国内景気は2番底へ向かうのか、株価急落の背景
■円高(1ドル=84円)ショックで株価急落
6月以降、景気の先行指標である日本の株価は、世界の主要株式市場のなかでも日本株は際立って下落した。日経平均は3月末と比べ16.6%下落。年初来では12%下落でNYダウの1%安、ドイツ株の3%上昇と比べてもダントツの下落率の大きさだ。
日経ヴェリタス127号によると、空売り型の「ウルトラショート・ジャパン・プロファンド」はデリバティブを活用し、日経平均が下がるほど利回りが高まる仕組みでこの3ヶ月で20%超の運用利回りを上げた。空売りファンドを儲けさせた日本株価の独り負けの原因は、円の独歩高で、国内輸出企業の採算悪化懸念が広がっているためだ。
そして8月11日、東京市場で株価が258円20銭(2.7%)の大幅下落。その主因は前日に進んだ急速な円高。円の急騰は前日の日米中央銀行の対応の違いから発生した。日銀は金融政策の現状維持を決めた一方で、米連邦準備制度理事会(FRB)が10日に開いたFOMCの会合で、償還される政府支援機関債や住宅ローン担保証券(MBS)の元本を米国債に再投資することを決定。米国債購入で長期金利を引き下げ、ドル安誘導を行うので米低金利長期化→ドル安の観測から円高が急伸した。
■円を急騰させた米FOMC
米FOMCでの決定だが、米国景気の減速懸念の高まりのなかデフレ脱却・景気浮揚策として出された。政府支援機関債やMBSの元本償還金で国債を買うというもので、FRBのバランスシートは維持されたまま、国債の金利を下げるという実質的な金融緩和が行われる。現に米10年債利回りは10日の取引で2.74%まで下落し、09年4月以来の低水準になった。
加えてFOMC声明文で米国景気に対する認識があらためて下方修正されたことがマーケットで嫌気された。足元で米国の景気は明らかに減速していた。米国の4~6月期の米実質成長率は前期比年率2.4%に鈍化し、7月の米雇用者数は前月より減少した。また米政府が住宅取得減税を4月末に打ち切ったので米住宅市場の諸指標が市場予測を下回って下振れもした。
さらにセントルイス連銀総裁のジェームズ・ブラード氏が7月29日に公表した「危機の7つの側面」と題する論文が、FRBによる今回の事実上の金融緩和決定に影響を与えたといわれている。当論文で米国がデフレに陥る可能性について言及、「日本型に近い米国のデフレリスク」という言葉が瞬く間に世界を駆け巡り各国の政策責任者や市場関係者等の脳裏に刻印されたからだ。
以上のような状況から当初は年内とも言われていた米国の政策金利引き上げの時期がかなり延期されたという観測が強まった。この結果、米低金利長期化の観測が広がり、日米金利差の縮小で為替のドル安・円高懸念が高まった。東京時間11日のドル・円相場は一時1ドル=84円72銭に上昇し、95年7月以来15年1ヶ月ぶりの高値を付けた。
■円高のミクロ・マクロへの影響度
日本経済、なかでも先行指標の日本株は外需依存の体質から円高の影響を強く受ける。ミクロの企業業績では「例えばトヨタの想定為替レートは1ドル=90円。対ドル1円の円高で300億円減るため、1ドル=85円の水準では、単純計算で1,500億円利益が減ることになる」(日経電子版)。
日本の主要企業はじわじわと広がる円高に合わせ想定為替レートを変更したが、足元で進む急速な円高の進行次第では2010年下期の業績予想から利益が下振れるわけだ。特に自動車や電機、精密機械などが強く影響を受ける。一方、輸入原材料の価格下落で鉄鋼、電力・ガス、海運は円高メリットを受ける。
またマクロでも大和総研の試算では1ドル90円の想定レートに対し、10円の円高になった場合、実質GDPは2010年度にマイナス0.1%、11年度はマイナス0.6%縮小する(ロイター)。
現に円高の急伸のショックで11日の東京マーケットでは、輸出関連を中心に国内企業収益への悪影響が警戒され、電機や自動車、化学株が下落した。
■政府・日銀の出番が近い?円高阻止
