東日本大震災後の住宅市場
■震災の打撃、日本経済を襲う
未曾有の大震災が日本列島を襲った。M9級巨大地震・10m超の大津波という自然災害に加え、史上最悪のチェルノブイリと同等のレベル7級の原発事故という複合ショックが列島を震撼させた。その被害額は政府試算で16~25兆円に及ぶという。当該試算には東京電力の原子力発電所事故や放射能被害は含まれてないので、最終的な被害額はさらに拡大する見通しだ。緩やかながらも回復基調にあった日本経済を戦後最大といわれる今回の震災が下降させることになってしまった。
これまでの自然災害は、住宅や工場など住居や生産施設を損壊し、港湾、道路、ガス、水道など社会・生活インフラを寸断させるため、発生直後は当然ながら国内経済が下降する。しかし、その後は徐々にインフラ復旧のための財政支援に支えられた復興需要が経済を回復させるという循環が始まるのが常だった
今回の大震災は想定をはるかに超えたといわれる大津波に加え、レベル7の福島原発事故が重なった。岩手、宮城、福島各県の沿岸部の都市が広範囲に根こそぎ壊滅し、瓦礫の山と化してしまった惨状に加え、放射能という見えない恐怖が日本国内を覆った。風評被害が消費を委縮させ、政府の後手後手となった対応もあって放射能の恐怖は国内だけにとどまらず、世界的にも実体のない恐怖が飛散、連鎖し、日本製品の輸入を規制する動きもでている。
震災により国内経済が直面するマイナス要因は、
- 電力供給不足の長期化リスク。これから電力需要がピークとなる暑い夏場を迎えるが、例年より最大25%程度減らさないと停電する恐れがある。停電を避けるため大口需要先である企業などが生産を抑制、営業時間を短縮するため、国内の経済活動が下降する
- 部品などのサプライチェーン(供給網)の寸断リスク。東北はハイテク産業の集積地となっており、東北地方の部品・素材メーカーが被災したため、原材料、部品の調達が滞り、製品の生産ができない自動車・電機メーカーが続出。国内企業の生産活動は当然ながら低下するが、そこから部品や素材の供給を受けている海外メーカーの米国生産拠点まで停止する可能性がある
- 供給サイドだけでなく、需要サイドでも先行き不透明感と景気停滞懸念から設備投資計画を見直す企業が増加して企業の雇用・賃金抑制で消費が一段と冷え込む。設備投資の抑制や雇用悪化は企業の業績下振れと相まってオフィス需要を減少し、雇用や所得抑制は住宅の購入マインドを冷やし、有効需要を低減する
すでに震災の影響を織り込んだ経済指標もいくつか出ている。なかでも景気の落ち込みを最も鮮明に反映したのが4月8日に内閣府から発表された3月の景気ウォッチャー調査だ。
現状判断DIは前月差▲20.7 ポイントの27.7 と、急激に低下した。単月の低下幅としては09年11月、あのリーマンショック後の最大値▲7ポイントを大きく超えた。家計、企業を問わず悪化しているのが特徴だ。
財務省が20日発表した3月の貿易統計でも輸出額は前年同月に比べ2.2%減った。自動車や電子部品の落ち込みが響き、1年4ヶ月ぶりの減少に転じた。3月上旬は14.8%増、3月中下旬は9.7%減で、3月11日の震災発生が大きな打撃を与えたことがわかる。
貿易収支も急激に悪化した。3月の貿易黒字は前年同月比78.9%も減少した。輸出減に比べ輸入が増えたのは、資源高に加え、震災後の日用品や食料品の需要急増で輸入が増えた反面、サプライチェーンの寸断で自動車、電子機器の輸出が減少したからで、4月には貿易赤字に転落する可能性が高い。
貿易収支の悪化は円安に振れやすくするが、サプライチェーンが損壊し、生産抑制している輸出企業にとって為替の恩恵は少ない。貿易黒字の減少は、国債を買う余剰資金である原資の減少でファイナンス力を低下させ、長期金利が上がりやすくなり、国内の不動産市場にとってマイナス要因となる。
