2010年地価・不動産価格予測 / オフィスマーケット予測

前回の住宅地地価等に引き続き、足元では賃料下落、空室率増加、キャップレートの上昇と悪化の一途を辿っているオフィス市況の2010年を展望してみよう。

1、オフィス市況の現状

オフィス市況の現状は、景気低迷下での企業のオフィスコスト節約志向の高まりで賃料下落、空室率増加が続いており、全国的に深刻な状況となっている。三鬼商事による直近の調査結果を東京、大阪、福岡市の各ビジネス地区で見ると、

  • 東京
  • 09年12月末日時点の東京ビジネス地区の空室率は、5年10ヶ月ぶりに8%を超えた。都心5区でこの1年間で大型ビルの募集面積が大幅に増加して需給悪化しており、テナントサイドも景気低迷からオフィス縮小の動きが進んでいる。平均賃料も12月末時点で、前年同月比14.46%(3,208円)下げの18,978円となり、借り手優位の状態が続いている

  • 大阪
  • 大阪ビジネス地区の12月末時点の平均空室率は10.34%で前年同月比で3.52ポイント上げた。同時点の平均賃料は12,431円で、前年同月比2.43%下げた。09年はオフィス縮小の動きが続く反面、09年は供給量・棟数が増加し、2010年も大型供給がなされるため、需給悪化が懸念されている

  • 福岡
  • 福岡ビジネス地区では12月末時点の平均空室率は15.38%で、前年同月比4.39ポイント上昇。同時期の平均賃料は9,712円で前年同月比2.72%下げた。景気低迷の影響で好立地のエリアでも需要低迷が顕著になっている。09年は新築ビル13棟(延床面積合計約3万6千坪)が完成し、新築ビルテナントの誘致競争は激しさを増しているが、2010年の新規供給量は延床面積2千7百坪に止まるため、需給悪化改善の期待もある

足元で進んでいる空室率の増加は、09年の年内にもピークアウトするという見方も一部にあったが、依然として歯止めがかかつていない。賃料にしても新規賃料である募集賃料・成約賃料の減額に留まらず、既契約テナントによる継続賃料の減額要請も増えている。またダイレクトな賃料減額ではないが実質的な減額の動きが増えている。例えば数ヶ月以上のフリーレント期間を付与したり、契約時に保証金や駐車料金を減額するなどだ。この背景には、リーマンショック後の金融危機と世界同時不況で、国内経済が減速、企業業績が落ち込み、企業はオフィスコスト低減にシフトしているという現実がある。その結果、需要が下振れして賃料調整と空室率増加が加速している。

オフィス市況の低迷と先行き不透明感で投資物件としてのオフィスセクターは、売主、買主間でキャップレートの乖離が埋まらず取引がなかなか成立しないため、市場データが乏しく、底打ちの指標になりにくくなっている。世界の不動産市場がボトムを打って回復傾向を見せているのに日本国内の底打ち、回復が遅れているため、その地位低下が鮮明になっている。

「日経不動産マーケット情報」によると米業界団体「Urban Land Institute」が中心になり、主としてアジア各地にオフィスを置く欧米型ファンド運用会社を対象としてアンケート調査をしたところ、昨年は首位だった東京が第7位に転落した。代わって上位を占めたのは上海、香港、北京の3都市だった。海外投資家の日本の不動産への投資意欲が薄れている理由として、

  1. 日本への投資を促進したリスクフリーの長期国債と投資利回りの差であるスプレッドの大きさで低金利の日本に優位性があったが、リーマンショック後、海外各国の中央銀行が、こぞって大胆な金融緩和策を実行、その結果、各国の長短金利が低下しており、日本の優位性が薄れている
  2. 日本国内の優良不動産の賃料や空室などのボラテリティは、世界的に見て比較的安定している。銀行や大手不動産等も前回のバブル崩壊後のようにB/Sが傷んでいるわけでない。このため売り手側が持ちこたえて市況の好転を待つという姿勢になりがちで、加えてレンダーも優良不動産については比較的リファイナンスに応じているため、市場に損切り処分のAクラスビルなど優良物件が出てこない

が考えられる。

90年代初頭に起きたバブル崩壊後の不良債権処理では、ハゲタカファンドへ二束三文の投売り同然のバルクセールが行われ、ディストレス・ファンドだけを儲けさせる結果となった。このときの苦い経験から得た学習効果がレンダーサイドからの担保不動産の投げ売りを抑制しているという側面もあるようだ。

2、2010年オフィスマーケット予測

足元では、厳しいオフィス市況と当該不動産価格の動向だが、シンクタンク、アナリストリスト等の見方では、「2010年、2011年と市況が改善していく」というものが多い。そのいくつかを紹介する。

