出店戦略の潮流変化と店舗物件動向

1、下げ止まり感もあるが中長期で課題

都市未来総合研究所によると、09年度の全国の商業施設の取引額は641億円。07年度の約10分の1まで落ち込んでいる。なかでも需要サイドで店舗物件を保有・賃借する小売業界は、人口減少、オーバーストアという構造的問題を抱えながら、リーマンショック後の世界同時不況の激震で深い痛手を負った。このような地合いの悪さから店舗物件の居抜き、スケルトンいずれも成約賃料下落や稼働率低下を招いている。

日経MJは「日本の小売業調査」の速報版として、百貨店、スーパー、コンビニエンスストアの09年度決算を集計。リーマン・ショックの直撃を受け、約7割の企業の売上高が前の年度を下回った。(中略) 今回集計した59社のうち09年度の売上高が前の年度を下回った企業は41社にのぼった。これまでは多少の景気変動があっても、大手小売りは旺盛な出店で売上高を維持してきた。今回は不況の谷が深かったとはいえ、日本の小売業界が右肩下がりの時代に入ったことを意味する(日経MJ)。

また飲食業も「09年度の店舗売上高上位100社の売上高合計は5兆2,662億円。前年度に比べてわずか0.3%増にとどまり、飲食業調査を開始した1974年度以降、最低となった。今回の回答企業303社の売上高合計のうち、上位100社が約8割を占めており、これまでは大手企業がけん引しながら市場を拡大してきた。しかし100社中57社が店舗売上高で前年実績を下回っている」(日経MJ)。

10年に入り業界全体を取り巻くマクロ経済環境はやや明るさが見えてきている。09年から本年と世界経済が回復、政策効果もあり日本経済は緩やかに回復。中国など新興国向け輸出の増加で企業の生産水準は08年秋のリーマン・ショック前の9割程度まで回復した。景気の回復傾向は家計へも徐々に波及している。

「厚生労働省が30日発表した3月の毎月勤労統計調査(速報、従業員5人以上)によると、従業員1人当たり平均の現金給与総額は全産業ベースで前年同月比0.8%増の27万5,637円となった。残業代などの所定外給与が11.7%増の1万8,204円と3ヶ月連続で増加し、現金給与総額は22ヶ月ぶりに増加に転じた」(日本経済新聞)。

同紙によると家計の持ち直し傾向により個人消費も3月は強い数字となった。「総務省が30日発表した3月の家計調査によると、2人以上の世帯の消費支出は物価変動を除いた実質で前年同月比4.4%増えた。年度末のエコポイント制度の一部見直しを前に駆け込み需要が生じ、薄型テレビなどの売り上げが大きく伸びた。実感に近い名目消費も3.0%増となった。」

個人消費の持ち直しは政策効果の寄与度が高い。エコポイント制度の対象になる薄型テレビの基準が変更されたことによる駆け込み需要が3月の実質消費支出を前年同月比4.4%の高い伸びに押し上げたといえる。政策効果に加え、雇用不安も緩やかだが改善しており、家計の消費マインドを支えている。

短期的には谷が深かった対前年で見て明るさが見えてきた個人消費だが、中長期的には人口減少に加え、中間所得層の激減や賃金上昇カーブの変化など個人消費を抑制する構造的要因を抱えている。

「総務省の家計調査をもとに試算したところ、00年から09年までに年収650万円以上の世帯(家計調査ベースの全世帯の半分)が減っていることがわかった。05年以降は800万~900万円の世帯の減少が目立つ。中流層の受難は、個人消費の伸び悩みと無関係ではない」(日本経済新聞)。

また厚生労働省の賃金構造基本統計調査をもとにした「賃金カーブ」は年齢を重ねても収入が伸びにくくなっている。このような賃金構造の変化が日本経済に様々な影響を与え、右肩上がりの収入増に自信を持てない若年層は、ローンを活用した車や住宅の購入を控え、老後の生活に不安を抱える中高年も消費の節約志向が強い。近年の中間所得層の消失が比較的高額商品を主力とする百貨店業界の低迷の主因の一つになっている。