震災後、個人消費も落ち込んだ。経済産業省が発表した3月の商業販売統計速報によると、小売業販売額は前年同月比8.5%減の11兆2,460億円で、3ヶ月ぶりの減少だった。東日本大震災や東京電力の計画停電などが影響した。大型小売店の販売額は、百貨店とスーパーの合計で6.7%減の1兆5,076億円。既存店ベースの販売額は7.7%減だった。うち百貨店は15.0%減、スーパーは3.3%減だった。
さらに経済成長率も下振れする。米ゴールドマン・サックス・グループのエコノミストは震災後、2011年度の日本の成長率予測を1.3%から0.7%へ下方修正した(ブルームバーグ3月30日)」。4~6月期経済成長率の国内民間エコノミストの予測の中心値は年率換算マイナス2.83%。日本経済が当面は下降するのは間違いない。4月1日発表された日銀短観も企業の「先行き」見通しが地震前の+3ポイントから地震後-2ポイントに大きく落ち込むなど企業の不安感が鮮明に出ている。
■震災後の株価の動き
3月11日発生した震災直後の株価は3月14日、15日の2日間で-16.1%と記録的下落をした。しかし、その後は市場も落ち着きを取り戻した。米国、中国をはじめ新興国の経済が堅調なため、国際通貨基金(IMF)は最新の経済見通しで世界全体が11年は4.4%、12年も4.5%の成長と予測。北アフリカ・中東情勢などがもたらす商品市況高から来るインフレ懸念や、欧州の財政不安というマイナス要因は内在するが世界経済の拡大基調が日本株を下支えしているともいえる。
株価の回復には海外投資家の日本株買いが見逃せない。海外投資家が株価急落からの1ヶ月間で1兆5,000億円超も日本株を買い越した。「野村週報第3270号」によると3月には海外投資家は昨年1月以来の水準となる1兆4,034億円買い越している。特に震災直後の14~15日TOPIXが16.3%下落した局面で積極的な買いを入れたようだ。
余談だが、香港のヘッジファンドがショートスクイーズで巨額の利益を上げたという噂さがある。3月末にストップ安が続いていた東京電力株に狙いを定め、市場が閉鎖に向かう時間帯を見計らって大量の買いを入れる。株価が割安感で買い注文が入ったと思わせ、売り手が慌てて時間外取引や翌日の市場で買い戻しを入れて株価が上昇したそのタイミングで売り抜けるという手法だ。事の真偽は分からないが相場が急変するときに投資妙味を嗅ぎわける彼等の嗅覚はかつてのハゲタカファンドを彷彿とさせる話だ。
震災直後から見れば回復したとはいえ、ここにきての株価は9,500円~9,800円の狭いレンジでの動きに終始している。株価が逡巡している背景には今週から始まった主要企業の11年3月期決算発表でどれ位の特損が計上されるのか、今期(12年3月)の企業やアナリストの見通しはどうなるのかなど、個別企業ごとに震災の影響を計ろうという投資家の思惑がある。さらに為替相場やリスク資産への資金の流れに影響する26~27日予定の米連邦公開市場委員会(FOMC)や今後、相次ぐ経済指標などを見極めたいとのムードも強い。
暑い夏を全国民の英知と努力を結集した節電で電力供給不安を乗り切った後、涼しい季節が来るころに原発リスクが収束し、サプライチェーンも回復、復興需要の拡大に伴って日本経済が回復軌道に復することができるのか、さらに厳しい局面が日本経済を襲い、厳寒で凍死してしまうのか誰にも先は見えない。
■震災後の住宅市場
シンクタンクの調査レポートは、少なくとも短期的には住宅市場を含む不動産市場全体が停滞するという見方が主流だ。例えば「ニッセイ基礎研究所は不動産分野の実務家・専門家を対象に4月中旬に緊急アンケートを実施、不動産投資レポート「東日本大震災の不動産市場への影響」を発表した。震災が不動産市場に与える影響の大きさは、「やや深刻」「深刻」「非常に深刻」の合計が9割超で、「それほど深刻ではない」はわずか8%にとどまった。これから選別が厳しくなると懸念される不動産タイプは分譲マンションがトップ、オフィスビルが続いた。」
