オフィス賃貸市場回復を予測する経済指標研究
現時のように不動産価格が急落した後、底ばい・反転を探ると思われる価格動向のときは、底離れのタイミングを事前に予測することは、不動産業界関係者、金融機関、不動産投資家等にとって喫緊の課題であろう。
本コラムでは、底離れ・反転が将来のどのタイミングで起きるのか事前に予測するための経済指標や手法について考察してみよう。まず、将来予測を行う前段階で、今の価格トレンドを正確に把握するために必要な情報効率性という概念から価格データを整理する。
1、不動産価格の情報効率性
情報効率性とは、不動産の価格に影響する要因(価格形成要因)の変化が価格データに織り込まれるスピードである。不動産価格データには下記のようなものがあるが、金融商品であるJ-REITの株価を除く実物不動産の場合、リアルタイムで不動産価格が解る市場がない。それぞれの価格は決定時点や価格決定の主体や形成プロセスも異なるため情報効率性に違いがある。
- J-REITの株価
- 取引事例・成約事例
- 地価公示価格、地価調査価格、相続税路線価
情報効率性で見ると、1→3の流れで情報効率性が低くなる。
J-REITの株価は、マーケットで日々売買されており、例えば、不動産価格の増減要因がニュースなどで明らかになれば通常の株価と変わらない速度で投資口価格に反映される。
取引事例やレインズなどの成約価格は、通常、不動産取引においては当事者が値決めしてから契約・登記に至るまで時間の経過があり、さらにそれを収集し、事例等の価格形成要因事項を調べ判明するのに時間がかかるのでタイムラグが生じる。
地価公示・地価調査価格は相当数の取引事例等が鑑定士により集められて、鑑定評価されるわけで、価格時点が1月1日と7月1日の年2時期であるため、取引事例等の時点からこれらの公的価格の価格時点までの間にタイムラグが発生する。
それなら情報効率性が1番高いJ-REITの株価変動で実物不動産の価格トレンドをリアルタイムで説明できるかというと必ずしもそうでもない。J-REITの価格の高騰時は、不動産の収益価格を決定するファンダメンタルズを反映しないで、為替や国際間金利差による円キャリートレード指数等との相関が高かったし、リート価格の暴落時は、投資法人のスポンサーやリファイナンスリスクで価格が乱高下した側面があるからだ。
政府の相次ぐ支援策や官民ファンド創設、リート間の合併再編の促進でリートマーケットはポートフォリオのクオリティ・収益性をかなり反映するようになってはきているが…。
2、将来のオフィス市況を予測する経済指標
各価格データは、価格形成要因の価格織り込み速度である情報効率性に違いがあることを書いた。それでは本論に入り、中短期(オフィス賃貸市場の周期は5~6年といわれている)で将来のオフィス市況を予測するためのいくつかの先行経済指標について紹介する。
■オフィスワーカーの動向を見る指標
直接的にオフィスの需要スペースを決定するのはオフィスワーカーの動向である。オフィス需要予測をするときの要件式で見ると、
オフィス需要=オフィスワーカーの数×1人当たりのオフィス利用床面積
となる。オフィスワーカーの雇用と相関が高い経済指標は「完全失業率」と「有効求人倍率」である。
■景気循環と企業活動サイクルを見る指標
オフィス需要を決定する要因はオフィスワーカーの数といった物理的な切り口もあるが、企業の経済活動の循環から決定される側面がある。住信基礎研究所の調査レポート「オフィス賃貸市場と企業活動の関係」によると、
- オフィス賃貸市場は景気と同様にサイクルが存在し、周期は概ね5~6年
- 企業活動を表す指標は空室率に先行し、企業活動別には生産→雇用・収益→設備投資の順に先行する
つまり企業は先ず生産を行い、雇用と収益が決まる。そして設備投資が決まり、新たな生産を誘発するというサイクルが行われる。
当該サイクルに相関が高い経済指標を表記すると以下になる。
