農地法等改正と農業ファンド、農地リートについて

農業を取り巻く環境が激変している。地方が疲弊した主因の一つといわれる農業の地滑り的衰退だが、人間の生存に不可欠であり、国土保全や地域の環境保全にも深く関わる農業の重要性が急速に高まっている。国家の大計からみて農業崩壊を看過できない空気が急速に醸成されている。

バイオ燃料への食用作物の転用、中国やインドなど新興国の畜産需要の高まりによる穀物需要の増加、コモディティ市場への投機資金の流入で世界的に穀物相場が急騰し、我が国でもパンや麺類の価格が上昇した。気がついてみれば国内の農業崩壊が進むなか日本の食料自給率は40%と生産基盤が顕著に脆弱化し、先進国の中では最も低い自給率となっている。

中国の毒入り餃子事件などで日本の食の安全性への信頼が高まり、消費者の食の国内回帰が強まる一方なのに自給率が先進国の中で突出して低いというのはなんとも皮肉な話である。

農作物が不作だと食糧輸出国は自国の国民への供給を優先させるので将来、安定的に日本国内に農産物を輸入できる保証がない。農業生産基盤の脆弱さを改善し、国内での自給率を高め、国内の農業を復活させようという空気が強まっている。しかし、日本の農業は現状で多くの構造的な問題を抱え低生産性で国際競争力も劣る。

国内の農地は470万ヘクタールで国土の12%に当たる。農家の数は285万戸で農業従事者は335万人だが、20年間で農家が3割、農業従事者は4割減少した。後継者不足で若者は単純作業の繰り返しできつい農業を敬遠しがちだ。新規就農者の半数は60歳以上と高齢化が進んでいる。

日本の農業の特徴として政策依存度が高く既存農家の保護から農地の細分化が進み、05年農林業センサスでは家族経営の平均経営規模は北海道で18.4haだが、都府県で1.3haと極めて規模が過小だ。農地法の規制も近代的経営体、例えば株式会社による農地の大規模化や経営効率の向上のような試みを阻んできた。農林水産省による生産調整(減反)もやる気のある農家の経営意欲を削いでいる。この国の農業政策の歪みが農業崩壊を一層深刻なものにしている。

農業崩壊は純農業地域の農地価格の推移に表れている。全国農業会議所による「田畑売買価格等に関する調査結果」によると純農業地域の農地価格(全国平均)は中田価格が10aあたり144万1千円で前年比2.0%の下落、中畑価格が99万8千円で1.6%の下落になっており、中田、中畑とも95年以降14年連続の下落である。価格下落要因は「米価など農産物価格の低迷」、「農地の買い手の減少」、「生産意欲の減退」が挙げられており、国内農業の衰退を反映する結果となっている。

このような農業崩壊の危機感から政府において国家的な食の安全保障という視点からも国内自給率の向上へと政策の舵を切らざるを得なくなっている。

政府の経済財政諮問会議による生産調整を含めたコメ政策の見直しの検討が始まり、「平成の農地改革」と呼ばれる農地法の改正が09年6月17日の参院本会議で可決した。

農地法改正を機に企業等による農業への新規参入が進み、資本や人材を投入した農業の経営効率化が促され、従来の国内農業が抜本的に変わることが期待される。すでに国内で農業ファンドがいくつか創設されているが、やがて「農地リート」へと発展していく可能性もある。本コラムでは、農地法改正の概要を紹介し、企業の農業参入から農業ファンド、農地リートへ発展していく可能性について言及する。

1、農地法等改正

改正法は、政策目的を耕作者主義を見直し、所有から利用へと転換して農地の流動化を促進する方向性を打ち出した。

現行制度では、企業が農地を借りようとすると農業生産法人を設立しないと耕作放棄地の多い地域に限られるなどの地域制限があった。この規制を撤廃して貸借期間を現行の20年以内から50年以内に延長し、長期的な経営計画を立案しやすくした。

