中国投資家に高まる日本の不動産投資熱
中国の富裕層が日本へきて高価な家電製品をはじめファッション衣料などを買い物している光景がテレビでよく見られるようになった。筆者も某大手家電量販店で中国人観光客が買い物をしているのにたまたま出くわしたことがある。店員さんに「この商品はパナソニックですか?」など、ブランドを確認するや即決で金に糸目をつけずに次々と購入している姿は、世界で名だたる中国人観光客の旺盛な消費意欲を実感させるもので印象深かった。
報告書「Hurun Wealth Report」によると中国の富裕層は、個人資産で1,000万元(約1億4,000万円)以上の資産を所有する人のことで、中国の人口の6.7%を占める。主に企業家、高所得者、不動産投資家、個人投資家の4タイプに分かれ、平均年齢が39歳で海外の富裕層の平均年齢より15歳も若いのが特徴だ。
国内のビジネスで成功を収めたオーナー企業等は、日本企業に対するM&Aや都市部等の不動産投資に並々ならぬ関心を示しており、タワーマンションからホテル案件や温泉旅館等にも注目しているという。
中国人が日本不動産を購入したり、検討する様子もNHKやテレビ東京などで放映され、彼らの投資意欲の高さに驚かされるのだが、中国国内でも対日不動産投資のセミナーなどが催されて盛況だという。
例えば、「上海の高級ホテルの一室で7月3日に日系不動産仲介会社が開いた日本の不動産投資セミナーには定員の3倍を超える約200人が詰め掛けた。(中略) 会場では東京都心の高級マンションや北海道の温泉付き別荘などが紹介され、参加者たちは休憩時間もロビーの物件案内を見ながら担当者に熱心に質問していた。札幌のマンション2棟にはすでに「売約済み」の張り紙。神奈川県箱根町の保養所には複数の中国人が名乗りを上げ、9,800万円の売り出し価格は1億1,000万円に競り上がった。購入目的も「日本で起業して接待用に使う」「中国人観光客増を見込んだ中国人向け保養所を経営」などさまざまだ(毎日新聞)。」といった状況だ。
6月に入るや再び聞こえてきた日米欧同時デフレの足音とともに日本株が大きく調整し、外部環境の悪さから国内景気の2番底警戒も高まり、日本の不動産価格回復シナリオにも黄色信号が灯ってしまった。チャイナマネーによる日本不動産投資がこの先、拡大していくと、これまでのファンドやリートに代わる新たな買い手の出現で国内不動産市場にも希望の灯が灯るというわけだ。
(財)アジアビジネス再生支援機構の川村忠隆氏は月刊プロパティマネジメントで「不動産流動化バブルによるキャピタルゲイン重視、不動産ファンド・リート市場を中心とする日本の不動産投資市場をファーストステージとした場合、中国の投資家が台頭する、産権取引を活用した新たに始まるステージは、セカンドステージといえる。」と書いている(引用文中の「産権取引」は後述する)。
今回のコラムは中国投資家の対日不動産投資の背景や低迷する日本の不動産市場の新たな救世主となれるのか論考してみよう。
■対日不動産投資熱の高まりの背景
近年、中国の投資家のなかで日本不動産投資熱が高まっている背景としては、
- 中国では過剰流動性が主因となって誘引された不動産バブルに対して中国政府が多角的に不動産バブル規制策をすでに打ち出しており、不動産バブル崩壊の懸念が高まっている
- 日本国内の不動産価格調整で中国国内不動産と対比して投資魅力が高まった
- 09年7月中国人向け個人観光ビザ解禁に続き10年7月に中国人の個人観光客に対するビザ発行要件が大幅に緩和され、訪日しやすくなった
- 中国不動産が使用権の購入なのに比べ日本では所有権を購入できる
などが挙げられる。
まず、中国国内で高まっている不動産バブル崩壊への警戒感を見てみると、その根拠は中国政府による不動産バブル抑制策の相次ぐ発動である。