▼企業活動を表す経済指標
- 生産
鉱工業生産指数、第3次産業活動指数
- 雇用
完全失業率、有効求人倍率
- 収益
経常利益、売上高
- 設備投資
機械受注、ソフトウェアを除く設備投資
出典:住信基礎研究所の調査レポート「オフィス賃貸市場と企業活動の関係」
さらにオフィスマーケットを収益価格の側面から見るとネットキャッシュフローとキャップレートの変動に分解できる。ネットキャッシュフローの変動要因としては、「企業活動を表す経済指標」の収益面での「経常利益」や「売上高」といった指標がテナント企業の賃料負担力を規定する指標として挙げられる。
ニッセイ基礎研究所レポート「J-REITの鑑定キャップレートはどこまで上昇するか」によると、キャップレートの変動に相関が高い指標に日銀短観における金融機関の不動産への貸出態度判断DIがあり、キャップレートの変動に2~3半期先行する。
■株価動向
株価がオフィス賃貸市場を含む全てのセクターで不動産価格の先行指標となることは知られている。日経平均株価は、輸出関連・ハイテクなど株価そのものが高い、値がさ株の変動が数値に与える影響が大きくなるが、東証株価指数(TOPIX)は、東証一部上場の全銘柄の時価総額を計算に使っているので、大手銀行株のような内需関連株の影響が大きい。このため、オフィス市況や商業用不動産の市況を予測するには日経平均よりTOPIXが相関が高いといわれている。
3、オフィス賃貸市場の底入れはいつか
企業活動は生産→雇用・収益→設備投資の順で好不況時に循環し、この順序で先行するが、現時点で明らかになっている経済指標からオフィス市場の底入れ反転の時期を探って見よう。
生産面では在庫調整の一巡と中国経済の急回復による輸出の伸びに加え、前政権による景気刺激策の効果も相俟って鉱工業生産指数が今年の2月を底に7ヶ月連続で改善している。雇用面では9月の完全失業率が5.3%と前月に比べ、0.2ポイント改善したものの失業率の水準はなお過去最悪圏にあり、非製造業や中小企業で特に高い。9月の有効求人倍率(同)も0.43倍と前月から0.01ポイント改善した。
このように足元の統計では雇用情勢が一時的に改善したかに見えるが、今後、雇用悪化がさらに進むという観測が多い。特に卸売・小売業など内需型産業では個人消費の低迷から今後、さらに雇用が悪化する可能性が高い。国の助成金制度を使って一時休業している潜在失業者が9月時点で約211万人。今後の景気動向次第では、一気に失業者が顕在化する可能性がある。また企業は来年春の新卒採用を前年の8割程度まで絞り込む方向で、就職先のない大卒、高卒者があふれる懸念もある。このような国内の雇用情勢を総合的に考えると、来年末には失業者が6%強に達するという野村證券金融経済研究所の見方もあるほどだ。
テナントの賃料負担力と相関が高い企業の経常利益は日本経済新聞社が09年7~9月期決算を集約したところ、全産業の連結経常利益は前期比で2.3倍となり、2四半期連続で改善している。設備投資では9月の機械受注統計が前月比10.5%増の7,380億円と、2ヶ月連続で拡大しており、底入れの兆しが見えてきた。機械受注統計は6ヶ月ほど、設備投資に先行するため、10年半ば頃に設備投資が回復軌道に乗ってくるだろう。
以上の諸指標から底入れ時期を予測する。先行経済指標からオフィス市場を予測する有効性は、市場規模が大きい東京、大阪、名古屋、福岡で高いといわれている。市場規模が大きくない都市ではローカルなオフィスのサプライサイドの要因から受ける影響が大きいからだ。例えば、ニッセイ基礎研究所の予測では東京都心部大規模ビルのオフィス賃貸市場の底入れは11年頃としており、ほかでも10年後半から11年を予測する向きが多い。
現状で回復に懸念がある雇用面の指標は景気に通常、遅行し、実物不動産市況の回復が続くため、予測されている時期頃以降の底入れになるのではないだろうか。
■関連記事
市場関係者のオフィスビル市況予測