改正の要旨は下記になる。

  • 耕作者主義を見直し、所有から利用へと転換。使用権については耕作者主義が見直されたが、所有権は従前どおり農業者並びに農業生産法人に限られる
  • 貸借期間を現行の20年以内から50年以内に延長し、農地賃貸借期間の長期化が図られ長期的な経営計画を立案しやすくした
  • 株式会社が農地を賃貸借する場合、市町村が指定した農地に限られ、耕作放棄地などが多かったが改正案では農地の貸借を原則自由化した。企業が農地を借りる場合に業務執行役員の1人以上が農業に常時従事することなどの条件をつけた
  • 耕作放棄地の解消のため農業委員会の役割が強化された

現行法では耕作者主義といって「耕作する者が農地を所有する」という考えに基づき、農地の権利移転を制限してきたため、所有権はもとより用益権(賃貸借等)によって企業等が農地を大規模化し、経営を効率化することが困難であった。農地法が農業の規模拡大の流れを阻害し、我が国の農業生産性向上や国際競争力強化を事実上、困難なものにしてきた。

改正法で企業等が区域制限なく農地の用益権設定ができるようになり、賃借期間の50年延長で農地賃貸借期間の長期化が図られたことは、長期事業計画に基づく農地改良など農業経営の安定化に寄与するため、企業の参入が進む環境整備ができた。本改正で細分化した農地が意欲のある担い手の元に集約化され、耕作面積の大規模化が進むと農業経営が効率化し、生産性の上昇が実現できる。

2、農業ビジネスへの企業の参入

企業サイドでは農地法等改正前からすでに企業による農業参入が行われていた。農業参入に関心が高い企業群としては農作物の販売先であるスーパー、食品メーカー・小売、外食、地元建設会社が挙げられる。例えば、イトーヨーカ堂は08年8月に千葉県内の農家などと共同で農業生産法人となる「株式会社セブンファーム富里」を設立した。

中国産食材に対する消費者の不信感は根強く、安全性を担保するには生産現場まで押さえる必要があるという狙いと「完全循環型農業」と銘打った食品廃棄物の有効利用である。

化学肥料や農薬も値上がりし、農業経営は一段と厳しさを増してきたなかカット野菜工場から出る葉くずや店舗の食品ごみを肥料にして農場に供給。収穫した野菜は千葉県内6店舗で販売し、順次県内21店舗に拡大するという計画で、これまで割高と敬遠されてきたリサイクル堆肥が化学肥料や農薬の値上げで競争力を持ち始めたからだ。

外食企業も食材の安定供給や安全性さらには同業他社との食材の差別化から地域農家との協力関係に始まって農業参入を試行しているが、日経MJの「飲食業調査」では外食企業の239社のうち何らかの方法で農産物の自社生産を手がけているのは4.6%、「今後実施予定」は8.4%にとどまっている。外食業が農業に直接参入してもノウハウの習得には時間がかかり、地域農家の企業に対する警戒感が強いため、当面は地域農家や農協と安定供給のための協力関係構築から始めるケースが多い。

意外な感じがするが地元を中心に建設会社も参入している。建設会社の場合、自社の建設機械置き場を農業機械の置き場として併用できるし、建設用重機、資材を利用して圃場整備事業が展開できるなどの理由があるが、建設事業の繁忙期外に作業員を農作業に回すなど雇用対策上のメリットもあるようだ。

企業が農業に参入する手法として農業生産法人を活用する以外に特定法人貸付事業を活用して農地をリースするという方法もある。この方法は、03年4月から耕作放棄地が多い市町村等においては、構造改革特別区域を設定し、その区域内では、企業が市町村と農業を適正に行う旨の協定を交わした上で、リース(賃借権)方式によって農業に参入できるというものである。

今回の農業経営基盤強化促進法の改正により、特定法人貸付事業を活用して農地をリースする場合、参入できる区域を構造改革特区内に限ることなく、全国において実施することができるようになった。

農地法改正後において、企業が農業に参入する方策として2通り考えられる。

  1. 農業生産法人設立方式
  2. 特定法人貸付事業により農地をリースする方式

●農業生産法人設立方式

法改正前の農業生産法人は企業の出資比率は1社あたり10%以下、複数社合計で25%以下に制限され、さらに役員の過半が常に農業に従事していることを義務付けていた。今回の改正で農業生産法人を設立する場合、出資割合が1社あたり10%制限を撤廃し、25%に引き上げ、企業の販売力やノウハウを生かす「農商工連携」として認定されれば、50%未満まで出資できるようになった。