デフレの象徴である消費者物価の下落が依然として続くなか、小売り業界等の中長期の厳しい環境を背景に各社の店舗戦略も生き残りをかけ変化が出てきている。

2、出店戦略の潮流変化

■郊外から都心出店重視へ転換

郊外を主戦場に低価格帯商品で勝負、怒涛の多店舗展開を果たしてきたヤマダ電機、ユニクロ、しまむらなど専門店チェーンがここにきて都心エリアへの出店にシフトしている。郊外から都心重視への出店戦略転換の背景には、郊外部がオーバーストア気味で出店余地が乏しくなったことに加え、都心部の地価・賃料下落で価格や賃料の交渉力が強い大手チェーンストアが商圏ボリュームが巨大で見込客が多い都心部へ出店するメリットが大きくなったことがある。近年の居住者の都心回帰も背後地人口増加で追い風になっている。

以下で各社の動向を見ると、

家電量販最大手のヤマダ電機は09年10月30日、東京・池袋の三越跡地に約7,000坪の売り場面積を誇る日本総本店「LABI1日本総本店池袋」を出店。さらに本年4月16日に東京・新宿のJR新宿駅東口に「LABI新宿東口館」を開業した。新宿駅東口は都心立地型のヨドバシカメラが本店を構え、ビックカメラも徒歩数分の位置に陣するなど激戦区になっている。さらにヤマダ電機はヨドバシカメラが本店を構える新宿西口への出店も計画している。

郊外専門だったしまむらも今2月期に計画する45の出店のうち3~4割が都市部。都心エリア展開を睨みトレンディ路線へファッションセンスを向上させており、07年都心初の高田馬場店を開業。09年12月に三軒茶屋店を開業するなど都心攻勢を強めている。

ユニクロも都心出店を加速している。百貨店内をターゲットにしており、10年は大丸須磨店に続き高島屋新宿店、そごう川口店、そごう千葉店、丸井柏店と都心構成を強める。百貨店以外でも来秋東京・銀座に2つ目の大型店を開く。売り場面積1,650平方メートル超。ユニクロは都心で大型店開発を加速しており、05年に銀座、09年に新宿、今年3月には渋谷に大型店を開業した。今後も駅構内などの小型店も加え、都心を海外とならぶ出店戦略の要としている。

全国で205店舗と多店舗展開を進める家具&インテリアショップのニトリもこれまでの地方、郊外出店から関東、関西での都心出店を事業拡大の柱に据えている。

大手紳士服も未開拓エリアである大都市中心部への出店を加速させている。これまでのショッピングスタイルは、安価なスーツや日常的に着るカジュアルウェアなどを住まいの近くの郊外店で買い、高級品・贅沢品は都心で買うのが一般的だった。しかし、近年は日常で着る衣料も都心で、平日に、働く場所の近くで買う傾向が定着しつつある。このような新たなニーズに対応し顧客層を拡大する狙いがあり、郊外衣料店にとって都心エリアは残された未開拓分野でもある。

はるやま商事は09年10月8日、東京・新宿「紳士服はるやま」新宿南口店をオープン。同社は、今後5年間で首都圏店舗を100店体制に倍増する計画である。

業界2位のAOKIも09年5月オープンの銀座店に続き、09年10月に秋葉原店がオープンする。同社は今後7年間で東京都心に現在の10倍の60店を展開する予定。

青山商事も、東京上野に、アウトレット店を開業するなど都心出店を進めている。千葉県に設けた新物流センターが来年から本格稼働すると店内倉庫がほぼ不要になるので都心型の小規模店舗を多店舗展開しやすくなるはずだ。

■店舗流動化見直し、買い戻しも増加

小売り各社は、SPCを活用して不動産を外部に売却して、売却益を実現し、貸借対照表から分離してオフバランス化して低金利で資金調達を行う資産流動化を行っていた。資金調達の多様化とオフバランスで資産を圧縮することでROAを改善できるなどのメリットがあった。

