中国、不動産バブル再燃

先進国、新興国が世界同時不況からの立ち直りの足取りが重いなか、国内経済の急回復で一人勝ちの様相を呈している中国、米国債の最重要顧客として米中戦略・経済対話を進めるオバマ大統領ならずとも景気浮揚を図る世界経済の牽引役としての期待が高まるというものだ。その中国だが、あまりに急速な株価、不動産価格の上昇で「バブル再燃か?」と市場で囁かれ始めた。

■株価、不動産価格がバブル前夜

中国国内では、過剰流動性から株価、不動産価格の上昇が急ピッチで進んでいるため、早くもバブル警戒感が日増しに高まっている。そして7月29日、市場関係者の肝を冷やす出来事が起きた。

当日、中国・上海株式相場が急落。上海A株指数がザラ場で7%強安、終値で前日比5%安の3266.432を付け、下げ幅は08年6月19日(192ポイント安)以来という大きさだった。ロシアのRTS、ブラジルのボべスパ、インドのSENSEXといった新興国の株式市場は上昇後、6月に調整が入ったが上海A株指数は年初から一本調子で上げてきた。高値警戒感が市場に漂い、投資家の一部が利益確定のタイミングを図っていたところに中国政府がバブル警戒感から銀行融資の抑制や株式取引に係る印紙税引き上げへ動き出したという観測が広がって市場に動揺を生み、売りを誘って急反落した。翌30日は中国・上海株式相場は反発し、31日は続伸してひとまず市場に安心感が広がった。29日に中国人民銀行が「緩和的な金融政策を続ける必要がある」との姿勢を間接的に表明したことが市場に好感されたからだ。

しかしながら政府の金融引き締め方向への政策転換に対する警戒感が消えたわけではない。特に政府が不動産融資の管理を強化するのではという警戒感が強く、上海興業房産や金地集団などの不動産株は売りに押され軟調だった。

ここにきて中国国内ではバブル再燃を危惧する声が強まっている。株式市場では08年11月に1,700台まで下げた上海総合指数は7月初めに3,000台まで反騰、上昇率は約8割に達した。

不動産市場でも例えば日経ヴェリタス第72号記事によると北京市土地整理備蓄センターの競売で、事前予想を大幅に上回り、地元紙が北京で過去最高と書いた1㎡当たり1万5,000元(約21万円)の土地使用権落札があったように土地使用権価格が上昇している。北京の住宅価格は年初に比べ3割上昇し、不動産関係者も「地価がこれほどのペースで上がっていくのは経験したことがない」と驚くほどだという。上海でもマンション、一戸建が好調な販売状況で一部に過熱感が見え始めている。

本コラムを進めるに当たり、中国でいう土地価格は日本のそれとは違うので簡単に触れておく。日本の土地価格は所有権の価格であるが、中国では「土地使用権」の価格をいう。中国では中華人民共和国憲法第10条で土地は「国家所有」と「農民集団所有」の二つに分類されおり、都市の土地は「国家所有」、農村や都市郊外部の土地は「集団所有」となる。そして共産主義の中国では土地の私有という概念は存在せず、「土地使用権」を「払下げ」または「割り当て」で取得する。

■不動産バブル生成の背景~中国経済の急速な回復~

中国の株価や不動産価格の上昇の背景には冒頭に書いたが中国国内経済の際立った急回復がある。中国国家統計局が7月16日に発表した4~6月期の国内総生産(GDP)の伸びは前年同期比7.9%増で経済減速に歯止めがかかったことを示し、中国政府が掲げた8%成長は達成されそうな勢いだ。因みに野村證券のNomura21 China 7月号では2010年の実質GDP成長率予想を従来の前年比+8.5%から+10.0%に上方修正している。

国内経済の急回復を支えるのは昨年11月に実行された4兆元という空前規模の景気対策だ。道路、鉄道、港湾、空港、発電所などの公共インフラ整備に1.5兆元、四川大震災復興1兆元、低所得者向け住宅開発4,000億元が配分され、下表のような内需拡大策も実行された。景気対策効果を高めるため、08年9月以降は金融緩和が実行され、10月に商業銀行の貸出総量規制も解除された。