「農商工連携」は地域経済活性化を主目的としており地場の小規模な事業体を想定したものだが農地法改正による規制緩和で一部の大手企業も未開拓な農業を新規ビジネスチャンスと捉え農商工連携に取り組むケースが拡大する可能性がある。

今後は、出資制限が緩やかな農商工連携の認定を受けての企業参入が進むと思われるが、制限自体は残るため、出資の過半を農家に求めざるを得なく、企業の経営支配は容易でない。経営方針で内部対立が発生する可能性など考えると企業が法人設立に対して消極的になることも考えられる。

さらに農業関連事業の売り上げが法人の売上高の過半を占めなければならないとか、経営責任者の過半が農業や関連事業に常時従事する構成員で、その役員の過半が年間60日以上農作業に従事しなければならないといった事業要件、業務執行役員要件があることも企業の事業展開の制約になる。

上記のような負の側面も残るが、農業を巡る時代背景を考えると規制緩和の方向にあるため、政策支援を追い風に企業参入が増えていくと思われる。

●特定法人貸付事業により農地をリースする方式

特定法人貸付事業により農地をリースという形は、区域制限が緩和され耕作放棄地などの構造改革特別区域外でも農地のリースが可能となったため、企業の農業適地の選択幅が拡大し、執行役員の一人が農作業に従事すればよく使い勝手が向上した。

例えば、「イオンは農地リース方式を使い茨城県牛久市の2.6haの土地で小松菜や水菜、キャベツなどを09年9月から生産を始める。生産した野菜は青果市場を通さず自社の物流網活用でコストを削減し、店頭価格を抑える。初年度は約300トンを収穫し、茨城県や千葉県などのジャスコ15店でPBとして販売する。今後は北海道から九州まで農地(15ha規模)に広げてPB野菜を販売し、3年後にPB野菜の売上高は年間数十億円になる見通し(日本経済新聞)」など農地リース方式の活用は今後、拡大していくと思われる。

3、農業ファンド、農地リートへの展開

世界的穀物需要の高まりを受けた国内農業の自給率向上を目的とした政府の政策支援で農地法改正など規制緩和が進み、農業外業界の農業ビジネスへの関心が高まっている。

これまで低生産性や低採算性を嘆いていた農業セクターに異業界から本業とのシナジー効果を狙い、本業で培ってきた事業モデルを農業ビジネスへ移行して高生産性や高収益性の実現を図る参入が今後拡大すると予測されている。

事業参入法人の多くは財務基盤が弱く資金調達や自己資本の充実が課題になっているが、政策金融や民間金融機関による資金調達のためのファンドが相次ぎ立ち上がっている。

政策金融では日経産業新聞によると、「農林中央金庫が08年8月農業ベンチャーに投資するファンドを設立した。「アグリ・エコサポート投資事業有限責任組合」で、資金総額は21億円。農林中金が20億円、ベンチャーキャピタルの日本アジア投資が1億円をそれぞれ出資、10年間で約40件の投資を見込む。農林中金は担い手支援など農業振興に貢献する事業を展開するため、昨年10月、3ヶ年で約100億円を拠出する基金を設立。今回のファンドの資金はこの基金から出資した。農林中金は利子助成などで農家を支援してきたが、ファンド設立は農業地域社会が抱える課題解決や環境対策にベンチャーのビジネスモデルやアイデアを活用する姿勢を鮮明にする狙いもある。銀行などから融資を受けにくいベンチャーや農業を始めた個人など新規参入組にリスクマネーが回る呼び水になることを目指す。投資先として企業が農地をリースで借りて無農薬野菜など競争力のある作物に挑戦するケースやIT(情報技術)を使った工場農園、トレーサビリティー(生産履歴の追跡)を活用した先進的な流通モデルへの挑戦などが候補にあがっている。」

