ドバイショックが日本経済を襲う
11月27日の東京株式市場にドバイショックが走った。ドバイ首長国の政府系投資持ち株会社ドバイ・ワールドと傘下で人工島などリゾート開発を行う不動産開発会社ナキールが、同グループの債務590億ドル(約5兆円)について支払い繰り延べを求めたことで、鎮静化したかに見えた金融危機再燃の悪夢が世界市場を覆い始めたからだ。
ドバイで大型工事を請け負っていた清水建設や大成建設をはじめ近畿車両、コマツなど中東関連銘柄が売られ、信用不安リスクの再燃が安全資産「円」への投資マネー逃避を招き、為替市場でも14年4ヶ月ぶりに1ドル=84円台に円が急騰、対ユーロでも上昇が加速、独歩高となり、自動車、電機など主力株を中心に下落した。
世界的な信用不安の再燃懸念やドバイ向け融資懸念で三菱UFJをはじめメガバンク各行の株価も下落。野村ホールディングスなど証券株も安く、国際商品市況や運賃市況の下げを嫌気し、商社や海運も下落、鉄鋼株も下げた。
このところ国内株式相場は、企業の相次ぐ公募増資による需給悪化懸念、円高、現政権の政策不透明感というトリプルリスクでジリジリと下げていたが、ここにドバイショックが襲来し大幅続落した。27日の日経平均で300円以上下げ9,100円を割り込んだ。
ドバイリスクは、ドバイ政府債務のほぼ50%を債権者として欧州銀行が占めると指摘されているように経済的絆が強い欧州経済を直撃するため、まずドバイワールドの債務返済猶予申請が伝わった26日に欧州株を直撃、英FT100▲3.18%、独DAX▲3.25%、仏CAC40▲3.41%など主要株価指数が大幅安となった。
ドル安によるドルキャリートレードでリスクマネーが流入していた新興国も国外へのマネー流出不安が広がり、27日にアジア株に波及、香港、韓国株が5%近く急落、この間の流れで東京市場に動揺が広がり、日経平均は大引けにかけ下げ幅が拡大した。
さらに米株価は、ドバイ・ショックが広がった26日は感謝祭のため休場だったことに加え、米国の金融機関が保有する中東の債権が欧州の銀行に比べ少ないことから他市場に比べ小幅にとどまったものの金融・資源株を中心に反落し、米ダウ工業株30種平均は下落。まさに世界同時株安の様相を呈した。
いまのところドバイ政府の債務の支払い繰り延べ要求にとどまっており、債務がデフォルトしたわけではないが、デフォルトの最悪事態までリスクを織り込むのがマーケットの習性である。現に米格付け会社のムーディーズ・インベスターズ・サービスとスタンダード・アンド・プアーズ(S&P)は25日、ドバイ・ワールドの繰り延べ計画はデフォルト(債務不履行)と見なすことも可能だとして、複数の政府系企業を格下げした。
■バブル崩壊とドバイ政府の抱える巨額の負債
リーマンショック前までは、ほぼ埼玉県くらいの面積のドバイは、中東の金融、物流の拠点であり、欧州と中東、アジアを結ぶゲートウェイとして強力な磁場に吸い寄せられるように世界中からヒト・モノ・カネが集まっていた。
訪れる人の度肝を抜くまるで壮大な実験都市のような都市景観。なかでも300m超世界一の高さで世界唯一の7つ星ホテルのバージュ・アル・アラブの奇抜で先進的なデザインやナスカの地上絵のように宇宙目線で椰子の木をかたどった人工島「パーム・ジュメイラ」に象徴される富の誇示と急速に進められた不動産開発を砂上の楼閣と揶揄する声もあった。そして世界金融危機後、1年余の時の経過がドバイの熱気を消失させていた。
リーマンショックと世界的金融危機は原油価格の高騰でもたらされた中東湾岸諸国のオイルマネーの威力に陰りをもたらした。しかし、その後の世界経済の回復と相俟って進んだ商品市況の回復でWTI原油価格も70ドルを超えるまで反騰した。産油国であるサウジアラビアやアブダビなどでは蓄積されたオイルマネーの貢献で金融危機による傷は比較的軽かった。
一方、産油国でないドバイは、中東のなかでの物流のハブ的機能構築に加えレバレッジを効かせた不動産開発へ過度に傾注したため、その先行きを危ぶむ声が多かった。案の定、バブル的な不動産開発プロジェクトは、今回の金融危機で深手を負ってしまった。それではドバイワールドやドバイ政府が抱える債務は現状でどれぐらいあるのだろうか。
ドバイでは政府系企業が多く、民間企業と区別が付きにくいといわれているが、政府系持ち株会社ドバイ・ワールドが抱える債務は600億ドルに上る。また(財)国際通貨研究所の糠谷英輝氏の「世界金融危機後の中東湾岸諸国」によるとドバイ政府の負債総額は750~850億ドルと推計されているが、これはシンジケートローンと債券のみで、金融機関からの相対借入を含めれば1,000億ドルを大きく上回る1,300~1,500億ドルとされており、実にドバイのGDP(820億ドル)の1.3~1.5倍に上る負債を抱えていることになる。余談だが日本の政府債務対GDP比は、1.8倍と渦中のドバイを上回っている訳で、長期金利上昇、通貨の下落がいつ起きても不思議でない状況になっているのだが…。