- 昨年12月9日、購入した住宅を売却する際にかかる営業税の非課税期間を従来の保有2何以上から5年以上へ延長し、住宅価格の高騰を抑制させる措置を打ち出した
- 1月11日までに、投機的な住宅購入の抑制を指示する通知を全国に出した。2軒目の住宅購入について、頭金として初めに購入価格の40%以上を支払うことを義務付けるほか、銀行に金利を高めに設定するよう促した
- 市場の余剰資金を吸収するため銀行の預金準備率引き上げを1月から段階的に実施
- 住宅の2回目購入時に必要な頭金の引き上げなど4月に導入
- 固定資産税の導入を上海市など一部で検討
上記のような不動産バブル抑制策の効果が4月頃から浸透し始め、値下がりを期待して住宅を買い控える動きが広がり、中国国内の不動産価格の潮目が変わった。日経記事を引用すると、
5月の不動産販売面積は中国全体で前月比15.8%も縮小した。主要70都市の価格は前年同月比12.4%上昇で4月の上昇幅を0.4ポイント下回り、09年後半以降の上昇局面で初めて伸び率が鈍った。中国政府で土地政策を担当する徐紹史国土資源相は大都市圏を念頭に「一部の地域で、不動産市場は全面的な調整局面に入る可能性がある」との見通しを表明。さらに「足元の不動産市況について「国内の主要都市で取引量が減り、価格の伸びが止まっている」と指摘し「今後3ヶ月もすれば価格はある程度、下がるだろう」との判断を明らかにした。
中国の投資家がバブル崩壊とまではいかなくても、この先、調整局面に入る国内不動産から、リーマンショック後の下落局面から脱け出しそうな日本の不動産投資に高い関心を持ち、資金を逃避させようとするのは自然な流れだろう。
中国の不動産価格が高騰する一方、日本の不動産価格は調整局面に入り、上海や北京と東京の不動産価格に大差がなくなった見る中国人は多い。マーチャント・バンカーズ古川令冶氏は「彼らが日本の不動産に魅力を感じているのはイールドギャップが非常に大きいからです。実際、中国の不動産利回りは2%程度で香港はもっと低く、イールドギャップはネガティブになっています(月刊プロパティマネジメント)。」のような見方もある。
09年7月、中国人向け個人観光ビザ解禁に続き10年7月1日より、中国人の個人観光客に対するビザ発行要件が大幅に緩和されることとなったことも追い風だ。今回の要件緩和により、ビザの発給対象は、これまでの10倍の約1,600万世帯へと増加すると推計されている。
中国人の海外での不動産購入先では、これまでは永住権取得や移民が容易な香港やシンガポール、カナダなどが人気だった。一方、中国人が日本不動産へ投資するとき、ピザの問題がネックになっていた。日本の不動産を買ってもピザ取得が容易でなかったため、日本に自由に来難く、そのため購入契約が破談になったケースが多かった。例えば「不動産仲介のデベロップジャパンは昨年、中国の富裕層9組を招き、首都圏の高級マンションを紹介したが、成約は一件もなし。やはりビザの問題がネックだった(asahi com)」。今回のピザ緩和措置は中国人の日本不動産への投資熱を後押しすると期待されている。
さらに中国人にとって魅力なのが日本の土地所有権である。中国は社会主義の国なので中国の土地は公有制のため不動産購入はあくまで「使用権」である。中国の土地所有権は「全国民所有制」と「農民集団所有制」からなる。国の国有土地使用権は期限が決められており、住宅は70年、公共用地・教育などは50年間、商業施設は40年間となっており、2007年の物権法施行で住宅のみ自動更新ができると明文化された。
住宅以外の更新の可能性や更新時に対価が必要なのかなどが法律上、明らかでなくグレーゾーンとなっている。この辺の事情に加え、政治体制の激変を体験してきた中国人は海外へ資産分散し、所有権で確実に資産を残したいと思う人が多い。これらの点が政情やカントリーリスクが比較的安定し、外国人でも法令第10条で、日本の不動産登記法に基づき所有権登記が可能な日本不動産投資へ高い関心を寄せる中国の不動産投資家が増えている理由となっている。