  • クレディ・スイス証券大谷洋司氏(月刊プロパティマネジメント 2010年01月号)
  • 国内の不動産マーケットは、マーケットと連動性が高い貸出残高の伸び率が2009年の第2四半期でプラスに転じて反転を始めた。また他の先進国がレバレッジが縮小するディレバレッジのリスク局面に直面しているのと対照的に、日本では今後、さらにレバレッジが縮小する理由がない。各種データ(景気ウォッチャー調査、工作機械受注、長谷エアーベストによる現在の住宅の買い時感、野村不動産アーバネットの不動産価格変動率、マンション在庫数など)いずれも不動産マーケットの回復の兆しを示している。懸念材料であるオフィス市況も鉱工業生産指数が2009年3月頃から改善しているので経験則から半年遅れでオフィス市況が改善するだろう。

  • ニッセイ基礎研究所松村徹氏(不動産投資レポート09年12月4日)
  • ニッセイ基礎研究所が公表している、東京の賃貸オフィス市場と鑑定キャップレートの将来予測では、新規オフィス賃料の底は2011年、オフィスビルの鑑定キャップレートのピークは2010年上期から下期と見ている。地方のオフィス市場では、潜在需要を大幅に上回る供給で生じた需給バランス悪化が著しく長期低迷が避けられない。

  • 日本不動産研究所「不動産投資家調査2009年10月現在」
  • 今後の賃料水準の見通しは、東京都区部主要地域で現在の賃料を100とすると2年後に97~99で底打ち、5年後は100~101となるのに対し、札幌、仙台、大阪、名古屋、福岡など地方都市では、5年後に97~98で底を打つ。

■マクロ経済からの予測

オフィス市況はテナントである企業の設備投資や賃料負担力の影響を強く受ける。ニューヨークやロンドンのオフィステナントは金融関連の企業が多いが、東京のオフィスでは特定業種への偏在が見られないため、広く国内経済の今後の動向との相関性が高く、経済指標はオフィスマーケットに先行する。よってマクロ経済の今後の動向から2010年のオフィス市況を予想してみる。

オフィス市況を予測するための経済指標として「オフィスワーカーの動向」と「企業の経済活動の循環」という側面から論考する。

●オフィスワーカーの動向を見る指標

直接的にオフィスの需要スペースを決定するのはオフィスワーカーの動向である。オフィス需要予測をするときの要件式で見ると、

オフィス需要=オフィスワーカーの数×1人当たりのオフィス利用床面積

となる。

オフィスワーカーの数は雇用で決定され、相関が高い経済指標は「完全失業率」と「有効求人倍率」である。完全失業率(季節調整値)は、急速に悪化後、僅かながら改善傾向にあったが、09年11月が5.2%で前月より0.1ポイント悪化した。 失業率悪化は、物価下落や買い控えなどデフレの影響で内需セクターの卸売・小売業で失業者が増えたことが要因であり、なお過去最悪圏にある。

有効求人倍率(同)は0.45倍で、前月比で0.01ポイント上昇。3ヶ月連続で改善した。しかし、企業の雇用過剰感は依然として強く、デフレや円高の進行次第では雇用悪化がさらに進むという観測もあり予断を許さない。国の助成金制度を使って一時休業している潜在失業者が高水準で、今後の景気動向次第では、一気に失業者が顕在化する可能性がある。加えて2010年3月卒業の大学生の2009年10月時点の前年の69.9%から62.5%に急減しており、企業の新卒採用抑制が目立っている。

以上、厳しい雇用情勢は2010年も続くと思われ、オフィスワーカーの数が増加していくことは期待できない。

●景気循環と企業活動サイクルを見る指標

住信基礎研究所の調査レポート「オフィス賃貸市場と企業活動の関係」によると、オフィス賃貸市場は景気と同様にサイクルが存在し、周期は概ね5~6年。企業活動を表す指標は空室率に先行し、企業活動別には生産→雇用・収益→設備投資の順に先行する。つまり企業は先ず生産を行い、雇用と収益が決まる。そして設備投資が決まり、新たな生産を誘発するというサイクルが行われる。オフィスマーケットの動向は企業の設備投資と高相関なのはよく知られた事実だが、このサイクルからみて生産や雇用の動向が設備投資に先行する。よって当該サイクル順に検討する。

生産面では増加基調で11月の鉱工業生産指数は前月比2.6%で9ヶ月連続で改善している。雇用環境が厳しいのは前述のとおり。設備投資は、09年11月の機械受注統計は前月比11.3%減の6,253億円で、2ヶ月連続の減少。製造業は前月からの反動減もあり全体として下げ止まり傾向だが、非製造業は内需の弱さが影響して2ヶ月連続の2桁減となるなどまだら模様である。機械受注統計は6ヶ月ほど、設備投資に先行するが、足元では総じて弱く、10年後半に設備投資が回復軌道に乗るか危ぶまれる。