▼主な内需拡大策

  • 家電下郷
  • 農村市場の消費刺激策。09年2月1日から13年1月31日まで全国の農村部対象に特定の家電製品を購入する農村部の消費者に対し一律13%の補助金を出すという内容である。指定メーカーと販売店がオープンな方法で選ばれている

  • 乗用車販促キャンペーン
  • 09年1月20日から12月30日まで排気量1.6L以下の取得税を10%から5%へ低減

  • 買い替え促進
  • 09年6月1日から10年5月31日までトラックやミニバンを買い替えた場合、6,000元補助。家電の場合は購入価額の10%補助

いまのところ内需拡大策で即効性が高かったのが乗用車販促キャンぺーンで、世界的な自動車不況のなか中国の好調さは際立っており、1~6月の販売台数が、米国の480万台や日本の218万台を遥かに超え、過去最高の609万台を記録した。

09年に入り中国国内のマクロ指標も顕著に改善されてきている。例えば生産水準の上昇だ。鉱工業生産は08年11月の底から09年に入り在庫調整完了で回復基調。発電量も北京オリンピック後の昨年9月のボトムからマイナス基調だったが09年6月に前年同月比で3%プラスに転じた。

銀行融資と通貨供給量も急増している。1~6月の銀行融資累計は7兆3,667億元で08年の通年実績の1.5倍に達した。マネーサプライも6月末の通貨供給量は前年同月比で28.5%増えた。

7月3日ロイター記事では、「上海証券報によると、09年の中国の銀行融資は10兆元(1兆4,600億ドル)に達する可能性が高い。四大国有銀行の人民元建て融資は6月に4,970億元。また、上半期の国内銀行全体の融資は7兆元に達した」。

過剰流動性から余剰マネーが株式市場や不動産セクターなどへ流れ、最近の株価&不動産価格の上昇を加速させている構図になっている。

■不動産バブル再燃へ

中国の不動産価格の下げ止まりの兆しが見え始めたのは09年春頃からである。日経記事では中国国家発展改革委員会が4月13日発表した3月の主要70都市の不動産販売価格は前月比0.2%上昇、昨年7月以来、8ヶ月ぶりにプラスに転じた。都市別では深センが0.9%上昇、上海も0.4%上昇で北京も0.1%と僅かながら上昇した。さらにその後も4月は0.4%、5月は0.5%、6月は0.8%と月を追うごとに上昇幅が拡大。すでに不動産価格は上昇トレンドにあり、市場の急回復ぶりは市場関係者の予想も超え、「バブル再燃か」という空気が広がっている。

上場不動産企業を見ると、大部分の企業は今年上半期の販売実績がすでに昨年の年間実績を上回っている。今年初め以降、「万科企業」と「金地集団」の分譲住宅平均販売価格は前月比で続けて上昇し、「保利地産」と「緑城」の販売面積も前月比で増加している。これら企業の6月の販売実績はいずれも過去最高水準となった(チャイナネット)。

バブル再燃までの経緯を時系列で見るため、もう少し時間を戻そう。中国の不動産価格は北京オリンピックを翌年に控えた07年に急騰した。主要70都市の販売価格は前年同月比を10%を超す伸びを続けた。中国人民銀行は07年秋から金融引き締めを強化し、バブル退治に取り組むことになる。

やがて08年春には一応の鎮静化が見え始めた。そして同年9月のリーマンショックで金融危機と世界同時不況が発生し、中国国内の不動産価格の下振れリスクが高まることになった。08年秋に人民銀行は不動産価格のテコ入れに政策を転換し、銀行融資の総量規制を停止した。

09年に入っての不動産価格の急回復はすでに書いたとおりだが、中国政府は07年秋に行ったようなバブル抑制に踏み込むことに気が進まないようだ。4兆元を投じた官製需要も、その持続性に疑問を持たれており、対応を誤ると国内景気が再び2番底まで下降する恐れがあるからだ。