次に民間金融機関主導ファンドを見ると、

  • 鹿児島銀行が、農業のグローバル化・農業法人の大規模化及びアグリクラスター関連業種の資金調達手法の多様化等の支援を図ることを目的に、株式会社ドーガン・インベストメンツと地元有力企業の協力により、「アグリクラスターファンド」(農業ファンド)を設立した
  • 愛媛銀行も地域における農林漁業の新しいビジネスモデルの育成・支援を目的として、06年11月28日に国内初の農業ファンド「えひめガイヤファンド」を、ひめぎん総合リース株式会社と共同で設立。地域活性化のコアになれる事業者に対して最高5,000万円を投資するが、最初の投資先であるみかん職人武田屋には社債引き受けで2,000万円、活媛には新株予約権付社債で2,100万円を投資した

金融機関以外にも生産者と投資家を結び付ける市民型ファンドも誕生した。「石川県野々市町の農業生産法人、ぶった農産は投資ファンド企画・運営のミュージックセキュリティーズと組み、自社によるコメ作りを支援してもらう農業ファンドを創設した。全国の個人から出資を募り、コメの販売量に応じて利益が出れば配当する仕組み。個人出資の農業ファンドは全国的にも珍しく、消費者参加型の新たな農業支援策として注目されそうだ。新設した「ぶった農産特別栽培コシヒカリ2009ファンド」の募集額は最大1,090万円。一口5万円で、1人当たりの上限は2口。募集とファンドの運営はミュージック社に委託する。集めた資金はぶった農産が稲作に活用する。周辺に比べ農薬、化学肥料の使用を半分以下に抑える特別栽培のコシヒカリを生産。出資者には来年9月30日を期日に、現金とコメで分配する」(NIKEINET記事)。

農業収益に応じて現金とコメで投資家に配当し、元本毀損リスクもある点など不動産私募ファンドのスキームと共通点も多い。不動産ファンドとの違いは、投資対象が農地と農産物の収穫であるため、配当の原資を賃料収入とする不動産ファンドとリスク要因が大きく異なる。リスク要因を挙げると、

  • 自然条件への依存度が高い投資であるため、天候や自然災害による不作や農作物の毀損など予想することや予め制御することが難しい
  • 需給動向が不測の変動を起こしたり、消費者の嗜好が変わったり、加えて農産物は輸入依存度が高いため生産国の需給動向や為替変動など価格変動のボラテリティが高い

等がある。上記のような農業固有のリスクはミドルリスクミドルリターンを特性とする不動産投資に比べるとかなりハイリスクになるため、リスクマネーのファンドへの流入量が懸念されるところである。いずれにせよ農業固有のリスク分析手法の研究が進めて収益価格の精度を高め、投資商品としての完成度を高めなければならない。

農業が投資として成立する必要要件をまとめると、上記の農業固有のリスク分析の確立に加え、農地の非流動性の解消が急がれる。全国農業会議所による農地情報提供システムという全国規模の農地売買・農地賃貸の為の仲介情報サイトが09年1月30日から立ち上がっている。このような流通市場の整備と全国規模で農地の農道との関係位置、土壌状態、灌漑、排水の状況、水害など自然災害の危険性、過去の収穫高、作付履歴など投資に必要な情報が開示されなければならない。

さらに投資商品として高い投資効果を実現するには低採算性に苦しむ農業経営の高度化が求められるが、近年になってITが農業に導入されGPSや地理情報システム(GIS)を利用して放牧を効率化するシステムとか、生産管理にIT導入したり、空撮専用の無人ヘリコプターを使って農地の土壌を解析、施肥量の無駄を制御するシステムなどが研究、実用化されている。

農業におけるIT化の進展は生産性や採算性を上昇させると同時に農業生産のドキュメントが蓄積しそのデータを活用して様々な予測システムが可能になるので農業固有のリスクを低減する効果も期待できる。

農業の大規模化、効率化が進み、流通市場と市場をバックアップする各農地のデータベースが整備され、情報開示が進み、農業固有のリスク分析が確立して農地の収益価格の精度が高まると、農業ファンドの次のステージである農地リートへの展望が開けるだろう。

■関連記事
  耕作放棄地の再利用が進む
      

おすすめ記事