管直人VS小沢一郎 次期総理のマーケットの評価

※文中両候補者の敬称略

■次期総理を賭けた菅直人VS小沢一郎の対決が実現

8月31日に行われた両者の会談の結果、菅直人VS小沢一郎の総理の椅子を賭けた対決が実現した。会談直後の小沢の記者会見は、結論を一刻も早く読み取ろうとする会場の記者達を焦らすように、まず、これまでのプロセスに淡々と触れ、会見の最後に「不肖の身ではありますが…」と切り出し、代表選出馬宣言をした。

このマイペースな流れは剛腕と呼ばれた小沢の政治家としての老練さを感じさせた。そして来る9月14日の代表選の結果は、日本の今後の運命を決定する重大な岐路となり、その選択が良きにつけ悪しきにつけ後世の歴史家によってエポックメーキングな出来事として語り伝えられるだろう。

下世話な言い方をするとメディアが「政治と金の問題」とか「剛腕」、「強権的政治手法」などをこれまで半ば伝説化・神格化し、散々叩いてもきた「小沢一郎」なる者の虚像と実像が、国民の前で徐々に明らかになっていくという楽しみもある。今回の一騎打で小沢が主役の表舞台に登場し、否応なく浴びせかけられるメディアでの発言や立ち居振る舞いが全て「この国の総理にふさわしいか」という視点から凝視されるからだ。

一方、現総理の菅は市民運動家から政界へ転身し、橋本内閣の閣僚時代に薬害エイズ事件で厚生省の官僚と闘い、国民から喝采を浴びた頃の輝きは剥落、いまや財務省の官僚に取り込まれ、「国民目線を放棄したただの職業政治家に成り下がっている」といった失望の声が多い。

例えば、夏の臨時国会で野党の質問に答弁する菅総理は、総理を辞任するまで追い込まれた鳩山前総理の発言の迷走に対する激しいバッシングのトラウマからかメディアや野党から言質を取られないよう言葉少なく無難に受け流そうという意図が見え見えで、精気も覇気もなく、ただただ疲労を滲ませていた。

野党時代の舌鋒鋭く時の政権与党に切り込んだ迫力と切れ味は消え失せ、あまりの変わりように自民党の石破から「野党時代の貴方は迫力があって好きだった」と言われる始末で、「政治的嗅覚や気力、能力などが劣化したな」という印象をTV映像で流してしまった。

菅総理は、経済政策など打つ手も極めて遅く小出しだ。欧米各国がこぞって自国の景気浮揚策から通貨安誘導を仕掛けてくるなか、24日の野田財務相の為替介入に消極的発言などに見られる危機感のなさで円高を放置した。

円相場が15年ぶりの高値圏に入ってから20日近くが過ぎ、その間、経済界やマーケットから政府、日銀へ円高・株安対策を催促されて漸く重い腰を上げ、追加金融緩和や経済対策の基本方針を出した。しかし、中身は最小限の「小出し」路線。市場参加者の事前予想を超える内容が含まれないとして発表後のマーケットでは失望感から円高、株安がさらに拡大した。

また菅総理の口からこの国をどういう国にしたいのかビジョンが発信されることも殆どなくなった。消費税増税を唐突に持ち出したことで参議院選挙で大敗したと党内で責められて以降、「第三の道」と呼ばれる「強い経済、強い財政、強い社会保障を一体的に実現する」とする主張は封印された。

この両者の対決だが、代表選が終わるまで、民主党を2分する戦いの熾烈さから政権公約と密接にかかわる来年度の予算編成作業などが滞る恐れが強い。待ったなしの円高・株安が続き、日本経済が危険水域に入ったこの時期に代表選で政治空白が続くのは、それ自体がマーケットのリスクで、8月31日の日経平均325円安は、このリスクをすでに織り込んでいるという見方もある。

■両者の政策の違い

それでは、代表選後、菅、小沢のいずれが総理になるとマーケットは好感するのだろうか、まず両氏の政策の違いを見てみよう。

▼政策の相違点

■マーケットの評価

両者の政策を経済政策面で見ると、小沢は、ひも付きの補助金を地方自治体が自由に使える一括交付金に大胆に改めるとか、国有財産の証券化等で財源を捻出してマニフェストへ回帰することを主張するが、基本的には財政拡大路線、管はマニフェスト修正主義で財政再建路線という違いがある。