ドバイの国内不動産価格は、ピーク時から50%程度下落したといわれており、09年初頭から政府系不動産開発会社の借入債務返済懸念は関係者の間で取り沙汰されていた。糠谷英輝氏の前記レポートによるとドバイの企業の多くは、好況に沸く07年に3~5年の短期債務に変更していた。金利が安い短期の借入資金への乗り換えが金融危機で償還・リファイナンスリスクの拡大を招くことになった。
先ず09年2月末にドバイ取引所の短期借りれ38億ドルの返済が危ぶまれたが、これは無事にパスし、その後、ドバイ政府による政府系企業の債務返済を支援する200億ドルの政府債券プログラムが計画された。さらに7月に政府系企業の資金支援を主な目的とする「ドバイの金融支援基金」の設立を受けて債務問題は小康状態となった。次に不安視されたのが09年12月に期限が到来するナキール社発行のイスラム債券だったが、これが今回の債務返済猶予要請対象のなかに含まれてしまった。
この間の債券の信用不安の体温はクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)市場のCDSスプレッドに特徴的に現われた。「CMAデータビジョンがブルームバーグに提供する価格データによれば、ドバイ債のCDSスプレッドは11月、20ベーシスポイント(1bp=0.01%)上昇し318bpとなった。月間ベースで同債のデフォルト(債務不履行)に対する保証コストが高まったのは6月以来」(ブルームバーグ)。
■ドバイショックの今後の行方
先進国で4兆ドルに達するといわれた08年の金融危機の損失額と比べると相対的に少なく、今回のドバイ政府持ち株会社の債務返済延期要請については同じUAEのアブダビ首長国系の銀行による救済の方向も報じられるなど他の湾岸諸国の強力な支援の可能性があるので返済債務のデフォルトやロシア通貨危機のような世界金融システムを揺さぶる事態までいたらないのでは、という見方がある。
「原油価格の戻りを加味すれば中東全体に同様の問題が連鎖するとは考えにくく、過度に心配する必要はない。」という見方もあり、マーケットの反応はいまのところ比較的冷静だ。
とはいえ、日米の超低金利を活用したキャリートレードで新興国への投資を拡大させていたリスクマネーは巻き戻しを進めており、今後、さらにリスク資産から国債などの安全資産への逃避が進むと世界の株価や商品市況へ悪影響が出るのは避けられない。
またドバイは、ロンドン、ニューヨークなど世界主要都市の不動産に投資しており、これらの不動産の売却に走ると世界規模での不動産マーケットの撹乱・下落要因になるのでは、という指摘もある。
日本国内でもドバイショックの打撃が国内企業に波及することを懸念する見方が広がりだしている。まず冒頭で書いた大手ゼネコンへの影響が懸念される。日経紙記事では、大手ゼネコンはナキール社関連の大型工事を積極的に請け負っている。例えば、人口リゾート島「パームジュメイラ」の高級住宅「マリーナレジデンスタウンハウス」の建設工事を清水建設、人工島と岸をつなぐ海底トンネル工事を大成建設がそれぞれ請け負うなどがあり、これらの工事代金回収が今後、どうなるかの懸念だ。
また、ドバイへ向け邦銀の債権は、日本の3メガバンクなどが1,000億円規模の債権を保有しており、三菱東京UFJ銀行が600億円強、三井住友銀行が200億円弱、みずほコーポレート銀行が約100億円の債権を保有しているという。このところJAL問題やモラトリアム法案で業績懸念が広がるメガバンクにとってドバイリスクの追い討ちがさらなる業績の下振れ懸念を増幅させる可能性も出てきた。
さらに新興国からマネーが流出し、新興国の経済がこの先停滞すると欧米の回復が思わしくないため新興国で収益を上げてきた日本企業の業績が下振れすることにもなる。
ドバイリスクがどう決着するかは当面、アブダビ首長国の支援にかかつているが、同国の高官は支援を示唆するものの、「ドバイの債務を精査し実態を明らかにして意思決定するが、その場合も全債務を保証するものではない」と言っており、その行方をマーケットは固唾をのんで見守っている。
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