2010年に懸念される国内景気の2番底リスク

現状で日本経済が緩やかに回復している、というのが大方の認識だ。しかしこのまま順調な回復が続くのかというと依然として雇用悪化やデフレなどの下振れ要因があるので10年前半頃には景気の停滞感が強まり、2番底になるのでは、という懸念が高まっている。

10月2日発表された日銀の「経済・物価情勢の展望」では、10年度初めの経済成長率がマイナスになる可能性も含め、景気が踊り場を迎える見通しを明らかにした。大和総研の10月14日の調査レポート「日本経済見通し:景気下振れリスクをどう見るか?」でも09年末以降は、公共投資の息切れ等から一時的に景気が減速する可能性を指摘している。

本コラムでは、現状の日本経済と今後の景気回復における下振れリスクについて考えてみよう。

1、回復が進む国内経済

世界の鉱工業生産は在庫調整を終えて回復軌道を描いており、個人消費、設備投資、住宅投資も回復の兆しが見えてきた。日・米・欧の景気はいずれも10年後半には本格的に回復すると見られている。IMFによると日本のGDP予測で09年の▲5.7%から10年は+1.7%になる。米・欧もマイナスからプラスへ転換するが、日本を含め低成長にとどまる。一方、先進国に比べ、中国、インドなど新興国の経済成長率は高い。

▼IMFの経済成長率見通し

  2009 2010
世界 -1.1(0.3) 3.1(0.6)
日本 -5.7(0.6) 1.7(0.0)
米国 -2.7(-0.1) 1.5(0.7)
ユーロ圏 -4.2(0.6) 0.3(0.6)
中国 8.5(1.0) 9.0(0.5)
インド 5.4(0.0) 6.4(-0.1)
ブラジル -0.7(0.6) 3.5(1.0)
ロシア -7.5(-1.0) 1.5(0.0)

国内経済の回復は、在庫調整の一巡と中国経済の急回復による輸出の伸びに加え、前政権による景気刺激策の効果も大きい。前政権の景気刺激策では中小企業への資金繰り支援拡充で信用保証協会による30兆円の緊急保証枠に加え、日本政策金融公庫による9兆円のセーフティーネット融資枠が設けられ、雇用調整助成金も拡充された。さらにエコカーの減税等の措置やエコポイントによる家電購入刺激が車や家電の売上に寄与した。

設備投資にも下げ止まりの兆しが見えてきた。7~9月期の鉱工業生産指数は83.9で前期比7.2%上昇。景気対策で自動車や家電などが増産されため、同期の資本財出荷指数は63.1となり前期比で5.2%上昇した。

9月の日銀短観では大企業製造業業況判断DIは-33で、前期比+15ポイントの大幅改善になった。一方で大企業非製造業のDIは+5ポイントの小幅改善で、外需に比べ内需で回復が遅れている。

上記のように産業によってまだら模様ではあるが国内景気の回復を裏付ける経済指標は相次いでいる。国内景気の回復を実感できるのが上場企業の業績回復だ。日本経済新聞社が09年7~9月期決算を集約したところ、全産業の連結経常利益は前期比で2.3倍となり、2四半期連続で改善している。

とはいえ足元で長期金利の上昇、円高、雇用悪化、大手企業年末のボーナスの15.9%減少など依然として日本経済の下振れリスクが取り沙汰され、新政権が打ち出している諸政策のなかにも国内経済の新たな下押し要因となるものもあるようだ。以下で下振れリスク要因について順を追って言及する。

2、日本経済の下振れリスク

■雇用情勢の悪化

リーマンショック以後、世界経済の同時不況突入に危機感を持った企業は猛烈なスピードでリストラを実行した。非正規社員を中心に雇用調整が進み、失業率が7月には5.7%と過去最悪になった。総務省が10月30日発表した9月の完全失業率は5.3%と前月に比べ、0.2ポイント改善したものの失業率の水準はなお過去最悪圏にあり、非製造業や中小企業で特に高い。

厚生労働省が同日発表した9月の有効求人倍率(同)も0.43倍と前月から0.01ポイント改善した。エコカー減税や中国経済の急回復で生産が持ち直したことで製造業就業者数の減少幅が8ヶ月ぶりに縮小したことが影響した。