急速な円高で日本国内の市場参加者や輸出企業から悲鳴が上がり、政府・日銀の円高阻止を求める声が高まった。
日銀の白川方明総裁は10日の記者会見で「(円高の影響を)注意深く見守る」と警戒感を表明。野田佳彦財務相も「足元の動きは一部に偏った方向をたどっている」などとけん制した。「口先介入」だけでは効果もしれているが、一部報道では菅総理が来週に白川日銀総裁と会談すると伝わって、13日に一時86円19銭近辺まで円売りが加速した。
政府・日銀が取りうる円高阻止策は、財務省の為替市場での円売り介入と円高の原因となっている日銀による日米金利差の縮小に歯止めをかける金融緩和だ。
為替介入は現実問題として実現は難しい。欧米は通貨安競争で輸出を伸ばし、各国の景気を回復するスタンスを強めており、中国に対しても人民元安のためのドル買い介入をやめるように日本をはじめ世界が言っているので協力を得られないという見方が市場で多いからだ。
一方、金融緩和は国際調整がいらないので為替介入より実現性が高い。具体的な内容としては新型オペの供給額を増やしたり、期間を長くするといった手法になる公算が高い。しかし各国の金利はすでに相当程度低下しており、自国通貨安を進める効果は限られている。
政府・日銀の実体を伴わない口先介入だが、これらの動きを受けて13日の日経平均株価は6営業日ぶりに反発した。大引けは前日に比べ40円87銭(0.44%)高の9,253円46銭だった。円相場が1ドル=86円台前半に押し戻され、急速な円高の動きが一服したことが輸出関連銘柄の一角に見直し買いを誘った。前日までの5日間で400円強も下げていたことで目先的な割安感も広がった。しかし、米景気の減速に対する警戒感が根強く、戻りは限定的だった。この先、政府等の円高阻止策が口先介入にとどまるなら市場の失望売りを誘い、円高の急伸、株価の急落を招くだろう。
さらに株価急落の背景を注意深く見ていくと、円高だけでなく、日本国内のマクロ指標の下振れや中国経済の減速懸念もある。11日の東京マーケットの急落は朝方発表された6月の機械受注の増加率が市場予測を下回ったことも影響した。機械受注は設備投資の先行指標となるので国内景気の先行きに不透明感が強まった。さらに日本の外需を牽引してきた中国経済の減速懸念が高まっている。
■中国経済減速懸念が高まる
中国の株価もさえない。3月末比では日本の株価下落率16.6%に次いで中国が16.2%下落しており、足元での中国国内景気の減速感を反映している。
10日発表の7月の貿易統計によると輸入の伸びが前月に比べて鈍化。7月の都市部固定資産投資と鉱工業生産の伸びも一段と減速。小売売上高も予想を下回り内需の鈍化が鮮明になった。7月の消費者物価指数(CPI)上昇率は予想通りの前年比3.3%で、6月の2.9%から加速した。
中国政府は消費者物価指数が3%を超えるとインフレ抑制から政策金利引き上げに動き始めるといわれているが、今回は食品価格を押し上げている洪水などの天候要因を受けた一時的な現象との見方が有力で、中国政府が引き締め策をとることはないとの見方が多い。
中国経済の今後で懸念されているのが不動産バブルの行方である。中国政府は不動産バブル抑制策を09年末から相次いで打ち出しており、その効果が4月頃から浸透し始め、値下がりを期待して住宅を買い控える動きが広がり、中国国内の不動産価格もかなり鎮静化してきている。
中国政府の不動産バブル抑制にかける意欲は相当なもので、日本の「失われた20年」を反面教師として学習しているそうだが、銀行へ「3割下落」シナリオでのストレステストを求め、次は不動産価格が5~6割下落した場合のストレステストを実施するよう求めたそうだ。
しかしながら、一部の地方人民政府は、不動産業はGDPの半分を占めており、また地方政府は業者に土地の使用権を譲渡することで歳入を確保し、主要な財源にしているので、不動産価格が急落すると地方政府の財政を直撃する。この辺が不動産バブルのソフトランディングを強く求められる中国の特殊事情である。
