近年の地価下落地域に観られる地域特性

国内の地価はオフィスビルの空室率などに依然として改善が見られず、厳しさが続く商業地に比べ、マンションに月間契約率・販売在庫の好転や一部の戸建販売が好調でデベロッパーが用地取得に動き出した住宅地は明るさが見えてきた。

その主因は住宅ローン減税、住宅版エコポイント制度、贈与税の非課税措置の拡大など政府の住宅施策が効を奏しているのと国内景気の回復が遅行性のある家計の雇用や所得にも徐々に波及し、住宅の有効需要に改善の兆しが見え始めたことによる。

しかし、国内の地価は景気循環に連動して上下動するエリアと景気循環とは別次元の構造的要因で下落を続ける都市やエリアがある。今回のコラムでは構造的要因で下落し続ける地域のいくつかの例を挙げて当該地域に見られる特性を論考する。

かつて日本列島の大都市では高度経済成長期に団塊世代等の働き手を大量に吸引し膨張した。その拡大エネルギーは、都市部から溢れ都市郊外や縁辺部の市町にまで波及した。大型住宅団地をはじめミニ開発の小規模造成地等が人口急増の受け皿となって拡散し、住宅地がスプロール的に形成されていった。この状況は、高度経済成長で毎年、農村部から沿海部の都市へ1,500万人の人口が移動し、都市化の急伸で不動産価格が上昇している今の中国に相似している。

住宅団地の郊外等への拡散と並行するように都市部の市街地と郊外や周辺都市を繋ぐ幹線道路を中心に沿路サービス業施設が建ち並び、さらに大型住宅団地内部や最寄駅前には近隣型商店が集積した。

思えばこの時代は高度経済成長に支えられて家計所得が伸び、相まって地価が右肩上がりに上昇、いつしか土地神話が日本人の頭に刷り込まれ、「明日は今日よりも豊かになれる」と誰もが信じられた幸せな時代であった。

しかし、人口減少、少子高齢化時代が本格的に到来し、膨張と拡散を繰り返した住宅地や商業地の一部は時代変化に適合しなくなった。郊外拡散の反省から1990年代後半に入り、都心回帰へ転回し、まちづくり3法の改正などに見るように郊外化の抑制、中心市街地活性を志向するコンパクトシティへと時代はパラダイム転換した。つまり身の丈に合ったサイズまで都市規模を凝集する動きが鮮明になってきたのである。

人口減少と高齢化が急速に進むなか拡散して不適となってしまった住宅地や商業地にも張り巡らされ蓄積された様々な社会インフラがある。この先、これらの投資を支え続けることは無理なことに皆が薄々気付き始めた。そのような時代変化を反映し郊外等の居住不適地や過剰な商業集積が削減・縮小し、コンパクトシティへ凝縮されていく逆流現象が好むと好まずるに関わらず不可避になってきている。

このような時代背景のなか、近年になってその不適性が鮮明になり地価下落が続く地域が浮き彫りになってきた。そのような地域として居住しようという不動産需要が殆ど発生しない過疎化が進む山間集落や離島の集落が直ぐに思い浮かぶが、実は大都市圏の郊外部などにも地価下落が続いているエリアが見られる。そのような地域をいくつか取り上げ、そこに観られる地域特性を考えてみよう。

■バス便等の利便性に劣る郊外住宅団地など

近年の人口の都心回帰傾向でその存在が脆弱化しているのが首都圏郊外の大型住宅団地等に見られる高齢化率が高い住宅地域である。郊外や大都市縁辺部に形成された大型住宅団地は、その多くが膨張・拡散エネルギーが強かった昭和40~50年代に居住が始まったもので時の経過とともに居住者の高齢化が進んでいる。