足元の統計では雇用情勢が一時的に改善したかに見えるが、今後、雇用悪化がさらに進むという観測が多い。特に卸売・小売業など内需型産業では個人消費の低迷から今後、さらに雇用が悪化する可能性が高い。

注目すべきは潜在失業者だ。国の助成金制度を使って一時休業している労働者は9月時点で約211万人。今後の景気動向次第では、一気に失業者が顕在化する可能性がある。また企業は来年春の新卒採用を前年の8割程度まで絞り込む方向で、就職先のない大卒、高卒者があふれる懸念もある。

このような国内の雇用情勢を総合的に考えると、来年末には失業者が6%強に達するという野村證券金融経済研究所の見方もある。IMF見通しでも、先進国では10年後半まで失業率が上昇すると分析。10年の失業率見通しは日本が6.1%、米国は10.1%、ユーロ圏は11.7%としており、先進国の雇用環境は一層の悪化が予測されている。

生産水準は在庫調整の一巡で改善したとはいえ、リーマンショック前の水準の80%程度に抑えられており、国内の需給ギャップ40兆円と需要が足りないため、企業は設備投資をして雇用を増やそうと考えていない。むしろ雇用の過剰感が強く、正規社員にまで雇用調整が及ぶと見られている。

■デフレリスク

9月の全国消費者物価指数(生鮮食品除く)CPIは前年比▲2.3%と、7ヶ月連続のマイナスとなった。原油価格が前年比で下落していることに加え、国内需給の悪化を受け食料品や衣類が下がっていることが影響した。

デフレは供給に比べ、需要が不足しているため物価が下落して起きる現象だが国内の需給ギャップ(実際の需要から潜在的供給力を引いたもの)は、GDP比でマイナス7.8%で年40兆円の需要が足りないといわれている。

需給ギャップの主因は雇用者報酬の低下からきているが、リーマンショック後の景気後退で09年4~6月期の賃金下落率は前年同期比4.7%で、前回のデフレのピークだった02年7~9月期の3.9%を上回る。

GDPギャップ▲4%がデフレの分岐点とされ、大和総研予測ではCPIがゼロ付近まで回復する時期は2016年半ばとしており、日銀も09年度から3年間は物価が下落すると見ている。

■米国経済

米国では、金融危機の最悪期を脱し、07年12月からの景気後退局面は終息しつつあるとの見解が大半だ。7~9月期のGDPは前期比年率で3.5%増と市場予想の3.3%増を上回り、5四半期ぶりにプラス成長に回復した。またFRBは、8月の「景気底入れ」判断に続き、9月のFOMC 声明文で「景気が上向いた」という認識を示した。景気回復は、政府による景気対策の効果が大きく、総額7,870 億ドルの景気対策法が7~9月期のGDPを約3~4ポイント押し上げたとされる。

しかし、米国経済の下振れリスクが依然として内在する。雇用所得環境が依然として厳しく、9月の失業率は9.8%に上昇。「失業率がピークを過ぎるのは来年1~3月になる(ドイツ銀行米経済調査部)」(日経10月30日)との見方が支配的で、IMFも10年の米国失業率を10.1%で予測している。

9月の米個人消費支出が前月比マイナスとなったが、米家計部門のB/Sが大幅に悪化しており、個人消費の下ぶれが貯蓄率の高まりに表れている。

また米商業金融大手のCITグループが11月1日、米連邦破産法第11条の適用を申請した。米ノンバンク大手企業の経営破綻は、主力取引先と見られる米国内中小企業の経営環境が厳しい状況であることをあらためて浮き彫りにした。米国内では10年に入って地銀の倒産が10月23日までに106行に達している。

金融危機の火種となる米国内の不動産マーケットであるが、米住宅価格は底入れに向かつているものの、商業用不動産の下落は依然として続いている。不況でオフィスやショッピングセンターなどの需要が低調なこと、借り手の需要低迷と連動して空室率が高まり、需給バランスの崩れから賃料が低下するという負のスパイラルから抜け出せないからだ。

■中国経済

不況の米国に変わり日本の輸出を牽引する中国の経済回復は際立っている。中国の7~9月期のGDPは前年同期比8.9で1~9月期で7.7%増となる。4兆元の財政出動、金融緩和策を受けた公共投資と企業の設備投資が国内経済回復を牽引した。