足元でもたつく欧米に代わり世界経済の牽引役となった中国の国内景気に漂ってきた不透明感は、日本を含む世界の株式相場全体の下振れ要因となりそうだ。
■欧州の信用不安がまた再燃か
EU圏16カ国の2010年4~6月期のGDPの伸び率が前期比で1.0%、年率換算では4%程度の成長となった。EU圏内のソブリンリスク、信用不安でユーロ安が進んだが、反面、ユーロ安で輸出が増加し、景気を支えた。
特に今年4~6月期は最大の経済力を持つドイツが前期比で2.2%の伸びを示し、四半期ベースで1990年の東西ドイツ統一後の最高の成長率となった。輸出に強みがあるオーストリア、オランダ、中・東欧のスロバキアなども前期比で1%前後の高い成長率となった。
一方、信用不安から緊縮財政下のギリシャはマイナス成長で、スペイン、ポルトガルも伸び悩んだ。EU圏内における経済力で明暗が分かれる結果となった。外需で恩恵を受けたドイツなどは先に書いた通貨安の恩恵を受けており、各国の通貨安競争が繰り広げられる背景でもある。
しかし、EU圏内の信用不安のマグマは活動を終息させておらず、財政赤字の対GDP比が2割近いアイルランドでまた再燃しそうだ。8月10日、政府がアングロ・アイリッシュ銀行に支援のため注入できる資本額の引き上げを欧州連合(EU)が暫定承認した。その結果、国内の財政赤字増大懸念が高まり、アイルランド国債の独連邦債に対する利回りスプレッドは11日、7月初旬以来初めて300ベーシスポイント(bp)を上回り、国債相場が下落した。
EU圏内の信用不安は先のストレステストで一時的には鎮静化したかに見えたが、検査基準が甘いとか、全銀行が対象になってないなどから依然として警戒感がくすぶっている。「アイルランドのギリシャ化」のようなEUの信用不安が再燃すれば、リスク回避の円高が進み円高の他要因と共振して日本株の下振れを加速させるだろう。
■今後の株価と2番底懸念
市場参加者の考える今後の株価のシナリオは次のようなものだ。日経平均株価は当面は9,000~9,500円のボックス圏の動きだが、心理的フシ目の9,000円を割り込むと8,000円台半ばもある。相場のポイントはまず為替で円高が1ドル=85円を超えて進み、この局面での政府・日銀の対応次第では9,000円割れが起きるだろう。
中国経済の減速が鮮明になり、EUの信用不安のマグマが再び噴火したり、今後、出てくる米小売売上高やニューヨーク連銀製造業景気指数、住宅関連指数、米フィラデルフィア連銀製造業景気指数など米国の経済指標が下振れしてFRBがさらに金融緩和すると日米金利差の縮小から円高が加速して8,500円程度まで下がる局面もある。
ただ株価の下支えとして期待されるのが株価のバリュエーションからくる割安感だ。東証一部の平均PBRが約1倍、株式の配当利回りが平均2%で予想PERも下がってきた。とはいえ円高と世界経済減速リスクが急速に高まってきたので下期の企業業績が下振れすればバリュエーションの数値が「絵に描いた餅」に終わる。
円高懸念が後退すれば足元での企業業績からみて株価は1万円の戻りを試す展開もあるだろう。東証一部の売買高が薄商いとなっており、日経平均先物で相場が変動しやすくなっているので株価のボラテリティが高くなっている。いずれにせよセーリングクライマックスはもう少し先になりそうだ。
景気の先行指標である株価が軟調な動きになるのと相まって日本国内の景気も米国や中国の景気減速で外需が腰折れし、2番底リスクが高まっている。内閣府の外郭団体である経済企画協会がまとめた8月の「ESPフォーキャスト」によると、「民間エコノミスト42人の7~9月期の実質成長率予測は年率で1.42%。10~12月期は1.34%とさらに落ち込む見通しで、11年1~3月期にかけての実質成長率予測は1%台前半にとどまる」(日経ヴェリタス127号)。
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