人民元切り上げの中国不動産バブル、 日本国内株価への影響

■Xデーが近い

4月12日からの「核安全保障サミット」には、中国の胡錦涛国家主席が出席して、米中首脳会談が行われた。米国は、人民元の切り上げについて中国の判断を尊重する姿勢を示した。前週、ガイトナー財務長官は中国の人民元問題について「中国は自らの利益のために(相場の柔軟化などに)動くだろう」と改めて指摘した。「中国は強く、自立した国になろうとしている」と述べ、中国が独自の判断で人民元改革に乗り出すとの見方を示した。

以上の新聞報道は、中国は外圧に屈することを最も嫌うため、中国のメンツを立てて自主的に人民元を切り上げるかたちを取らせるべく米国が切り上げの環境整備を進めていることを窺わせるものだ。ここにきて市場関係者のなかで人民元切り上げは不可避としてXデーの秒読みが始まった。

中国の輸出業者団体は、既に3%の切り上げを前提にストレス・テストを実施しており、中国大手通信機器メーカーは3%の切り上げの影響を即答できる体制にあることをみても、輸出業界では3%の切り上げでコンセンサスが形成されているという。

中国政府による人民元の切り上げが行われると中国国内経済はもとより日本経済や株価へ与える影響は大きい。今回は人民元切り上げが実行されると中国国内の不動産バブルや日本国内株価へどのような影響があるかを探ってみよう。

■中国の為替制度

中国の為替制度は日本円やドル、ユーロのように為替レートの決定をマーケットの需要と供給に委ねる変動相場制ではない。05年7月に為替制度改革を実施し、人民元の対ドル相場を約2%切り上げ、事実上の対ドル固定相場制をやめ、建て前では通貨バスケットを参考に調整した管理変動相場制(管理フロート制)に移行し、米ドル、ユーロ、日本円など複数の通貨の加重平均値に自国通貨を連動させている。実際は人民元を対ドルで緩やかに増加させるクローリングペッグとなっている。人民元の変動幅は中国人民銀行により、05年7月21日に対ドルで0.3%とされ、07年5月21日に0.5%に拡大された。

この結果、人民元の対ドル相場は約3年で緩やかに上昇した。しかし、08年7月に金融危機で中国の輸出が失速したため、輸出産業への配慮から元相場を1ドル=6.8元台の事実上のドルペッグ制を復活し為替介入で人民元安を維持している。

一方、欧米にとっては現行制度が中国企業との競争や対中輸出で不利になり、中国からの輸入拡大で貿易赤字を招くとして中国政府に人民元切り上げを迫っている。特に海外への輸出増で懸案の雇用問題を解決したい米国は、今秋に中間選挙を控えた米議会が人民元切り上げを強く求めているという国内事情がある。

外圧だけでなく中国の国内事情も人民元切り上げの環境が醸成されている。世界的金融危機後の中国経済は目覚ましい回復を遂げ、09年10~12月期のGDPは2ケタ成長となった。しかし、国内ではドルペッグ制の弊害である為替介入による余剰マネーが不動産や株などの資産バブル懸念を増幅し、資源価格上昇によるインフレも懸念されている。特に一部で見られる不動産バブルは、為替水準を維持するための元売り・ドル買い介入が国内の金余りを招き、バブル生成の一因となっている。

人民元が切り上げられると日本国内株価へ影響を及ぼす。05年7月21日の人民元の為替レートを対ドルで2%切り上げ発表後に1ドル=112円だった円は、9月にかけて急伸し108円台になった。当時の経験から人民元の切り上げは短期的に円高を招くという市場関係者の声は多い。為替面だけでなく、人民元の切り上げは後述するが複雑な回路を通って日本経済に様々な影響を与えるので、経済を写す鏡ともいえる日本国内の株価へ様々な側面から影響を及ぼすと見られている。

以下、人民元切り上げが中国不動産バブルと日本国内株価へ与える影響を探ってみよう。

■人民元切り上げのシナリオ

様々な中国の国内与件から考えて実現の可能性が高いシナリオは、現行の1日0.5%までとしている元相場の変動幅を例えば3%程度拡大するマイナーチェンジを先行させて、当面の外圧をかわし、その後は、中国政府が緩やかにマイペースで元を切り上げていく手法だ。ただ徐々に切り上げていくこの手法では元相場の先高観が強まり、中国語で「熱銭」と呼ばれる投機マネーが先高思惑から大量に流入するという懸念が膨らむ。とはいえ一挙に大幅切り上げをすると、先高観は薄れて投機資金の流入を抑制できるが、国内の輸出企業は輸出競争力が急激に低下し、雇用問題を悪化させ国内政治へのダメージが大きい。

日経ヴェリタリス第109号によると中国政府直属のシンクタンクで「元の対ドル相場を1度に10%切り上げるべき」という論文が発表されたが、輸出企業を所管する商務省が猛反発して大幅切り上げ案は早々に退けられた。中国の国内事情を知る関係者の間ではマイナーチェンジを先行させ年3%程度の緩やかな切り上げする案が現実味を帯びているようだ。

■中国経済への影響

中国経済への影響としては、輸出競争力の低下と対外購買力の向上がある。中国政府が緩やかな人民元切り上げを行った場合は輸出産業の受ける影響は限定的と見る向きが多い。一方、対外購買力が上昇することで個人消費が活性化して低廉な労働力に依存した輸出主導型経済から内需成長型経済へ移行する可能性が高まる。