景気低迷で閉塞感漂う日本経済の現状では財政再建重視の手堅い菅より、財政拡大路線の小沢の方が、足元で進む円高デフレ脱却に対して公共投資や個人消費の拡大による高い政策効果が期待できるという見方がマーケットにある。

「建設投資や消費が増えるようなお金を使う政策が必要」とみるある外国証券のストラテジストはこう断言する。「小沢首相誕生なら株価は暴騰する」(日経電子版9月1日)。

UBS証券 シニア・エコノミスト 会田卓司氏「菅氏でも小沢氏でも2010年度の成長率への目立った影響はないだろう。一方で2011年度は、菅氏ならば現状の経済見通し程度、小沢氏ならば、総選挙のマニフェスト通りに予算の組み替えに取り組むことなどで、よりポジティブな影響を及ぼすとみられる。マーケットへの影響は、小沢氏の場合は財政拡大を背景に長期金利は上昇、米国の意向があっても為替介入には強い意志を示すと推測される。菅氏の場合は財政規律の重視に伴い、長期金利は低位安定、為替介入には米国の了承が必要として引き続き消極的ではないか。」(ロイター9月1日)

つまり短期的視点では、積極的な金融緩和追加措置や財政出動で景気対策を行いそうな小沢の方が剛腕伝説やカリスマ性でマーケットの期待も集まりやすい。しかし、財政悪化、金利上昇というリスクも高い。現に小沢が代表選に出馬するというニュースが流れた先週末は債券市場で2日間で10年債の利回りが1番低いところから0.2%も上昇した。これは小沢のマニフェスト回帰で財政拡大によるバラマキが財政悪化を招くという懸念がマーケットに広がったからだ。

このことは、債券安の裏返しとして株高になるという期待もできるとバークレイズ・キャピタル証券の森田長太郎氏は日経CNBC9月1日放送で指摘する。さらに31日に株価が下がったのは鳩山前総理の仲介になるトロイカ体制を落しどころに小沢の出馬が取り止めになるという観測が流れたこともあると指摘する。

またネジレ国会で法案が野党の反対で通らず、政治停滞を招く懸念が高い現時の政治状況で、小沢総理なら野党、例えば自民党の一部や公明党とのパイプを生かし、連立を誕生させ政権基盤を安定化させることができるという期待もある。とはいえ、小沢の政策は「副作用が心配な劇薬」、「ハイリスク・ハイリターン」と捉える向きもある。

一方、中長期的視点で見れば、財政健全化路線の菅首相が市民運動家出身というクリーンなイメージに加え、近頃になってとみに劣化したと見られている政策のスピード感と強固なリーダーシップを回復できれば、不透明な政局の安定感が高まり、財政再建は株式市場にとっても、中長期的な課題でもあるためマーケットの評価は高まりそうだ。

民主党は分配論ばかりで成長戦略がないと指摘されるが、これからの日本経済を牽引する成長戦略として内容は具体性に乏しいが6月に政府が決めた「新成長戦略」がある。戦略案は、成長分野を「環境・エネルギー大国」「健康大国」など7分野に分け、法人税率の引き下げや消費税を含む税制論議を提起している。

小沢が旧来の自民党型の公共工事を成長エンジンに据えているのか、それとも政府の「新成長戦略」」に近い、またはそれに代わるような将来ビジョンがあるのか、両者の議論が深まれば明確になるだろうが現時点では見えてない。

菅は参議院選挙の大敗で消費税論議を封印した感があるが、小沢との違いを明確にするために、新成長戦略から消費税等とリンクした「社会保障制度のあり方」さらに踏み込んで「小さな政府」、「大きな政府」のどちらを国民が選択するかなどの将来の国家ビジョンを明らかにし、その工程表を示すべきだ。

しかし、どちらが総理になるにせよ、いずれの場合も脆弱な寄合世帯の党内情勢やネジレ国会という現実を考えると、その先には民主党分裂さらには政界再編という大きな政治リスクがある。民主党分裂、政界再編という大波が政界を襲ったら、その帰趨が決まるまでの間は政治空白がさらに長期化して、何も決定できずに日本経済が危険水域を漂流し、やがては沈没するだけという可能性もあり、そうなるとマーケットから投資家が離散し長期的な調整局面に突入するだろう。

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