回復基調のJ-REITと投資戦略
1万円を突破した日経平均はその後、上値が重く9,500円から10,000円までのレンジ相場になっている。先週のNY市場は6月の非農業部門の米雇用者数が市場予想の30万人台を大きく超えて前月比47万人弱と発表されたため一時は200ドルを超える下落となった。日本でも6月1日政府が発表した日銀短観で09年度の売上・収益見通しが下方修正され、日米ともに1~3月期の景気の底入れ→09年下期の景気回復シナリオを支えに進んできた株高に疑念が膨らみ市場が動揺した。
とはいえ財政出動や金融緩和で株式市場も大量の投資マネーが流入しており、一時期の巨大金融機関が破綻するなど最悪事態を想定する空気は薄れているため、株価の下値も支えられている。その結果、先週の6月29日~7月4日で日経平均株価は僅か61円32銭(0.62%)の下落にとどまった。
今後の株価展開については弱気、強気が拮抗するなか出てくる経済指標はまだら模様で世界経済の回復軌道が視界不良なため当面は売りづらい買いづらいといった投資家の心理を反映したレンジ相場が続きそうだ。
一方、不動産投資ではそろそろ底打ちと読んだ投資家の物色が目立ってきている。野村不動産アーバンネットが6月23日発表した不動産投資に関する意識調査によると、投資物件を「今が買い時」と答えた投資家が51.8%、まもなく買い時がくるとの回答38.0%と合わせて約9割が現在のマーケットを買い時と判断していることがわかった。これから購入したい物件では1棟マンションが54.0%と最多で、アパート(47.7%)、区分マンション(42.0%)と続いた。(日経産業新聞)
リーマンショック以降、外資系金融機関撤退が相次いだのは昨年秋だったが、日本での不動産融資事業に積極的な外資系金融機関も出てきた。ブルームバーグ7月3日によるとドイツの州立銀行WestLBは、価格の値下がりで投資家の需要が高まっていることを好機ととらえ、他の外国勢が撤退する中でも昨年と同水準の年1,000億円超の融資実行を目指している。日本の不動産価格は「2~3年前のかなりの高値から急速に値下がりして収益が期待できる物件であれば投資家が買っていく」という認識だ。
このようにサブプライム問題、リーマンショックで委縮してしまった不動産投資にも潮目の変化を感じさせる空気が漂い始めた。実物不動産の物色と並びJ-REITも株式市場と比較した配当利回りやPBRの割安感から投資家の関心が高まっており、株価の回復と並んで国内のJ-REIT投資口価格の戻りもこのところ顕著だ。本コラムでいまJ-REIT市場に何が起きているのか、投資家の投資戦略や今後の展望に言及する。
■リートマーケットが堅調に
国内のリート市場は堅調な動きになっている。7月2日のJ-REIT市場は上昇し、主要指標の東証REIT指数が9ヶ月ぶりに1,000の大台を回復、売買代金も6月以降最大の約217億円まで膨らんだ。
このような市場変化に呼応しモルガンスタンレー証券は「官民ファンドの設立とスポンサー交替の機運が急速に高まってきたので、REITのポジションを増やす意向を示し、REITの投資判断を「インライン(=中立)」から「アトラクテイブ(=魅力的)」に引き上げた。
相場上昇の要因を時系列順に挙げると08年12月の国土交通省発表の「住宅・不動産市場の活性化のための緊急対策」に織り込まれた「日本政策金融公庫の危機対応円滑化業務を活用した資金繰り支援」や「J-REITの合併のため環境整備」、税制面での「負ののれん代」を配当原資から控除できる措置、官民ファンド構想などがある。このなかで直近の市場に多大の影響を与え、今後の市場の枠組みを変貌させる可能性が高い官民ファンドにフォーカスする。
■官民ファンド(不動産市場安定化ファンド)とは
官民ファンド構想だが、7月1日の 日本経済新聞、日本経済産業紙からやや具体化してきたその概要を紹介すると、
6月30日の有識者や実務家による検討会でファンドの概要が示された。ファンドの名称は「不動産市場安定化ファンド」で、当ファンドはREITの破綻を防ぎ、不動産取引の活性化を目標とし9月中の設立をめざす。
不動産会社、日本政策投資銀行、民間銀行など官民から資金を集め、融資だけで出資はしない。規模は3,000億~5,000億円規模。第1回の検討委員会で示された案では、ファンドは通常の融資であるシニアローンと、日本政策投資銀行が実施するメザニンローン、不動産関連業界による出資の3区分で資金を調達。あらかじめ一定の資金をためておくのではなく、融資申し込みに応じて資金調達をする。運用は専門家に任せ、第三者委員会などで定期的に運営状況をチェックする。
