATA SISTERS」の中心階3階は動線設計が入念に施されている。日経MJ紙によると、博多阪急から依頼を受けた店舗デザイナー梶原章氏は、斬新な内外装などより、客を導く動線設計や商品の配置が商業施設のデザインとして大切だと考え、同フロアーの店舗設計を練り上げた。同紙によると、「3階フロア中央部の動線は複雑なカーブを描き、床のラインだけでなく、天井やつり下げ装飾具も同じ曲線を並行して描くなど曲がる動線で売り場をあえてガチャガチャと入り組ませ、客にこの先を見てみたいと思わせる効果を狙っている。曲がりながら進む動線の要所には3本の柱があり、周囲にはバッグやアクセサリーなど、3階の顔となる雑貨を配す。柱の周りは、やはり丸みを帯びたラインで緩やかに区切ったアパレル売り場が囲む。印象的な雑貨に目をやりながら歩く客を無意識のうちに服の売り場に誘い入れ、買い回りにつなげる仕掛けだ。」
これらの店舗戦略は効を奏し、ターゲットとなる20代女性の購買心理を射抜き、地下食品売り場と並び「HAKATA SISTERS」は博多阪急の売り上げをけん引している。
2、人の流れを変えたキャナルシティイーストビル開業
■キャナルシティイーストビル開業
博多駅から徒歩10分の住吉地区に9月30日、世界有数のファストファッションを一堂に集結させたキャナルシティイーストビル(第二キャナル)が開業した。開業後1ヶ月間で、キャナルシティの来場者数は前年同期比1.7倍の185万人に達し、まずは順調に滑り出した。
イーストビルはJR博多シティとキャナルシティを連結する駅前の幹線道路「博多駅前通り」に接道し、博多駅からの動線が格段に良くなった。開業後は「博多駅前通り」の通行量が増え、イーストビルに接道する南側の歩道は特に通行量増加が顕著で博多駅からの回遊性が高まった。
イーストビルは、敷地面積8,770㎡、延床面積17,480㎡、店舗面積12,000㎡の地上4階建。H&M、スペインのZARA、ファーストリテイリングの「ユニクロ」、ポイントの「コレクトポイント」がいずれも複数のフロアにまたがり、床面積1,500~2,500㎡程度となる。当該各店は九州最大級の旗艦店となっており、大型5店以外は家具・生活雑貨のバルスも加えた衣料、飲食店など11店が出店した。
これまで大手SPA(製造小売業)は集客力の高い商業地に相次ぎ出店し、一定範囲の地域ゾーンのなかで水平的に分布するケースが主流だった。イーストビルは同一施設の中に世界有数のSPAが集結するわけで極めて異例の試みである。世界有数のカジュアル衣料店が凝集され、先端ファッション衣料から機能性衣料までリーズナブルな価格でワンストップで買い物できるという魅力が集客力を高め、開業後の好調さの要因になっていることは疑いがない。しかし、同一施設のフロアの大半を複数のファストファッション業態で埋めるという異色さが、リスク要因にもなっているという指摘もある。
■第二キャナルの強みに内在するリスク
ファストファッション業界は多店舗展開しており、例えばH&Mは12年春には天神西通りにも追加出店する。追加出店先がこのように既存店と離れているとは限らない。既存店と近い同一商圏内でもより良い集客立地・施設があればより大型店を展開する可能性が高い。さらにファストファッション業界はオーバーストアなのだ。オーバーストアの判別指標として既存店来客数がある。例えば日経紙によるとユニクロの既存店来店客数は08年度下期(08年3~8月)に前年比2.9%増になって以来、10年度上期(09年9~10年2月)まで2年にわたり前年を上回っていたが、10年度下期(10年3~8月)から前年実績割れに沈んでいる。
つまり、SPAが店舗のスクラップ&ビルドのドライな経営判断を下し、既存店が退店した場合、施設の空いた賃借部分が広大なため、なかなか次のテナントが見つからないかもしれない。日経MJ紙によると、イーストビルの場合、関係者の話では賃貸期限を設けて違約金を課すといった一般的なリスクヘッジはしていないもようだ。世界有数のファストファッションを同一施設に集結・配置し、カジュアル衣料の一大拠点にしたというインパクトの大きさは反面、施設運営のリスクにもなっている。
