不動産価格の最新動向
民主党が8月30日衆議院総選挙で圧勝した。新政権の目玉といわれる国家戦略局設置で政による官のガバナンスがどこまで実現するのか、いずれにせよこの国の予算編成のプロセスが根底から変革されるため、建設、不動産業界にも少なからずの影響を与えるだろう。
思い起こせば55年体制といわれた自民党対社会党の対立極には決して渡ることができない深くて暗いイデオロギーという川が流れていた。しかし現時の自民対民主の政権選択にはイデオロギーの決定的対立はない。自由主義経済や外交安全保障に対して若干の温度差があるものの本質的な違いはない。両党には成長戦略と分配システム等に対する力点と手法の違いがあるだけである。
気がついてみれば大多数の国民に取って許容範囲で政権選択できる土壌がすでに醸成されていたわけである。今回の総選挙で民主党は308議席という大量議席を獲得したが、驚かされたのは前回の小泉郵政選挙の熱狂と真逆の結果を起こしてみせた小選挙区という選挙システムの魔力である。
政治で起きたドラスティックな変化と同様に経済もグローバル化というシステムが世界経済の風景を瞬時に変えてしまう。米国発のリーマン破綻で瞬時に金融危機が世界を震撼させ世界経済が凍てついてから未だ1年。その修復には相当年が費やされるだろうといわれたが、09年に入ると予想外に早い世界経済の回復軌道が見えてきた。OECDは9月3日発表の日米欧などの09年GDP暫定見通しで前回の6月時点予想から0.4ポイント上方修正し、「経済の回復は予想より早い」と結論付けた。
日米欧の中央銀行がQE(量的金融緩和)に踏み込んだ結果、金融の異常モードを示すCDS市場も正常モードに復し、金融危機は後退したかに見える。各国政府が巨額の財政政策を出動した効果で各国の景気回復も軌道に乗り始めた。
8月の米国ISM指数(製造業景況感指数)は52.9となり前月に比べて4.0ポイント上昇。上昇は8ヶ月連続で好不況の判断基準である50を超えるのは08年1月以来である。在庫調整の一巡で米国の4~6月期企業決算は予想外に好転しており、一時調整局面に入ったNY株価を上昇させた。
中国の8月のPMI(製造業購買担当者景気指数)も前月比0.7ポイント改善の54.0となり、景気判断の分かれ目である50を6ヶ月連続で上回った。株価、不動産価格の急反騰でバブル再燃すら囁かれている。不振だった輸出も日米欧の今後の景気回復と相俟って伸びていく可能性がある。
日本経済は、4~6月期の実質GDP成長率は年率換算で+3.7%と5四半期振りにプラスに転じた。設備投資の減少が続いたものの、前期の急激な落ち込みからのリバウンドもあるが、対アジア向け輸出の増加や在庫調整の進捗、景気対策による内需効果が顕在化したことで、景気回復局面にあり、日経株価は09年3月10日の大底から約50%上昇した。
主要国の景気回復期待と株価上昇でリスク許容度が増した投資マネーの不動産投資への回帰や国内不動産価格下落で値ごろ感がでてきた中古マンション、中古戸建てなど実需不動産価格が底入れし、一部では反転上昇も始まったのではないかといわれている。
例えば、直近の主要都市地価動向を見ると国土交通省が主要都市について四半期毎の価格動向を発表する「国土交通省地価LOOKレポート」では直近の第2四半期について下落傾向が依然として続いているが、下落幅が縮小していると結論づけている。
【国土交通省地価LOOKレポート】
国土交通省が発表した第2四半期の主要都市の高度利用地地価動向報告~地価LOOKレポート~では、地価の下落傾向が続いている一方、景気の持ち直しへの期待、在庫・価格調整の進展等から下落幅の縮小傾向が見られた。
- 当期は、前回に引き続きほぼ全ての地区(調査した150地区のうち147地区)で下落となるなど、依然として下落傾向にある。今回調査では変動率区分がプラス方向(下落幅が縮小する方向)へ移行した地区が前回の26地区から57地区に増加し、マイナス方向(下落幅が拡大する方向)へ移行した地区が前回の26地区から2地区に減少するなど、下落幅は縮小傾向にある。また、横ばいとなった地区は、前回の2地区から3地区(東京圏で新たに1地区、地方圏で前回と同様の2地区)となった
- 3大都市圏では地価の下落が続いているが、変動率区分がプラス方向へ移行した地区が前回の19地区から53地区に増加し、マイナス方向へ移行した地区が前回の23地区から2地区に減少するとともに、6%以上(年率換算で21.9%以上)下落した地区が前回の41地区から23地区に減少するなど、下落幅は縮小傾向にある