■日本企業の対日不動産投資ビジネスの取り組み
日本国内の業者も新たなビジネスとして中国人富裕層をターゲットとした不動産開発や販売、仲介にすでに着手している。シノケングループは、これまで日本国内の不動産投資家をターゲットに収益物件を開発・販売してきたが、国内の不動産投資市場に手詰まり感が漂うなか、中国の富裕層向をターゲットに自社物件を販売するビジネスに着手。日本国内の在日中国人や大陸の中国人向けの不動産投資コンサルティングを開始し、同社のマンション、アパートを購入する中国人に対してローンを組んで購入できるようにした。
これまでは在日中国人でも永住許可書を持っていないと日本不動産購入時にローンを組むことができなかったが、永住許可証がなくても、あるいは大陸に住んでいる中国人でもローンを組んで日本の不動産を購入できるようになった。
また日経産業新聞によると「大陸に住んでいる中国人に日本国内の投資用物件を中国で販売するため、香港にある持ち株会社を通じて上海の不動産会社を買収した。上海を拠点に、福岡や東京、仙台など日本国内のシノケンの投資用マンションやアパートを中国の個人投資家に売り込む。シノケンの実質的な筆頭株主であるNISグループと共同で康申房産経紀(上海市)を買収した。買収額は約3,000万円で、シノケンの出資比率は7割。商号を変えてシノケンの現地法人としての性格を出す。中国での不動産賃貸・売買の仲介や不動産鑑定のほか、不動産投資に関するアドバイス業務なども行う」。
中国人向けの投資物件は都市部のマンションや収益物件だけではない。観光資源が豊富な北海道のリゾート地にも彼らの不動産購入が及んでいる。
「北海道千歳市文京に、中国人富裕層向けの一戸建て別荘17棟が完成した。17日には、中国人オーナー家族ら約70人が現地を訪れ、引き渡しや歓迎式典が行われた。別荘は2階建てで、家具製造・販売大手「ニトリ」の子会社「ニトリパブリック」が販売・管理する。芝を張った庭には、シラカバやナナカマドなどが植えられ、北海道らしさを強調。中国の衛星放送が受信できるパラボラアンテナも設け、24時間防犯態勢も完備している。1棟平均3,000万円程度で、すでに完売した。同社は将来的に、道内各地で計1,000棟程度の販売を目指す考え(読売新聞)」。
ニトリパブリックは、09年、道東を舞台にした中国映画「狙った恋の落とし方。」の国内配給権を獲得したことで、配給の交渉で知り合った複数の中国の取引先から「北海道にロングステイ(長期滞在)したい」「できれば家を持ちたい」などともちかけられたため、要望に応えるため別荘の建設・販売を企画したという。
仲介業者で中国投資家層へのサービス提供ビジネスを検討しているのが東急りバブルだ。月刊プロパティマネジメントによると同社は、東急不動産が中国での開発事業を視野に3年ほど前から不動産コンサルティングを手がける現地法人を設立していたので当面は当法人にリバブルの社員を出向させて中国投資家層の需要を探る。現地での日本の不動産への投資ニーズと合わせて、投資家の受け皿となる日本国内での体制整備を進める。日本でのプロパティ視察ツアーの実現に向けて、通訳や物件管理、税務申告の手続き代行、投資対象となる物件情報の収集やマーケット分析・報告、さらには日本での宿泊の手配や売り主を含めた顧客とのアテンド等のワンストップサービスの可能性を模索していく予定だ。
■巨大総合財産権取引市場「産権交易所」を活用した不動産取引
日本の不動産を中国で売る場合、「産権交易所」と呼ばれる不動産や企業株式など財産権を扱う公的市場を活用する仕組みが注目を集めている。
上海連合産権交易所で静岡県下田市の土地が競売にかけられ総額約10億円余で取引された。中国で競売にかけられる日本の不動産物件としては過去最大規模で、日本国内では処分できないため中国に売却先を求めたものだが、このニュースは日本国内に衝撃を与えた。