しかし、ここにきて小売り各社が流動化の動きを見直している。その背景は会計基準の国際化の影響だ。つまり短期の賃貸借契約など「オペレーティングリース」の扱いになる。日本基準は支払リース料を費用計上だけで済むが、国際会計基準(IFRS)では貸借対照表に資産・負債計上する案が議論されている。これが実現すると、オペレーティングリースの形態をとっている流動化案件は資産のオフバランス化が難しくなる。

また出店規制の強化や消費低迷で新規出店で店舗数を拡大するより既存店の見直し補強を重視する傾向が強まっている。「流動化で新規出店のための資金を調達するよりも、店舗不動産を保有して柔軟に改装したいという意向が強まっている。不動産市場の低迷で投資家の求める期待利回りも上昇しており、「流動化後の賃料負担が重い」(イオンモール幹部)という事情もある」(日本経済新聞)。

例えば、パルコは11日、日本リテールファンド投資法人から浦和パルコ(さいたま市)が入居する土地・建物(信託受益権)を261億円で取得した。借入金で賄うが、賃料負担がなくなるメリットも大きいとみられる。「浦和パルコは建物の地下1階から地上7階に入居。建物と土地はさいたま市など複数の関係者が共同で所有。再開発案件のため減価償却費も大きく、関係者間の調整が難航する可能性があった。自社保有に切り替えることで「機動的に改装できるようになる」(経営企画室)という」(日本経済新聞)。

ドン・キホーテは資産流動化スキームを活用して資産の効率化と財務体質の強化により、店舗網の積極的な拡充を図ってきたが、2月、流動化していた新宿東口本店(東京・新宿)を45億円で買い戻した。「同店を流動化したのは00年。不動産をSPCに譲渡後、リースバックしていたが、10年の定期借家契約が切れ、SPCの資金借り換えを検討する時期になっていた。だが金融機関の不動産融資への姿勢が慎重になっており、同店を裏付けにしたSPCへの融資金利はかつての2%台から倍以上に上昇している。一方で買い取る際の価格には割安感も出てきた。「新宿東口本店は当社のシンボル的存在。10年前に比べると、当社の事業規模も大きくなり、キャッシュフローに余裕があると判断した」(高橋光夫専務)という」(日本経済新聞)。
 
過去に流動化した物件を買い戻すのは本業が順調な資金力がある企業に限られる。「07年にスーパーなど31物件を流動化したダイエーは、賃料が重荷となっているが、買い戻しは考えていないという。同社は売り上げ不振により10年2月期に初の連結営業赤字に転落した。流動化を見直し不動産を買い戻すには、本業の稼ぐ力が改めて問われる」(日本経済新聞)。

■閉鎖飲食店舗を居抜きで出店

飲食業界も不況の直撃で低迷している。例えば日本フードサービス協会の3月の外食売上高(全店ベース)は、前年より休日が1日少なかったことや、悪天候に影響があるものの前年同月比1.6%減で2ヶ月連続の前年割れになっている。

ただ回転ずしは低価格で家族客をつかみ好調なのが目を引く。日経MJ第36回日本の飲食業調査で最大手のカッパ・クリエイトの09年年度店舗売上高は対前年比で11.1%増、2位のあきんどスシローが16.6%増となった。しかし名店舗売上高が伸びたのは「回転ずし」など3業態にとどまり、9業態は減少している。

飲食業界の低迷と相まって閉鎖店舗も増加している。閉鎖飲食店舗はこれまでテナント側は原状回復をして引き渡すのが通例だったが、近年になって内装や厨房、備品など現状のまま「居抜き」で次の出店テナントへ引き渡すケースが増加している。居抜き売買は譲渡側、譲受側の双方にメリットが認められる。譲渡側である退店テナントからみると、原状回復をして賃貸人にスケルトン状態で返すには、坪単価50,000円~と言われる費用がかかり、解約日までの空家賃や保証金の償却も負担しなければならない。一方、譲受人側である出店テナントから見れば、スケルトン物件への出店は、内外装や厨房などの設備、備品等を全て揃えなければならず、一般に坪あたり45~80万円ほどの費用を要すると言われている。