09年末には公共投資や内需拡大策が息切れしてくる可能性があるため、10~12月期以降に経済に新たな浮揚力が出現しなければ景気回復が支えられないといった国内事情があるが、その浮揚力として期待するのが不動産開発投資の拡大である。不動産開発や住宅建設は関連する産業の裾野が広い、鉄鋼製品の5割程度は不動産開発や住宅建設に使われる。住宅建設中は雇用も広がる。

つまり国内景気回復を安定軌道に乗せるまでは不動産バブルが発生した方が政策の舵取りがし易い。しかし、そのような政府の思惑と違って、株価や不動産の上昇がこの先どこまで続くのか、その持続性を不安視する向きもある。

■不動産バブルの行方

中国の住宅需要は都市部の拡大傾向や政策の後押しを受け今後も堅調に伸びるという見方が多い。

「08年11月の4兆元の景気対策の中にも「経済適用住宅」など政策住宅に対する新規投資拡大が公表され、09年3月に開かれた全人代では政策住宅とその関連投資が4兆元の1割を占める4,000億元になると明言された。こうした対策による都市部住宅建設への押し上げ効果が注目されている」(みずほ総合研究所レポート 中国都市部住宅建設投資)。

また中国国内の住宅需要は都市部の可処分所得の伸びと相関性が高い。中国不動産開発集団公司副総経理 張俊生氏の「中国不動産業の将来性と手続き」によると、「専門家が様々な要因を分析した結果、当面は所得の伸びが1ポイント高まる毎に、住宅需要0.16ポイントの伸びを引き出す」といわれている。

さらに都市化の広がりと都市部の人口増加傾向が不動産市場の強力な支えとなるが、張俊生氏のレポートをさらに引用すると「予算的制約条件下での都市部の1人当たり住宅延床面積と人口規模の予測をもとに計算すると、都市部住宅の延床面積は04年の131億㎡から10年には200.89億㎡に増えると見られ、年間伸び率は7.35%に達する」となる。このようなデータから見て都市部住宅需要の伸びにかなり期待できることが解る。

ただ過去の経緯から見てインフレ圧力が高まったり、マネーの暴走への警戒感が強まると不動産融資の引き締め等の抑制策で不動産価格が調整過程に入る可能性も高い。また中国が抱える様々なリスク要因で国内経済回復のシナリオが崩れ、住宅をはじめ広範に不動産需要を下振れさせてしまう懸念もある。

内需拡大策が功を奏してV字回復をしている中国経済だが、いくつかの国内リスク要因が潜在している。まず輸出の不振が挙げられる。世界同時不況からの立ち直りはおもな輸出先の日、米、欧など海外先進国で遅れており、海外需要の落ち込みから中国の輸出は二桁の減少トレンドが続いている。

年後半には日欧米などの世界経済の回復から輸出の改善が期待されるが、どの水準まで回復できるかは現時点で不透明だし、各国の景気刺激策効果の賞味期限切れで下振れリスクも考えられる。

また世界同時不況は中国国内の製造業、特に輸出向け製造業を直撃しており、空前の景気対策をしても大幅な雇用調整が進む可能性があり、雇用削減で国内個人消費が低迷するリスクがある。供給サイドで、造船、セメント、鉄鋼など重厚長大産業の需要を上回る過剰設備も指摘されている。

見逃せないのが中国が抱える少数民族問題が中国の安定的経済発展に影を落とすリスクだ。チベット問題に続き中国西部の新疆ウイグル自治区のウルムチで起きた暴動は記憶に新しい。当該自治区は、石油や天然ガス、その他の鉱物資源が豊富で、中央アジアからの石油、天然ガスを搬送するパイプラインがあり、核実験場も近い。チベット自治区もリチウムなど希少金属が埋蔵されている。民族紛争地は中国にとって戦略的に極めて重要な地域になっている。この地域の不安定化は多民族国家を社会主義市場経済で束ねる国家統合基盤の脆弱さを浮き彫りにして海外資本にカントリーリスクを強く感じさせることにもなる。

中国政府は、国内のリスク要因を制御するためにも8%を超える高い成長軌道を維持する舵取りを求められているが、成長シナリオが歪むとマネーが暴走、やがて資産バブルが崩壊し、中国内需頼みの世界経済も下降軌道へ向って逆旋回することになるだろう。

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