賃貸等不動産時価開示で変わる企業の株価やCRE
■賃貸等不動産の時価開示が始まった
大手企業各社の10年3月期決算の公開が相次いでいるが、今期から賃貸等不動産の時価開示が始まった。08年11月28日に企業会計委員会(ASBJ)から「賃貸等不動産の時価等の開示に関する会計基準」およびその適用指針が公表され、10年3月31日以後終了する事業年度の年度末に係る財務諸表から、また四半期財務諸表に関しては翌事業年度から適用されるので、当該時価開示が元年を迎えたわけだ。
IFRS(国際会計基準)の賃貸不動産の会計処理ルールでは、
- 期末の時価で評価し前期末との差額を損益に計上
- 取得原価で評価し時価を注記
のいずれかを選択するが、日本では当面は2の注記する方式になる。つまり、貸借対照表や損益計算書での計上額は従来通り簿価だが注記で賃貸不動産の含み損益を透明化して投資家に周知させるという狙いがある。
注記の対象となる「賃貸等不動産」とは、棚卸資産に分類されている不動産以外のものであって、賃貸収益またはキャピタルゲインの獲得を目的として保有されている不動産をいう。従って、物品の製造や販売、サービスの提供、経営管理に自ら使用している場合は賃貸等不動産には含まれない。賃貸等不動産の範囲を簡略に示すと以下になる。
▼賃貸等不動産の範囲
- 貸借対照表において投資不動産として区分されている不動産
投資目的で所有する土地、建物その他の不動産として、「財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則」第33条により、「投資不動産」として区分されている不動産
- 将来の使用が見込まれていない遊休不動産
遊休不動産で将来の使用が見込まれていないものは処分によるキャッシュフローしか見込めず、時価そのものが企業にとって価値であるとして賃貸不動産に該当する
- 上記以外で賃貸されている不動産
自社工場、自社運営のホテル・ゴルフ場等は開示対象にならない。ホテルやゴルフ場などの所有者が第三者に賃貸し、第三者が運営業務を行っている場合は開示対象になる
- 将来において賃貸等不動産として使用される予定で開発中の不動産や継続して賃貸等不動産として使用される予定で再開発中の不動産
賃貸を目的として保有されているにもかかわらず、一時的に借手が存在していない不動産も賃貸等不動産として取り扱われる
賃貸されている不動産は、通常、貸借対照表上の(1)「有形固定資産」の土地、建物、構築物及び建設仮勘定、(2)「無形固定資産」の借地権等の科目に含まれている。
不動産の中には、物品の製造や販売、サービスの提供、経営管理に使用されている部分と賃貸等不動産として使用されている部分で構成され不動産があるが、賃貸等不動産として使用される部分については、賃貸等不動産に含める必要がある。ただし、当該割合が低い場合には、賃貸等不動産に含めないことができる。
当該時価開示にいう「時価」とは、公正な評価額をいい、通常は観察可能な市場価格に基づく価格で、市場価格が観察できないときは合理的に算定された価額をいう。この算定は自社による合理的見積もり又は不動産鑑定士による鑑定評価等として行う。契約により取り決められた一定の売却予定価額がある場合には、合理的に算定された価額として当該売却予定価額を用いることとされている。
開示対象となる賃貸等不動産のうち重要性が乏しいものについては、一定の評価額や適切に市場価格を反映していると考えられる指標に基づく価額等(公示価格、地価調査価格、相続税路線価、固定資産評価額等)を時価とみなすことができる。重要性の判断は賃貸等不動産の貸借対照表日における時価を基礎とした金額と当該時価を基礎とした総資産の金額の比較で行う。
■時価開示の株価への影響
三菱地所と三井不動産が4月30日に10年3月期決算を発表した。その中の注記で、賃貸等不動産の時価が初めて発表された。つまり、新会計ルール「賃貸等不動産の時価開示」に基づいて、保有不動産の含み損益が開示されたわけで、含み益は三菱地所の2兆558億円に対し、三井不動産は7,539億円だった。
余談だが三井不動産は、ららぽーとやアウトレットモールの一部を借地の上に建築しているが、当該物件の将来の撤去費用を期間配分した資産除去債務計上が10年4月以降の事業年度から適用が始まる。これも日本基準と国際財務報告基準(IFRS)とのコンバージェンス(収斂)の一環として設定されたものだ。
現時の不動産市況は、マンション販売は回復基調にあるが、オフィス市場では稼働率・賃料低下が依然として続く厳しい状況で、不動産各社の利益を下押している。さらに不動産価格が高騰した06~07年に不動産を取得して投資した各社について以後の地価下落で発生した保有不動産の評価損が如何ほどかが注目されていた。
