これから日本の地価が下落するこれだけの理由
国内不動産価格動向について、未曾有の東日本大震災直後には相当の悲観的見方が広がったが、例えば首都圏について見るとゴールデンウィークのモデルルームの集客や4月の契約率とか東日本レインズの4月の流通市場動向報告では当初の予想より落ち込みが少なく、業界には早くも安堵感さえ漂っている。
しかし、この先、震災による企業のサプライチェーン寸断や電力供給制限、原発事故の収束に見通しが立ち、国内経済が年後半から回復して、短期的に不動産市場が回復したとしても、やがて復興需要や住宅支援策効果は剥落し、長期的には国内の不動産市場の低迷が続くと考えられる。本コラムで取り上げる負の構造的諸要因による地価下落の恒常化は地方都市からやがては東京や地方中枢都市の名古屋、福岡など大都市にも伝播していくと考えられる。その主な根拠を挙げてみよう。
■不動産需要量減少1:生産年齢人口の減少と大都市で加速する高齢化
労働力の中核となる15~64歳の生産年齢人口は不動産や住宅の需要量とリンクしている。総務省の「住宅・土地統計調査」によると世帯主が30~44歳で持ち家比率が顕著に上がることが確認されている。そして日本は先進国のなかでも際立って生産年齢人口の減少が大きい。特に国内経済への影響が大きい20~30歳代の若者人口動向はこの先、他の先進国と比較しても極めて深刻な減少期を迎える。
「20~30歳代の若者人口は、日本では05年からの45年間で▲51.6%と半減する。それに対してフランスではわずか▲5.0%に過ぎず、イギリスでは逆に+1.5%の増加であり、アメリカではなんと+30.5%も増加すると予測されている」(松谷明彦著「人口減少時代の大都市経済」)
日本の長期停滞の原因は人口動態にあり、10年にわたって、特定の業界で供給過剰による値崩れというミクロ的な現象が続いていると指摘するのは日本政策投資銀行の藻谷浩介氏だ。東洋経済WEBサイトで、「供給過剰が起きているのは、住宅、家電、車を筆頭に、家具やスーツや居酒屋まで、販売量が現役世代の頭数=生産年齢人口に連動しやすい業種で、生産年齢人口の絶対数が減り始めた地域から先にモノが売れなくなり、経済が傷んでいくという現象が明快に観察される。(中略) すでに住宅・不動産業界では、住宅取得者の中心である40歳前後の数がこの時期から減り始めたので1990年代前半に値崩れを起こした」という認識だ。
これまでも人口減少が急速に進み、高齢化比率が高い地方都市はその影響を受け地価下落が先鋭化し、右肩下がりで下落を続けている。一方、東京や名古屋、福岡など一部の大都市では、1990年初頭のバブル崩壊後は地方都市と同様に地価下落が続いたが、05年からリーマンショックまで円安とカネ余りで国内外のファンドやJ-REITなどによるミニバブルと囃される地価上昇も起きた。しかし、今までは人口動態に起因する構造的地価下落トレンドとは無縁とも思われていた一部の大都市部も今後は深刻な環境になっていく。その主な理由は大都市部では、高度成長期に地方から大量に流入した世代がこれから一斉に高齢期に入るからだ。
国立社会保障・人口問題研究所の推計では、30年後の地域社会の人口は、高齢人口割合は地方圏で高いが、高齢人口の増加率は大都市圏で高く、今後急増する。高齢化のスピードは大都市地域で加速し、地方都市よりもより厳しい局面を迎える。これまでは地方からの若者を中心とした大都市への人口の流入が続いていたが、先に書いたように20~30歳代の若者人口が05年からの45年間で51.6%と半数に減少するため、大都市部の高齢化を緩和する規模には達しない。また次に詳述するがすでに人口移動率は、都道府県間・都道府県内ともに、長期に亘って、低下傾向にあるのだ。
高齢化率は地方地域が高いが、高齢化速度は大都市部の方が断然速い。松谷明彦氏は社会経済にとって高齢化率の高さやよりもその変化の大きさが問題とする。つまりその高齢化の変化量と速度に社会システム変化が追いつかないので、今後の人口減少社会で、より厳しい環境に置かれるのは大都市地域としている。例えば高齢化の加速は生産年齢人口を相対的に減少させ、財政状況の悪化で低福祉・高負担に傾斜していくため、行政サービスも悪化し、大都市の生活水準が低下すると指摘している。