また、テナントの賃料負担力と相関が高い企業利益の今後だが、2010年、2011年と改善してくるという見方が多い。例えば、大和証券SMBCによる銀行、証券、保険を除く東証1部上場の主要300社(大和300)の2009年度~2011年度企業業績見通しでは、前期比で、2009年度が11.7%減収、8.2%営業減益、 4.4%経常増益、2010年度が3.3%増収、40.4%営業増益、53.8%経常増益の見通しとしている。

▼大和300の業績見通し(出典:大和証券)

野村證券金融経済研究の集計でも金融を除く主要企業の10年度は経常利益が62%増に転じるとしている。その根拠は、企業による大幅な在庫調整の反動とコスト削減に加え、世界経済の回復と相俟って輸出の増加が見込めるからである。しかし、07年頃のオフィスマーケットが沸騰していた時期の企業利益と比較すると依然として低水準に留まるようだ。

以上のマクロ指標から2010年オフィス市況を予想すると設備投資に先行する生産は好転しているものの、雇用や設備投資が厳しく、設備投資からさらに遅行するオフィスマーケットの底打ちは、国内経済の回復継続を前提としても11年頃となるだろう。企業業績の改善が見込まれるので空室率の改善と相俟って賃料下落も終息する。しかし、マーケットが反転して上昇していくというより、当分は底ばいに近いのではないだろうか。

最後にオフィスセクターの組成割合が高く、マーケットの今後の動向への影響が大きいJ-REIT市場と近年、日本国内の不動産マーケットが下ブレ、撹乱される懸念が強まっているCMBSの2010年問題に言及する。

■J-REIT市場動向

国内不動産、特にオフィスセクターの投資向け物件の受け皿としてJ-REITは機能してきた。したがってJ-REIT市場に活気が戻り、物件取得を行うことは、オフィスマーケットが流動化し、市況が好転することになる。しかし、リーマン破綻以降、デッド、エクイティともファイナンスが困難となり、J-REITの物件取得は激減していた。

09年に入り政府によるファイナンス支援策や制度改革としてM&Aに関連する制度改正が急速に進展。9月には投資法人債の償還不安を払拭すべく「不動産市場安定化ファンド」を創設され、J東証リート指数は最近は上値が重いものの株価の回復は進んだ。

しかし、世界のリート市場のなかではJ-REITの株価回復のパフォーマンスは低い。過去1年間REIT株価指数の底値から09年10月末の上昇率は下表だが、トルコの167%をはじめ米国、ドイツ、英国などで80%超なのに日本は30%に留まる。

▼REIT株価指数の上昇率(2009年底値と10月末比較)

  • トルコ:167%
  • イスラエル:106%
  • シンガポール:99%
  • 米国:89%
  • ドイツ:88%
  • 英国:86%
  • 日本:30%
  • 引用先:ARES November-December 2009 四釜宏史論文

日本では市場が低迷するなか、増資で資金調達することは既存株主の希薄化になるとして、増資が回避される傾向があるが、米、英、豪などではこの間に増資が行われ、株価回復が進んだ。投資家に増資による物件取得に加えM&Aで外部成長することでさらなる安定配当を達成できることの説明努力で増資を達成できたとされている。ここにきて日本のJ-REITにもマーケットの期待を高める変化が出てきた。複数投資法人が公募増資を中心とした資金調達で外部成長戦略からスポンサー以外から物件取得を再開し始めたが、市場の流動性が高まるのは当然として、オフィスマーケットの底入れ好転が近いことのアナウンスメント効果となった。海外投資家が最近、スルーしている日本不動産への関心を再び高めることが期待される。

■CMBSの2010年問題

ノンリコースローンのデフォルト事例が増えているが、ノンリコースローンを束ねた証券化商品であるCMBS(商業用不動産ローン担保証券)の2010年問題が懸念されている。CMBSの裏付けであるノンリコースローンの償還が2010年に大量集中するので担保不動産の投売りが起きるのではないかという市場のリスク要因だ。2010年問題が現実のものとなると市場撹乱要因としてオフィスマーケットは大いに下ブレすることになる。

一方、CMBSの2010年問題はそれほどのリスク要因にならないという見方もある。クレディ・スイス証券大谷洋司氏は、「米国のCMBSの発行額は2006年、2007年で20兆円以上だが、日本は最も多い2007年でも2.3兆円。不動産業向け融資残高62兆円からみるとCMBSの依存度が低い」としている。

またCMBSは裏付けローンの期限が過ぎても2年程度はテール期間が設けられ、この間にリファイナンスされるものもあり、売却時期を探りながら回収を行っていく。担保物件は稼働しているオフィスビル等で安定したキャッシュフローがあるのが通常だから市場環境を見極め、短い期間で物件を市場に放出することにはならないので、当面はファイアセールのような事態にならないだろう、というのがマーケットに多い見方だ。とはいえ国内の不動産マーケットが今後、回復せずにさらなる価格下落が起きると、火種が2010年以降に先送りされることになるだろう。

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