不動産投資マーケットの現状と展望
まず国内の不動産マーケットの足元の動向を見てみよう。10年に入って紆余曲折はあるものの曲がりなりにも国内景気は緩やかだが回復している。国内景気回復と相俟って地価動向も回復基調で、主要都市のなかには地価下落幅の縮小に加え、一部地域で底打ちから地価上昇に反転している箇所も見られる。
国土交通省が発表した7月1日時点の基準地地価では、住宅地、商業地ともに下落幅が縮小した。大都市の住宅地の地価は下げ止まりつつある。その一方で、商業地の底入れにはなお時間がかかりそうだ。例えば、全国の商業地で下落率が最も大きかった上位10地点をみると、4地点は東京の銀座だった。高級ブランド店が撤退し、高い賃料を払う借り手が見当たらない。これまでの地価下落局面に比べ、リーマンショックを受けた今回の商業地の地価下落の特徴は需要が急激に縮小したことに起因する需給ギャップの大きさが目立ったことだ。
一方、住宅地の地価回復は鮮明だ。持家と分譲住宅が増加し全体を押し上げた。分譲マンショ、分譲一戸建住宅の販売がかなり好転している。マンション・戸建住宅販売の堅調さの要因としては、
- 住宅ローン減税
- 住宅版エコポイント制度
- 贈与税の非課税措置の拡大
- 住宅支援機構の優良住宅取得支援制度(フラット35S)による住宅金融の拡充
など政府の住宅施策が効果を挙げているのに加え、国内景気の回復が遅行性のある家計の雇用や所得にも徐々に波及し、住宅の有効需要に改善の兆しが見え始めたことがある。
有効需要の改善要因は供給サイドでも進んだ。地価急落でユーザー目線まで価格調整がなされた。例えば、東京都区部のマンションは07~09年に1戸当り約15%低下し、値頃感が出ている(日本経済新聞)。また今のところ都心や好立地に限られるが不動産各社のマンション用地取得の動きが活発になっており、人気地区では高額マンション物件も売れている。
商業地の地価は、後で詳述するが、9月末~10月に入って相次いで発表された日銀短観や鉱工業生産指数など直近の経済指標が良くない。ここにきての急激な円高や米景気の不透明感の高まりに加え、EUで信用リスクの高さを示すクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)のアイルランドの保証料率が過去最高まで上昇するなどソブリンリスクが再燃。さらには中国漁船衝突事故が引き起こした尖閣諸島領土問題で日本経済の中国依存リスクが高まるなど足元のマクロ経済の不透明感や政治リスクがしばらく続きそうなのだ。
新興国の外需やコスト削減努力で企業業績が急回復しており、企業の手元流動性は急速に高まっているが、この先の不透明感が強く、懐具合が暖かくなってきても設備投資に踏み出すことに慎重な企業が大半で、軟調なオフィスマーケット等を覆う暗雲が当面は晴れそうにない。
1、外資の日本不動産投資が再燃の兆し
海外不動産投資家は、リーマンショック前までは好調な自国の投資運用の余剰資金で日本の不動産に投資していた。しかし、未曾有の金融危機で不動産ファンド等がグローバルスケールで傷んだため、本邦のハイレバレッジ投資を主導した海外投資銀行やファンド勢が日本の不動産投資市場から撤収した。
リーマンショックから2年、金融危機の傷も癒えつつあり、世界経済も回復途上にある。世界的な株価回復でリスク許容度が増したリスクマネーも動き出した。外資系不動産プレイヤーの姿が本邦市場で増えている。海外勢の本邦不動産投資の現状や背景を考えてみよう。
■アジアのなかでの日本の不動産投資の位置づけ
高い経済成長が続くアジア成長国のなかで、キャッシュフローが比較的安定し、イールドギャップも高いとはいえ、この先、少子高齢化などに起因するデフレや経済の低成長から抜け切れず、出口戦略が描きにくい日本国内の不動産に海外勢は何故投資するのだろうか。その理由を探ってみよう。