とはいえ、長期的に見るとキャナルシティが浮揚する計画が進んでいる。市による福岡市営地下鉄七隈線(橋本-天神南、12キロ)の延伸計画がそれだ。市の計画によると、延伸区間は天神南駅から博多駅までの約1.4キロ。博多口駅前広場の地下と、中間地点のキャナルシティ博多付近に新駅を設置。2020年度の開業を目指している。延伸効果として九州大大学院の塚原健一教授は「キャナルシティ周辺を核とする人の動きが生まれ、福博の回遊性向上につながる」と指摘している。
3、博多駅周辺の足元の地価動向
博多駅周辺エリアにおける大型商業施設の相次ぐ出現で、このエリアに潜在していた商業店舗開発のマグマが一気に噴火しそうになってきた。思い起こせばJ-REITや不動産ファンドなどの投資マネーが福岡市内の有望投資対象エリアとして最初に目を付けたのは博多駅前周辺ではなく市内の中心地として揺るぎない優位性を誇る「天神」だった。その後、国内外の投資マネーの流入で天神エリアは急激に地価が上昇し、投資対象範囲が天神周辺部の大名や今泉にまで拡散していった。
オフィスビルが街の顔だった博多駅周辺は、市内のなかでもオフィスビルの空室率改善が遅れており、博多駅を巡るビッグイベントが近づくまでは投資注目度は高くなかった。05年頃から九州新幹線全線開通や新駅ビルによる駅周辺開発期待が徐々に高まり、博多駅周辺へのJ-REIT、不動産私募ファンド等の資金シフトが始まった。その背景には買い漁られた天神地区の優良物件の枯渇もあった。06年地価公示では博多駅周辺エリアは15年ぶりに地価下落から反転して上昇に転じることになる。しかし、08年9月にリーマンショックが襲い、投資マネーが市内から撤収。国内景気の下降と相俟って福岡市都心部の地価は全域的に急激な下落に見舞われた。その後、世界経済や国内景気の回復が進み、市内都心部の地価も堅調となってきた。11年に入って九州新幹線全線開通・新駅ビル開業と博多駅を巡るビッグイベントが相次いで実現。9月21日発表された11年7月1日価格時点の福岡県地価調査基準地価格はこれらのイベントの実現効果を織り込んだ地価動向となった。JR博多駅周辺の3地点で地価が上昇し、博多駅東1丁目の地点は上昇率が4.7%と全国2位の上昇率だった。また博多駅前3丁目、博多駅東3丁目の各地点もそれぞれ2.9%、2.6%上昇を示した。
さらに直近の地価動向を10月1日価格時点の国土交通省の「主要都市の高度利用地地価動向報告」で見ると、博多駅周辺地区は7月1日からの3ヶ月で前回に続き上昇傾向を維持しており、0~3%の上昇となっている。取引対象はビジネスホテルが中心で、オフィスビルは現時の当該市場の軟調さから駅ビルや新幹線効果が見られない。店舗賃料も駅ビル内の賃料は上昇がみられるものの、駅周辺店舗は顧客の駅ビルへの流出が見られ、総じて横ばい傾向となっている。
JR博多シティは開業後、高い集客力を発揮しているが、この駅周辺エリアの本来の地域特性であるオフィスビルで賃貸市場の回復が遅れているため、当該エリアの地価が足元では微増程度にとどまっている。
4、博多駅周辺エリアの今後の展望
博多シティの開業前は博多駅を経由して天神に行く場合、ショッピング視点では博多駅は単なる通過点に過ぎなく、天神エリア内を回遊して買い物する傾向が強かった。JR博多シティや第二キャナルの相次ぐ開業で消費者が集う街の重心が東へシフトしたと言われており、市内の商業地は地殻変動を起こしている。博多駅周辺エリアのポテンシャルが相対的に高まっているのだ。快進撃を続けるJR博多シティの好業績の主因は九州・アジアの玄関口博多駅に立つという抜群の立地にあることは言うまでもない。
福岡大学都市空間情報行動研究所は2010年実施の「福岡都心部消費者回遊行動調査データ」を用いJR博多シティ開業後の天神地区と博多地区の入込み来街者数の予測調査をしている。その結果では天神地区で開業前27万9千人だったものが、開業後26万5千人と約1万4千人減少する結果となった。一方、博多地区では開業前14万3千人だったものが開業後19万4千人と約5万人増加する結果となった。