日本経済新聞によると、「総務省が発表した09年10月1日現在の推計人口によると都市部とその近郊の高齢化が鮮明になっている。老年人口の伸びを前年比でみると、埼玉県(4.9%)が最も高く、千葉県(4.7%)、神奈川県(4.3%)が続いた。一方、秋田県や鳥取県などの地方は低い伸びにとどまっている。埼玉、千葉、神奈川では、75歳以上の人口の伸びも5%を超えた。全国平均の3・7%を大幅に上回っている。都市部ではもともと、総人口に占める高齢者の割合が地方より低かった。だが1960年代前後に仕事を求めて都市部に集まった世代が高齢化し、ここにきて高齢者の割合が上昇している。首都圏郊外の新興住宅地などに住む「団塊の世代」を中心に、都市部の高齢化はさらに急ピッチで進む。」

そして高齢居住者の子供世代は通学や就職、転勤などで親元を離れ、その後に親と同居するケースは比較的少ない。高齢化した夫婦が家に残り、やがて独居老人になっていく。生産年齢層が郊外住宅地域、特に利便性が劣るエリアを買い求めて新たに転入してくる例は少ない。利便性が高い都心部や都心に近い立地のマンションを志向するのが近年の傾向だからだ。

当該エリアに住む高齢化した夫婦も都心のマンションを志向するケースが増加している。その結果、これらのエリアの買い手が減少し空き家が増え、後述する「買い物難民」や「買い物弱者」が増えて、益々居住不適性が高まり、不動産価格の下落が加速している。

近年の都心回帰の対極になる都心部へのアクセスが極めて劣るバス便等の郊外住宅団地の下落は特に大きい。また街路・街区の構成が劣悪なミニ開発分譲地などは販売時に低価格を競争力として重視したため土地・建物が現在の居住水準を満たさないくらい狭小で都心から遠く離れた通勤限界地に位置することが多く、住宅地としての基本的な品質の欠落に加え利便性や住環境面で市場性に乏しく地価下落が周辺エリアと比べて大きいようだ。

■郊外住宅居住者を商圏とする商業地域の瓦解

郊外住宅団地の高齢化や居住者の減少は、これらの居住者を商圏として形成された近隣商業地域の瓦解と消失を起こしている。居住者から見ると「買い物難民」「買い物弱者」が増加しているわけだ。このような現象は1990年代半ばからすでに指摘されていた。例えば、大阪の千里ニュータウン、東京・多摩地区の団地、地方都市の駅前などでスーパーなどが閉鎖されて生鮮食料品などが買えなくなる「買い物砂漠」が発生し、メディアに取り上げられた。

「首都大学東京の研究者が、多摩ニュータウンで初期に開発された2地区の商店街の変遷を調べ、08年に論文を発表した。それぞれ29の店舗と1つの食品スーパーで構成していたが、2000年前後から青果店や精肉店、飲食店が消え始め、空き店舗が増加。スーパーは1つが閉鎖、もう1つは経営母体が変わった。経営環境が急速に悪化したのはやはりここ10年だそうだ」(日経MJ)。

郊外住宅団地の高齢化等による疲弊が、これらを商圏とする近隣商業地域の衰退を招き、住宅地、商業地の不動産価格が連動して下落している。

郊外部の住宅地の衰退は中心市街地と郊外部を結ぶ幹線道路沿道の路線商業施設の需要減少を引き起こしてもいる。郊外を主戦場に低価格帯商品で勝負、怒涛の多店舗展開を果たしてきたヤマダ電機、ユニクロ、しまむらなど専門店チェーンがここにきて都心エリアへの出店にシフトしているのだ。

郊外から都心重視への出店戦略転換の背景には、若者の車離れで買い物の移動距離が短縮化されたことに加え、郊外部がオーバーストア気味で出店余地が乏しくなったことが原因だ。都心部の地価・賃料下落で価格や賃料の交渉力が強い大手チェーンストアが商圏ボリュームが巨大で見込客が多い都心部へ出店するメリットも大きくなっている。