ニッセイ基礎研究所不動産投資レポートによると、「近年、中国を中心としたアジア不動産市場の存在感が急速に高まっている。たとえば、09年の世界の都市別にみた商業用不動産取引額は、ロンドン、東京、パリに次いで香港とソウルが4位と5位につけており、さらに上海、北京、シンガポールがそれぞれ7位、12位、14位にランクしている。」
海外からアジアの不動産投資市場へ資金が流入する経路は、ロイターの永野護氏のコラムを参考にすると3つある。
- 不動産市場への直接的な流入
- 不動産関連株の購入
- 証券化商品の購入
直接的な不動産市場への資金流入が顕著である中国に対し、シンガポール、香港では第3のルート、すなわち不動産投資信託(REIT)市場への資金流入の拡大が目覚ましい。
アジアの新興諸国は「人口ボーナス」と呼ばれる生産年齢人口の長期的増加(中国は一人っ子政策があり例外)に支えられて今後も高い経済成長を続けていくと予測されている。日本の高度成長経済期に見られた急激な都市膨張と大都市への人口流入が起きており、今後、各国で成熟に向かつて不動産市場形成が急速に進むと期待されている。
一方、日米欧先進国への不動産投資は長期的には高い成長が期待できない。海外勢はMPT理論等に基づきアジアの成長国を組み込んだグローバルポートフォリオを構築し、アジアの高い成長性を取り込む試みに傾注している。
しかし、日本を除くアジア諸国は、カントリーリスクが総じて高く、アジア各国の政策や規制は多様で独自性が強いため、アジアの中で政治や税制などの安全性や社会インフラ整備、情報の透明性が高い日本のアセットを組み込んでポートフォリオを構築することで、これらのリスクを分散できる。
また、アジア成長国は当面の不動産市場経済は住宅開発が中心で進むため、日本などアジア先進国のオフィス投資をポートフォリオに加えてセクター分散を図るという側面もある。
■外資系不動産プレイヤーの動き
海外投資家の日本国内不動産買いが徐々に開始・再開されてきているが、米系投資プレイヤーと最近活発な動きを見せる同アジア系に分類し、取得不動産や投資の狙いをまとめたのが下表。
▼米系投資プレーヤー
▼アジア系投資プレイヤー
リーマン直後、撤収していった外資系不動産ファンドなどの海外投資家が、日本の国内不動産へ投資を回帰もしくは新規参入してきた背景は次のようなことが考えられる。
- 不動産投資利回りから資金調達コストである長期金利を控除した「イールドスプレッド」が4~6月期で米国(4.74%)を下回るが、3%台の英国やドイツ、1.21%の香港より高い
- オフィス市場で本格的回復に至っていないが、東京都心部のS、Aクラスビルなど一部で空室率の低下が見られる
- 日本経済は低成長だが、中国からの観光客が急増するなど観光旅行業の市場が拡大しており、関連産業であるホテル等の投資価値が高まっている
- 国際分散投資先として、世界第2位の経済大国で、不動産マーケットの規模が大ききく、流動性や情報の透明性が高い。また他のアジア諸国と比べカントリーリスクが低く、安全で観光資源や住宅設備の水準も高い
- 大手銀行が貸し渋り批判から4月以降、投資資金の融資を拡大し始めている
- J-REITの1月からの資産取得額がすでに昨年の1.8倍に達するなど、国内投資向け不動産を巡るファンダメンタルズが改善してきている
なお、中国の不動産投資家による対日不動産投資熱が高まりが、メディアを賑わせている。中国国内不動産が中国政府による不動産バブル抑制策で価格高騰が鎮静化しており、また09年7月中国人向け個人観光ビザ解禁に続き10年7月に中国人の個人観光客に対するビザ発行要件が大幅に緩和され、訪日しやすくなったなどの背景がある。この点については筆者のコラム「中国投資家に高まる日本不動産熱」で詳細に言及している。
2、J-REIT市場も回復へ
足元のREIT相場が堅調だ。「相場の指標となる東証REIT指数の年初からの騰落率は3.3%。ギリシャ危機や為替の円高といった海外要因によってマイナス7.6%に東証株価指数(TOPIX)とは対照的だ(日経ヴェリタス133号)。