この予測調査を裏付けるのが日本政策投資銀行による分析レポートだ。同行が「天神と博多の一千人アンケート調査」と「JR博多シティ開業後の変化」からJR博多シティ開業後の変化を纏め分析したもので、この資料によると、JR博多シティ開業前後(10年、11年)の天神駅・博多駅の地下鉄乗車人員の伸び率は天神駅では3月のJR博多シティ開業後3~6%増の推移であるのに対し、博多駅は13~19%増と大幅な伸びを示した。これまでは商業施設が集積する天神駅の乗車人員数が博多駅を大きく上回っていたのに対し、11年には両駅の差がはっきりと縮まっている。
これらの調査からは博多駅周辺エリアが相対的に浮揚しているのに比べ天神エリアの地盤沈下という構図が見えてくる。しかし、現時点では総合的な商業環境で博多駅周辺が天神を上回っているといえない。博多駅周辺の商業集積はJR博多シティに限られ、周辺の商業集積が進んでいないからだ。
一方、天神地区はデパートをはじめ複合商業施設、縦横に張り巡らされた地下街などが高密に集積する巨大な商業基地化している。加えて飲食や街歩きの楽しみなど多様性にも富む。日本政策投資銀行が今年10月中旬~11月初旬に消費者約1,000人を対象にした調査結果では今買い物に行くのは「天神エリア」が4分の3、一方「博多駅エリア」が4分の1だった。天神の優位性は変わっていない。さらに天神地区の巻き返しの期待を集めるのが「天神西通り」だ。天神西通りは12年春にH&Mとフォーエバー21が出店予定で、周辺にはZARAやアバクロなど外資衣料品大手が既に出店しており、市内屈指の人が集まる注目のショッピングエリアとなっている。
開業前は九州新幹線効果で天神やJR博多シティの商圏が広島から熊本まで広がり、アジアからの集客も加わるなど集客の拡大と相まって天神・博多両エリアの回遊性が高まり、共に潤うというシナリオもあった。しかし開業後は九州一円からの集客やストロー効果は限定的だった。先に紹介した地域流通経済研究所の調査では大分市と鹿児島市でJR博多シティ開業に伴う地元商業施設の利用減少は1割を超えたが、熊本市は5%程度にとどまるなど影響は軽微だった。足元の現実は、期待ほど広域的に商圏が拡大せず、JR博多シティが天神地区の商業施設群の買い物客を奪ったという構図だ。
とはいえ、JR博多シティの開業当初からみると両エリアの商業施設間で年齢層や購入商品単価などメインターゲットの棲み分け相互補完の動きも一部に見られるようになった。先に紹介した日本政策投資銀行の「JR博多シティ開業後の実態調査」から両エリアの買い物客の特性が見えてくる。
- 「天神駅エリア」の買い物客は中央区・南区・早良区・西区が多く、「博多駅エリア」は博多区・東区に加え「その他福岡市外近郊」が多い
- 主な交通手段は「天神駅エリア」へは西鉄大牟田線・地下鉄・バスを利用する割合が多く、「博多駅エリア」へはJRの利用割合が多い(西鉄大牟田線はゼロ)
- 世帯構成は「天神駅エリア」へは「本人のみ」が最も多く、「博多駅エリア」は「夫婦+子供」のファミリー層が多い
今後、両エリアが限られたパイを奪い合う消耗戦を続けるのか、それぞれの特性を生かして棲み分け相互補完しながら共に発展していくのか、その行方を占うとき、福岡市内の商業施設は既に飽和点に達してオーバーストアという指摘がされて久しい。「経済産業省の調べによると、福岡市内の大型小売店販売額は1999年の3,682億円をピークに減少傾向が続き、2010年には99年比26%減の2,728億円に縮小した。一方、同市内の小売業の総売り場面積は99年の159万平方メートルから増加し続けており、最新の商業統計調査では99年比9%増の173万平方メートルに拡大した。」(日経MJ)
オーバーストアに加え、日本経済の構造問題から個人消費は長期にわたり低迷すると見られる。高齢化による消費機会の減少・来店距離短縮や個人消費を支える雇用者報酬の減少は中長期的に見て避け難い現実だ。福岡市のように現状で人口増加している都市で高齢人口増加率は今後急増する。10年度の名目雇用者報酬は全国ベースでピーク時の97年度から9%も減っている。ほかにもデフレ経済や日本の潜在成長率の長期的低下など個人消費低迷要因は数多い。都市ポテンシャルが高い元気都市「福岡」でも天神VS博多駅の両雄は並び立たず、今後も生き残りを賭けた消耗戦が続くのではないだろうか。
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