今回の時価開示で大手不動産のなかには、なお多くの含み益があることが解った。菱地所や三井不以外でも日経ヴェリタス112号によると、NTTの遊休地を簿価で引き継ぎ、アーバネット大手町ビルなど都心に優良物件を持つNTT都市開発は、野村証券の福島大輔シニアリサーチオフィサーが同社の含み益(税引き前)を約3,000億円と推定。また不動産業界以外の企業でもJR東日本は含み益8,819億円、三菱倉庫は含み益1,849億円となるなど、古くからの土地持ち企業である鉄道や倉庫では時価開示で含み益が発生している。
株式投資家は株価の割安割高を判定する指標としてPBR(株価純資産倍率=株価÷1株当たり純資産額)を使う。三菱地所と三井不の今回の時価注記で見ると、「三菱地所の簿価ベースのPBRは2.0倍で三井不の1.53倍に比べ割高に見えるが、税引き後の含み益を加算した純資産で計算した修正PBRを計算すると地所は0.98倍に下がり、三井不(1.06倍)を下回る」(日経ヴェリタス112号)。
なお、鉄道・倉庫等各社の含み益、修正PBRは次のとおりである。
▼鉄道・倉庫等各社の含み益
※日経ヴェリタス112号引用
不動産が企業の財務諸表で占めるウエイトは一般に高い。「法人企業統計調査などからデロイトトーマツFASが推計したところ、販売費・一般管理費に占める不動産関連経費は製造業で34%、非製造業では54%にのぼる。総資産に占める有形固定資産の割合は製造業で24%、非製造業では37%にもなる。会計制度変更はこうした存在感を顕在化しただけとも言える」(日経産業新聞)。
今回の時価開示は、不動産会社をはじめ一般企業の保有不動産の収益力、財務力をより透明化するため、これまで「含み資産」といわれた隠れた不動産価値を炙り出し、公開することになるので不動産業界はもとより不動産保有ウエイトが高い一般企業の株価にも影響を及ぼすと見られている。
■CREマネジメントの追い風になる
賃貸不動産の時価開示は、近年、注目されているCREマネジメント、そこから発生する不動産の有効活用・売却等により不動産市場にも影響が波及するのは必至と見られている。CREとは、企業が保有するビル、工場、店舗、社宅、遊休地などの企業不動産を経営資源と位置づけて企業価値向上の観点から、経営戦略的視点に立って見直しを行い、有効活用や効率管理して不動産投資の効率性を最大限向上させていこうという手法である。再開発や証券化、売却、賃貸で収益を上げることも含まれる。
すでに06年3月期に導入された減損会計では、事業収支の悪化で不動産への投資額が回収できない場合に簿価を切り下げる形で減損損失を計上するようになった。今回の時価開示で減損処理に至らなかった投資不動産や遊休不動産、賃貸不動産の時価が発表されると、金融機関や投資家は、従来の財務諸表に不動産の時価を反映させた形で企業価値を見るようになる。
例えば、投資効率が低いビルを抱えていては含み損がかさむため、企業は不動産の有効活用や売却を迫られることになるが、このような背景がCREの追い風になるわけだ。
さらに近年は、不動産を保有するだけで多くのリスクにさらされる。地価下落リスクに加え、土地工作物の所有者責任、耐震、アスベスト、土壌汚染などのリスクにも対応しなければならない。またステークホルダーへの説明責任から保有資産の効率的な利用は企業にとっての重要事項になってきており、企業のプレッシャーも年々大きくなっている。このような観点から保有資産の中でも大きなウエイトを占める企業不動産の売却・賃貸・取得に係る適正配分や、効率的利用は、中長期を見据えた企業戦略の最重要課題となっている。
しかし、CREに対応している企業は、現状で極めて少ない。例えば企業の保有する不動産について、登記簿や取得時の契約書などの基本的情報から、施設の修繕履歴(工事費、CAD化された工事図面)、個別のリスク・遵法性に加え都市計画情報、路線価、時価などが一覧・個別で閲覧・出力可能な状態にデータベース化され、関係部署や関連会社間でデータの共有化がなされているなどということは一部の先端企業を除くとまずない。CRE戦略のステップ1ともいうべき企業保有不動産に関する一元的なデータ管理すらなされていないところが多いのが現状だ。
このような一般企業のCREへの取り組みの遅れをビジネスチャンスと捉え、不動産・建設の各社が蓄積した不動産の再開発や運用ノウハウを生かして、企業に多様な不動産活用を提案し、本業のビジネス拡大を図るという取り組みが目立っている。
06年3月期に保有不動産の時価が簿価を大きく下回った場合に損失計上する「固定資産の減損会計」が義務付けられ、09年3月期に「販売用不動産の低価法」が適用され、そして今回の「賃貸等不動産の時価開示」が始まった。不動産を巡る会計ルールが年々厳格化されていくという一連の流れのなか企業が従来のバラバラの管理体制のままでは対応に限界がある。
不動産の減損処理・評価損益の計上並びに不動産を経営資源として適正に配置、有効活用、売却するなどの戦略的な取り組みが今後、企業に求められるため、CREマネジメントがより注目されていくと思われる。
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