ファンドの融資対象は、
- 既発投資法人債の借換資金
- 金融機関からの既存借入金
- リートの再編に伴う資金需要
- 優良物件の新規取得
このうち1、既発投資法人債 2、既存借入金を優先する。
といった内容になっている。
さらに注目すべき動きとして「銀行等保有株式取得機構」の買い取り対象をJ-REITに広げる改正銀行株式保有制限法が6月26日、参院本会議で可決、成立した。「金融庁は将来の国民負担を最小にするため、格付けの低いJ-REITを買い取り対象から外す方針。改正法は機構の買い取り対象を上場投資信託(ETF)、優先株にも拡大。金融庁は関連の政省令などを改正し、今夏施行を目指す。」(日本経済新聞)
ウェブサイトのNIKKEINETによると、新たに買い取り対象に加える上場不動産投資信託(REIT)は、格付けがトリプルBマイナス以上の商品に限定。上場投資信託(ETF)も銀行が6ヶ月間継続保有していることなどを買い取りの条件にする。
上記の買い取り対象制限は、官民ファンドにリンクする可能性がある。同ファンドへ資金拠出計画のある金融機関のなかには低格付けJ-REITを融資対象外にすべしという動きがあるそうだが、金融庁が取得機構で低格付けJ-REITを対象外にしたため、そのような動きが一層強められるからだ。
その結果、国の支援でファイナンスを裏付けられた上位リートは下位リートを再編統合するシナリオが描きやすくなり、上位リートによるマーケットの寡占化と下位リートの市場退場、マイルドに言い換えるとこれまで様々な構造的欠陥を指摘され続けたJ-REIT市場の浄化作業が粛々と進むフェーズに入るのではないだろうか。
■最近の投資家の動向
一時は投資家が逃げてしまうのではと不安視されたJ-REIT市場に投資家と賑わいが戻ってきたのは矢継ぎ早に繰り出された政府のJ-REIT支援策に滲ませた「J-REITを潰さない」という政府の意思をマーケットが4月以降になった頃から明確に嗅ぎ取り始めたからである。
まず市場の暗雲だった資金繰り懸念が薄まり、スポンサー不安等からポートフォリオのクオリティ以上に売り込まれていた下位銘柄を中心にキャピタルゲイン狙いの買いが入り、株価反騰が始まった。やがて中・上位銘柄にも物色が集まり、分配金利回りの上位、中位、下位間の開差が平準化に向かった。
この間の動きを日本経済新聞から引用すると「REIT市場全体の値動きを示す東証REIT指数は22日、5ヶ月半ぶりに年初来高値を更新した。2月末の年初来安値からは約3割上昇した。上場REIT41銘柄のうち、格付投資情報センター(R&I)の発行体格付けを取得する29銘柄について3月以降の平均騰落率を比較したところ、信用力が低いトリプルB格以下の8銘柄は平均約2・6倍と大幅に上昇。信用力が比較的高いシングルA格(11銘柄)も4割程度上昇したが、信用力が高いダブルA格(10銘柄)は1割程度の上昇にとどまる。」
破綻リスクから急激な株価下落で驚異的な高利回りとなっていた低格付けの銘柄も現在は再編期待を織り込んだ株価になっており、今後は過熱感から利益確定売りが増え上値が重くなる可能性もある。
さらに市場全体のリスク要因としてJ-REITへの融資時の金利スプレッドはワイド化しており、分配金の低下リスクがある。不動産のファンダメンタルズの悪化も懸念されている。オフィス、レジデンシャルにおいては稼働率・賃料の低下が進んでおり、特にオフィス市況は悪い。
09年~10年の企業業績の低迷予測と相俟って企業による雇用や賃金の削減はこれからが本番を迎える。収益用不動産のファンダメンタルズのコアであるテナント・入居者の賃料負担力の更なる低下が予測され、上値の重い展開がしばらく続くだろう。
市場正常化の過渡的段階で政府支援策による期待感と市場の歪みを利用した下位銘柄中心のキャピタルゲイン狙いの投資は投資家に一定のパーフォーマンスをもたらした。しかし、今後、市場の正常化が進めば、投資家はリート本来のインカムゲイン重視へ移行しなければ市場に勝てない。
リートが組成する収益物件の市場環境は厳しいため、単にインカム重視に投資スタイルを変えるだけでは駄目だ。銘柄選択に当たっては、PER、FFO、NAVなどの定量分析にスポンサーの物件開発、調達力や運用会社の運用体制、財務戦略などの定性分析を加えた多角的・総合的な視点が求められる。投資家が本来有すべきスキルでJ-REIT各銘柄の投資分析を行うことにより、リスクを抑えて投資パフォーマンスを高めることが可能になるフェーズにやっと入ってきたようだ。
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