【中国不動産バブルへの影響】

人民元切り上げを実行することで市場に溢れた余剰マネーをコントロールして不動産や株など資産バブルを抑制し、持続可能な安定成長軌道へ経済を乗せるのが中国政府の喫緊の政策課題となっている。中国国内で特に懸念されているのが不動産バブルだ。

「中国国家統計局が4月14日発表した3月の主要70都市の不動産販売価格は前年同月比11.7%上昇した。10ヶ月連続のプラスで、伸び率は2月の10.7%を上回り、現行の調査形式になった2005年7月以降で最大となった。一段の値上がりを見込んだ投機的な不動産購入が続いており、バブルの懸念が膨らんでいる(日経4.14)」。

銀行融資の急増で余った資金が不動産市場に流れ込み不動産バブルを引き起こしている。さらに通貨安定化のための金融当局による自国通貨の売買オペが過剰流動性を加速させている。第一生命経済研究所の調査レポート「人民元を取り巻く諸問題」によると、「高成長が期待される中国には海外資金が流入しやすく、同国の為替相場は厳しい管理下にあり、短期資金の流入は起こりにくいものの昨年1年間で外貨準備高が約4,531億ドル増加していることや、貿易収支や直接投資の動向から推計すると、1,000億ドル超規模の海外資金が流入していることになる。これだけの資金流入に対応して人民元売りオペを行ったことで市中の資金供給量は大幅に拡大している。」

上記の過剰流動性が主因となって誘引された不動産バブルに対して中国政府も多角的に不動産バブル規制策をすでに打ち出している。昨年12月9日、中国本土当局は、購入した住宅を売却する際にかかる営業税の非課税期間を従来の保有2年以上から5年以上へ延長し、住宅価格の高騰を抑制させる措置を打ち出した。

また政府は1月11日までに、投機的な住宅購入の抑制を指示する通知を全国に出した。2軒目の住宅購入について、頭金として初めに購入価格の40%以上を支払うことを義務付けるほか、銀行に金利を高めに設定するよう促すというものだ。

さらに1月18日に1年7ヶ月ぶりに預金準備率を0.5ポイント引き上げ、大手銀行の預金準備率は16%となった。続いて2月12日に預金準備率をさらに0.5%引き上げた。相次ぐ預金準備率の引き上げは、オーバーフローした人民元が不動産や株へ向かうのを吸収、バブルを抑制する狙いがあった。

政府は窓口指導の強化も併用して不動産向けの銀行融資を抑えようとしているが、一方、現行の為替制度で通貨安定から市場に人民元を過剰に供給するという相矛盾したことをやっている。しかも中国の住宅需要は都市部の拡大傾向や政策の後押しを受け今後も堅調に伸びるという見方が多く、住宅需要は高まるとの思惑があり、金融政策中心で価格の上昇を抑えるのは容易でない。

そこで人民元が切り上げられると、通貨安定のため市場に溢れた人民元の量が縮小するので、預金準備率の引き上げなどの金融政策等と連携してバブル発生リスクがより低減することができる。

■日本経済、株価への影響

日本市場は05年7月に中国政府による元切り上げでドルに対する円高を誘う「連れ高」で一時的に円高に振れた経験から「今回も元の切り上げで円高になるのでは」という見方がある。これに対しては短期的に円高になる可能性は高いが、今後の円相場の動向は日米金利差の要因のほうがウエイトが高く、人民元に完全に連動するかたちで円高が進む可能性は低く、むしろ円安になる可能性が高いとする声が多い。

人民元上昇で中国の購買力増加で中国向け輸出が増えるという見方があるが、日本の輸出品は高付加価値商品が多いので中国製品と競合することは少なく効果は限定的とする見解もある。

日中の間で起きることは、人民元の上昇で日本企業の対中輸出採算は改善するが、中国に生産拠点を置く日本企業は元高で現地の製造コストが上昇するので輸出採算は悪化する。上昇幅によってはベトナムなど中国に代わる生産拠点の配置を再検討しなければならなくなる。

日本総研は、10年4月8日の「人民元切り上げの影響」と題する調査レポートで中国の対外購買力が上がるため、チャイナマネーによる日本企業の買収、資本参加の増加の動きが加速し、中国からの出国率の増加で日本への観光客数が増加する可能性があると分析している。

日本国内の株価への影響だが、単なる低廉性メリットに依存した中国製品輸入の食品や、小売などの銘柄はマイナス面が出てくる可能性が考えられる。また人民元切り上げが円高を連動させないという見方が多いので、輸出企業全体へ影響を及ぼすというより企業の中国生産比率の高低等で影響が異なると考えられる。

最後に証券アナリストの分析を紹介すると、

メリルリンチ日本証券は9日付の日本株投資戦略ウィークリーで、「人民元切り上げは、円高をもたらさないと予想している。日本への影響は、業種や企業によって異なる。マブチモーター(6592)やマキタ(6586)のような中国生産比率が高く、第三国向け輸出比率が高い企業にマイナスである一方、コマツ(6301)のように日本から部品を輸入して現地で組立販売する企業にプラスである。中位製品で中国メーカーと競争する日本の鉄鋼メーカーにもプラスだろう」と指摘している(NSJ日本証券新聞ウェブサイト)。

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