購入者の住宅地を見る目も変わった。震災後、浦安、新木場、豊洲等の湾岸エリアの液状化が話題になっているが、10m超津波の巨大な黒い悪魔が都市を根こそぎ掻っ攫い、瓦礫の山にしてしまう恐怖のTV映像が日本中に繰り返し流れ、沿岸部の住宅エリアのリスクも露呈した。今回の震災や原発事故で海外投資家の日本の不動産の見方がよりシビアになったのは言うまでもない。震災後、急速に醸成されているのは高い耐震性や自家発電設備を備える高スペックビルへの移転需要と、東京一極集中リスク回避の動きだ。
先行き停滞感が高まる不動産セクターのなかでJ-REITの投資口価格は、震災後、一時急落したが、震災による影響が軽微であったと各社が迅速に情報開示したことに加え、日本銀行が、J-REITを含む「資産買入等の基金」の買入残高の上限を引き上げ、震災以降、投資口を断続的に買い入れたことが市場を下支えし、震災前の水準近くまで市場が回復しているのは注目される。
▼震災後の物件取得状況(単位:百万円 出典:みずほ投信投資顧問調査レポート)
震災前の住宅市場は、住宅ローン減税、住宅版エコポイント制度、贈与税の非課税措置の拡大、住宅支援機構の優良住宅取得支援制度(フラット35S)による住宅金融の拡充など政府の住宅施策と相まって国内景気の回復が遅行性のある家計の雇用や所得にも徐々に波及し、住宅の有効需要が改善の兆しが見え始めていた。
マクロ経済の回復軌道を眞逆の方向に下降させたのが今回の震災であるが、住宅市場にとってもその影響は大きく、購入マインドが冷え込むことは避けられない模様だ。
まずマンション販売に陰りが出ている。不動産経済研究所が4月14日発表した3月のマンション市場動向によると、東京都区部を中心に供給が前年同月比27.0%減の1,284戸、区部以外の都内は7.8%減。同研究所は3月の首都圏での発売件数を4,200戸とみていたが、予測から12%余り下振れした。マンション市場は復調傾向にあったが、同研究所は「首都圏では4月は10~15%程度は減る」と予測する。
販売現場でも震災後は風向きが変わった。「3月は営業活動の自粛でモデルルームの来場者が半減した」(大手不動産)。3月は新年度を控え、物件が最も動く時期。各社とも来場者数の減少には頭を抱える。「4月に入り、広告も再開し客足は戻りつつある」というが、震災前の活気とはほど遠い。
マンションに戸建住宅を加えた住宅市場全体も少なくとも復興のシナリオが見えだす夏場過ぎまでは日本全体の消費マインドの委縮と連動した購入マインド低下は続くだろう。また他産業の工場被災や計画停電による生産縮小は購入者の雇用・所得環境を悪化させるので住宅の有効需要も減少し、買い控えで住宅価格の下落が起きそうだ。
しかし、住宅価格はトータルとして下がりにくくなっている。その理由は今回の震災でサプライチェーンの寸断は住宅設備機器、建材メーカーにも及んでおり、これらの供給サイドから価格圧力がかかるからだ。特に合板は住宅の壁・床に多く用いられ、仮設用住宅でも多く使われるが、構造用合板で約50%のシェアを持つセイホクが被災するなど調達が難しくなっている。
野村証券の「野村週報」によると、同社が継続的に業績を予測する企業で生産停止している住宅設備機器、建材メーカーの工場は以下となっている。
- 住生活グループ
- TOTO
- クリナップ
- アイカ工業
- 二チハ
茨城県サッシ工場、埼玉県の外壁工場
福島県のファインセラミック工場
福島県主力6工場
一部の化学製品製造工場
福島県、茨城県の外壁工場
分譲マンションにしろ、分譲戸建て住宅にしても敷地価格+住居の建築価格から構成されるため、建築コストの上昇は、敷地価格を圧縮することととなる。足元の経済状況と購入マインドの冷え込みを考えるとマンション事業者等もこの時期に全体価格にコストを転嫁し難いからだ。
不動産経済研究所の福田秋生企画調査部長は「震災後の購入意欲を見極めるため、大手が供給を絞る動きがある」と指摘し、「今後3ヶ月程度は供給がマイナスになる可能性が高い」とみているが、このような業界動向は、マンション用地と呼ばれる比較的回復が早かった大都市部の利便性が高い住宅地の需要にマイナス要因となり、今後の地価動向が注目される。
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