例えば、「紳士服チェーン最大手の青山商事は、主力業態「洋服の青山」の出店戦略を大幅に見直す。これまで郊外幹線道路沿いに約9割の店を展開してきたが、今後は首都圏を除き新店は政令指定都市など大都市の駅前に絞る。自動車の利用者減などに対応し、30年以上続いた事業モデルを転換する。(中略) 同社は1974年、自動車の普及を見込んで郊外の幹線道路沿いに「洋服の青山」の出店を開始。今年4月末で同業態739店の9割超を郊外店が占める。最近は高齢化や若者の嗜好の変化から自動車での来店客が減る傾向が強まっていた」(日本経済新聞)。

さらに流通大手のイオンも巨大ショッピングセンター(SC)を郊外に積極出店してきたが、これまでの拡大路線を転換し、SCの出店ペースを年間10ヶ所程度から3~4ヶ所に減速する反面、軸足を町なかの小型食品スーパー出店に移す。

このような郊外からの商業施設の消失は新規出店の減少や既存店の撤退を招き、事業借地、オーダーリース方式の定期借家など賃料をはじめ元本である地価も下落している。

■起伏がある地勢地や高台住宅団地は不人気

高齢化時代を反映して郊外、都市部に関わらず起伏に富む地勢や高台の住宅地域の価格下落が目立っている。都市膨張エネルギーが強く住宅需要が旺盛だったころまとまった区画数の住宅団地を供給するには山林など丘陵地を開発して宅地造成したケースが多い。このようなエリアでは一帯が起伏に富んでアップダウンが急な道路状況だったり、高台住宅団地に到達するために坂道を登り、当該団地内もひな段式造成地になっていたりすると高齢居住者の肉体的負担が過重なため買い手の不人気が高まり地価下落しているケースが数多く見られる。

高齢の居住者だけでなく子供が自転車通学をするようになったり、主婦が車でなく自転車や徒歩で買い物をするような場合は日常生活で不満が高まるといわれている。
かつては高台の住宅地は住環境の閑静さや景観をウリにしていたのだが、地縁的選好性と呼ばれるような高いブランド価値がなければ一般に敬遠され、地価下落の一因となっている。

■まとめ

以上、景気循環とは次元を異にする構造的要因で不動産価格が下落している地域を見てきた。下落を引き起こしている主な原因は、膨張、拡散してきた都市が人口減少、高齢化という社会構造の変化や地方自冶体の財政逼迫から維持困難となり、都心回帰やコンパクトシティに凝集されて行かざる得ないというプロセスで起きている。換言すると時代変化に不適合な地域が削減・縮小に向かつて荒療治される過程がマーケットの不動産価格下落という現象となっているともいえる。

日経紙経済教室「コンパクトシティーを考える(下)」で名古屋大学教授林良嗣氏は「少子高齢化により地域の生産力や自治体の財政力が低下し、投資余力がなくなる一方、年金・医療費などの社会保障関連費用は増えていくため、早晩、市街地の規模を見直さざるを得なくなる。インフラは量をなるべく減らして、品質を向上させる。21世紀末に日本の人口が半分になるのなら、市街地は半分以下にしなければならないだろう。」と言及している。

一部の利便性や住環境面の品質が高いものを除くと郊外住宅の時代が終焉を迎えたのは明らかだが、次なる都市の再構築に必要なものは何だろうか。それは単なるサイズの縮小ではないようだ。

林良嗣氏からさらに引用すると、「コンパクトシティーの目的を真に実現するには、ただ縮むだけでは十分ではない。凝集して「強く美しく」なることが必要である。(中略) この適応戦略を「スマートシュリンク」と呼ぶことにする。スマートシュリンクを進める上での物差しは、人々がどれぐらい充実した生活を送っているかを示すQOLという概念である。それは5つの要素から構成されると、私は考えている。第1は雇用、所得などの「経済機会」。2つ目は、文化や芸術を享受したり、教育を受けたりする「生活文化機会」である。第3に、住宅の質や自然などの「快適性」、4つ目は「安心・安全」。豪雨があると水没するような地域ではQOLは低くなる。5つ目は、環境負荷を抑える「環境持続性」であり、これも人々の満足感を大きく左右する。」

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