一方、国内株価は軟調。米中景気の減速懸念が強まり、雇用や消費の回復が遅れている米国ではFRBのさらなる金融緩和も視野に入るなど日米金利差の縮小で為替の円/ドルレートで円高に触れ、輸出企業の業績下ブレ懸念が高まっているからだ。
東証REIT指数は、REITの投資口に対する分配金の利回りは平均5~6%と高く、国内金利の超低水準と比べた優位性をマーケットは素直に好感している。7月1日現在価格である基準地地価が総じて下落幅の縮小を見せたこともプラスに作用しているようだ。
また需給面から見ても市場の約35%を占めるメインの海外投資家の売りが一巡しており、7月には国内機関投資家の買越額が3年ぶりに100億円を突破するなど東証REIT指数が下がりにくくなっている。
REIT相場の堅調さは、投資法人の物件取得意欲を高めている。業界団体の不動産証券化協会によると、10年1~6月に東証に上場するREITが取得した物件は総額3,663億円。09年通年の1.5倍に達した。不動産証券化協会の岩沙弘道理事長は「最悪期から脱し、市場は活性化しつつある」と評価する。不動産大手の幹部らも「長期運用を目指す地方銀行や年金基金などの投資家が投資口購入を再検討している」と環境変化を喜ぶ(日経産業新聞)。
今年に入り増資や投資法人債による資金調達が増えている。増資はREIT市場の投資口価格の回復が背景で、投資法人債は長期金利低下で発行が増えている。ロイターによると、リーマンショックから間がない昨年は投資法人債の発行はゼロだったが、10年に入り9月末までにREITが投資法人債で調達した資金は1,395億円となった。調達された資金は新規物件取得や借入金返済に回されている。
しかし、事業会社の社債の販売が低金利を背景に順調なのに対し、投資法人債は、流動性の低さや、金融危機でデフォルトが現実のものになったREITがあったため、購入に慎重な向きがまだ多く、投資法人債の基準金利に対するスプレッドは、例えば、「9月下旬に払込があったグローバル・ワンの投資法人債(年限7年)は1.59%だった(日経ヴェリタス134号)」に見るように1%前後の国債に比べ高止まりしている。
また金融不安が薄らぎと相まった金融機関の不動産への資金回帰がREITにとってプラスに作用し、JREITの資金調達環境の改善に寄与している。例えば、三井不動産系のREIT、フロンティア不動産投資法人は7月に三井不動産から「ららぽーと磐田(静岡県磐田市)」と東京・銀座の商業ビル(信託受益権)を約280億円で取得した。このうち約180億円は公募増資での調達だった。資産運用会社、三井不動産フロンティアリートマネジメントの田辺義幸社長は「リーマン・ショック直後には新規融資を一斉に中止した金融機関が、1年ほど前から貸し出し態度を軟化させたことが追い風となっている」と証言する(日経産業新聞)。
REITの年初からの騰落率ランキングで各セクター別の動向を見ると、住宅やホテルを主体とするREITの上昇率が高いのに比べオフィス系が空室率や賃料で苦戦しているため、総じて下落し軟調な展開となっている。
▼REIT騰落率ランキング
※出典:日経ヴェリタス133号
3、不動産投資マーケットの今後の展望
■マクロ経済要因動向と不動産マーケットの相関性
近年の不動産投資の金融商品化の加速は、マクロ経済指標と住宅やオフィス系不動産価格の相関性を高めている。住宅系は家計の雇用や所得と相関が高く、有効求人倍率、失業率、雇用者報酬などの指標が好転してくれば住宅需要は増加する。オフィス系は設備投資や企業業績の増減、さらにオフィスワーカーと関連する有効求人倍率、失業率等だ。これらの指標の改善が市況を好転させる。
通常、景気回復は、企業→家計の順に波及する。例えば、09年はリーマンショック後の落ち込みから日本経済は専ら新興国の外需に伴う輸出に牽引されて企業部門が回復した。次に企業の設備投資に加え雇用の増加で家計の個人消費等が牽引する内需拡大による自律回復が始まらなければならないのだが、このステップに踏み出せないのが日本経済の目下の悩ましいところだ。