- 地方圏も依然として地価の下落が続くが、変動率区分がプラス方向へ移行した地区が前回の7地区から4地区になる一方で変動率区分がマイナス方向へ移行した地区が前回の3地区から0地区になり、3%未満(年率換算で11.5%未満)の下落に止まった地区が前回の16地区から19地区に増加した
本コラムでは直近のデータなどから不動産価格を住宅実需系(住宅地価格、中古マンション・戸建住宅価格)と投資系に分けて底打ちまたは反転上昇に転じたのか、さらに今後の世界経済と連鎖する国内経済の動向如何で反落・下落シナリオも考えられるのかなど見ていこう。
1、住宅実需系不動産価格動向
■住宅地・中古マンション価格
住宅地価格並びに地価動向と相関性が高い中古マンション価格も足元で下落幅が縮小し、底入れの兆しが見られるエリアもでてきた。東京カンテイと野村不動産アーバネット(野村不動産UN)等の調査データから検証してみる。
【東京カンテイ「7月の主要都市別中古マンション価格」】
東京カンテイが8月24日発表した「7月の主要都市別中古マンション価格」によると首都圏の主要都市における価格は、
- 東京23区では前月比0.2%上昇して3,940万円となった。港区や渋谷区などの都心エリアでは今春以降、中古価格の底入れの兆しが見られる
- 横浜市では1.0%上昇して2,579万円、千葉市でも3.1%反転上昇して1,646万円となったが、さいたま市は1.3%下落して1,905万円となった
- 近畿圏の主要都市における価格は、大阪市では概ね横ばいで2,202万円となり、直近では3ヶ月連続して強含んでいる。神戸市では0.4%上昇して1,785万円となり、09年に入ってからは1,800万円前後で推移している
- 名古屋市では1.0%上昇して1,690万円となり、1,600万円台後半での推移が続いている
各圏域において本格的な底入れには至っていないものの、一部エリアでは持ち直す動きが散見されるようになり、それらが都府県や圏域全体の価格下落を緩和しつつある。
【野村不動産UN「住宅地価格」と「中古マンション価格」動向調査】
野村不動産UNの09年7月1日時点の首都圏「住宅地価格」と「中古マンション価格」の動向で底入れが明確になってきている。首都圏エリアの住宅地調査地点のうち四半期ベースでの「値上り」地点割合が30.0%(前回7.2%)「値下り」地点割合が12.1%(前回43.2%)となった。
住宅地地価では、神奈川・埼玉を除いては僅かに上昇し、全体平均では2年ぶりに上昇に転じた。中古マンションも東京都区部・神奈川は僅かに上昇、千葉は上昇となり、全体平均では1年9ヶ月ぶりに上昇に転じた。日経8月20日記事から引用すると、
首都圏で中古マンション売買が回復してきた。仲介の成約件数は1~7月の累計で1万8,741件と前年同期から4%増加。3月以降は5ヶ月連続で前年同月を上回っている。マンション市況低迷で割安と見た消費者の購入意欲が強まっていることが主因。中古の売買が活発になれば、新築マンションの市況にも好影響を及ぼす可能性がある。
首都圏の不動産仲介データを管理する東日本不動産流通機構(東日本レインズ)が調査した。中古マンションの仲介件数は07年半ばに市況高騰で一度頭打ちし、昨年10月から年初まではリーマン・ショックの余波で大きく減少していた。回復の背景は中古マンション価格の値下がりが大きく、住宅ローン優遇策拡充策などで今が買い時と見た消費者が増えてきたからである。
上記の傾向はいまのところ首都圏などに限定されており、地方圏で回復が見られるわけではない。中古マンション価格は新築マンション価格と相関性があり、時系列では中古マンション売買件数・価格回復に遅行して新築マンション販売件数・価格回復となると考えられる。
■戸建住宅価格
住宅市況の低迷は深刻で、08年後半から急速に落ち込んでいる。帝国データバンクによる日本の住宅メーカーや工務店、建売り業者などのホームビルダー129社の実態調査結果では、08年の利益合計は、前年比44.2%の大幅減少になった。09年度の住宅着工戸数の予想値は98万戸で100万戸割れが視野に入っており、09年後半の景気持ち直しに期待する向きもあるが、後述する構造的要因で需要回復が期待できない。
不動産経済研究所の「首都圏の建売住宅市場動向」によると首都圏の建売住宅は、09年7月で新規発売戸数に対する契約戸数は対前月比で減少しているが、対前年比では増加している。
▼不動産経済研究所「首都圏の建売住宅市場動向」
地価下落が追い風になるパワービルダーの低価格帯建売は団塊ジュニアなど一次取得者中心に販売が好転している。パワービルダーの4~6月期業績は好調で、野村證券発行の「野村週報」のなかで「パワービルダー大手4社の棚卸資産残高は昨年年初に約3,150億円だったが各社が在庫調整を進めた結果、現在は約1,400億円程度まで減少している。その結果、各社の有利子負債残高も大幅に減少し、4社加重平均した自己資本比率は約40%と総じて高い水準になっている」と業況が最悪期を脱している。