このように日本では高齢化率のすでに高い地方地域とこれから高齢化が加速する大都市地域ともに生産年齢減少による労働力減少、生産効率低下、消費の縮小、地域財政の悪化というマクロ的な病弊を抱えている。ミクロでみると生産年齢人口は不動産や住宅の需要量と特に相関性が高いため、その減少で地価下落が全国的スケールで恒常化していく可能性を孕んでいるといえよう。
■不動産需要量減少2:人口移動の停滞
転勤、就職などで移動する人口移動は、持ち家、貸家に対する需要上昇要因であるが、日本経済研究センター「経済百葉箱第50号 2011.3.30」によると人口移動率は、都道府県間・都道府県内ともに、長期に亘って、低下傾向にある。その原因は
若者人口の急減が国内で進むため、進学や就職で地方圏から大都市圏へ移動する機会が減少している。親の年収が伸び悩むなか、大学生の自県内進学も増加している。
雇用情勢が厳しく地方圏から都市圏への就職のための人口流入もかつてに比べれば細っている。
パラサイトシングルの増加も加わって、1 人暮らしが減少する傾向にある。このことは、貸家の需給バランスを崩し、新規の貸家着工を減少させる方向に働くと考えられる
などの諸要因があり、いうまでもなく、持ち家、貸家に対する需要を下振れさせる。
■不動産需要量減少3:賃金低下
日本国内で進んでいる賃金低下が住宅取得の有効需要量を減少させている。賃金低下は世界経済のグローバル化から始まった。冷戦後、30億人の発展途上国、旧社会主義国が市場経済に参入し、メガコンペティション(大競争)によるグローバルな供給過剰が定着し、中国を始めとする低賃金の労働力が大量に世界経済の枠組みに取り込まれた。その結果、財の生産コストが急激に低下、経済学の「要素価格均等化定理」のとおりに賃金等の各国の生産要素価格も一定水準へ収斂し、賃金水準が比較的高かった日本の賃金が低下していくこととなった。
また日本製品の国際競争力低下が進み、大企業では売上高人件費率を低下させた。つまり労働分配率の低下により賃金の低下、人員削減、派遣比率の増大などが進んだ。近年の賃金低下トレンドが総需要量を低減させるため、日本国内のデフレを生む元凶とする見方が多いが、賃金低下が住宅取得価格や貸家の賃料を抑制することはいうまでもない。
■不動産需要量減少4:生産拠点等の海外移転
足元で加速している製造業の海外生産シフトも国内の地価を下振れさせる。かつては中国の安い労働力を活用して生産コストを低下させる生産工場移転で国内産業の空洞化リスクが叫ばれ、地方経済の衰退、雇用の減少を招き、不動産需要を減退させた。しかし今起きている生産拠点移転は当時と様相がやや異なる。
現在、起きている海外生産拠点シフトは新興国の巨大な消費市場を取り込む狙いから起きている。さらに海外シフトの動きは製造業だけにとどまらず、小売りや外食などサービス業といった非製造業でも日本国内から新興国の巨大消費市場へ軸足を移した海外店舗展開が加速している。この変化は今後の地価動向を考える上で重要だ。
かつて製造業の工場の海外移転による産業空洞化が製造業に依存する地方経済を直撃した。政府は、「均衡ある発展」をスローガンに、工場を地方に分散させてきた。その結果、地方地域で第三次産業が育たず、製造業や公共工事に過度に依存するという歪な形が定着した。地方の雇用が偏ってしまい、国際分業のグローバル化の流れから企業の工場の海外移転が始まり、地方の雇用が失われてしまうことになった。近年の公共工事の削減傾向も地方経済を直撃した。このような地方経済の疲弊は工場地の需要のみならず雇用の縮減で住宅需要や商業地の商況に影響し、地価を恒常的に下降させる要因となった。
今起きている生産拠点の海外移転は、人口減少等でマーケットがシュリンクしていく日本国内から経済規模が拡大する新興国需要を狙い生産拠点を新興国へシフトしていく動きだ。この動きは今後も増加し、海外現地生産比率は1995年の8.1%から2015年には21.4%まで高まると予測されている。