だが堅調に見える中国経済も下ぶれリスクを抱えている。対米依存度が高く、資源高に対して脆弱なため、原油を中心とする商品価格が投機マネーで高騰するとインフレリスクが高まる点だ。また鉄鋼、セメント、板ガラスなど設備ストックが過剰なため、設備バブル崩壊で設備ストック調整が起こる可能性がある。

政府が購入を補助する自動車や家電は好調だが、自動車の補助金の大半は今年末で打ち切られるため、個人消費の息切れも懸念されている。

■円高

ここにきての円高・ドル安傾向は、世界的景気回復が進み金融市場が安定化したため、金融機能低下に備えた基軸通貨のドルに対する需要が低下したことや、米国の財政悪化に加え、ドルキャリートレードに象徴される日米金利差の逆転・縮小現象が今後も米国の超低金利政策の継続で続くといった投機筋の読みからもたらされている。さらに藤井財務担当大臣の円高容認発言が加わり、10月上旬に88円まで円高が進んだところで底打ちし、92円まで反発した。円高は輸出に依存する上場企業の業績を低減するため、国内景気回復を下振れさせる。

今後の為替動向だが、米景気の先行き不透明感から景気回復過程の中で超緩和的な金融・財政政策が当面は継続するので米金利は10年にかけ低下傾向にあると思われる。円高・ドル安傾向が進みやすい経済環境になっている。

■長期金利上昇

長期金利の直近の動きは、10月6日に1.240%まで低下した後に反転し、27日時点で1.4%台に乗せた。11月3日時点の新発10年物国債の利回りは1.375%だ。金利上昇には財政運営に対する不安感が反映する「悪い金利上昇」と景気改善期待からくる「良い金利上昇」がある。

足元でジリジリと上昇している長期金利だが、国内経済に下振れリスクはあるものの、経済指標や企業業績の改善から良い金利上昇が含まれているのは確かだ。一方、10年度当初予算が過去最大の総額95兆381億円の概算要求に膨れ上がったため、国債増発の見通しが強まり、国の中長期的な財政悪化懸念が高まったことによる悪い金利上昇の色合いも高まっている。

長期金利上昇は家計には住宅ローン上昇となり、企業では借入金の金利上昇で資金調達コストが上昇するので景気の先行きの下振れリスクとなる。

3、まとめ

外需依存度が高い日本経済が本格的に回復していくには輸出先の中国や米国の景気回復が不可欠だが、米中とも下振れリスクが内在する。

日本国内で見ると雇用情勢や円高、長期金利の上昇とクリアされるべき課題が多い。また前政権で実行された景気刺激策効果の息切れで公共投資や車や家電などの耐久消費財の売れ行きが失速し、景気全体を押し下げる懸念が高まっている。

一方、民主党がマニフェストに掲げた政策である「子育て支援」、「農家の戸別所得補償」、「高速道路無料化」などの政策実行は10年の前半より遅れて開始される。これらの政策は中長期的には内需拡大への寄与が期待できるが短期的には景気回復へ寄与できない。

つまり、足元ではすでに景気回復の踊り場にさしかかつており、本年末から来年の前半にかけて前政権の景気刺激策の効果が息切れしてくることに加え、新政権で行われている公共投資の削減などで懸念される景気停滞、2番底リスクの発生を回避する短期的に有効な政策が現時点ではないのである。

来年の参議院選挙を控え、政府も何らかの追加的景気対策を打ち出してくると思われるが、国の今年度税収は、法人税収が大幅に減少し、当初の見込みを6兆円以上下回って40兆円を下回る可能性がある。

一方、来年度予算編成には国民に約束したマニフェスト実現のための歳出が織り込まれ、概算要求段階で過去最大の95兆円余に膨らんだ。年末に向けて行政刷新会議を中心に既存事業を削減していくわけだが、どこまで無駄に切り込めるのか、いまのところ見通しは厳しい。税収と歳出の格差を埋める国債の発行がなされるにしても、政府は国民の支持を失わないため発行額を44兆円以内に抑える方針だ。

民主党政権が、短期スパンで起きる景気下振れリスクを回避できるのか、限られた財源とマニフェストの自縄自縛のなかで景気対策をどこまで打ち出せるのか、早くも大きな試練が待ち構えている。

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