小家族化、人口の都心回帰などの逆風下、大手ファミレスが郊外ロードサイド店舗を相次いで閉鎖する「ファミレス冬の時代」が到来しているが、このタイミングを商機と捉え、看板を替え低コストで外食チェーンの郊外店の退店跡に居抜きで入ることに特化して急成長している企業がある。

「ステーキハンバーグ&サラダバーけん」を運営するエムグラントフードサービスは、09年度の売上高は47億円と前の年度比2.5倍で急成長しているが、「ロードサイドのハイエナ」と呼ばれる閉鎖ファミレスへの居抜き出店が成長の原動力だ。「同社の居抜き店は看板以外に手を加えない。内装はほとんどそのまま。厨房設備が整っていれば、新たな投資はサラダバーなどのじゅう器やステーキ用のグリルのみ。焼肉店の跡地に出店する場合は、テーブルがロースター(あみ焼き器)付きでも、その上に板を張ってそのまま使う。初期投資は1,000万円かけないことも多い」(日経MJ)。

何故、大手ファミレスでも閉鎖した店舗でやっていけるのかというと、際立つその低コスト体制にある。店舗の立地調査は大手チェーンが出店時に行っているから省略し、1店あたりの損益分岐点も月商600万円と大手ファミレスに比べ200万円は低い。その理由は賃料の安さに加え、店の業態そのものにある。「メニューの基本はサラダ、ドリンク、カレー、デザートの食べ・飲み放題付きのステーキまたはハンバーグのセット。仕込み時間を除けば厨房でする作業は肉の焼き上げのみですむ。ホールの従業員も肉料理を出すだけで、サラダやドリンク、カレーなどはセルフサービス。多種多様なメニューをそろえ、調理に追われるファミレスと対照的に店舗の従業員は少人数で済む。さらに「ぐるなび」を除けば販促費もかけない。こうしたローコスト運営が大手チェーンがあきらめた場所でも商売を成り立たせる秘訣だ」(日経MJ)。

飲食店は業態としてライフサイクルが短く、出店から3年以内に撤退となるケースも多いため、比較的使用可能な設備が多く存在するため、居抜き出店は今後も一定量で続くと見られる。

■まとめ

足元を見ると先に書いたように国内景気の回復が遅行性がある家計の雇用・所得を緩やかながら改善させ、その結果、個人消費に徐々に波及しており、すでに宝飾品など一部高額品の売れ行きが持ち直しているといわれている。しかしテナント側の固定費削減意欲が依然として強く新規出店は賃料設定にシビアだ。むしろこれまでの店舗網拡大路線から転換し、既存店を補強・改装重視を志向する動きが高まっているが、テナントサイドからの賃料見直し意向が強い。

このような理由から全国的に見て賃料、稼働率の下落が続いており、テナントの出店時の負担である保証金の預託月数も現今の資金調達環境の厳しさから下落し、一部にはフリーレント制の採用も見られる。

店舗市場も短期的には一部エリアで底入れ観が漂っているが、長期的スパンでは先に挙げた個人消費を抑制する構造的要因に加え、多店舗展開のツケで慢性的オーバーストアという重しもあり、店舗市場の本格的な浮揚は厳しい。そのようななか生き残りをかけ商業店舗テナントサイドは先に書いたような様々な店舗戦略を試行している。

郊外ロードサイドを主戦場にしてきた大手衣料等の未開拓エリアでもある都心出店へシフトだが、背景には都心部の近年の賃料下落がある。しかし都心部の店舗市場が回復し、中短期で賃料上昇局面を迎えた時は低価額商品を主力としてきたこれらの業態の賃料耐性に課題が出るだろう。

閉鎖店舗への居抜き出店は、オーナー、テナントの両者にメリットがあるので、市場の透明性や整備が進むと居抜き出店がさらに拡大する可能性がある。

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