今回の震災は高度に効率化し集約された生産拠点を持つ日本企業の優位性は、サプライチェーンの一部でも機能不全になると全体が止まるというリスクを併せ持つという不安を高めた。企業は、リスク分散で生産拠点の海外移転をさらに加速させる。円高に加え、この先、電力価格が上昇すればこの動きを後押しするだろう。
また、これまでは小売りや外食など非製造業の海外移転の動きは製造業に比べ鈍かったが、縮小していく国内市場への危機感から国内から海外消費市場へ軸足を移した海外店舗等の展開が各社で加速している。例えばユニクロは、現在の店舗数は国内825に対し、海外は150。ユニクロ事業の売り上げに占める海外の比率も現在の約1割を4~5年後には半分以上に高める計画だ。ファミリーマートも策定した2020年までの長期計画では、国内の店舗数は1万1,000店にとどまり、海外は全体の7割超の2万9,000店体制を目指す。
外食各社もアジア全域で出店を加速する。吉野家ホールディングス(HD)は12年2月期に90店と過去最多の出店を計画。ゼンショーは月内にタイに進出し、モスフードサービスもアジアを中心に海外店舗を5年で倍増させる。国内市場の縮小が続くなか、大市場の中国に加え、成長が見込める東南アジアなどでも店舗網を早期に拡大し、収益の柱に育てる。(日経5.9)
国内企業による海外シフトは、かつては現地の安い労働力を狙った生産コスト削減が主因の工場移転だった。今回は新興国の大消費市場をターゲットに工場からオフィス、店舗に至るまで多用途で起きており、日本国内の不動産需要を重層的に下振れさせる負の要因となっていくと考えられる。
■本格的住宅余剰と国内産業空洞化時代の到来
以上のように生産年齢人口の減少、高齢化といった人口動態や家計の所得低下等で今後の住宅の需要量減少は避けられない。住宅需要量の構造的低減は「世帯数と住宅ストックの逆転」や「空き家率拡大」さらには「新設住宅着工戸数の減少」といった側面の長期トレンドで明確に確認される。
総務省の「住宅・土地統計調査」では08年に現存する住宅戸数は5,759万戸、一方、世帯数は4,989万戸と既存住宅ストックが世帯数を超えている。すでに1968年時点で総住宅数が世帯数を上回っていた。以後、その格差が拡大している。空き家数も08年に757万戸で1973年と比べ4.4倍に拡大するなど一貫して増加している。08年の空き家率は実に13.1%に達する。高齢化率が高い島根、和歌山、鹿児島、高知、山口などで自家用の空き家率が高いのが特徴だ。
1973年に最高水準の約190万戸だった住宅着工は1998年以降は概ね120万戸に縮小して推移した。リーマンショックを受け、09年9月分で年率70万戸まで落ち込んだが、ここにきてやや回復傾向にある。しかし(財)建設経済研究所の予測では11年は85万2,000戸。筆者の予想では、この先も住宅着工は100万戸を割れ90万戸程度と1973年に比べると半減して推移するのではないだろうか。さらに2015年には世帯数も5,045万世帯でピークアウトして減少に転じるため、住宅余剰に拍車がかかり住宅地地価の下落要因となるだろう。
さらに深刻なのが製造業・非製造業の生産拠点や店舗等の新興国シフトの加速だ。少子・高齢化と相まった労働力人口減少で、技術革新などの生産性上昇、資本蓄積を考慮しても1980年代には4%半ばだった日本の潜在成長率は足元で1%弱程度に低下した。この先も国内経済は低成長傾向がダラダラと続くと見られている。また、先に書いたように労働分配率が低く、家計所得が伸び悩んでいるため、購買力が全般的に低下しており、国内の需給ギャップの要因となっている。不動産への有効需要量を縮小させていることはいうまでもない。
シュリンクする一方の国内市場に比べ、新興国のアジア等はこれから富裕層、アッパーミドルの飛躍的拡大が見込まれて可処分所得が増大し、巨大な消費市場となる。企業による生産拠点や店舗等の海外移転シフトは止められず、ますます加速し、その結果、国内の経済、産業の空洞化を進め、多用途にわたり不動産需要を低下させていく可能性が高まっている。
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