中古戸建住宅についても値ごろ価格帯は仲介業者の成約件数が増加傾向にある。東日本不動産流通機構によると09年4~6月の首都圏中古戸建住宅の成約件数は2,796件(同10.4%増)で、2期連続で前年を上回った。
■まとめと今後の展望
以上、住宅実需系不動産価格の直近の動向を各種調査から見てきた。首都圏では一部底を打ちも見られる。この理由は不動産価格が高騰し、購入可能限度を超えて需要が急速に落ち込んでいたが、価格下落で購入可能な射程に入ってきたからである。価格下落について様々な情報媒体により「そろそろ底打ちした」という観測が増えたため、購入者が「今が買い時」と判断したこともある。
とはいえ、このような底打ち観測はあくまでも東京圏を中心とする首都圏に限定されており、地方圏では依然として不動産価格の下落が続いている。地方の衰退はボディブローのように効いて自公政権の支持率を失わせたが、若年層の東京圏などへの流出、人口減少と高齢化、農業の疲弊、工場誘致による雇用拡大と基幹産業育成など有効な政策が打てなかった。
マーケットボリュームが薄い地方圏では、不動産のすべてのセクターで需要に比べ供給過剰感が強く、市況が底を打つのにはまだしばらくはかかりそうだ。もっとも首都圏に遅れて底を打つのは人口・世帯増加が当面は続く一部政令都市などで、人口減少が深刻で個人消費の創出や雇用の受け皿となる基幹産業の高度化・多様化が進まないなど構造的欠陥を抱える大半の地方では底なしの不動産価格下落が続くだろう。
首都圏では底打ちが見られる不動産価格であるが、今後、底を固めて反転上昇していくかというと楽観視はできない。株価は景気に先行し、不動産価格は景気に遅行するが、3月から世界的な金融危機後退と景気回復期待で上昇相場が続いた世界株式市場もここにきて方向感を失い調整モードに入っている。
9月に入って中国や米国株の続落を受け東京株式市場の日経平均も調整色が強まった。米国内では思うように回復しない雇用と個人消費などに加え、新車買い替え支援制度が8月で打ち切られるなど景気対策の効果が息切れするのではという懸念が広がっている。
中国も上海株式総合指数は直近安値の3月から8月上旬に付けた高値まで68%上昇したが、中国企業の新規株式公開(IPO)が相次ぐなか、8月に21.8%下落した。ここにきての金融引き締め懸念と公共事業主体の官製需要頼みの景気対策の不均衡さが顕在化、景気対策の恩恵を受けない産業セクターの回復を遅らせており、4兆元のカンフル効果のこの先の息切れも懸念されている。中国では社会保障制度が未整備なため、将来不安から消費が抑制され、思うように内需拡大ができないという中長期的構造要因もある。
日・米・中の株価の調整は、この先の世界経済の回復に対して市場に蔓延していた楽観論が後退し、慎重論が頭をもたげてきた証である。とはいえ過度の悲観論が少ないのは日本国内鉱工業生産指数、米国のISM指数、中国のPMI指数ともに改善しており、製造業景況感が上向いているからだ。このように在庫調整が一巡した生産面では回復基調にあることが市場のコンセンサスになっている。しかし住宅系不動産価格と相関性が高い雇用や所得の改善が遅れており、今後の一層の悪化も懸念されている。
総務省が28日発表した労働力調査によると、7月の完全失業率(季節調整値)は前月を0.3ポイント上回る5.7%、失業者359万人で過去最悪となった。厚生労働省が同日発表した7月の有効求人倍率(同)も、前月を0.01ポイント下回る0.42倍で3ヶ月連続で過去最低を更新した。
生産が回復したとはいえ、生産水準がリーマン破綻前の80%ぐらいに抑制されており、企業の雇用過剰感は依然強い。厚労省は「引き続き厳しい状況が続く」とみており、一段の悪化が予想される。4~6月期の雇用者報酬も前年同期を4.7%下回り、マイナス幅は戦後最悪だった。住宅ローン減税制度効果を加味しても、雇用・所得環境のさらなる悪化で家計が生活防衛色を強めると住宅系不動産の販売価格が上昇していくことが難しい。
また人口減少、世帯数の伸び率鈍化といった構造的要因を背景に需要減は避けられず、住宅供給サイドにとっては長期優良住宅のような量から質への転換やストックビジネスの拡大などを通じた新たなビジネスモデルの構築・展開が喫緊の課題となる。
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