また企業部門での景気回復時の設備投資等の時系列の流れを見ると、不動産ベースでは、まず生産段階である既存工場・物流施設の拡充に始まって、必要に応じてこれらの施設の新設に向かい、最後に業務・事務機能部門のオフィスの拡大で終わる。
家計部門への雇用や所得の拡大は企業部門の設備投資と同様に企業業績回復で可能になるが、通常、企業は生産段階の設備投資を優先するため、家計部門は遅行する。つまり、この流れから景気回復局面における企業のオフィス部門拡大から派生する賃貸・自社のオフィス需要は、オフィスとオフィスワーカー雇用の拡大が最も遅行するため、景気回復のファイナルステージ近くで実現することになる。
以上を踏まえ、足元のマクロ経済要因動向を反映した直近の経済指標等から国内不動産投資市場の今後を予測するとどうなるのだろうか。
ミクロで見ると企業業績はアジアの新興国の外需や企業のコスト削減努力で改善している。下表は大和証券キャピタルマーケッツの上場主要事業会社300社=「大和300」の「企業業績見通し」の中から経常利益変化率を抜粋したものである。
逆風の中、前期比で経常利益変化率は大幅な上昇が予想されており、企業業績の堅調さが分かる。この予想は為替の標準シナリオ(87円/ドル、112円/ユーロ)を前提にしたものだが、標準より5円円高(82円/ドル、107円/ユーロ)を前提に予想しても経常利益変化率は然程の変化がないことが注目される。
※データ8/26現在。7月以降の為替相場を標準は87円/ドル、112円/ユーロ。円高については82円/ドル、107円/ユーロ。出典は大和証券キャピタルマーケッツ。
しかし、大和300で企業の設備投資予想を下表で見ると3ヶ月前の予想が今回下方修正されており、経常利益の伸び率に比べ設備投資が相対的に低調で企業の設備投資に慎重なスタンスが分かる。
また大和300のなかの製造業のバランスシートで有形固定資産(設備投資・土地建物)の動きを下表で見ると、有形固定資産が徐々に減少しており、不必要な分の整理が進んでいる。設備投資を開始するタイミングが熟してきていることが分かる。
以上の分析に加え、企業の手元流動性が足元で必要以上に高まっている。大和証券投資情報部濱口政己氏が上記を踏まえ、「企業に支配的な慎重なマインドが変われば設備投資に向かう機は熟してきている」と指摘するように、企業はマクロ経済の先行きを見極めながら設備投資の機会を窺っているともいえる。
その企業のマインドを左右するマクロ経済だが、足元で不透明感が漂っている。直近のマクロ経済動向を日銀が発表した9月の企業短期経済観測調査(短観)で見ると、足元は改善しているが、この先は景気減速懸念が強い。急速な円高をはじめ先行きの不安材料が台頭してきたため、企業の収益や設備投資で不透明感が強く、影響を受けている。 円高の長期化で国内企業の収益性も下ブレると予想すれば、企業は設備投資や雇用といった資本蓄積を抑制させるだろう。
さらに経済産業省が発表した8月の鉱工業生産指数は、前月比0.3%低下し、3ヶ月連続でマイナスになった。ここにきての米国や中国向けなどの輸出の鈍化が波及し、生産指数は10月にかけて低下が続く見通しで、企業の設備投資を遅らす可能性を高めている。
現に好調だったアジア向けなどの輸出も減速し始めてており、エコカー補助金の終了など政策効果の息切れで個人消費などにマイナスの影響が及ぶ懸念もある。海江田万里経済財政相が踊り場入りを認めるなど、この先の国内景気に停滞感が強まるという見方が支配的になっている。
とすると、企業の設備投資や雇用に対する慎重なマインドは、当分は継続すると考えられ、マクロ経済の側面からは、オフィス市況の本格的な底入れ・回復は11年以降にずれ込むと読めてしまう。
次回のコラムでは不動産マーケットの實相から不動産投資市場の今後の行方を考察する。
■次回記事
不動産投資マーケットの現状と予想