さらに、「不動産などの中国国営取引場「上海聯合産権交易所」に7月、日本の仲介業者が、東京都心の土地や建物36件を持ち込んだ。渋谷区恵比寿の15億円の土地を始め、不動産ブームに沸く中国の顧客向けに数億~十数億円規模の物件ばかり集めた(asahi com)」。
日本国内でも相当量・相当額の物件を大陸で取引可能とする産権交易所とはどのような仕組みだろうか。一言でいえば巨大総合財産権取引市場である。「産権」とは日本語で「財産権」のことで、「交易所」とは「取引所」のことである。
産権市場では、動産、不動産、出資持分(譲渡・増資)、知的財産(特許・商標など)、金銭債権(融資)、非金銭債権(独占販売権)、その他権利(経営権など)、公共工事入札、国有資産(事業含む)公売など、有形無形問わない全てを取引できる市場である。原則、一回性の現物取引となり、客体は自由。そしてここが重要なのだが、対象である産権が中国になくても構わないので日本の不動産を含め世界中のすべてが対象になりうる。
東レ経営研究所レポート(繊維トレンド)によると、
全国に200ヶ所以上ある産権交易所の中で、国有資産管理委員会が「中央級」としているのは、上海連合産権交易所、北京産権交易所、天津産権交易センター、重慶連合産権交易所の4社である。産権交易所の取引金額は、03年が約1,000億元、04年が約2,000億元とほぼ倍増し、07年には約3,600億元と急激に拡大している。中国産権交易所の中で最大規模を誇るのが、上海連合産権交易所である。
なお08年は4500億人民元の取引があったといわれ、日本円にすると約6兆3000億円と巨大な市場になる。
産権交易所を活用し日本の不動産を売却する具体的な仕組みだが、証券市場の証券会社にあたる「会員」という取引を仲介する企業・団体を介して行われる。会員になるためには各産権交易所を管轄する各地の条例に基づく認定を受けることが必要で、この審査がとても厳しく、特に外資は特段の厳しい審査が課される。日本では財団法人アジアビジネス再生支援機構だけとなっている。
同財団による産権取引の流れは、売り主の直接申し込みか宅建業者による持ち込みで登録申し込みという形式が取られることが多く、登録申し込み→登録申請→商談→取引(契約、登記申請、登記)→事後手続きという流れで取引が進行し完了する。契約の適用法規は法の適用に関する通則法という日本の法律により日本法が適用されるので日本国内の取引と違いはない。
■まとめ
中国の投資家等による対日不動産投資も緒に就いたばかりなので現状ではその規模は未だ小さい。大手不動産業者に言わせると成約も様々な制約があって「まれ」ということになるようだ。
とはいえ、中国と距離的に近く、安全で質の高いサービス、日本独自の観光資源や洗練された住空間、国際分散投資としての所有権取引の魅力など中国国内の不動産にない側面も多々ある。ピザ発行要件緩和に見るようなマーケットの解放や日本国内業者の対応力向上、さらには日本国内の銀行の非居住者である中国の投資家への融資など中国人が不動産投資するための投資環境が整備されてくれば、投資規模が飛躍的に拡大していく可能性は高い。
一方、将来にわたってチャイナマネーを持続的に魅了し続ける投資物件のクオリティや投資家向けのサービスレベルを保持・向上していくことができなければ、一過性で終わってしまうだろう。そのためには日本不動産の特性から法務、税務、金融に至るまでの理解を投資家に深めさせ、相手国の国情を加味した視点からのデューデリジェンスにはじまり、管理・運用面にわたるパッケージ化されたサービスの提供が欠かせない。
余談だがこれからの不動産投資プレイヤーは、英語+中国語の語学力に加え、不動産全般の知識経験+金融・マクロ経済に精通した者ということになりそうだ。
■関連記事
老舗旅館を買う中国企業の思惑